神造のヨシツネ

ワナリ

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第4話:殺意と殺意

Act-01 御前問答

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「ほう、お前がウシワカか――」

 ウシワカが、ツクモ神ベンケイから授けられた機甲武者『シャナオウ』で、平氏の軍を殲滅させた次の朝――彼女は、惑星ヒノモトの首座として君臨する、女帝ゴシラカワの御座所に招き入れられ、その御前で目をパチクリさせていた。

 ゴジョウ大橋の戦域を離脱して、ベンケイが誘導するまま、首都キョウトの中心部にあるヘイアン宮まで来てみたものの――シャナオウを降りた瞬間、廷臣たちから恭しく出迎えられたかと思えば、それから朝を待って皇帝に謁見を許されるなど、まったく予想外の展開にウシワカは、まだ状況が整理できていなかった。

「ウシワカ、近う寄れ」

 そして、御簾の中のゴシラカワから声がかかる――なんと皇帝本人からの、じかのお声がかりであった。それに、

「陛下⁉︎」

 と、傍らに控える僧形の摂政シンゼイが、異議を唱える。その声には、下賤の者を帝に近付けまいとする以上の、何か含みを帯びた嫌悪感がにじんでいた。
 居並ぶ廷臣たちが、なりゆきに息を呑む中、

「構わん。よく顔を見せい」

 と、ゴシラカワは御簾を半分だけ上げさせると、玉座に肘をついたままの姿勢で、ウシワカを手招きで呼び寄せる。
 それに特に物怖じもせず、ウシワカは真っすぐにゴシラカワを見つめ続けたが、

「ほら、ウシワカ」

 と――宙にあぐらをかいたまま――背後に控える、ツクモ神ベンケイが肩を叩いてくると、ゴシラカワの招きに応じ、その足を前に進めた。

「ベンケイ、ご苦労だったな」

 まずゴシラカワは、共に進み出てきた――朝廷に属するツクモ神である――ベンケイに労いの言葉をかける。それから、

「どうだ、シャナオウの使い心地は?」

 と、手に入れたばかりの機甲武者について、いきなり触れてきた事にウシワカは驚いた。

 シャナオウがゴジョウ大橋から、ベンケイによって召喚されたのは、つい昨夜の事である。しかも状況は平氏軍との乱戦の中で、それを見ていたのは戦場にいた者たちだけであるはず――なのに、この女帝はその全容を知っている様な顔をしているではないか。

 という事は、ゴシラカワは一連の経緯を知っているのか、いやこの流れ自体がゴシラカワの描いた筋書きなのでは、とウシワカは心で思ったが、特にそれを口には出さず、

「うん、ガシアルより使いやすい」

 と、ただそれだけを平然と言ってのけた。

「貴様、帝に向かってなんという無礼な口のききかたを!」

 すかさずシンゼイが、ウシワカの不敬をとがめるが、

「そうか、そうか、シャナオウはお前をあるじと認めたのだな。それは結構」

 ゴシラカワは、まるで摂政の言葉を黙殺する様に、ウシワカだけを視界に入れて、そう言って微笑んだ。

「…………!」

 それにシンゼイは、表面上は平静を保ちながらも、その目の奥には憎悪の炎が燃えている事にベンケイは気付き、眉をひそめる。その彼女に、

「ではベンケイ。ウシワカと共にシャナオウをいつでも出せる様、待機させておいてくれ。まもなく平氏が軍を動かしてくる。狙いは私とアントクだ」

 と、情勢についての考察と共に、それに対抗するためシャナオウをあてる事を、ゴシラカワは暗に指示してきた。

「やはり平氏は、キョウトを退去するかしら?」

「オウミ、オワリ共に防衛線が突破されているが、特にオウミのヨシナカの動きが速い。一日も早く西に逃げたいだろうが、儀礼を重んじるムネモリの事だ。悠長に一度はこちらに使者を寄越した上で、その後トモモリに尻を叩かれてから、強行手段に出るだろうな」

「オワリのヨリトモはどうなの?」

「ああ、そちらか――」

 と、ベンケイとゴシラカワの――まるで友人の様な――会話が、首都キョウトに迫る源氏軍の総大将であるみなもとのヨリトモに及ぶと、

「ヨリトモ……お姉ちゃん……」

 ウシワカは、まだ見ぬ姉の名を思わず呟いた。
 それに、御座所に居並ぶ一同が耳を奪われる中、

「な、なんだと⁉︎ 貴様、今なんと言った⁉︎」

 摂政シンゼイが、眉間にしわを寄せてウシワカを睨みつける。それに対して、

「さっきから貴様、貴様って――私は鎌田……みなもとのウシワカ! 先の源氏の棟梁、ヨシトモの娘だ。貴様じゃない!」

 なんとウシワカは、自分が源氏の人間であると、シンゼイを睨み返しながら、堂々と名乗りを上げてしまった。
 シンゼイの態度に腹を立てた、売り言葉に買い言葉だったとはいえ、もうウシワカは自分が源氏の一族であるという自負を、平氏との一戦を通して、確かに手にした様であった。

