神造のヨシツネ

ワナリ

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第8話:夢の果て

Act-08 ヨリトモの正体

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 ヨリトモとヨシナカの脳裏に過去の記憶が蘇る――

 それは今から十五年以上前、時の皇帝ストクとその弟タカクラの皇位争奪戦――後に『ホウゲンの乱』と呼ばれる朝廷動乱の時の事である。

 その父が先帝トバでなく、皇后タマモと先々代の皇帝シラカワとの『不義の子』であるという疑惑を持つストク帝を、タカクラ派は武力蜂起で譲位させようと目論み――惑星ヒノモトの軍閥は、親兄弟までもが両派に分かれて激突した。

 源氏も棟梁タメヨシ、次男ヨシカタがストクに。ヨリトモ、ウシワカの父である長男ヨシトモがタカクラに属し――結果、乱はタカクラ派の勝利に終わり、争乱の中、タメヨシ、ヨシカタは肉親であるヨシトモに討ち取られた。

 戦後、本拠地カマクラに新棟梁として、ツクモ神マサコを継承して帰還したヨシトモは――朝廷から反逆者ヨシカタの子、ヨシナカを殺害する様に厳命されていた。

 そして弟の子を討つべく、その居所に踏み込んだ時――ヨシナカの前に立ちはだかったのは、まだ幼きヨリトモだった。

「なんの真似だ、ヨリトモ?」

 愛娘の行動に驚くヨシトモに、

「ダメ! ヨシナカを殺しちゃダメ!」

 と、ヨリトモは目に涙をためながら、その手に銃を持つ父に抗った。

 出生後に母をすぐ亡くし、一人っ子だったため、家族同然に過ごしてきた同年のヨシナカに、親類の情をかけているのだろうとヨシトモは思ったが、

「源氏は……源氏は仲良くしなきゃダメなんだから!」

 というヨリトモの言葉に、初めて合間見えたツクモ神マサコさえも愕然とした。

 ヨリトモの真っすぐで凛とした瞳に直視され、肩を震わせるヨシトモ。

 一族相克の歴史――源氏の宿業を、何百年に渡り見届けてきたマサコは、父と弟を殺した良心の呵責に、ここまで耐えてきたヨシトモの肩に手を置くと、

「ヨシトモ……あなたも辛かったでしょ。もういいわよ。もうこれ以上は――」

 そう言って、傷心の新棟梁を苦しみから解放してやった。

 そしてヨシナカとその母は――ヨシトモ帰還前に逃亡、という扱いになり、母の生地であるキソに落ちる事となった。

 その出立の日――

 ヨリトモは、「今度は、仲良くしようね」と別れ際、ヨシナカに言った。
 ヨシナカも手を振りながら、「うん、約束だよ」と、涙を流し去っていった。


 
「お互いガキの頃の話だが……ウシワカのおかげで、思い出せたぜ」

 回想を終えたヨシナカが、そう言って苦笑する。

「ウシワカ……?」

 なぜ妹が、と、それが解せないヨリトモに、

「さっき俺をかばったせいで、お前に突き放された時のウシワカの目……あれはホウゲンの乱の後、身内に殺されるっておびえてた――あの時の俺と同じ目をしてた」

 ヨシナカは、かつての自分にウシワカの境遇を重ねると、続けて、

「そんな俺を、あん時お前は救ってくれたじゃねえか。家族として」

 と、ヨリトモの顔を、はにかみながら覗き込む。

「ウシワカの事、大事にしてやれ。あいつはちょっと不器用だが、純粋にお前の事を思ってる」

 ヨシナカの言葉に、ヨリトモの顔はいつもの冷静さが消え、険しくなっていく。そんな彼女に、

「それにウシワカはお前の妹……本当の家族じゃねえか」

 ヨシナカはたたみかけると、「あと――」と前置きして、

「あん時の約束、守れなくてごめんな」

 と、ありし日の――今度は仲良くしよう、という約束を破る事を詫びた。

 それに――鉄面皮を装う――源氏の女棟梁の心は、ついに決壊し、

「ヨシナカ! もう一度、考えなお――」

「俺一人なら、それでもいい!」

 思わず叫んだヨリトモの言葉を、ヨシナカが遮った。

「だがよ……俺もキソで家族が――たくさんの仲間ができたんだ。そいつらと俺は天下を取るって誓った。俺が今、お前に降っちゃ、そのために死んでいった仲間たちに申し訳がたたねえ……」

 そう言うとヨシナカは、

「お前も……お前の家族を守れ」

 と、かつて家族だった宿敵に、惜別の思いを送った。

 
 もはやヨリトモとヨシナカが、和合する事など到底不可能だった。
  
 何かを守るために、何かを失わなくてはならない――二つを同時に守れない一族。それが源氏。

 
 それが分かっている両雄は、その宿命を受け入れ、

「じゃあ行くぜ。先を急ぐんでな」

 と言うヨシナカに、ヨリトモもいつもの無表情で応じた。

 先を急ぐ――それは、ヨシナカが本拠地キソに撤退する事を意味しており、東方支配を認められたヨリトモには、彼の自立は許されざる事だった。

 まずは西方の平氏を――ヨシナカに代わって――討たねばならないが、その後、源氏同士の激突はこれで避けられなくなった。
 もうこうして会う事もねえ――そう言ったヨシナカの言葉は、それを示唆していたのだった。

 そして、重くなる空気の中、幼き頃を知る二人の決別を神妙な面持ちで見守っていたツクモ神マサコに向かい、

「んじゃあな、マサコ。老けねえ様に、せいぜい美容には気を付けろよ!」

 と、ヨシナカは――再会時の会話を逆手に取った――まさかの不意打ちを食らわせると、「あばよ!」と言い残し、陣屋から飛び出していった。

「なっ⁉︎ こ、このクソガキー!」

 思わずそう叫んだマサコの声を背中で聞きながら、ヨシナカは高笑いを残し消えていく。
 それは湿っぽい空気を残さない様にとの、彼なりの気遣いだったのだろう。

 そして幔幕の外に出るべく、陣屋の裏手に回ると――そこには銃を構えた大江おおえのヒロモトが待ち伏せしていた。

 だがヨシナカは華麗な動きで、彼女の銃だけを蹴り上げると、呆然と立ちつくすウシワカの横を颯爽と走り抜け、外に脱出した。

 ヨシナカは目を合わせただけで、ウシワカには何の言葉もかけなかった。

 ヨリトモとの会話を聞いていたのなら、それがすべてだ――と、ヨシナカのその時の目は、とてつもなく優しい目をしていた。

 自分をかばい、姉に取りなしてくれただけでなく、その姉ヨリトモの身も思いやり、かつキソの仲間との義を貫く男。

 その心意気、男っぷりに、ウシワカはあらためて、木曽ヨシナカという男の大きさを思い知った。

 その時、

「クソッ! クソッ!」

 という嗚咽にも似た叫びが、陣屋の中から聞こえてきた。

 その声は間違いなくヨリトモのものであり、その感情にまかせた絶叫は、普段の沈着な棟梁の姿からは想像もできない、いわば狂態であった。

「あれが……本当のヨリトモ様です」

 ヨシナカを討ち損じたヒロモトが、銃を拾いながらウシワカに語りかける。

 ここにきてようやくウシワカも、姉がどれだけ良心の呵責に苦しみながら、感情を殺し、冷徹な棟梁を演じていたのかを知った。

 姉の正体――それは妹と同じく、不器用な生き方しかできない一人の女であった。
 
 そして大切なものを守るために、誰かが死ななくてはならない――源氏の宿業がまた一つ、新たな歴史を刻もうとしていた。



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