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第二章 聖メディアーノ学園編

46 侍女の矜持

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「はぁ、全然寝れなかったよ……」
「はう~」

 翌朝、マナとメラメラは二人してベッドの上で項垂れた。マナに合わせたように、メラメラ迄寝不足になっていた。

 二人でしばらく呆けた後に窓から日時計の時間を見て、ユリカが朝食を運んでくる前に着替えようとベッドから出る。

 すっかり制服に着替え終わっても、ユリカが姿を現さなかった。いつもならこのくらいの時間には朝食の準備を終えて服装をチェックしてくれる。

 マナが気になって隣のユリカの部屋を見てみるが、整然とした狭い空間には誰もいない。

「おかしいなぁ、どうしたんだろう……」

 そのうち来るだろうと思って待っていると、いきなりすごい勢いで扉が開いた。飛び込んできたシャルをマナが驚いて見つめていると、

「大変だ!! ユリカが血を吐いて倒れた!!」
 唐突に訪れた絶望が、マナの心を暗転させた。



 シャルと共にマナが医務室に入ると、狭い部屋にアルカードを初め、他の妃候補と侍女まで集まっていた。
 全速で駆けてきたマナは、息を切らしながらベッドに近づいた。そこには青白い顔をしたユリカが横たわっていた。

「……ユリカ、ユリカっ!!?」

 マナがベッドにすがりつくと、ユリカの浅い息使い聞こえる。

「どうして、こんな事にっ……!!」

「中和剤を調合して飲ませました。もう少し遅ければ、命はなかったでしょう」
 淡々と言うアルメリアの横で、シンシアが涙を流す。

「中和……剤……?」
「貴方の食事に毒が盛られていたのです。ユリカはそれを食して血を吐きました」

 アルメリアの口から語られる真実が、マナは呑み込めなかった。

「ユリカは陰で鬼役まで務めていたのですね」

 鬼役と言うものを知らないマナに、アルメリアが極めて冷淡に説明する。

「鬼役とは専門に毒見を行う職業です。彼らは毒に耐性を持つように訓練されています。毒をも盛られた食事を食べたとしても、それ程のダメージは受けません。しかし、ユリカはただの侍女です」

 それを聞いたマナは、恐ろしい違和感があって震える。アルメリア以外の人間は、痛ましい事実に耐えかねて、表情が悲愴に染まっていた。

「……!? どうして、こんな……」
「理由ははっきりとしています。マナ、あなたには鬼役が付かなかったのです」

 余りにも残酷な現実だった。そして、感情を一切挟まぬアルメリアの冷静な声が、残酷さを先鋭化させていく。

「鬼役は仕事の性質上、精神的な支柱を必要とする職業です。彼らは高貴なる者に仕える事を誇りとして任務を全うするのです」

 この悲しい現実を冷静に言葉にして伝えられる人間は、アルメリアただ一人であった。
 流石のアルメリアも少し躊躇して、ため息を吐いていた。

「貴方の身分が平民だから鬼役が付かなかったのです」

 マナの瞳が輝石にように潤んで涙が頬を伝った。母の遺言に従った事がこの悲劇を生んだのか。マナは、そうは思いたくなかった。辛くて悲しくて、涙が止まらなくなった。そんなマナに、アルメリアは一切態度を変えずに続けた。

「王家の命令で、あなたに強制的に鬼役を付ける事は可能だったでしょう。しかし、それでは信用できません。ですから、ユリカが鬼役を買って出たのでしょう」

 ユリカはマナがレストランで食事を取る事を許さなかった。マナの命を守る為にそうする必要があった。本当に命を懸けてマナを守ってくれていたのだ。

「うあああああぁぁーーーっ!!」

 マナが声を上げて泣くと、アルカードが抱きしめてくれた。優しい王太子の胸の中で、マナと一緒にメラメラも泣いていた。

「ユリカさん、すごいですよ、かっこいいですよ……」
 シンシアが泣きながら言った。

「あなたこそ侍女の鏡です。主に対するその覚悟を、わたくしも見習いとうございます」
 ナスターシャは彼女に敬服していた。

「人間として、これ程に崇高な生き方が出来る者は、そうはいないでしょう」
 ベッドに横たわる侍女は、アルメリアにそこまで言わせしめた。

「殿下、マナをお願いします」
「うん、分かっているよ」

 そしてアルメリアは、他の妃候補の方に振り返ると睥睨へいげいして言った。

「さて、皆様、わたくしの部屋にお集まり頂きましょう」

 中にはアルメリアよりも身分の高い者さえいたのに、誰もがそれに従わざるを得なかった。アルメリアという少女には、無条件に人を従わせる魅力のようなものがあった。
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