神造のヨシツネ

ワナリ

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第2話:源氏の少女

Act-02 大天狗

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 ツクモ神ベンケイが、ウシワカの祖父である鎌田マサキヨの整備場を訪れたのと同じ頃――

 平氏のキョウト本拠地、ロクハラベースの政庁では、現棟梁であるたいらのムネモリが、昨夜の侵入者の報告にこちらも怒声を上げていた。

「ぶ、武器庫に賊を入れ、ガシアルまで盗まれかけたとは……なんたる事だ! 警備兵は何をやっておったのだ!」

 亡き英雄、たいらのキヨモリの長男であるが、そのだらしなく太った体と物腰は貴族そのものであり、報告官に向かいただわめき散らすその姿には、武人として惑星ヒノモトを制覇した父の面影はどこにも見受けられなかった。

「も、申し訳ありません。兵のほとんどが東方に進出してきた源氏軍への迎撃に出ており――それとキョウト退去の準備もありまして……」

「言い訳なんぞ聞きたくない! それにまだキョウトを退去すると決まった訳ではない。うかつな事を口にするでないぞ!」

 三十代半ばにもかかわらず、もはや駄々っ子ごとく地団駄を踏む事しかできないムネモリ。
 それを見て、

「あれほどの騒ぎにも、朝まで眠りこけておきながら……よくも言われるものよ」

 首座から離れた次席の位置で、呆れ顔でそう呟くのはムネモリの長弟、たいらのトモモリであった。

「しっ、兄上。声が高うございますよ」

 その隣でトモモリを制するのが、次弟シゲヒラ。

 トモモリは逞しい長身の偉丈夫、シゲヒラは女と見間違うほどの美丈夫であり――共にムネモリと同じ兄弟とは思えない、武人としての精悍さを具えていた。

「クソッ、クソッ、源氏の奴らめ……!」

 ついに置かれた状況に、愚痴をこぼす事しかできなくなるムネモリに、

「兄上、やはり私が東に出向きましょう。ヨシナカだろうと、ヨリトモだろうと私が蹴散らしてみせます!」

 もう見ていられないとばかりに、トモモリが前に進み出て、自身の出撃を申し出るが、

「だ、ダメじゃ、ダメじゃ! お前が都を離れたら、誰がこのロクハラを守るのだ。それにキョウト退去も間もなくだ。お前はここに残るのだ」

 ロクハラの防衛にかこつけて、自身の身の安全と、先ほど自分で否定したキョウト退去を口にしたムネモリの政治感覚の欠如に、もはやトモモリはその身を震わせる事しかできなかった。

「私はもう疲れた。皆下がれ。それと忍び込んだ賊には、追っ手を差し向けておろうな?」

「はっ、カムロを複数放っておりますれば」

 報告官の答えに頷くと、

「ふむ、平氏を舐めおって。賊は必ず血祭りにあげるのだぞ」

 そう言い残し、ムネモリはたるんだ体を引きずる様にして、居室に引き上げていった。
 そして、その背中を見送ると、トモモリは小さくため息をついた後、シゲヒラに向かい、

「ヨリトモはともかくとして、ヨシナカの軍は五日以内には、この都に押し寄せてくるだろうな」

「私もそう思います。オウミの防衛線では、源氏を抑えきれますまい」

 戦況に対し、シゲヒラも兄同様に厳しい見方をする。

「キョウト退去……都落ちをせねばなるまいな。西方で戦力を立て直した後――反撃に打って出る!」

「では、早々にアントク様の身柄を確保しなければなりませんね」

「できれば帝ともどもな。皇帝が平氏の手にあれば、大義は我らにある」

「アントク様についているツクモ神――トキタダにも、ぬかりなき様に伝えておきましょう」

 三十路を迎えたトモモリはともかく、シゲヒラも十八歳とは思えぬ冷静さで、次々と今後への手立てを講じていく。今や平氏の運命は、この二人の兄弟が背負っているといっても過言ではなかった。

