神造のヨシツネ

ワナリ

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第8話:夢の果て

Act-05 インモラル

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「ふざけるな!」

 御座所に駆け込んだヨシナカの第一声は、それであった。

 キョウト守護として、朝敵平氏討伐の勅命を遵守するべく、無謀な戦を敢行した木曽軍。
 その見返りは、ヨシナカがその後塵を拝する事を何より嫌った、みなもとのヨリトモの躍進であった。

 多くの同胞を失い、悲嘆に暮れながらキョウトに帰還したヨシナカは、皇帝ゴシラカワがヨリトモに東方の支配代行を命じたという情報に、謁見の許可も得ないまま御座所に乗り込んだ。

 折しもその場は、東方からキョウトへの物資運搬を協議するべく、ゴシラカワとヤマト平定を終えた源氏本軍首脳が一堂に会しており、

「貴様、許しも得ずに帝の御前にまかり越した上に、その雑言は何事だ!」

 まずは、摂政シンゼイの叱責がヨシナカを出迎えた。

 だがヨシナカはひるむ事なく、

「俺たちが死ぬ気でいくさをしていた間に……いや、俺の大切な仲間たちが平氏に殺されている間に、ヨリトモに東方をくれてやったってのは、どういう事だ⁉︎」

 と、その怒りを真っすぐに玉座のゴシラカワにぶつけた。

「フフフッ」

 それにゴシラカワはまずは妖しく笑う。それから、

「別にくれてやってはおらん。キョウトは此度こたびの動乱で、租税の徴収が滞っておる。それをヨリトモが東方の分を納めてくれるというので、頼むと言ったまでだ」

 と、御前に控えるヨリトモをチラリと見ながら、ぬけぬけとそう言ってのけた。

 現実問題として、たいらのキヨモリ死後の源平争乱で、ヒノモトの行政機構は半ば麻痺状態に陥っていた。
 特に平氏の支配地域を、実力行使で源氏が奪い取った東方はそれが顕著で、各勢力が独自にその土地を実行支配する有様であった。

 源氏嫡流として、それらの旗頭となったヨリトモも、その諸勢力の顔色をうかがわなくてならない立場から、それを統御する事は不可能であったが――帝の代行者となれば、話は別である。

 ヨリトモに逆らう事は、すなわち皇帝ゴシラカワに逆らう――すなわち朝敵であった。

 ここにゴシラカワとヨリトモの利害は一致した。

「ヨリトモ……すべてお前の計算通りか……」

 絞り出す様な声と共に、ヨシナカは歯噛みした。

 わざと行軍速度を落とし、木曽軍を先に物資の無いキョウトに入れ、自軍は肥沃な周辺地域を押さえたヨリトモの戦略。
 それだけでなく、西方における態勢が万全な平氏討伐に木曽軍を追い込み、それを自壊に導く手法は、統制下におけない一族を合法的に粛清する『あざとさ』であった。

 上総かずさヒロツネ、みなもとのヨシヒロ、みなもとのユキイエ――ヨリトモが葬った者たちと同じ運命を歩まされかけたヨシナカに、

「で、ヨシナカ、どうする? キョウト守護として、もう一度フクハラに攻め込むか?」

 ゴシラカワは非情の宣告を突きつけた。

「な……⁉︎」

 たった今、瀕死の状態で帰ってきた木曽軍に、もう一度フクハラに出陣しろとは、どういうつもりか。ヨシナカの顔が怒りに歪んだ。

 実質的なキョウト守護解任通告――もはやヨシナカには首都を守る事も、朝敵を討つ事も、国家機構を安定に導く事も、何もできなかった。

 だが緻密な戦略と忍耐で、時節到来を待ったヨリトモは、そのすべてを果たす事ができる。その彼女は、

「ヨシナカ……ここまでだ。我が傘下に入れ」

 と、いつもの様に、水面のごとき無表情で短くそう言い放った。

 源氏本軍に加入する――平氏と違い一族を優遇しない源氏において、それは一配下になり下がる事を意味する。

 平氏凋落の隙を突いて、本拠地キソの実力者たちに推戴され、乱世の雄となったヨシナカ。
 その豪快ながら暖かい人柄に、木曽軍はいつしか軍閥ながら、家族の様な連帯感に包まれた。それは一族相克の歴史を繰り返した源氏において奇跡であった。

