神造のヨシツネ

ワナリ

文字の大きさ
上 下
65 / 97
第10話:イチノタニの空

Act-06 マークⅡ胎動

しおりを挟む

 木曽軍残党の奇襲を退け、キョウト入りしたウシワカが、偶然出会った母トキワの育ての親――一条ナガナリの屋敷に招かれてから、はやひと月半。
 彼女は源氏のキョウト本陣と定められた、ロクハラベースに移る事もなく、ずっとナガナリ邸に入り浸っていた。

 その理由は、棟梁ヨリトモの命を狙った刺客とはいえ、女武者であるトモエの首を刎ねてみせたウシワカを気味悪がる、自軍の空気の悪さであった。

 同時に、そんな傷心のウシワカを召還する気配もない、姉ヨリトモの態度も気に入らなかった。
 おそらく平氏討伐戦を前に政務に忙しいのだろうが、それにしても実の妹に対して冷たすぎるのではないか。自分の行動は常に源氏を第一として考えているのに、と。

 ――やはり母違いという事が、姉との距離を遠ざけているのだろうか。

 ウシワカはこのひと月半、そんな事ばかりを考えていた。

 その母である皇帝ゴシラカワの過去を知り、彼女が何かと戦っている事を知っても、ウシワカの気持ちは姉ヨリトモに向かっていた。
 だが姉は今、ウシワカの実母の心と向き合い、その悲願であるタマモノマエ討伐に心を砕いている。追えば逃げる様な姉妹の思いは、ここまでくると皮肉を超え滑稽でもあった。

 そして半月前、平氏討伐軍が編成されフクハラベースに向け進発しても、ウシワカはそれに積極的に加わろうとはしなかった。

 姉ヨリトモへの反発もあったが、何より乗機シャナオウをトモエに撃破されたのが痛かった。

 今さら、量産機であるガシアルに乗るのは御免だったし、仮に乗ったとしてもウシワカの強大な魔導力に、ガシアルの演算システムがオーバーフローを起こすのは目に見えていた。
 そんな、自分にリミッターをかける様な戦い方で、姉に注目してもらえる戦功が挙げられるとも思えない。それでは意味がないのだ。

 だから無為に日々を過ごしてきた。

 同時にヨリトモとしても、神器発動の重要人物、かつ飼い慣らせない狂犬の様なウシワカが動けずにいるのは、好都合でもあった。
 慎重に慎重を重ねなくてはならないこの局面で、これまでの様にウシワカに暴走されては、すべてが御破算となるからだ。

 そんな思惑など知る由もないウシワカであったが、彼女が動かなかった理由は、ナガナリ邸が居心地が良かった事もあった。

 一条ナガナリは義理の娘の子であるウシワカを、実の孫の様に可愛がってくれた。元々、両親でなく義理の祖父、鎌田マサキヨに育てられたウシワカは、いわゆる「お爺ちゃん子」であり、好々爺そのままのナガナリに、すっかり懐いていた。

 今も二人は、ナガナリ邸の二階の窓際に並び、晴れ渡る西の空を眺めている。

「なあ、ウシワカ……」

「なに? じいちゃん」

 そのやり取りも、今や実の祖父と孫娘の様であった。

「ずっと言おうと思っとんたんじゃが……お主さえよければ、このまま儂の孫になって、ずっとここで暮らさんか?」

「――――⁉︎」

 ナガナリの突然の申し出に、ウシワカは驚いた。

 そういえば、木曽ヨシナカの妻トモエにも、かつて同じ様な事を言われた。

 ――今ならまだ間に合う。皇帝の娘、源氏の棟梁の妹、そんな『しがらみ』から離れて、『一人の女の子』として共に暮らさないか、と。

「…………」

 ウシワカは考える――あの時は、トモエの言っている意味が分からなかった。でも、あれからウシワカは、ヨシナカやトモエたち源氏を、同じ源氏として殺し続けてきた。その修羅の道は、トモエが心配した以上のものであった。

