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第三章 森の薬師編

76 真実の書・最終節

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 エリアノ・ミエルは、教会の陰謀で無理やり女神にされてしまった。姉さんは、それが自分の役目だと心に決めて、人々の幸せの為に教えを説いている。自分が女神になる事で幸せになれる人がいるのなら、それでいい。姉さんからの手紙には、そう書いてあった。誰かの幸せの為に自分を犠牲にするなんて、いかにも姉さんらしい。

 フェアリーは人間の家族であり、人間と同等の生物である。だからこそ、人とフェアリーは手を取り合って幸せに向かって行くことが出来る。姉さんはそう確信していた。テスラと一緒にいるわたしは、感覚でそれが分かる。けれど、全ての人間が、フェアリーというちっぽけな生き物を尊重して生きていけるのか疑問だ。

 フェアリーはマスターとなった人間には逆らう事が出来ない生き物だ。姉さんはフェアリーをどうしてそんな風にしたのか。それは、人間を信じていたからだ。人間はフェアリーと手を取り合って、理想の世界を築いていける、姉さんはそう信じていた。けれど、わたしは姉さんの考えは危険だと思う。人間ほど賢い生物はいないけれど、人間ほど愚かな生物もいない。人間はどちらかと言えば悪だと思っている。悪に染まりやすい。そんな人間が、フェアリーを愛せるだろうか?

 エリアノ教会、姉さんの名前を冠している教会のくせに、姉さんを迫害し始めている。姉さんを女神などと祀り上げておきながら、教会の高位職者共は、姉さんの教えを曲げて、それを人々に刷り込み始めている。奴らはフェアリーを人間の幸せの為に従属する者と声高らかに唱え始めた。

 フェアリーと人間を同等とする姉さんの教えに真っ向から反している。フェアリーを人間の奴隷にした方が利益になるし、教会の権力の保持にも役立つからだ。奴らはフェアリーのおかげで、奴隷や農奴がいなくなる等とのたまっている。ああ、最も恐れていた事が現実になろうとしている。

 この頃は、姉さんが教会の表舞台にでる事はなくなった。きっと姉さんの周りには、味方は一人もいないだろう。可哀そうな姉さん、今すぐに迎えにいってあげたい。

 こんな時に、アインシュトール帝国がシルフリアに攻めてきた。この戦争は、人間とフェアリーの関係を決定的に崩壊させるかもしれない。
 フェアリーには強力な魔法を使える者がいる。王国が教会に通じて、フェアリーを戦争に利用しようとしている。姉さんは強硬に反対し続けている。これは人間が越えてはいけない一線だ。姉さんが人の幸せの為に生み出したフェアリーが、兵器となって人々に絶望を与えようとしている。

 この日、レスティアの側でフレイアが言った、姉さんの命が小さくなっていると。テスラも同じことを言った。それで白妖精と黒妖精が、姉さんの存在を感じる事ができると知った。そして絶望した。

 ついに戦争が起こってしまった。エリアノ教会の勅命で優秀な妖精使いが集められ、戦場に送られたそうだ。そして、帝国兵10万が、たった百体のフェアリーによって壊滅した。それは戦いとは呼べない一方的なもので、フェアリー達の強大な魔法の前では、帝国軍は成す術もなかったという。それを知った時、フェアリーと人間の終末が垣間見えた。

 戦争に駆り出されたフェアリー達の大半が、人間を殺した罪の意識に耐えきれずに精神を崩壊させてしまったようだ。そうなると、マスターの命令通りに動くだけの人形になってしまう。フェアリーは人間を幸せにする為の存在だ。真逆の事をさせれば壊れてしまうのだ。

 今度は妹のレスティアが教会の神殿騎士団に連れていかれてしまった。テスラの力で取り返そうと思ったけれど、神殿騎士団にも妖精使いがいて手が出せなかった。フェアリー同士で戦わせる事なんて出来ない。

 テスラが、姉さんの命が消えたと言った。どうしてこんな事になってしまったのだろう。姉さんは人知れず命を奪われた。どこにいるのかも分からない。死体を弔ってあげる事も出来ない。姉さんの名を冠した教会が、姉さんを殺した。教会は自分の手で、信仰の対象である女神を殺した。

 姉さんは自ら退いて姿を消した。そして、妹のレスティアに後を託した。これがエリアノ教会の言い分だった。

 レスティアが教皇に就任するあの日、わたしも姿を見に行った。人々は女神の意思を継ぐ妹の姿に熱狂していた。妹は泣いていた。皆、感涙だと思っていた。ちがう、あの子は悲しみを抑え切れなくて泣いていたんだ。姉さんを殺した奴らに無理やり祀り上げられてしまい、もうどうにもできなかった。強大な権力の前に従うしかなかった。
 レスティアは体が不自由だし、姉さんと違って気が弱い。奴らにとって、姉さんよりもずっと扱いやすいだろう。フレイアが近くにいてくれるのが、せめてもの救いだ。

 帝国は、まだシルフリアを諦めてはいなかった。彼らは、10万の兵を壊滅させたのは天災の類だと信じているらしい。そう思う気持ちも分かる。たった百人の小さな存在に10万の兵が壊滅されられたなんて、信じる人の方が少ないだろう。

 村からそう遠くない町が帝国軍に占領されたらしい。もしかしたら、この村にも来るかもしれない。ここは姉さんの故郷だ。もし帝国軍が来たら、テスラの力を使ってでも守り抜こう。



 全てを読み終えた時、マナは泣いていた。女神エリアノが教会権力によって殺されていたという事実が、どうしようもなく胸に迫ってくる。やはり自分は、リリーシャ・ミエルの生まれ変わりなのだと実感した。そして、この本に書かれている事が全て真実なのだと命で理解した。
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