46 / 97
第8話:夢の果て
Act-05 インモラル
しおりを挟む「ふざけるな!」
御座所に駆け込んだヨシナカの第一声は、それであった。
キョウト守護として、朝敵平氏討伐の勅命を遵守するべく、無謀な戦を敢行した木曽軍。
その見返りは、ヨシナカがその後塵を拝する事を何より嫌った、源ヨリトモの躍進であった。
多くの同胞を失い、悲嘆に暮れながらキョウトに帰還したヨシナカは、皇帝ゴシラカワがヨリトモに東方の支配代行を命じたという情報に、謁見の許可も得ないまま御座所に乗り込んだ。
折しもその場は、東方からキョウトへの物資運搬を協議するべく、ゴシラカワとヤマト平定を終えた源氏本軍首脳が一堂に会しており、
「貴様、許しも得ずに帝の御前にまかり越した上に、その雑言は何事だ!」
まずは、摂政シンゼイの叱責がヨシナカを出迎えた。
だがヨシナカはひるむ事なく、
「俺たちが死ぬ気で戦をしていた間に……いや、俺の大切な仲間たちが平氏に殺されている間に、ヨリトモに東方をくれてやったってのは、どういう事だ⁉︎」
と、その怒りを真っすぐに玉座のゴシラカワにぶつけた。
「フフフッ」
それにゴシラカワはまずは妖しく笑う。それから、
「別にくれてやってはおらん。キョウトは此度の動乱で、租税の徴収が滞っておる。それをヨリトモが東方の分を納めてくれるというので、頼むと言ったまでだ」
と、御前に控えるヨリトモをチラリと見ながら、ぬけぬけとそう言ってのけた。
現実問題として、平キヨモリ死後の源平争乱で、ヒノモトの行政機構は半ば麻痺状態に陥っていた。
特に平氏の支配地域を、実力行使で源氏が奪い取った東方はそれが顕著で、各勢力が独自にその土地を実行支配する有様であった。
源氏嫡流として、それらの旗頭となったヨリトモも、その諸勢力の顔色をうかがわなくてならない立場から、それを統御する事は不可能であったが――帝の代行者となれば、話は別である。
ヨリトモに逆らう事は、すなわち皇帝ゴシラカワに逆らう――すなわち朝敵であった。
ここにゴシラカワとヨリトモの利害は一致した。
「ヨリトモ……すべてお前の計算通りか……」
絞り出す様な声と共に、ヨシナカは歯噛みした。
わざと行軍速度を落とし、木曽軍を先に物資の無いキョウトに入れ、自軍は肥沃な周辺地域を押さえたヨリトモの戦略。
それだけでなく、西方における態勢が万全な平氏討伐に木曽軍を追い込み、それを自壊に導く手法は、統制下におけない一族を合法的に粛清する『あざとさ』であった。
上総ヒロツネ、源ヨシヒロ、源ユキイエ――ヨリトモが葬った者たちと同じ運命を歩まされかけたヨシナカに、
「で、ヨシナカ、どうする? キョウト守護として、もう一度フクハラに攻め込むか?」
ゴシラカワは非情の宣告を突きつけた。
「な……⁉︎」
たった今、瀕死の状態で帰ってきた木曽軍に、もう一度フクハラに出陣しろとは、どういうつもりか。ヨシナカの顔が怒りに歪んだ。
実質的なキョウト守護解任通告――もはやヨシナカには首都を守る事も、朝敵を討つ事も、国家機構を安定に導く事も、何もできなかった。
だが緻密な戦略と忍耐で、時節到来を待ったヨリトモは、そのすべてを果たす事ができる。その彼女は、
「ヨシナカ……ここまでだ。我が傘下に入れ」
と、いつもの様に、水面のごとき無表情で短くそう言い放った。
源氏本軍に加入する――平氏と違い一族を優遇しない源氏において、それは一配下になり下がる事を意味する。
平氏凋落の隙を突いて、本拠地キソの実力者たちに推戴され、乱世の雄となったヨシナカ。
その豪快ながら暖かい人柄に、木曽軍はいつしか軍閥ながら、家族の様な連帯感に包まれた。それは一族相克の歴史を繰り返した源氏において奇跡であった。
そして、いつしか自然に皆が――木曽ヨシナカを天下人に、という思いで一つになった。
木曽軍は語りあった。自分たちがキョウトに上り、朝廷を擁し、天下を治める『夢』を。
その夢は、常軌を逸する強行軍の末、キョウト一番乗りという結果で、その一端を叶えた。
だが策多き女帝はそれを弄び、用済みとなったヨシナカの代わりに、彼がもっとも負けたくないヨリトモに、その夢の地位を与えようとしている。
「東方は私が治める。もし勝手に振る舞えば――討つ」
そのヨリトモは、何も答えられないヨシナカに、淡々とそう言った。いや通告した。
「ヨシナカ殿、よもやキソに戻り再起を図ろうなどと思われるな」
「あなたの領地……いえ、領地だったキソの行政権も、すべてヨリトモ様に一任されました」
ヨリトモの左右に控える梶原カゲトキ、大江ヒロモトの両腹心が、ヨシナカの最後の希望を打ち砕いた。