 ――すべては姉のために。

 それなのに報われない思いは日々つのるばかりだ。もうどうすればいいのかも分からない。それなら、この優しい義理の祖父のもとで、一人の女の子に戻るのも悪くないか。

 そう思い、

「じいちゃん――」

 と、ウシワカが何かを告げようとした瞬間、

「ウシワカーーーっ!」

 ナガナリ邸の門前で大声を上げたのは、伊勢サブローであった。

「サブロー?」

「ウシワカ、直ったよ――シャナオウが!」

 窓から身を乗り出したウシワカに、サブローが告げた言葉。
 それはウシワカを、少女から戦士へと引き戻す、運命の一言であった。

「――――!」

 何かを言う前に、もうウシワカは窓の手すりを飛び越えていた。
 そして地面に着地すると、すぐにサブローのオフロード車に駆け寄り、それに飛び乗った。

「ウシワカー!」

 突然の事に戸惑い、ナガナリが叫ぶが、

「じいちゃん、ちょっと行ってくる!」

 と、ウシワカは笑顔でそれに答えると、そのままオフロード車は急加速で、北を目指し消えてしまった。

「ウシワカ……」

 その時、ナガナリは感じた。この感触が、かつてトキワという名だった義理の娘が、旅立っていった時にあまりに似ている事に。

 あまりといえば、あまりな運命の歯車。だが戦乱の世は、あくまで無情であった。
 
 そしてウシワカは目にする。再生されたシャナオウの変貌した姿を。

「こ、これがシャナオウ?」

 キョウト北方クラマの地――亡き義理の祖父、鎌田マサキヨの整備場に置かれていたのは一機の戦闘機であった。

 ヒノモトにもレシプロの飛行艇は存在するが、戦闘機という概念はまだない。なのでウシワカが動揺するのも無理はなかった。
 それ以前に、そもそも機甲武者は全長八メートルの人型ロボットである。確かにカラーは以前と同じ薄緑ではあるが、それにしてもあまりに形が違いすぎていた。

 だが、そばにいるツクモ神ベンケイや、常陸坊ひたちぼうカイソンばかりか、姉ヨリトモの側近である大江おおえのヒロモトも、ウシワカに自信に満ちた目を向けてくる。サブローに至っては、「ほらほらー」と背中を押してくる始末であった。

 ならばと、意を決したウシワカが恐る恐る、その機首に触れてみる。するとそれに呼応する様に、キャノピー状になったコクピットハッチが静かに開いた。

 その瞬間、

 ――ドクン。

 という鼓動が、ウシワカの中に流れ込んできた。

 それは生命の胎動。確かにこれはシャナオウであるとウシワカは確信した。

「どう? これがシャナオウマークⅡよ!」

 ベンケイの言葉に、

「マーク……Ⅱ」

 そう答えたウシワカの中で、眠れる源氏の血が再び覚醒した。
 
 そして、それから少し後――

 残されたナガナリは、ウシワカと共に眺めていた西の空に、一筋の閃光が流れていくのを見た。

 それは緑の大鳥が飛んでいる様でもあり、

「ウシワカ……」

 ナガナリは無意識の内に、なぜかそう口にしていた。



Act-06 マークⅡ胎動 END

NEXT  Act-07 逆落とし
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

生き抜きたいのなら「刻」をみがけ

たぬきち25番
歴史・時代
『生き抜きたいのなら「刻(とき)」をみがけ』 『刀』という道具が歴史を変えたことは間違いない。 人々が刀と出会い、刀を使い始めた時代。 そんな時代に生きた異才研師の鉄。 物言わぬ刀が語る言の葉を紡げる鉄が、背負った使命は人々が思う以上に大きかった。 職人気質で人のよい研師『鉄』と、破天荒なのになぜか憎めない武士『宗』 そんな2人の物語。 ※表紙は、たぬきち25番撮影

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

最終防衛ライン・カゴシマ 

ユキトシ時雨
SF
人を異形のバケモノへと変貌させる病『ヴァンパイア・シンドローム』の蔓延によって、日本に残される領土は九州の最南端『鹿児島』のみとなった。 生存権の奪還と吸血鬼たちの殲滅───それを悲願と抱える第四五独立鉄騎連隊〈サツマハヤト〉は人型兵器を用いて、抵抗をつづけるも勝機はまるで見えそうにない。 そして、東京育ちの少年・島津鋼太郎は〈サツマハヤト〉に所属する軍人ながらも、その性格ゆえに周囲との衝突を繰り返していた。挙句についたあだ名は”狂犬”である。 「俺の居場所はここじゃねぇ。どんなことをしてでも東京に帰るんだ」 そんな信念を抱いた鋼太郎のもとにとある誘いが持ち掛けられる。 問題児ばかりを集めた特殊機甲技術試験小隊────通称『ケロベロス小隊』への勧誘だった。 そこで出会ったのは地元をこよなく愛する少女・天璋院茜。鹿児島を大好きな変人少女と、東京への帰還のために戦う鋼太郎。両者の対立は必然といえよう。 自らの尊厳と居場所を取り戻すためのハードアクション・ここに堂々開幕ッ! 

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

宇宙のくじら

桜原コウタ
SF
それは、現代と変わらず、だが優れた科学力によって少しだけ発展した世界。絵本「宇宙のくじら」を信じる少年と少女が「くじら」を目指し、宇宙へと旅に出る。

処理中です...