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第二章 聖メディアーノ学園編

44 強き公爵令嬢

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 美しいはずの少女の顔は、嫉妬に狂って悪魔的に歪んでいた。炎を乗せた手が更に近づき、マナの髪の毛の一本を焼く。

「うわ~ん、やめろ~、マナぁっ!」
 メラメラの叫び声が校舎裏に響いた、その時だった。

「あーっ、殿下があんな所にーっ!」
 遠くから誰かの声が聞こえてきて、赤い令嬢が炎を握りつぶして手を引いた。わざとらしい呼び声だったが、効果は抜群だった。

 ツインテールの少女が声を上げながら裏庭に走り込んでくる。
「なーんて、嘘でーす!」

「はぁ!? あなた誰の侍女ですか! 許しませんよ!」
「そのお方なら、すぐにいらっしゃいますよ!」

 小鳥のさえずるようなシンシアの声が、令嬢達の醸す嫌な空気を払拭していく。そして、ある意味、殿下よりも恐ろしい人物が彼女らの前に現われた。

「シンシアは、わたくしの侍女ですわ」
「ア、アルメリア様!?」

 恐ろしく冷たい目のアルメリアが束ねた扇子で平手を打つと、下級貴族の令嬢達が震え上がった。赤い令嬢は侯爵なので、そこまで動じてはいなかった。

「貴族の御令嬢が揃いも揃って、そんな平民の娘を相手に何をしていらっしゃるのか」

「何をって、アルメリア様なら、お分かりになるでしょう? この不届きな娘に、殿下に近づかぬよう釘を刺していたのです。アルメリア様だって、色々と言いたいことが御有りでしょう」

『情けない』

 アルメリアの良く通る声が、令嬢達の間を駆け抜けていった。ちょうどその時に現場に現れたシャルも、その声を聞いた。

「あなた方はその娘を害するつもりだったのでしょうが、その実は恐れをなしているのです」
「馬鹿な、このわたくしが平民を恐れるなど」

 赤い令嬢はアルメリアとまともに目が合うと、それ以上声を出せなくなった。

「貴族でありながら平民を恐れるとは、恥を知りなさい!!」

 気持ちの良いくらい凛とした声に、凄まじい覇気を含んでいた。下級貴族の令嬢達は目に見えて震え出した。

 赤い令嬢は、まだ辛うじて抵抗する気力を持っていた。

「……逆族の血統のくせに」

 震える唇から出た言葉で、アルメリアがエメラルドの目を細くする。そして、まるで刃物でもあるかのように、畳んだ扇子を赤き令嬢の首筋に当てた。その瞬間に、ひいという慄きが漏れた。

「それは、わたくしに対する挑戦と受け取りました。容赦はいたしませんが、よろしいですね?」
「そ、そんな!? 違います! 今のはその、言葉のあやと言うか」
「あや?」

 抑揚のないアルメリアの声が、かの令嬢を恐怖のどん底に叩き落す。精神の方は完全に陥落した。

「……申し訳ありませんでした、お許し下さい」
「いいでしょう、先ほどの発言は聞かなかったことにします」

 しかし、とアルメリアは赤い令嬢を強く見据えた。

「あなたは魔法でマナに危害を加えようとしていましたね。確か魔法使いには厳しい掟があったはず。そうですよね、そこの魔女さん」

「うん、人間を魔法で傷つけた場合、その者の魔法は永遠に封印される」

 何故そんな事を、そう問いたげに令嬢がシャルを見つめる。そして、アルメリアが完全に止めを刺した。

「そちらにいる方は、大魔女メイルーダの娘です。ご存じなかったのですか?」
「そ、そんな……」

 絶望に打ちひしがれた令嬢の瞳が揺れ、その場に崩れ落ちた。侯爵令嬢にして魔法が使える、そのアドバンテージを全て失いかねない状況だった。

「今回は許しましょう。もう二度とこのような事はなさらぬよう」

「ありがとうございます! ありがとうございます!」
 許してもらえると聞いた令嬢は、アルメリアを女神のように崇敬した。

 マナを取り囲んでいた令嬢達は雲の子を散らすように去り、メラメラはマナの頭の上に戻ってきた。

「アルメリア様、助けて頂き、ありがとうございました」

 礼を言うマナを、アルメリアは先ほどの令嬢達よりも厳しい目で見つめた。マナの顔が恐怖の色に染まって固まる。

「あなたは何を勘違いしているのですか。助けたのではありません。先ほどわたくした述べた事は真実なのです」

 マナは刺すようなアルメリアの視線に晒されて、先程の体験よりもよほど恐ろしかった。

「いいですか、よく聞きなさい。王侯貴族には歴史と格式があるのです。そして、それに準じた誇りも持ち合わせています。それは平民には決してないものです。その我々が平民に負けたらどうなるか」

 異様な緊張状態だった。マナはただ立ち尽くし、シャルは口出しできず拳に汗を握っていた。

「場合によっては立ち直れない程の打撃を受けるでしょう」
 アルメリアの言葉は圧倒的に正しかった。その分、衝撃も大きかった。
「平民のあなたが学園にいる事は、皆さんにとって恐ろしい事なのです。それを知りなさい」

 マナは自分がここにいてはいけないという事を、今こそ思い知った。

♢♢♢

 迎えに来ていたユリカは、マナがなかなか昇降口から出てこないので探し回っていた。それを見つけたシャルが合流して事情を説明した。

 寮への帰り道、マナの雰囲気が暗くてユリカは話しかける事ができないでいた。頭の上にいるメラメラも、一緒に元気がなくなっていた。

 マナのピンチに駆けつけたものの、何も出来なかったシャルが少ししょげて言った。

「あ~あ、今回は完全に負けだなぁ」
 マナは下を向いてシャルの声だけを聞いていた。

「悔しいけど、アルメリアはすごいよ。わたしじゃあ、あんなふうに丸く収める事はできなかったな」

 意気消沈しているマナの背中を、シャルが優しく叩いた。それで少しだけマナの気持ちが楽になった。

♢♢♢

 寮に帰ってくると、何故かシンシアがマナの部屋の前で待っていた。

「あ、マナ様!」
「シンシアさん?」

 シンシアは子栗鼠のように駆け寄ってくる。

「わたし言っちゃいます! だって、こんなの黙っていられませんもの!」
「言うって、何をですか?」
「お嬢様には絶対に内緒ですよ」

 シンシアはマナの耳元で囁くように言った。
「実はわたし、お嬢様からマナ様を見張るように頼まれていたんです。いつか必ず、危ない目に合うからって」

 それを聞いたマナの表情に変化があって、シンシアは少し慌ててしまう。

「あれ? マナ様、大丈夫です?」

 マナの瞳から雫が零れた。胸が温かくて、いつまでも涙が溢れ出て止まらなかった。


 その頃、アルメリアは王妃の執務室で書類を整理していた。積み上がった書類を取っては手早くサインを入れていく。その無表情からは、彼女が何を考えているのかは分からない。
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