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第9話:修羅の道
Act-01 人身御供
しおりを挟む「これは……派手にやってくれたものだな」
木曽ヨシナカの御所襲撃から一夜明け、ヘイアン宮の皇帝御座所で、その被害報告を聞き終えた、女帝ゴシラカワが呆れた声を上げた。
「では、私はこれで――」
報告官が深々と頭を下げ、去るのを見計らって、
「御所の七割が破壊され、近衛兵もほとんどが討ち死に! 魔導結界の僧堂だけでなく、結界師もすべて失った……クソッ、ヨシナカめ!」
僧形の摂政シンゼイも、やるかたない怒りに地団駄を踏む。
「しかし、ウシワカがヨシナカを討ち取ってくれたのは、不幸中の幸いだったな」
ゴシラカワは、封印せし異形の母タマモによる神通力で、魔導結界を無効化された窮地を救ってくれた『実の娘』の来援に触れるが――そもそも源氏に好意を持っていないシンゼイは、
「源氏め、結局は同士討ちになったか」
と、ウシワカに感謝の言葉を述べるどころか、逆に彼女たち源氏が背負う宿業を、そしる言葉を吐き捨てた。
それにゴシラカワは、冷めた笑いを浮かべると、
「だが、その源氏に頼るしかないのだぞ、摂政殿」
と、もはや自立機能を失った、朝廷の現実をシンゼイに突きつけた。
そもそも武力を持たない朝廷は、機甲武者の発明以来、その軍事的運用に成功した平キヨモリ率いる『平氏』を後ろ盾に持ち、その軍事力を政治的に取り込む事で、惑星ヒノモトを統御してきた。
だがキヨモリ死後、その権能を失った後継者、平ムネモリは都を追われ、かわってキョウト入りした木曽ヨシナカも、追い詰められた末に逆徒と化し散った今――朝廷を守護できるのは『源氏』のヨリトモだけとなった。
「ヨリトモめ、まんまと漁夫の利を得たという事か……」
認めたくない現実にシンゼイは、ヨリトモの躍進をそう皮肉る事しかできなかったが――その時、不意に玉座のゴシラカワの体が、グラリと揺らいだ。
「――――?」
いつもなら、ここで返しの皮肉の一つも被せてくるはずの女帝が、何も言ってこないばかりか、苦しそうに顔を歪めている事にシンゼイは気付くと、
「どうした、トキワ⁉︎」
と、思わずゴシラカワを古き名で呼びながら、玉座に駆け寄った。
「大丈夫だ、シンゼイ……今のところはな」
明らかに激しい疲労を顔に浮かべながらも、意味深な物言いをするゴシラカワに、
「今のところ? どういう事だ?」
と、シンゼイは女帝を気遣いながらも、厳しい表情でそう問い質した。
それにゴシラカワは、
「なあシンゼイよ……タマモは――母上は復活してきている」
と、玉座の上の梁に埋め込まれた、狐の耳に九本の尾を携えた、裸形の怪物を目で指すと、
「フクハラの日食、ヘイアン宮の魔導結界の無効化……すべて私の封印の力が弱まったからだ……」
そこまで言って、苦しい息を吐きながら、少し間を置いた後、
「――私の体も、もう長くは保たんかもしれん」
と、衝撃の事実を、呆然とする摂政に向かって突然告白した。
「な、なぜだ⁉︎ ――まさかお前、タマモの封印に自分の命を使っていたのか⁉︎」
「フフッ、こんな化け物の封印が、タダな訳はあるまい」
シンゼイの言葉に、ゴシラカワは彼女の癖である、薄い笑いを漏らしてから、思わず本気で苦笑してしまった。
「お前は私を退位させて、アントクをこの役につければ、それで済むと思っていたのかもしれんが、この役はそれほど甘いものではないのだ」
もはや言葉を失ったシンゼイを見つめながら、ゴシラカワは構わず喋り続ける。
「たとえアントクがそれを受け入れても、この部屋から動けぬ人身御供の様な生活を、あの幼な子にさせるつもりか? ――こんなのは私一人でたくさんだ」
「…………」
「三種の神器を揃えねばならん――源平の和合を待ちたかったが、思いの外、時間は残されておらなんだ……この先は、多少手荒な方法で臨まねばならんぞ」
「……ど、どうすればよいのだ?」
うろたえながら、ようやく言葉を吐き出したシンゼイに、
「ヨリトモが到着次第、すぐに参内する様に伝えよ……そこですべてを話そう」
世上で『大天狗』と揶揄される女帝は――遠くを見つめ、そっと目を閉じると――その美しい顔に、いつもとは違う、優しい笑みを浮かべながらそう言った。
そのヨリトモは源氏全軍を率いて、南方ヤマトの国境を発ち、ヘイアン宮を目指していた。
御所を襲撃の上、皇帝ゴシラカワの動座、もしくは弑逆を狙ったヨシナカを防ぐために先行した部隊は、すでにヘイアン宮に先着している。
先程の御座所での会話通り、魔導結界はすでになく、近衛兵も木曽軍に虐殺された今、ヘイアン宮の防衛力はその先発隊のみであった。
それを率いる梶原カゲトキと合流して、木曽ヨシナカに代わり、正式にキョウト守護に――国家権力の代行者になるべく、ヨリトモはヘイアン宮に向かっているのであった。
東方の自治権を承認されたヨリトモにとって、次の課題は西方に退去した平氏の討伐――そのために、この移動中もヨシナカから譲り受けた戦闘データの解析を、腹心であり機甲武者開発の責任者でもある大江ヒロモトに急がせ、同乗する車中でその報告に耳を傾けていた。
「フクハラの湿地は、想像以上にやっかいの様です。ノーマルのガシアルでは、三十パーセント近く機動力がダウンします」
「ヨシナカのバキのデータから、換算した数値か?」
自身は魔導適性がないため、機甲武者を操れないヨリトモだったが、それでも彼女はその理論だけはしっかりと把握しており、今もヒロモトの言葉に、打てば響く様に応じていた。
「はい。手元のデータはヨシナカ殿のバキのものですが、バキの四本足と、ガシアルの二本足の機動数値変換で、おおよその予測がつきました」
ヒロモトもまた、その怜悧な頭脳で簡潔にヨリトモの問いに答える。
「ヨシナカが言った様に、湿地チューンが必要か……」
「はい。あのデータチップのおかげです。それに――」
そう言いながらヒロモトは、ギラリと眼鏡の奥の目を輝かせると、
「ヨシナカ殿のバキが回収できた事は、大きな収穫でした。見切り発車の機体でも、あれにはキソで独自開発されたブラックボックスが、多数入っているはずです。そのデータを解析すれば、我らの手でバキを完璧な機甲武者にする事ができます!」
と、技術開発に携わる人間として、そこまではよかったが、
「――本当にウシワカ殿のおかげです」
という一言に、無表情を貫くヨリトモの顔色が一瞬曇った。
Act-01 人身御供 END
NEXT Act-02 天下人
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