「そういえば兄上。昨夜の賊ですが、一味の中に朝廷のツクモ神がいたという件……」

「ああ……。ゴシラカワ帝――あの大天狗め、いったい何を考えているのか」



 その朝廷――すなわちヘイアン宮の皇帝御座所でも、同じ頃、昨夜のロクハラの一件についての報告が奏上されていた。

「ロクハラに忍び入った賊。そこにツクモ神……ベンケイが交じっていたというのか?」

 皇帝の玉座にかかる御簾の傍らで、僧服に身を包んだ壮年の摂政――シンゼイが穏やかな口調で、皇帝に代わり報告官に下問をする。

「はっ、乱戦の模様だったため、定かではないとの事ですが、平氏側はそう申しております」

「ふうむ、まあ捨て置け。それより源氏の動きはどうなっておる?」

みなもとのヨリトモのカマクラ軍は、いまだオワリにて平氏軍と交戦中との事ですが、木曽ヨシナカの軍はすでにオウミまで進出してきており、五日のうちにはキョウトに到着する見込みでございます」

「してロクハラの動きは?」

「ロクハラの平氏には、今のところ大きな動きはございませんが、もはや源氏に対抗する戦力は残っていない模様。密偵からの報告ではヨシナカの到着前に、キョウトを退去する可能性が高いとの事でございます」

「うむ……都落ちとなれば、平氏は朝敵となるのを免れるため、陛下とアントク様を、力ずくで連れ去ろうとするであろうな。ゆめゆめ怠りなく、平氏の動きを監視せよ」

「ははっ」

 手際よく一連の指示を出し終えると、シンゼイは涼やかな顔で後ろを振り返り、

「ゴシラカワ帝、いかに?」

 と、御簾の内にある皇帝――ゴシラカワに伺いを立てる。

「シンゼイの言う通りに……よきにはからえ」

「ははーっ」

 一同が最敬礼で応えた帝の声――それは女のものだった。

 そして奏上が終わり、報告官および諸大臣が退出すると、御座所にはゴシラカワとシンゼイの二人だけになった。すると突然、

「クソッ、ムネモリの能無しが。もはや源氏を食い止める事もできぬのか……!」

 摂政シンゼイは、わなわなと肩を震わせながら、まるで人が変わった様に、平氏の棟梁ムネモリの無力を口汚く罵った。
 それに向かって「フフフッ」と、冷笑の様な妖しい笑みが浴びせられる――それが、御簾の中のゴシラカワからのものだと分かると、

「何がおかしい⁉︎ 源氏が都に来るのが、そんなに嬉しいか? おのれ……だが、お前の思い通りにはさせんぞ!」

 今度は玉座におわす皇帝に向かって、シンゼイは食ってかかる。その不遜極まりない態度は、およそ臣下にあるまじき――いわば狂態であった。
 だが、相手もさるもので、

「私は、よきにはからえ、と言ったぞ……。さあどうするのだ、摂政殿よ?」

 挑発的な口調でそう言いながら、御簾を半分だけ上げた壮麗なる美女――女帝ゴシラカワは口元に笑みを浮かべると、シンゼイを真正面から睨みつけた。
 それに一瞬、怯みながらも、

「ならばお前は早々に退位して、アントク様に帝の座を譲れ! キヨモリさえいなければ、私が平氏を抑えて、すべてを取り仕切ってみせる!」

 気を取り直すとシンゼイは、玉座のゴシラカワに掴みかかる勢いで、その退位を主張した。

「退位したいのは山々だが……あいにく私はこの玉座から離れる訳にはいかん。それはお前も、よーく知っておろう?」

 呆れ顔でゴシラカワはそう言うと、あさっての方を向く様に、視線を上に投げてから、

「ゆえに平氏の都落ちにも、私は同行する事はできん。摂政殿、その事よろしく取りはからってくれたまえよ」

 と、シンゼイの目を見ないまま、すべてを一笑に付してしまった。この帝と摂政の関係は、もはや常軌を逸していた。

「おのれ、ツクモ神を――ベンケイを使って、平氏を煽っておきながら、ぬけぬけと……!」

 シンゼイは昨夜のロクハラの騒動に、ツクモ神ベンケイが関与していた件を持ち出すが、

「ああ、あれか? あれは……神の思し召しだ」

 そう言ってゴシラカワは、遠い目をして取り合わなかった。

「くっ、やはりお前は……大天狗だ」

 ついには平氏のトモモリと同じ言葉を、シンゼイも口にする。それにゴシラカワは妖しく微笑むと、

(ベンケイ……あとはまかせたぞ)

 と、心の内でそう呟いた。



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