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第7話:源氏という家族(後編)
Act-01 絆
しおりを挟む「もう元通りに動かせる?」
ヘイアン宮の庭園で、シャナオウの前に立つウシワカが、ベンケイに問いかけた。
昨日の平トモモリとの戦闘で、飛行機能に損傷を受けたシャナオウは、見た目ではもうすっかり直っていた。
だが、その修復作業に没頭したためウシワカから目を離してしまい、それがヨシナカ、そしてヨリトモとの偶発的接触を許してしまった事が、まだ悔やまれてならないベンケイは、
「大丈夫、まだ動かしてみなければ分からないけれど……うん、大丈夫」
と、意図せず、歯切れの悪い返事を返してしまう。
それにむくれたウシワカは、
「もう、ベンケイがしっかりしてくれないと! 私にはベンケイが必要なんだから――責任とってよね!」
と、ウシワカがゴシラカワの娘という事を隠していたのを、まだ気にしているベンケイに、キッパリとそう言ってみせた。
確かに、自分が皇帝の娘だった事は衝撃であり、ここまでの経緯も敷かれたレールに乗せられてきた感もあったが、そこにベンケイの悪意は一片も感じられなかった。
――私は源ウシワカ!
初めての御前で、ゴシラカワとシンゼイに堂々と名乗りを上げた時も、ベンケイはそれに偽りのない愛情で強く抱きしめてくれた。
それだけでなく、ここまでこのツクモ神は、ロクハラベースでの出会いから今日まで――言葉ではない――たくさんの真心を、その行動で示し自分を導いてくれた。
そんなベンケイはウシワカにとって、もうシャナオウのパイロットとナビゲーターという関係を超えた、もはや運命共同体であり、かけがえのない存在であった。
その思いを――責任をとれ、という一言で示したウシワカの愛情を受け取ったベンケイは、
「フッフッフッ、もう完璧よ! トモモリだろうが、トキタダだろうが、今度はまとめてブッ倒してやれるくらい完璧に直ってるんだから!」
と、いつものキップのいい物言いが戻り、これもいつもの様にウシワカを後ろから抱きしめると、笑顔でそう豪語してみせた。
その光景に、傍らのサブローとカイソンもホッと胸を撫でおろし、ウシワカも頬をすり寄せるベンケイに困った顔ではにかむ事で、この件はわだかまりなく落着した。
そしてペースが元に戻ると、もう我慢しなくていいとばかりにカイソンは、
「今回の修復で、シャナオウの飛行機能へのアップデートはあったんですか?」
と、気まずい雰囲気のため遠慮していた質問を、さっそくベンケイにぶつけ始めた。
「アプデ? 特にしてないわよ」
「そうですか……」
「何か気になる事があって?」
メカニック見習いとはいえ、機甲武者のシステムに精通しているカイソンの反応に、ベンケイは興味を抱いた。
「シャナオウって飛行機能はありますけど、その上昇性能の割に、水平移動はそんなに速度が出ないですよね」
「うーん、痛いとこを突くわね」
カイソンの指摘に、ベンケイは感心しながらそう言うと、
「シャナオウ――いえ、機甲武者は太古の天使たちが戦闘に用いた、鎧がベースになってるのは知ってると思うけど……結局は人間が乗る様にはできていないのよ」
「――――?」
「私も天使の争乱が終結してから生まれたツクモ神だけど、神器に残った微かな思念からは、天使たちが鎧に憑依している姿が見えたわ」
「――――???」
「なるほど!」
ウシワカとサブローは、ベンケイが何を言いたいのかチンプンカンプンだったが、カイソンだけは答えが見えたらしく、身を乗り出すと、
「つまり、コクピットの問題ですか⁉︎」
「ズバリそう! 胴体にコクピットがある機甲武者で、高速飛行のための水平体形をとったら、コクピットの向きが真下に向いちゃうでしょ」
ベンケイは宙に浮く自分の体を、横向きにする事でそれを実演して見せた。
