48 / 86
第三章 森の薬師編
48 メルビウスの愚王
しおりを挟む
太った男が玉座に納まって爪を研いでいた。納まってというのは、身体の割りに玉座が小さすぎるので、座るというよりも納まるというほうがしっくりくる。
脂ぎった顔で毛皮や金糸をあしらった豪奢な服を着て、時々、ふぅふぅと疲れたような息を吐く。これでも昔は美男子だったのだが、美食がたたって今はこの有様だ。
「ふぃー、綺麗に片が付いた時分かのう。何の力もない平民の妃候補など、まったく理解に苦しむ存在だ。消えてくれれば周りの者とて大喜びだろうて」
不意に正面の扉の向こうが騒がしくなる。王様が、眉間にしわを寄せて見ていると、蹴とばされるような衝撃で扉が開き、学園の制服姿のティア姫と、その後に女官や護衛騎士たちがずらりと並んで入ってきた。
「姫様、お待ち下さい!」
ティア姫に連なる者共は、かなり慌てている様子だった。いきなり現れた姫が、王の間に許しも得ずに入ったのだから仕方がない。
メルビウス王アリメドスも、目を剥いて驚愕した。
「な、なんだぁ!!? お前、学園はどうしたのだ!?」
「お父様、お話があります」
「何だかよくわからんが、アルカード王子は、まさかお前を娶ってくれるのだろうな?」
開口一番でそんな事を言われたティア姫は、怒りのあまり平手を上げたくなった。
「……お父様、大切なお話です。人払いをお願いいたします」
「おお、そうか、大切な話か!」
何を勘違いしているのか、王は嬉々として答える。
王とティア姫が向かい合い、ナスターシャだけが入る事を許されて扉の近くに立つ。
「お父様、わたくしには大切なお友達がいます」
「友達とな? どんな身分だ?」
「たった一人でこの世界に来て、健気に頑張っている可愛らしいお方です」
「して、身分は?」
ティア姫は父の言葉を無視して続けた。
「先日、その方の命を狙う不届き者が現れました。彼女が平民という理由だけで暗殺者を送り、食事にまで毒を盛って殺そうとした、卑劣極まりない輩です!!」
「な、なんだと!? 卑劣とはよく言ったな! わたしはお前の為を思って」
「やはりお父様の仕業でしたのね!!!」
王は姫の迫力に気圧されて息を止めた。
「そ、その者は、どうなった……?」
「どうなったですって? わたくしの大切な学友の命を奪おうとしておいて、どうなったですって!!」
ティア姫は生まれて初めて本気で怒り、アリメドスの肥えたからだがびくついた。怒りにまみれる美しき姫は、人のものとは思えぬ凄まじい威光を放っていた。
「な、な、何を怒っておる。平民のくせに妃候補になどなるから悪いのだろう。王族がいなければ、平民は生きてはいけぬ。王族に比べれば、平民など虫けら以下の存在だ。それを一人や二人殺したところで何の問題がある」
「……それがお父様の心からの言葉なのですね」
「そ、そうだ! 当然だ! わしは正しい事をしている! もしお前が平民の小娘などに負けたら、どうなると思う!!?」
アリメドスは醜く歪んだ顔を両手で鷲掴みにして震える。
「万が一にも王子が平民の小娘などを娶るような事があれば、我が王家の面目は丸つぶれだ! この国はおしまいだっ!」
裏返った声で無様に叫ぶアリメドス、それにティア姫がずかずかと近づいて手を上げた。
「な、何をするつもりだ!? 父に手を上げるとは何事だぁ!?」
アリメドスが大声をあげるので、廊下に控えていた護衛騎士が驚き顔で入ってくる。王に対して手を上げる姫の姿を見て、彼らはさらに度肝を抜かれた。
ティア姫は上げた手をゆっくりと下ろしていく。その目には涙を浮かべていた。
「情けないです。こんな人が、わたくしのお父様だなんて」
ティア姫は踵を返し、速い足取りで開け放っている扉に向かう。近くにいた護衛騎士達は慌てて整列して姫に敬礼した。
「さようなら、お父様」
姫が背を向けたまま放った言葉は、終焉の響きを持っていた。ナスターシャも王に深く一礼して、姫の後を追う。
「お、おい! 学園に戻ったら、しっかりと王子にアピールするんだぞ!」
アリメドス王の救いようのない言葉が廊下に空しく響いた。
脂ぎった顔で毛皮や金糸をあしらった豪奢な服を着て、時々、ふぅふぅと疲れたような息を吐く。これでも昔は美男子だったのだが、美食がたたって今はこの有様だ。
「ふぃー、綺麗に片が付いた時分かのう。何の力もない平民の妃候補など、まったく理解に苦しむ存在だ。消えてくれれば周りの者とて大喜びだろうて」
不意に正面の扉の向こうが騒がしくなる。王様が、眉間にしわを寄せて見ていると、蹴とばされるような衝撃で扉が開き、学園の制服姿のティア姫と、その後に女官や護衛騎士たちがずらりと並んで入ってきた。
「姫様、お待ち下さい!」
ティア姫に連なる者共は、かなり慌てている様子だった。いきなり現れた姫が、王の間に許しも得ずに入ったのだから仕方がない。
メルビウス王アリメドスも、目を剥いて驚愕した。
「な、なんだぁ!!? お前、学園はどうしたのだ!?」
「お父様、お話があります」
「何だかよくわからんが、アルカード王子は、まさかお前を娶ってくれるのだろうな?」
開口一番でそんな事を言われたティア姫は、怒りのあまり平手を上げたくなった。
「……お父様、大切なお話です。人払いをお願いいたします」
「おお、そうか、大切な話か!」
何を勘違いしているのか、王は嬉々として答える。
王とティア姫が向かい合い、ナスターシャだけが入る事を許されて扉の近くに立つ。
「お父様、わたくしには大切なお友達がいます」