「てめえら……」
思わずヨシナカは、腰のホルスターから銃を引き抜く。
銀色に光り輝くオートマチックピストル――皇帝の御前で銃を抜くという、その暴挙に一同が驚いた。それを、
「ヨシナカ、やめて!」
と、その身に覆いかぶさり制したのは、共に参内してきた妻のトモエだった。
「離せ、トモエ! こいつらは俺から……俺たちから、すべてを奪おうとしているんだぞ!」
妻を振りほどいたヨシナカの銃口が向いた先は――自身に代わり、その夢を叶えようとしている、源ヨリトモ。
だがその彼女の前に光り輝く盾が――魔導シールドが展開していた。
「ヨシナカ、アンタの負けよ。男なら、それを認めて引き下がりなさい」
そう言って、空中でヨリトモの前に立ちはだかっているのは――源氏のツクモ神、マサコであった。
ヨシナカの銃の九ミリ弾では、魔導シールドは破れない。己の敗北を悟った悲しき将は、力なくその腕を下におろした。
「もう、あなたもヨリトモも大人になった……今度はヨリトモも、あなたを逃がさないわよ」
いつもの豪快な口ぶりではなく、まるで若者を諭す母の様なマサコに、
「へっ、昔の事を……」
力なくそう答えるヨシナカ。それは何か過去の因縁を物語っていた。
ヨリトモもシールドを消したマサコの後ろで、ヨシナカをじっと見つめる。その顔は無表情ながら、目だけはどこか悲しげであった。
御座所には源氏本軍首脳の末席として、ツクモ神ベンケイと共にウシワカもいた。
そして、これまでの一連の流れを、息を呑んで見守っていた彼女が、ついに口を開いた。
「ねえ、お姉ちゃん――」
その第一声は、いつもの様に肉親に対する甘えを含んでいた。
それに梶原カゲトキは顔をしかめ、傍らのベンケイはウシワカが何を言いだすのかと緊張し、その対象であるヨリトモは目だけを妹に向けた。
「――ヨシナカを、助けてあげて」
いったいウシワカは何を考えているのか。彼女の言葉を聞いた一同は、皆、我が耳を疑った。
ヨシナカを追い落とすために、姉ヨリトモが、母ゴシラカワが、ここまで周到な策を打ってきたのである――この場は、その集大成であった。
そこで、そのヨシナカを助けろとは――一族の情があろうと――あまりといえばあまりな政治感覚の欠如であった。
「ウシワカ殿!」
たまらず梶原カゲトキが、ウシワカを黙らせようと大声を出したが、
「うるさいな! どうして同じ源氏なのに、ヨシナカをいじめるの! みんなが助けてくれないなら――私がヨシナカを助けるから!」
これまでの経緯から、カゲトキ憎しの思いで口走ったウシワカの言葉は――これこそ禁断の一言であった。
Act-05 インモラル END
NEXT Act-06 タイムリミット
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
異世界日本軍と手を組んでアメリカ相手に奇跡の勝利❕
naosi
歴史・時代
大日本帝国海軍のほぼすべての戦力を出撃させ、挑んだレイテ沖海戦、それは日本最後の空母機動部隊を囮にアメリカ軍の輸送部隊を攻撃するというものだった。この海戦で主力艦艇のほぼすべてを失った。これにより、日本軍首脳部は本土決戦へと移っていく。日本艦隊を敗北させたアメリカ軍は本土攻撃の中継地点の為に硫黄島を攻略を開始した。しかし、アメリカ海兵隊が上陸を始めた時、支援と輸送船を護衛していたアメリカ第五艦隊が攻撃を受けった。それをしたのは、アメリカ軍が沈めたはずの艦艇ばかりの日本の連合艦隊だった。
この作品は個人的に日本がアメリカ軍に負けなかったらどうなっていたか、はたまた、別の世界から来た日本が敗北寸前の日本を救うと言う架空の戦記です。
悠久の機甲歩兵
竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。
※現在毎日更新中
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。
科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
全ての悩みを解決した先に
夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」
成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、
新しい形の自分探しストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる