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第三章 森の薬師編

78 異端審問官アクスウェル

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 ユナト村に着いたマナは、村の人々に歓迎された。

「ほお、本当に女神エリアノのようだ」

 村長はマナを一目見るなり言った。教会に、エリアノに生き写しのような人がいると噂が広がっている。マナはこの村で、そういう噂がある事を知った。

 村人たちはマナの周りに集まり、木陰で円になる。

「女神エリアノは、かつてこんな風に円座になって人々の話を聞いたそうです。女神と言われながらも偉ぶりもせず、民衆の中にいるのが好きだったと言います」

「まあ、マナ様は、女神の事を良くお知りなのですね」
「えっと、本に書いてあったんです」
「女神様の事を書いた本があるんですか?」
「えっと、その……」

 村娘に問われて、マナは答えに窮してしまう。ニイナから、真実の書の事を他人に言うなと注意されていた事を思い出した。

「教会にそういう本があって、見せてもらったんです」

 その本は今も手元にあった。村人達は、そんな本がと思うくらいで、それ以上、追及してくることはなかった。

 マナが膝の上にいるメラメラの頭をなでると、娘達が笑う。みんなメラメラの可愛らしい姿に癒された。

 村で告解の仕事をする事になっていたが、村人達は明るいし、可愛らしいマナを前に悩みごとなど言う雰囲気でもなかった。他愛のない世間話などで盛り上がっていく。護衛のレクサスは近くの大木に背を持たれて、マナ達の楽し気な会話を聞きながら、のんびりとした時間が過ぎていった。

 村人達はマナとメラメラの事を知りたがって、色々聞いてきた。マナがメラメラとの出会いや、今まであった事などを話すと、みんな興味深そうに黙って聞いていた。口下手なマナだが、メラメラの事を話す時は生き生きとしていた。

「メラメラちゃんは、マナ様にとって大切な存在なのですね」

 村人の一人が言うと、マナは笑顔で答えた。

「メラメラは、わたしの命よりも大切な家族です」
「かぞく! たいせつ! マナ~!」

 メラメラが両手を上げて言うと、村人達の間から楽しい笑いが弾けた。

♢♢♢

 村外れの畑でくわを振るっていた農民達が、突如として姿を現した軍隊に驚いていた。大部分は鎖帷子を着込んだ戦士で、彼らは重厚なメイスを手に行進する。ハルバートを担ぐ馬上の騎士もいて、騎士達のマントにはフェアリーのシルエットが刺繍されていた。軍隊を率いるのは、炎のように輝く宝石の杖を持つ異端審問官アクスウェル。彼の頭上には、蝶の形の翅を広げるフェアリーが付いていた。その翅はアクスウェルの杖の宝石と同じように炎のように輝いているが、目は虚ろで意志というものが感じられなかった。

 農民の中で、それが教会の神殿騎士団と分かった数人は、恐怖のあまり鍬やすきを取り落とした。異端審問官の容赦のなさは各国に轟いていた。異端審問と称して小村の一つや二つ滅ぼすくらいの事は、当然のようにやってのける連中だ。



 軍隊の行進の足音が、円になって談笑していたマナ達に近づいた。レクサスが気付いて背負っている大剣に手をかける。マナを初め、円座を組んでいた人々が立ち上がる。立ち止まった軍隊の異様な物々しさに、誰もが不安を抱いた。レクサスだけが冷静に彼らに近づいていく。

 ――フェアリーの旗を掲げている。ということは、神殿騎士団か。

 それがどういう性質の騎士団なのか、騎士であるレクサスは良く知っている。彼は強い嫌悪感を抱きながら口を開いた。

「エリアノ教会の神殿騎士団がこのような辺境に来るとは、余程の事とお見受けしますが」
「貴様はロディスの騎士か? 引っ込んでいるがいい」

 アクスウェルは尊大な態度で言うと、シスターの少女を睨んだ。マナはその氷のような視線に悪寒を覚える。メラメラは黒い翼を開き宙に浮いて、マナを護るとでもいうように前に出てきた。

「女神と同じ瞳、あれだ」

 アクスウェルが低い声で言って歩きだすと、彼とマナの間にレクサスが入ってきた。

「邪魔をするな」
「お嬢様に何の用ですかね? 俺はあの方の護衛なんでね」
「あの娘は異端者だ。エリアノ教会に仇名す者として処刑する」
「あんた、正気か? お嬢様に何の罪があるっていうんだ? 証拠はあるのか」

「証拠? そんなものは必要ない。あの娘の運命は、生まれた時から決まっている。教会の為に、娘の命を捧げるのだ」

 レクサスが大剣を引き抜いて構えた。それにアクスウェルが侮るように笑みを浮かべる。

「我々と闘うつもりか、愚かな」
「お嬢さん! 逃げなさい!!」
「そうはさせん! 転生者よ、逃げればこの村の人間を異端者として火あぶりにして殺す! 全員だ!」
「この、外道が!!」

 レクサスの叫び声が村中に響いた。村人達はこの異常な状況を固唾を飲んで見守っていた。

 アクスウェルが杖を上げると、先端のファイアオパールが輝きを放つ。

「フレイニー、魔法だ!」

 空中に留まっていたフレイニィと呼ばれたフェアリーが両手を上げると、頭上に太陽のように主に輝く玉が現れ、それがレクサスに向かって投げつけられた。マナは、フレイニィの一挙手一投足から目が離せなかった。

 レクサスが迫り来る光玉を大剣を平にして防ぐ。たちまち握りまで高熱になって、レクサスは大剣を手放した。フレイニィの魔法を受けた部分が円形に溶け崩れ、残った刀身は高熱になってオレンジ色に輝いていた。

「冗談だろ……」

 呆然とするレクサスの上からフレイニィが襲い掛かる。小さな体で突っ込んできたフェアリーが、巨漢のレクサスを倒し、上から背中を押さえつけて動けなくしてしまう。

「な、なんて力だっ!!?」

 レクサスに教会の戦士たちが殺到し、彼を地面に抑えつけて動けなくする。フレイニィがアクスウェルの元に戻ると、レクサスを圧迫する力が格段に弱まった。戦士たちの力よりも、フレイニィ一人の力の方が遥かに強かったのだ。
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