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第5話:白の軍団
Act-07 進撃のヨシナカ
しおりを挟む御座所の前に並ぶ、平氏の機甲武者部隊。
皇帝ゴシラカワの動座を断念したトモモリは、摂政シンゼイを人質に自軍と合流すると、
「シゲヒラの首尾は?」
「はっ、シゲヒラ様が負傷されたと聞いておりますが、アントク様の保護には成功。トキタダ殿と共に皆、脱出されたとの由」
「そうか……」
兵の報告に、シゲヒラの身を案ずるトモモリであったが、ここは作戦行動を優先しなくてはならない。その思いに唇を噛んでいると、
「アントク様を返せ。今なら、寛大な処置も考えてやる」
と、アントクを奪われた事に憔悴するシンゼイが、声をかけてきた。
だがそれを一笑に付すと、
「見送りご苦労、お前の役目はここまでだ」
と言うなり、トモモリは身に巻き付けた爆薬を解いて、空中に高く放ると、それを拳銃で撃ち、その轟音にシンゼイはじめ近衛兵が動揺しているうちに、素早く自身の機甲武者に乗り込んでしまった。
「殿は俺が務める! 敵に構うな、離脱を第一とせよ!」
「了解!」
トモモリの号令に、平氏の機甲武部隊が隊列を組んで撤退を開始する。中央の車両には、棟梁ムネモリが頭を抱えて、戦場の空気にガタガタと震えていた。
その最後尾に付いて、辺りに怠りなく注意を払っていると、トモモリのヘルメットに――これまでのデータにない――機甲武者の接近を告げる、アラームメッセージが飛び込んできた。
素早くレーダーサイトで索敵をすると、どうやらその機甲武者は、隊列の中央に向かっている。
その狙いが、隊列の分断とみたトモモリは、
「こしゃくな!」
と、その方角に急ぎながら、敵が戦術上有利とされる最後尾からの追撃を選ばなかった事に、不気味さを感じていた。
そしてモニターでの目視で、今まさに隊列の中央に切り込まんとする『薄緑色の機甲武者』を見つけると、
「させるか!」
と叫びながら、間一髪で僚機への斬撃を、自身も機甲武者にセイバーを引き抜かせ、鋭く受け止めた。
「こいつ、受け止めた!」
薄緑色の機甲武者――シャナオウのコクピットでは、自身の一撃を受け止めてみせた敵機に、ウシワカが驚きの声を上げていた。
「あの前立て……トモモリね」
ベンケイも敵機、ガシアルHの頭部に付いた『錨型』の前立てに、すかさず反応する。
「誰それ、強いの?」
「平キヨモリの……次男……平氏で最強の機甲武者の使い手よ」
トモモリの『次男』という点に、少し口ごもったベンケイだったが、ウシワカは『平氏最強』という以外は気にもとめず、
「それなら、ここで倒しやる!」
と、闘志を奮い立たせ、シャナオウにさらに魔導力をそそぎ込み、敢然とトモモリに挑んでいった。
だが、トモモリのガシアルHは撤退する自軍に並走する形で、シャナオウの斬撃を巧みに受け止め続ける。
そのためウシワカは、トモモリを討つ事も、平氏軍を分断する事もできず、いたずらに敵の逃走を許し続けている事に、次第に焦りを覚え始めた。
シャナオウの武器である八枚刃の投擲型兵器、ハチヨウは近接戦では効果を発揮しない。
だが今、そのために距離を取る余裕はなく、やみくもににセイバーで斬りかかるだけのウシワカは、トモモリの巧みな太刀さばきに、なす術を失っていた。
そして迫るヘイアン宮の門に、一瞬ウシワカの集中力が途切れたその刹那――トモモリのガシアルHから繰り出された蹴りが、シャナオウの胴部コクピット付近を襲い、その衝撃で機体は転倒は免れたものの、大きくよろめいてしまった。
「くっそーっ!」
上半身主体の斬撃戦に気をとられていたとはいえ、全長八メートルの機甲武者での、まさかの足技にウシワカは、平トモモリという魔導武者のポテンシャルの高さを、その身に刻み込まれた。
そして、並走から外れたために、その間に平氏の真紅の機甲武者が次々と、ヘイアン宮の門から外に出ていく。
隊列を分断、混乱させた上で、御所内で全機を封殺しようと目論んだ、ウシワカの狙いは、トモモリによって見事に挫かれてしまった。
悔しさに歯噛みするウシワカだったが、その御所の外の様子がおかしい――何やらけたたましい機関砲の音と、斬撃音が飛び交っている。
――ヘイアン宮の外に、兵を伏せていたのか?