 それが血脈のなせる業なのかは分からないが――
 そんなウシワカの態度にゴシラカワは、ほう、と感心した様に目を細め、ベンケイはそれが彼女の癖なのか、またウシワカを後ろからギュッと抱きしめ、称賛と愛情を全身で表現してみせた。

 そして、シンゼイは静かに皇帝ゴシラカワを振り返る。廷臣たちがざわつく中、それはあくまで慇懃かつ恭しい所作であったが、その目は、

 貴様、そういう事か――

 と、抗議を超えた、何か複雑な事情をはらんだ思いを放っていた。
 そんな各人の思いが交錯する中、

「申し上げます。ただ今、ロクハラの平氏より使者が参っておりまする」

 という報告官の声が、御座所の中に響き渡った。

「やはり来たか。して用向きは?」

「はっ。昨夜、平氏のロクハラ軍は、源氏の機甲武者と交戦――その折、ベンケイ殿が源氏に加担していた由、その真意を伺いたいと。また平氏は、源氏を退しりぞけるべく、しばしキョウトを離れるため、陛下にお暇乞いをいたしたく、ムネモリ、トモモリ、シゲヒラが揃って参内いたしたいとの事でございます」

「フフッ。その使者、日暮れまで帰すな。して、帰す際に――ベンケイは今ここにいる。源氏の事など朝廷は預かり知らぬ。また都を離れるなら挨拶などいらぬから、いつでも好きな時に、どこぞなりとも行ってしまえ――と、伝えさせるのだ」

 ゴシラカワは、展開が自身の予想通りに進んでいる事に満足すると、妖しく微笑みながら、挑発的な『次の一手』を打つと同時に、

「シャナオウの事は、気付かれたか?」

 と、目だけをベンケイに向けて、そう問いかけた。

「追っ手の中に、シゲヒラらしき機体があったけど、今の報告にシゲヒラの名前があったから、討ち漏らしたみたいね。ごめんなさい――でも、機甲武者は全機破壊したから、シャナオウがここに入った事はバレていないはずよ」

「ふむ……なら、これで明日までは平氏の動きを封じられるな。このまま棟梁ムネモリの心が折れるか……副将のトモモリが強行手段に出るか――ここが正念場だな」

 ゴシラカワは、すべてを一人で裁断すると、目を伏せたまま不満の色を隠し続けているシンゼイを意識しながら、

「あとはアントクを平氏に渡さぬ事だ。なにせ摂政殿にとってアントクは、『掌中のたま』であるからなあ」

「お、お戯れを、陛下……」

 心中を見透かされ、動揺するシンゼイ。それを見て、

「ねえ、アントクって誰?」

 と、ウシワカが傍らのベンケイに耳打ちをする。

「皇女アントク。先帝タカクラと、たいらのキヨモリの娘との間に生まれた――本当だったら、皇帝になるはずだった子よ」

「――――⁉︎」

 ベンケイの声をひそめた答えに、ウシワカは理解が追い付かない。
 野山を駆けてこれまでを生きてきた、十五歳の少女にはあまりに複雑な『政治』であるため無理もなかったが、それでもさらにその内容を尋ねようと、ウシワカが口を開こうとした時、

「では、これにて――各々ぬかりなきよう」

 と、突然ゴシラカワが朝議の終了を宣言してしまった。

「ちょ、ちょっと待って!」

 有無を言わさず御前に呼びつけておきながら、いきなりその終わりを告げられ、ウシワカは目の前にいるゴシラカワに向かい、思わず抗議の声を上げてしまう。

 シャナオウの事も、それを自分がどうすればいいのかも、まだ何も聞かせてもらっていない。加えて、混迷した政局の話まで勝手に聞かされて、いったいなんなんだ。

 そんな少女の不満に、また口うるさい摂政が噛みつく前に、

「ああ、そうだ。ウシワカ、褒美をやろう」

 と、ゴシラカワは玉座に座ったまま、その手を前に差し出してきた。そこに握られていたのは壮麗な造りの短刀であった。
 ベンケイはそれを見てハッとなるが、すぐにそれを隠すと、「ほら、ウシワカ」と、再びその背中を叩いて、皇帝からの授かり物を受け取る様に、パートナーを促した。

 短刀を受け取るウシワカ。すると、

「ウシワカ……源氏の道は――修羅の道ぞ」

 ゴシラカワは意味深な言葉を残して、そのまま御簾の向こうの人となった。

 これがウシワカの運命を暗示した言葉だと、やがて彼女は気付く事になるのだが――今はただ、授けられた短刀を腰に差すと、宙に浮くベンケイに肩を抱かれながら、憮然とした表情で御座所を後にした。



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