 そして、いつしか自然に皆が――木曽ヨシナカを天下人に、という思いで一つになった。

 木曽軍は語りあった。自分たちがキョウトに上り、朝廷を擁し、天下を治める『夢』を。
 その夢は、常軌を逸する強行軍の末、キョウト一番乗りという結果で、その一端を叶えた。

 だが策多き女帝はそれを弄び、用済みとなったヨシナカの代わりに、彼がもっとも負けたくないヨリトモに、その夢の地位を与えようとしている。

「東方は私が治める。もし勝手に振る舞えば――討つ」

 そのヨリトモは、何も答えられないヨシナカに、淡々とそう言った。いや通告した。

「ヨシナカ殿、よもやキソに戻り再起を図ろうなどと思われるな」

「あなたの領地……いえ、領地だったキソの行政権も、すべてヨリトモ様に一任されました」

 ヨリトモの左右に控える梶原カゲトキ、大江おおえのヒロモトの両腹心が、ヨシナカの最後の希望を打ち砕いた。

「てめえら……」

 思わずヨシナカは、腰のホルスターから銃を引き抜く。

 銀色に光り輝くオートマチックピストル――皇帝の御前で銃を抜くという、その暴挙に一同が驚いた。それを、

「ヨシナカ、やめて!」

 と、その身に覆いかぶさり制したのは、共に参内してきた妻のトモエだった。

「離せ、トモエ! こいつらは俺から……俺たちから、すべてを奪おうとしているんだぞ!」

 妻を振りほどいたヨシナカの銃口が向いた先は――自身に代わり、その夢を叶えようとしている、みなもとのヨリトモ。

 だがその彼女の前に光り輝く盾が――魔導シールドが展開していた。

「ヨシナカ、アンタの負けよ。男なら、それを認めて引き下がりなさい」

 そう言って、空中でヨリトモの前に立ちはだかっているのは――源氏のツクモ神、マサコであった。

 ヨシナカの銃の九ミリ弾では、魔導シールドは破れない。己の敗北を悟った悲しき将は、力なくその腕を下におろした。

「もう、あなたもヨリトモも大人になった……今度はヨリトモも、あなたを逃がさないわよ」

 いつもの豪快な口ぶりではなく、まるで若者を諭す母の様なマサコに、

「へっ、昔の事を……」

 力なくそう答えるヨシナカ。それは何か過去の因縁を物語っていた。

 ヨリトモもシールドを消したマサコの後ろで、ヨシナカをじっと見つめる。その顔は無表情ながら、目だけはどこか悲しげであった。

 御座所には源氏本軍首脳の末席として、ツクモ神ベンケイと共にウシワカもいた。
 そして、これまでの一連の流れを、息を呑んで見守っていた彼女が、ついに口を開いた。

「ねえ、お姉ちゃん――」

 その第一声は、いつもの様に肉親に対する甘えを含んでいた。
 それに梶原カゲトキは顔をしかめ、傍らのベンケイはウシワカが何を言いだすのかと緊張し、その対象であるヨリトモは目だけを妹に向けた。

「――ヨシナカを、助けてあげて」

 いったいウシワカは何を考えているのか。彼女の言葉を聞いた一同は、皆、我が耳を疑った。

 ヨシナカを追い落とすために、姉ヨリトモが、母ゴシラカワが、ここまで周到な策を打ってきたのである――この場は、その集大成であった。

 そこで、そのヨシナカを助けろとは――一族の情があろうと――あまりといえばあまりな政治感覚の欠如であった。

「ウシワカ殿!」

 たまらず梶原カゲトキが、ウシワカを黙らせようと大声を出したが、

「うるさいな! どうして同じ源氏なのに、ヨシナカをいじめるの! みんなが助けてくれないなら――私がヨシナカを助けるから!」

 これまでの経緯から、カゲトキ憎しの思いで口走ったウシワカの言葉は――これこそ禁断の一言であった。



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