神造のヨシツネ

ワナリ

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第10話:イチノタニの空

Act-06 マークⅡ胎動

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 木曽軍残党の奇襲を退け、キョウト入りしたウシワカが、偶然出会った母トキワの育ての親――一条ナガナリの屋敷に招かれてから、はやひと月半。
 彼女は源氏のキョウト本陣と定められた、ロクハラベースに移る事もなく、ずっとナガナリ邸に入り浸っていた。

 その理由は、棟梁ヨリトモの命を狙った刺客とはいえ、女武者であるトモエの首を刎ねてみせたウシワカを気味悪がる、自軍の空気の悪さであった。

 同時に、そんな傷心のウシワカを召還する気配もない、姉ヨリトモの態度も気に入らなかった。
 おそらく平氏討伐戦を前に政務に忙しいのだろうが、それにしても実の妹に対して冷たすぎるのではないか。自分の行動は常に源氏を第一として考えているのに、と。

 ――やはり母違いという事が、姉との距離を遠ざけているのだろうか。

 ウシワカはこのひと月半、そんな事ばかりを考えていた。

 その母である皇帝ゴシラカワの過去を知り、彼女が何かと戦っている事を知っても、ウシワカの気持ちは姉ヨリトモに向かっていた。
 だが姉は今、ウシワカの実母の心と向き合い、その悲願であるタマモノマエ討伐に心を砕いている。追えば逃げる様な姉妹の思いは、ここまでくると皮肉を超え滑稽でもあった。

 そして半月前、平氏討伐軍が編成されフクハラベースに向け進発しても、ウシワカはそれに積極的に加わろうとはしなかった。

 姉ヨリトモへの反発もあったが、何より乗機シャナオウをトモエに撃破されたのが痛かった。

 今さら、量産機であるガシアルに乗るのは御免だったし、仮に乗ったとしてもウシワカの強大な魔導力に、ガシアルの演算システムがオーバーフローを起こすのは目に見えていた。
 そんな、自分にリミッターをかける様な戦い方で、姉に注目してもらえる戦功が挙げられるとも思えない。それでは意味がないのだ。

 だから無為に日々を過ごしてきた。

 同時にヨリトモとしても、神器発動の重要人物、かつ飼い慣らせない狂犬の様なウシワカが動けずにいるのは、好都合でもあった。
 慎重に慎重を重ねなくてはならないこの局面で、これまでの様にウシワカに暴走されては、すべてが御破算となるからだ。

 そんな思惑など知る由もないウシワカであったが、彼女が動かなかった理由は、ナガナリ邸が居心地が良かった事もあった。

 一条ナガナリは義理の娘の子であるウシワカを、実の孫の様に可愛がってくれた。元々、両親でなく義理の祖父、鎌田マサキヨに育てられたウシワカは、いわゆる「お爺ちゃん子」であり、好々爺そのままのナガナリに、すっかり懐いていた。

 今も二人は、ナガナリ邸の二階の窓際に並び、晴れ渡る西の空を眺めている。

「なあ、ウシワカ……」

「なに? じいちゃん」

 そのやり取りも、今や実の祖父と孫娘の様であった。

「ずっと言おうと思っとんたんじゃが……お主さえよければ、このまま儂の孫になって、ずっとここで暮らさんか?」

「――――⁉︎」

 ナガナリの突然の申し出に、ウシワカは驚いた。

 そういえば、木曽ヨシナカの妻トモエにも、かつて同じ様な事を言われた。

 ――今ならまだ間に合う。皇帝の娘、源氏の棟梁の妹、そんな『しがらみ』から離れて、『一人の女の子』として共に暮らさないか、と。

「…………」

 ウシワカは考える――あの時は、トモエの言っている意味が分からなかった。でも、あれからウシワカは、ヨシナカやトモエたち源氏を、同じ源氏として殺し続けてきた。その修羅の道は、トモエが心配した以上のものであった。

 ――すべては姉のために。

 それなのに報われない思いは日々つのるばかりだ。もうどうすればいいのかも分からない。それなら、この優しい義理の祖父のもとで、一人の女の子に戻るのも悪くないか。

 そう思い、

「じいちゃん――」

 と、ウシワカが何かを告げようとした瞬間、

「ウシワカーーーっ!」

 ナガナリ邸の門前で大声を上げたのは、伊勢サブローであった。

「サブロー?」

「ウシワカ、直ったよ――シャナオウが!」

 窓から身を乗り出したウシワカに、サブローが告げた言葉。
 それはウシワカを、少女から戦士へと引き戻す、運命の一言であった。

「――――!」

 何かを言う前に、もうウシワカは窓の手すりを飛び越えていた。
 そして地面に着地すると、すぐにサブローのオフロード車に駆け寄り、それに飛び乗った。

「ウシワカー!」

 突然の事に戸惑い、ナガナリが叫ぶが、

「じいちゃん、ちょっと行ってくる!」

 と、ウシワカは笑顔でそれに答えると、そのままオフロード車は急加速で、北を目指し消えてしまった。

「ウシワカ……」

 その時、ナガナリは感じた。この感触が、かつてトキワという名だった義理の娘が、旅立っていった時にあまりに似ている事に。

 あまりといえば、あまりな運命の歯車。だが戦乱の世は、あくまで無情であった。
 
 そしてウシワカは目にする。再生されたシャナオウの変貌した姿を。

「こ、これがシャナオウ?」

 キョウト北方クラマの地――亡き義理の祖父、鎌田マサキヨの整備場に置かれていたのは一機の戦闘機であった。

 ヒノモトにもレシプロの飛行艇は存在するが、戦闘機という概念はまだない。なのでウシワカが動揺するのも無理はなかった。
 それ以前に、そもそも機甲武者は全長八メートルの人型ロボットである。確かにカラーは以前と同じ薄緑ではあるが、それにしてもあまりに形が違いすぎていた。

 だが、そばにいるツクモ神ベンケイや、常陸坊ひたちぼうカイソンばかりか、姉ヨリトモの側近である大江おおえのヒロモトも、ウシワカに自信に満ちた目を向けてくる。サブローに至っては、「ほらほらー」と背中を押してくる始末であった。

 ならばと、意を決したウシワカが恐る恐る、その機首に触れてみる。するとそれに呼応する様に、キャノピー状になったコクピットハッチが静かに開いた。

 その瞬間、

 ――ドクン。

 という鼓動が、ウシワカの中に流れ込んできた。

 それは生命の胎動。確かにこれはシャナオウであるとウシワカは確信した。

「どう? これがシャナオウマークⅡよ!」

 ベンケイの言葉に、

「マーク……Ⅱ」

 そう答えたウシワカの中で、眠れる源氏の血が再び覚醒した。
 
 そして、それから少し後――

 残されたナガナリは、ウシワカと共に眺めていた西の空に、一筋の閃光が流れていくのを見た。

 それは緑の大鳥が飛んでいる様でもあり、

「ウシワカ……」

 ナガナリは無意識の内に、なぜかそう口にしていた。



Act-06 マークⅡ胎動 END

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