「シャナオウは、私がガシアルのシステムを参考にして、人が乗れる様にしたものだから、もし本当に鳥の様に飛ぶなら、オリジナルにさらに手を加えなきゃならなくなるわね」
「できるんですか⁉︎」
ベンケイの言葉に可能性を感じたカイソンが、食いつく様に問いかける。
「私がシャナオウを直すのを見てたと思うけど――シャナオウは神器『ヤサカニの勾玉』を、魔導力で機甲武者として現界させたものだから、改修には修復以上の大規模魔法陣を形成しなくてはならないわ」
カイソンは、ベンケイがシャナオウの足元に魔法陣を展開して、かかりっきりで修復に挑んでいた姿を思い出し、
「つまり時間がかかるんですね……」
「そういう事……やってやれない事はないんだけどね」
そう言って苦笑しながら、ベンケイはチラリとウシワカを見た。その意を受けて、
「ウシワカ、待てるぅ?」
と、いたずらっぽく問いかけるサブローに、
「待てない! 私は今すぐ、シャナオウでお姉ちゃんの軍に加わるんだから!」
打てば響く様に、ウシワカは即答した。やはり結論はそこなのであった。
「太祖の天使ヨシツネは、シャナオウの翼を飛行ではなく、サウザンドソードを空中から打つためだけに使ってたのね。まさか天使たちも千年後に、人間が自分たちの鎧に乗り込んで、機関砲を撃ち合うだなんて、思ってもみなかったでしょうから」
ベンケイは、『神の領域』に属する者として、本心からの苦笑を禁じ得ない。そこに、
「興味深いお話ですね」
と言いながら、眼鏡をかけた女が近付いてきた。その顔を見てハッとしたベンケイは、
「あなたは確か……」
「大江ヒロモトと申します。源ヨリトモ様のお側に仕えさせていただいております」
そう言って、彼女は自己紹介をしながら、折り目正しく頭を下げてきた。
「大江って……あの大江マサフサの、大江家の方ですか⁉︎」
その名字に反応したカイソンの問いに、
「大江マサフサは、私の祖父です。ですが私は祖父の顔も知らない程の、傍流の出です」
これもまた謙遜しながら、折り目正しい答えをヒロモトは返してくる。
「ふーん。大江家って、すごいの?」
なんの気なしに、そう口走るサブローに、
「すごいに決まってるじゃん! 大江家といえば、機甲武者を開発した大江マサフサから続く、機甲武者の名家だよ!」
と、カイソンはその家系の由緒を、我が事の様に早口でまくし立てる。
それにも恐縮する素振りを見せるヒロモトだったが――源氏の棟梁の側近が、何を探りに来たのかと、ベンケイはその突然の来訪に警戒心を抱いた。
ウシワカの出自が源氏嫡流の妹というだけでなく、現皇帝の娘でもある事が発覚した今、それをどう扱うのかは源氏としても悩みの種であろう。
しかもウシワカは、自分と共に『神造兵器』であるシャナオウまで保有している。わざわざその機体の側まで来たのにも、何か魂胆があるのだろう。
そう見たベンケイは、まずそこから切り込むべく、
「その大江家の人間から見て、シャナオウはどうなのかしら?」
と、探る様に問いかけると、
「祖父マサフサが開発したガシアルは、傑作だと思っています。そのシステムが、このシャナオウの基礎にもなっていたという事は、とても感慨深いです」
素直にそう答えたヒロモトは、どうやら先程のベンケイたちのやり取りを、すべて聞いていた様である。
やはりこの女、油断ならない――ベンケイはそう判断して、迂闊に源氏本軍にウシワカを加入させるべきでないと、さらに警戒心を強めるが、
「ねえ、ヒロモト。お姉ちゃんはすぐにヤマトの平定に行くんでしょ。私もシャナオウで一緒に行くから」
と、当のウシワカは――ベンケイの気も知らずに――源氏本軍への参加を、この姉の側近に向かって堂々と申し入れてしまった。
「ちょ、ちょっと、ウシワカ!」
ベンケイはそれに慌てふためくが、そこに、
「やめとけ、やめとけ」
という男の声が飛び込んできた。
Act-01 絆 END
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