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第三章 森の薬師編

48 メルビウスの愚王

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 太った男が玉座に納まって爪を研いでいた。納まってというのは、身体の割りに玉座が小さすぎるので、座るというよりも納まるというほうがしっくりくる。

 脂ぎった顔で毛皮や金糸をあしらった豪奢な服を着て、時々、ふぅふぅと疲れたような息を吐く。これでも昔は美男子だったのだが、美食がたたって今はこの有様だ。

「ふぃー、綺麗に片が付いた時分かのう。何の力もない平民の妃候補など、まったく理解に苦しむ存在だ。消えてくれれば周りの者とて大喜びだろうて」

 不意に正面の扉の向こうが騒がしくなる。王様が、眉間にしわを寄せて見ていると、蹴とばされるような衝撃で扉が開き、学園の制服姿のティア姫と、その後に女官や護衛騎士たちがずらりと並んで入ってきた。

「姫様、お待ち下さい!」

 ティア姫に連なる者共は、かなり慌てている様子だった。いきなり現れた姫が、王の間に許しも得ずに入ったのだから仕方がない。

 メルビウス王アリメドスも、目を剥いて驚愕した。

「な、なんだぁ!!? お前、学園はどうしたのだ!?」
「お父様、お話があります」
「何だかよくわからんが、アルカード王子は、まさかお前を娶ってくれるのだろうな?」

 開口一番でそんな事を言われたティア姫は、怒りのあまり平手を上げたくなった。

「……お父様、大切なお話です。人払いをお願いいたします」
「おお、そうか、大切な話か!」

 何を勘違いしているのか、王は嬉々として答える。

 王とティア姫が向かい合い、ナスターシャだけが入る事を許されて扉の近くに立つ。

「お父様、わたくしには大切なお友達がいます」
「友達とな? どんな身分だ?」
「たった一人でこの世界に来て、健気に頑張っている可愛らしいお方です」
「して、身分は?」

 ティア姫は父の言葉を無視して続けた。

「先日、その方の命を狙う不届き者が現れました。彼女が平民という理由だけで暗殺者を送り、食事にまで毒を盛って殺そうとした、卑劣極まりない輩です!!」

「な、なんだと!? 卑劣とはよく言ったな! わたしはお前の為を思って」
「やはりお父様の仕業でしたのね!!!」

 王は姫の迫力に気圧されて息を止めた。

「そ、その者は、どうなった……?」
「どうなったですって? わたくしの大切な学友の命を奪おうとしておいて、どうなったですって!!」

 ティア姫は生まれて初めて本気で怒り、アリメドスの肥えたからだがびくついた。怒りにまみれる美しき姫は、人のものとは思えぬ凄まじい威光を放っていた。

「な、な、何を怒っておる。平民のくせに妃候補になどなるから悪いのだろう。王族がいなければ、平民は生きてはいけぬ。王族に比べれば、平民など虫けら以下の存在だ。それを一人や二人殺したところで何の問題がある」

「……それがお父様の心からの言葉なのですね」

「そ、そうだ! 当然だ! わしは正しい事をしている! もしお前が平民の小娘などに負けたら、どうなると思う!!?」

 アリメドスは醜く歪んだ顔を両手で鷲掴みにして震える。

「万が一にも王子が平民の小娘などを娶るような事があれば、我が王家の面目は丸つぶれだ! この国はおしまいだっ!」

 裏返った声で無様に叫ぶアリメドス、それにティア姫がずかずかと近づいて手を上げた。

「な、何をするつもりだ!? 父に手を上げるとは何事だぁ!?」

 アリメドスが大声をあげるので、廊下に控えていた護衛騎士が驚き顔で入ってくる。王に対して手を上げる姫の姿を見て、彼らはさらに度肝を抜かれた。
 
 ティア姫は上げた手をゆっくりと下ろしていく。その目には涙を浮かべていた。

「情けないです。こんな人が、わたくしのお父様だなんて」

 ティア姫はきびすを返し、速い足取りで開け放っている扉に向かう。近くにいた護衛騎士達は慌てて整列して姫に敬礼した。

「さようなら、お父様」

 姫が背を向けたまま放った言葉は、終焉の響きを持っていた。ナスターシャも王に深く一礼して、姫の後を追う。

「お、おい! 学園に戻ったら、しっかりと王子にアピールするんだぞ!」

 アリメドス王の救いようのない言葉が廊下に空しく響いた。
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