神造のヨシツネ

ワナリ

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第11話:シズカゴゼン

Act-07 母なるシズカ

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 悪夢であった。
 覚悟していた事とはいえ、シンゼイは目の前に復活したタマモノマエの姿に戦慄した。

 御座所に満ちた妖気を感じ彼が駆けつけた時、その目に映ったものは、玉座の真上のはりに埋め込まれたタマモが這いずり出す姿だった。

 ――ついに封印が解けた。

 シンゼイがその光景に息を呑んだ瞬間、さらに驚くべき事態が起こった。
 もはや覚める事のない、永遠の眠りについたと思われた女帝ゴシラカワが――くわっとその目を開くと、降りてくるタマモの胸めがけ、なんと突きを放ったのである。

「なにいっ⁉︎」

 タマモの絶叫と共にゴシラカワの手が、その裸形の胸に突き刺さった。
 そこにゴシラカワが最後の魔導力を流し込む――狙いはタマモの神核を砕く事であった。

 死への眠りを装い、この一瞬にすべてを賭けたゴシラカワの一撃――それは見事に通ったかに思われた。

 だが、

「クックックッ、二度も同じ手が通じるかと思うたか……トキワよ」

 睨みつけるゴシラカワを蔑む様に、タマモが冷たく笑う。

「くっ⁉︎」

 それに顔を歪めるゴシラカワ。その憔悴した表情に満足したタマモは、

「お前がわらわを封印した『殺生石』――シズカがお前に託した切り札はもうここにはないぞ。抜き取っておいたからの」

 そう言いながら自身の胸を指差すと、続けて反対の拳を開く。
 その手に握られた妖しく光る赤い石――それを見た瞬間、ゴシラカワは己の最後の策が破れた事を悟った。

「お前は私の……天使の血を引く娘。ならこいつはお前にもよく効くだろうよ!」

 叫びと共に今度はタマモの突きが、ゴシラカワの胸を襲う。

 そして『殺生石』と呼ばれた赤い石が、飛び散る鮮血と共にゴシラカワの胸に埋め込まれると――解放された邪悪なる妖気を全身にみなぎらせたタマモノマエは、八年に渡る封印から復活を遂げ、ゴトバ帝として皇位継承を宣言したのだった。

 
 その時、ウシワカとベンケイの身にも変化が起こっていた。
 タマモの復活と時を同じくして――二人の体が光に包まれ、異空間に転移させられたのだった。

「なに……これ?」

 まばゆい光だけの、無の空間に浮いている状況に動揺するウシワカ。
 だが何かを知っているらしいベンケイは、

「これは……霊脈の中? シズカなの⁉︎」

 と、虚空を見上げ、見えない何かに向かって声を上げた。
 それに応える様に、

「ベンケイ……またまみえる時が来たわね」

 全方位から響く声と共に、時空の一部から女の姿が浮かび上がる。それはまるで聖母の様な、神々しい威厳に満ちていた。

「誰……なの?」

 それに呆然とするウシワカを見て、

「あら、なぜ人間が? そう……あなたはトキワの子なのね」

 と、謎の女は嬉しさと悲しさが半々に混ざった、複雑な顔をしながらそう言った。

 それと同時に、新たに二人の女がこの空間に出現する。

「えっ、ここはどこ⁉︎」

「いったい、どういう事なんだいこれは⁉︎」

 一人は源氏のツクモ神マサコ、もう一人は平氏のツクモ神トキタダであった。

 異空間に集められるという、思わぬ展開に動揺する三人のツクモ神と一人の人間に向かって、

「我が名はシズカゴゼン――この惑星ヒノモトに宿りし地神。私は、天使ヨシツネの妻にして始祖アマテラスの母……この星の人間はすべて私の子供」

 光輝く女は一方的にそう名乗りを上げると、慈愛に満ちた目で両手を広げた。

「アマテラス……初代皇帝じゃないか」

 真っ先に口を開いたのはトキタダだった。

「そう。一千年前の天使争乱で三種の神器を放ち果てたヨシツネは、大地に吸い込まれ私と一つになった。そして、私の体である大地から生まれたのがアマテラス、そしてヒノモトの人間たちよ」

 シズカゴゼンが答えたのは、惑星ヒノモトの人類創世――今となっては神話と呼ばれる、この星の人類の起源であった。

 それから、女帝アマテラスが大地に眠るヨシツネと交わりスサノオが生まれ、アマテラスとスサノオが交わり皇統を築いていった近親婚の歴史。
 そしてアマテラスとスサノオの第二子と第三子が、キョウトを離れ東方と西方に赴く事によって誕生した源氏と平氏の起源。
 それに伴う三種の神器の分割所有までを語ると、

「ヨシツネは天使争乱を鎮めるために、彼が持つ鎧の神器『ヤサカニの勾玉』を纏い――」

 シズカは、まずそのツクモ神であるベンケイを見てから、

「魔導力の神器『ヤタの鏡』で、天使たちすべての力を吸い上げ――」

 今度はそのツクモ神であるトキタダに目を移し、

「破壊の神器『クサナギの剣』で終焉の一撃を放ち――」

 最後にそのツクモ神であるマサコを見つめると、

「すべての天使を討ち、このヒノモトの『神の時代』を終わらせたわ……」

 そう言って静かに目を閉じた。

 一同が呆然とする中、母なる存在の言葉はさらに続く。

「そして『人の時代』が始まってから百年後、私は三種の神器に『鍵』をかけたわ……天使さえ滅ぼすこの力が、人間の争いに使われない様に」

「それって、まさか……」

 マサコが思わず身を乗り出す。

「そう。そのためにあなたたちは、神器のツクモ神として生まれたの」

 目を開いたシズカはそう言うと、三人のツクモ神たちをもう一度順番に見つめていく。
 あまりの事態にベンケイ、マサコ、トキタダ、皆、言葉が出てこない。

「三種の神器の力が必要になる時。それは人間が『人ならざる脅威』に立ち向かわなくてはならない時。そのために人は、すべての利害を超え心をいつに……人のあるべき姿に戻らなくてはならない。それを見定めるのが、あなたたちツクモ神の役割」

 三種の神器の発動要件――朝廷、源氏、平氏の和合という、その鍵を仕掛けた張本人の言葉に、さらにツクモ神たちの動揺は深まっていく。

 それに構わず、

「忌まわしき異星の天使――タマモノマエは復活しました」

 続けてシズカから告げられた衝撃の事実――それは、この幻想郷の如き空間に流されそうになる一同の意識を、一瞬で現実に引き戻した。



Act-07 母なるシズカ END

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