ウシワカ、ベンケイ、トモモリ――御所内の敵味方共に、その異変に疑問を抱いたが、御所の外に出て目にしたものは、白一色に統一された百機近い機甲武者と戦闘車両群、そして歩兵であった。
白――それは平氏の赤に対する、源氏の色。
「源氏……お姉ちゃん?」
「いや、違うわ」
姉の到着を思い、歓喜しそうになるウシワカを、ベンケイが制し、
「おのれ……ヨシナカ! もう到着したのか!」
と、正確に状況を判断したトモモリは、到着は夕刻と読んでいた木曽ヨシナカの出現に、思わず顔を歪めた。
そして、ヨシナカ麾下の機甲武者、源氏型ガシアルGが、御所の外に出た平氏型のガシアルHを次々と駆逐していく。
白と赤の、同じガシアルが刃を交える姿――源平合戦がウシワカの目の前で展開されていった。
その先頭を駆ける頭部だけを青く染めた機甲武者は、なんと四本足の人馬形態であり、セイバーの二倍の長さはある槍――ランサーで、ガシアルHをいとも簡単に貫いていた。
よく見るとその隣には、頭部を山吹色に染めた同型機がおり、まるで雌雄一対の様に、これもまたランサーを巧みに操っている。
その見事な戦技に心を奪われる中、ウシワカは西方から小型飛行艇群が近付いている事に気付く。
それはガシアルGの機関砲に落とされながら、何機かが低空飛行で戦域に入ると、次々と何かを投下していった。
そして突然視界を奪われた事で、それが閃光弾であった事に気付いた時は、もう遅かった。
やがて目が開ける様になった時、もうそこに平氏軍はいなかった。
霞む目に、西に飛び去る飛行艇にぶら下がる赤い機甲武者群が映る。
「逃がすか!」
と、ウシワカは――機甲武者中、唯一飛行機能を有する――シャナオウの翼を展開させようとしたが、バックパックがうまく可動しない。どうやらトモモリから受けた蹴りで、翼の可変機構に歪みが生じた様であった。
舌打ちするウシワカの耳に、
「よーし、とりあえずここまでだー!」
と言う、男の明るい大音声が響く。
その方向に目を向けると、声の主はあの青い頭部の人馬型機甲武者のパイロットであり、胴部コクピットのハッチを開き、全軍に向けて身を乗り出している。
思わずウシワカもシャナオウのコクピットのハッチを開き、肉眼でその男の顔を見た。
「木曽ヨシナカ、キョウトに一番乗りだーっ!」
年にして二十歳を少し超えたぐらいの、その伊達男はそう叫ぶと、それに呼応して全軍が、「おー!」と勝ち鬨の声を上げた。
いつの間にか、その傍らには山吹色の頭部の同型機――新型機甲武者『バキ』――も寄り添っており、同じくハッチを開いたそのパイロットは美しい女だった。
ウシワカは初めて見た『源氏』の存在に心奪われ、その勝利に思わず胸を熱くした。
その頃、キョウト南方のヤマトでは――
「そろそろヨシナカが、キョウトに入った頃だな」
「はい。偵察部隊の報告では、昼夜問わずの強行軍を続けているとの事でしたので、もう今頃は」
黒髪を結い上げた厳粛な表情の女の言葉に、副官らしき眼鏡をかけた――こちらも厳粛な表情の――女が、折り目正しい口調でそれに応じる。
背後には大規模な機甲武者部隊が控えている――黒髪の女はこの大軍の大将であった。
「いいのー、ヨシナカに一番乗り譲っちゃってー、もったいなくない?」
その彼女に、宙にフワフワと浮く女が、馴れなれしい口調で語りかけながら、肩に手をかける。
「ハハハッ、マサコは相変わらずだな。いつも言っているだろう――最後に勝てば良いのだと」
そう答えた彼女こそ――源氏の嫡流であり、ウシワカの姉である――源ヨリトモであった。
「では……推して参る」
そして、ヨリトモはそう宣言して、ついに源氏本軍が首都キョウトに向け進発し始めた。
平氏が去ったキョウトを舞台に、源氏と源氏が相争う、新たな戦乱の幕開けであった。
Act-07 進撃のヨシナカ END
NEXT 第6話:源氏という家族(前編)
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