「友達とな? どんな身分だ?」
「たった一人でこの世界に来て、健気に頑張っている可愛らしいお方です」
「して、身分は?」
ティア姫は父の言葉を無視して続けた。
「先日、その方の命を狙う不届き者が現れました。彼女が平民という理由だけで暗殺者を送り、食事にまで毒を盛って殺そうとした、卑劣極まりない輩です!!」
「な、なんだと!? 卑劣とはよく言ったな! わたしはお前の為を思って」
「やはりお父様の仕業でしたのね!!!」
王は姫の迫力に気圧されて息を止めた。
「そ、その者は、どうなった……?」
「どうなったですって? わたくしの大切な学友の命を奪おうとしておいて、どうなったですって!!」
ティア姫は生まれて初めて本気で怒り、アリメドスの肥えたからだがびくついた。怒りにまみれる美しき姫は、人のものとは思えぬ凄まじい威光を放っていた。
「な、な、何を怒っておる。平民のくせに妃候補になどなるから悪いのだろう。王族がいなければ、平民は生きてはいけぬ。王族に比べれば、平民など虫けら以下の存在だ。それを一人や二人殺したところで何の問題がある」
「……それがお父様の心からの言葉なのですね」
「そ、そうだ! 当然だ! わしは正しい事をしている! もしお前が平民の小娘などに負けたら、どうなると思う!!?」
アリメドスは醜く歪んだ顔を両手で鷲掴みにして震える。
「万が一にも王子が平民の小娘などを娶るような事があれば、我が王家の面目は丸つぶれだ! この国はおしまいだっ!」
裏返った声で無様に叫ぶアリメドス、それにティア姫がずかずかと近づいて手を上げた。
「な、何をするつもりだ!? 父に手を上げるとは何事だぁ!?」
アリメドスが大声をあげるので、廊下に控えていた護衛騎士が驚き顔で入ってくる。王に対して手を上げる姫の姿を見て、彼らはさらに度肝を抜かれた。
ティア姫は上げた手をゆっくりと下ろしていく。その目には涙を浮かべていた。
「情けないです。こんな人が、わたくしのお父様だなんて」
ティア姫は踵を返し、速い足取りで開け放っている扉に向かう。近くにいた護衛騎士達は慌てて整列して姫に敬礼した。
「さようなら、お父様」
姫が背を向けたまま放った言葉は、終焉の響きを持っていた。ナスターシャも王に深く一礼して、姫の後を追う。
「お、おい! 学園に戻ったら、しっかりと王子にアピールするんだぞ!」
アリメドス王の救いようのない言葉が廊下に空しく響いた。
0
お気に入りに追加
331
あなたにおすすめの小説
優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~
日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。
もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。
そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。
誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか?
そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。
【第二部】薬師令嬢と仮面侯爵〜家族に虐げられ醜怪な容姿と噂の侯爵様に嫁いだ私は、幸せで自由で愛される日々を過ごしています
黄舞
恋愛
幼い頃に実母を亡くした男爵家の令嬢ビオラは、家族から虐げられて育てられていた。
まるで自分がこの家の長女だとばかりに横柄に振る舞う、継母の連れ子でビオラの妹フルート。
フルートを甘やかし、ビオラには些細なことでも暴力を振るう実父、デミヌエ男爵。
貴族の令嬢として適齢期になっても社交界に一度も出ることなく、屋敷の中で時間を過ごすビオラには、亡き母の手記で知った薬作りだけが唯一の心の拠り所だった。
そんな中、ビオラは突然【仮面侯爵】と悪名高いグラーベ侯爵の元へ嫁ぐことのなったのだが……
「ビオラ? 仮面侯爵にお会い出来たら、ぜひ仮面の中がどうだったのか教えてちょうだいね。うふふ。とても恐ろしいという噂ですもの。私も一度は見てみたいわぁ。あ、でも、触れてしまったら移るんでしょう? おお、怖い。あははははは」
フルートの嘲りの言葉を受けながら、向かったグラーベ侯爵の領地で、ビオラは幸せを手にしていく。
第1話〜第24話までの一区切りで一度完結したものの続きになります。
もし未読の方はそちらから読んでいただけると分かりやすいかと思いますm(__)m
傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~
日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】
https://ncode.syosetu.com/n1741iq/
https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199
【小説家になろうで先行公開中】
https://ncode.syosetu.com/n0091ip/
働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。
地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?
