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第三章 森の薬師編

55 愚王・狂乱

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「うおおおぉっ!! 責任者をだせぇっ!! 学園か、学園の陰謀なのかっ!!? あぞこの学園長も副学園長も教師も、全員死刑にしてやるぅ!!! 死刑、死刑、死刑、死刑、しけいいぃーーーっ!!!」

 アリメドス王は、訳の分からない事を吠えまくっていた。周囲には本当に気が狂っていると思う者さえいた。近くにいる宰相は、痛いものを見るような目をしていた。

「あうぶあぁ、どこだ、どこに行ってしまったんだ、我が娘よおぉっ!!」

 狂ったように叫んだかと思えば、今度は泣き始めた。王座の前に蹲り、肥えた体を揺らしながら無様な姿を晒す。そうかと思えば、今度は立ち上がって剣を振り上げた。

「おおい!!! まだかぁ!! 姫はまだ見つからんのかぁ!!」

 王の前に素早く騎士がやってきて膝を付いた。

「隅々まで探しましたが、城の中にはおりません」
「まだだ! まだ探していない場所があるはずだ! もっとさがせぇっ!! 城に居ぬなら国中を探すのだぁ!!」

「まさか、魔獣にでも襲われたんじゃ……」
 宰相がぼそりと言うと、アリメドスの肥えた体が震えた。
「ああ、貴様、今何って言った?」

 宰相に振り向いたアリメドスの形相は凄まじく、目は血走っていた。

「ひぃっ!?」
「今何って言った!!?」
「申し訳ありません、どうかお許し下さい!」
「そうか、貴様は娘に死んでほしいんだな、何か企んでるんだな!!?」
「滅相もございません、どうかお許しを!」

 平伏する宰相に丸い体を揺らして叫んだ。

「許さん! 処刑だ!」
「そ、そんな……」
「処刑、処刑、処刑、貴様は処刑ぃっ!!」

「これは何の騒ぎですか!」

 聞くだけで美しい女性を想像してしまうつややかな声が謁見の間に透った。ティア姫によく似た女性が王に近づく。

「おお、わが妻エリーナよ! 聞いてくれ、娘が」
「それは知っています」

 エリザ王妃が両手を広げると、慰めてもらえると思った王が豊かな胸に飛び込もうとする。途端に両頬に強烈な衝撃を受けた。王が頬をぶたれた痛快な音に、家臣が凍り付いてしまう。

「おぶぅおぉっ!!?」

 アリメドスは弛んだ顔を妻の両手に挟まれて、蛸みたいに口を突き出していた。

「あなた、いい加減になさいませ! どれだけ周りの者に迷惑をかければ気が済むのですか!」

 エリーナ王妃の登場に、誰もが救われて体の力が抜け落ちた。こんな愚王でメルビウスが今までやって来れたのは、賢明なエリーナ王妃のおかげなのだ。アリメドスが妻の尻に敷かれているのは、この国にとって幸運だった。

「だっで、おまえ、むずめが」

 蛸のような口をぴこぴこ動かすアリメドスから王妃が手を離した。王の両頬には平手の跡がくっきりと残っていた。

「あの子が姿を消したのには理由があるはずです。わたしがいない間に何があったのか、教えて頂けますね?」
「何がって言われても、大した事は……」
「ティアが学園からわざわざ帰ってきたのでしょう。その時に何を話したのか、一言一句違わず話して下さい」
「はい……」

 アリメドスが言われた通りに一言一句違わず説明すると、エリーナに激怒されてもう一度両頬にびんたを喰らった。

「あなたは何という事をしたのですか!! 娘が出ていくのも当然です! わたしも愛想が尽きました、国に帰らせて頂きます!」

「ぞ、ぞんな、まっでくだざい」

 アリメドスは、また蛸みたいな口で言った。エリーナが手を放すと、王の頬にさらに赤味が増していた。

「まってくれぇ、わたしを見捨てないでぇ」

 これが王かと呆れる姿を晒すアリメドスだが、むしろその気持ちは家臣たちの方が大きい。みんなエリーナに出ていかれたら、この国は終わりだと思って背筋を凍らせていた。

「もう二度と、このような愚かな振る舞いはしないと約束できますか?」
「や、約束します、もう二度としません!」

 怒っていたエリーナが、急に悲し気に目を伏せて、そこが痛むというように胸に触れて悲哀に絶えないという姿になると、心にもない事を口にした。

「可哀そうに……あなたに心を深く傷つけられたティアは、どこかで静かに命を絶っているのかもしれません」
「ひいいいいぃぃっ!!?」

 王妃の言葉にショックを受けたアリメドスが、これが人間かと思うような甲高い悲鳴をあげてながらぶっ倒れた。

『へ、陛下ぁっ!!?』

 家臣たちが慌てて気を失ったアリメドスに駆け寄った。その時にエリーナが元の毅然とした姿に戻って言った。

「この人を部屋に運んで下さい、しばらく顔を見たくありません」

 アリメドスが運び出されると、エリーナは代わりに玉座に座って嘆息した。

「すぐにロディスに伺って、シェルリ王妃にお詫びをしなければ」

 エリーナはこれまでもアリメドスの失態を度々フォローしていた。あんな王に国を任せては、娘も民も不憫なので、彼女が色々と我慢しながら手腕を振るっていた。

「あの、王妃様、わたくしの処刑は……」
「あの人の言う事は気にしないでいいわ」

 戦々恐々としていた宰相は、安心のあまりその場で泣きたい気持ちになるが、それはこらえて平静さを装って言った。

「姫様の件はいかがいたしましょう?」
「無暗に動いても仕方がありません。姫の姿が消えた場所の捜索と、後は情報収集をお願いします」
「畏まりました」

 ティア姫を護衛している騎士は誰もが一流の腕だ。野党や魔獣などに襲われても確実に返り討ちに出来る。だから学園に戻らなかったという事は、姫の主導で何かが行われたのだ。エリーナは十中八九そうだと思っている。
 ティア姫は性格は優しく、所作、言動こそ王女の手本のような人だが、そこいらの姫君にはあり得ない心の強さを持っている。母のエリーナだけはそれを知っていた。
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