【完結済】婚約者の王子に浮気されていた聖女です。王子の罪を告発したら婚約破棄をされたので、外で薬師として自由に生きます!
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
幼い頃、特別な薬を作れる聖女の魔力に目覚めた私――エリンは、無理やり城に連れていかれて、聖女にしか作れない特別な薬を作らされていた。
国王からは、病気で苦しむ民のために、薬を使ってほしいと言われた。
ほぼ軟禁状態で、様々な薬の勉強を寝ないでやらされた。家に帰りたい、お母さんに会いたいと言っても、当然聞き入れられなかった。
それから長い時が経ち、十九歳になった私は、聖女の力を持つ人間として、毎日山のような数の薬を作らされている。
休みなんて当然無い。大変でつらい仕事だけど、私の薬でたくさんの人が救われると思うと頑張れたし、誇りに思えた。
それに、国王の一人息子である王子様が私と婚約をしてくれて、一人だけど友人もできた。見守ってくれる人もできたわ。
でも、私はずっと前から既に裏切られていた――婚約者は友人と浮気をし、私が作った薬は民の元にはいかず、彼らの私服を肥やす、都合のいい商品にされていたことを、私は知ってしまう。
ずっと国と民のために尽くしてきたのに、私は利用されていただけだった……こんなことが許されるはずがない。私は急いで多くの人がいる社交場で、彼らの罪を告発した。
しかし、私はまだ知らなかった。そこにいた貴族は、全員が私の薬を購入していたことを。だから、全員が婚約者の味方をした。
それどころか、国家を陥れようとした罪人扱いをされてしまい、婚約破棄を言い渡された。
部屋に戻ってきた私は思った。こんなところにいても、私は利用され続けるだけだろう。そんなの嫌だ。私はこの薬を作る力で、多くの人を助けたい。そして、お母さんのいる故郷に帰りたい――そう思った私は、外に出る決意をする。
唯一の味方であった男性の人の助けもあり、なんとか国を出てることができたが、サバイバル能力なんて皆無なせいで、日に日に弱っていく中、私は野生動物に襲われてしまう。
そこに、薬草を探していた一人の騎士様が通りかかって……?
これは一人の聖女が薬師となり、新しい土地で出会った騎士と多くの問題を解決し、仲を紡ぎながら幸せになるまでの物語。
⭐︎完結まで執筆済み。ファンタジー色やや強めです。小説家になろう様にも投稿しております⭐︎
【完結】魔法薬師の恋の行方
つくも茄子
BL
魔法薬研究所で働くノアは、ある日、恋人の父親である侯爵に呼び出された。何故か若い美人の女性も同席していた。「彼女は息子の子供を妊娠している。息子とは別れてくれ」という寝耳に水の展開に驚く。というより、何故そんな重要な話を親と浮気相手にされるのか?胎ました本人は何処だ?!この事にノアの家族も職場の同僚も大激怒。数日後に現れた恋人のライアンは「あの女とは結婚しない」と言うではないか。どうせ、男の自分には彼と家族になどなれない。ネガティブ思考に陥ったノアが自分の殻に閉じこもっている間に世間を巻き込んだ泥沼のスキャンダルが展開されていく。
没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!
日之影ソラ
ファンタジー
かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。
しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。
ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。
そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。
こちらの作品の連載版です。
https://ncode.syosetu.com/n8177jc/
救国の大聖女は生まれ変わって【薬剤師】になりました ~聖女の力には限界があるけど、万能薬ならもっとたくさんの人を救えますよね?~
日之影ソラ
恋愛
千年前、大聖女として多くの人々を救った一人の女性がいた。国を蝕む病と一人で戦った彼女は、僅かニ十歳でその生涯を終えてしまう。その原因は、聖女の力を使い過ぎたこと。聖女の力には、使うことで自身の命を削るというリスクがあった。それを知ってからも、彼女は聖女としての使命を果たすべく、人々のために祈り続けた。そして、命が終わる瞬間、彼女は後悔した。もっと多くの人を救えたはずなのに……と。
そんな彼女は、ユリアとして千年後の世界で新たな生を受ける。今度こそ、より多くの人を救いたい。その一心で、彼女は薬剤師になった。万能薬を作ることで、かつて救えなかった人たちの笑顔を守ろうとした。
優しい王子に、元気で真面目な後輩。宮廷での環境にも恵まれ、一歩ずつ万能薬という目標に進んでいく。
しかし、新たな聖女が誕生してしまったことで、彼女の人生は大きく変化する。
本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~
日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。
そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。
ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。
身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。
様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。
何があっても関係ありません!
私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます!
『本物の恋、見つけました』の続編です。
二章から読んでも楽しめるようになっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる