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第二章 聖メディアーノ学園編
38 アルメリアという令嬢
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翌日からマナの学びの日々が始まった。昼休みはシャルと薬科試験に向けての勉強、学園が終わってからはティア姫と夜遅くまで勉強、マナはティア姫が苦手だったが、一緒に勉強しているうちに、少しずつ慣れていった。
ティア姫は優しく気さくであった。一国の姫でありながら、平民のマナに分け隔たりなく接してくれるし、姫と侍女ナスターシャの姉妹のような掛け合いは、マナとユリカの関係に通じるものがあって、その点は親しみが持てた。
優雅にお茶を飲みながら、一国に姫君と共に勉学に励むなど、かつてマナが夢見たような世界だ。しかし、実際そうなってみると喜んでいる暇なんてない。一国の姫に勉強を教えてもらった挙句にまだ成績が悪かったら、とても学園には居られない。だからマナは必死であった。ティア姫は覚えの良くないマナに、メラメラを構いつつも丁寧に勉強を教えてくれた。一息入れてお茶を飲んでいる時には、お互いの事を話したりして、だんだん親しくなっていった。
♢♢♢
ロディス国辺境にあるロンダン村付近の森の中を騎士団が駆けていく。先頭でそれを率いるゼノビアは、細身の剣を片手に叫んだ。
「二手に分かれて挟み撃ちにする! 一人も逃がすな!」
騎士団は近郊の村々を荒らしていた盗賊団を追いかけていた。
夕方頃には、ロンダン村の空き地に引っ立てられた十数人の盗賊が集められ、村中の人々がそこに集まっていた。騎士たちは盗賊共の周囲を囲んで見張り、カイナスとゼノビアは馬上からやさぐれた男たちを見下ろしていた。
「何とか全員捕まえられたな」
「お兄様の指揮のおかげです」
「お前も良くやってくれた」
「ちくしょう! 騎士団来るなんて聞いてないぞ、どうなってやがるんだ!」
スキンヘッドの大男が唾を吐く様に言う、盗賊団の頭目である。ゼノビアは頭目の軽はずみな発言を聞き逃さなかった。
「聞いていないとはどういう事か、盗賊団にそんな情報を流す者がいるというの?」
頭目は渋い表情になって黙した。
やがて村に馬車が入ってくる。豪奢な造りの馬車で辺境にはまったく似つかわしくなく恐ろしく目立っていた。馬車は広場の前に止まり、扇を手にしたアルメリアと侍女のシンシアが降りてきた。何も知らない村人たちは、高貴な令嬢の登場に驚いて道を開ける。
「シンシアのお父様からの情報は確かでしたわね」
「商人にとって情報は命ですからね! お父様に聞けば何だって分っちゃいますよ!」
騎士たちも道を開き、青いドレスの令嬢が縛り上げられた盗賊たちの前に来て見下ろした。アルメリアが何者かなど誰にも分らなかったが、とんでもなく身分が高い事だけは彼女の放つ空気から知れる。
頭目はアルメリアを睨み上げて、獣が吠えるように叫んだ。
「けっ! 俺たちを見下ろしてそんなに楽しいかよ! 趣味が悪いぜ!」
瞬間、アルメリアは扇子を閉じてぴしゃりと頭目の鼻面を叩いた。
「この、無礼者!!」
「ひいぃっ!!?」
頭目が情けない声を上げてひっくり返る。鼻も痛かったが、大男をぶったおした力はアルメリアの持つ王侯貴族としての覇気であった。盗賊たちは真っ青になる。アルメリアがその気になれば、自分たちを処刑する事など訳ないと思い知ったからだ。
「さて、わたくしには、あなた方の処遇をこの場で決める程度の権力はあります。あなた方一人一人の罪も把握しています。村人をその手にかけた無法者は外に出て頂きましょう」
話がそこまで来ると、数人の騎士が動いて盗賊団の頭目を始め四人を広場の外にまでひっぱっていった。そしてアルメリアの話が再開する。
「この中には盗賊になりたくてなった者など殆どいないはずです、止むに止まれぬ理由があったのでしょう」
青い顔で震えていた盗賊たちが、一人また一人と顔を上げてアルメリアの話に耳を傾け始める。アルメリアは彼らが何らかの理由で職に就けない事を知っていた。
「二度と盗賊の略奪など起きぬように、わたくしはこの辺境の地に自警団を設立します、この中でやる気のある者はいますか?」
それを聞いた者たちは耳を疑った。周りに集まっていた村人たちが急に静まり、しばらくは小鳥の囀りだけが聞こえてくる。やがて盗賊の一人がおずおずと声を上げた。
「お、俺たちを雇ってくれるって事ですかい?」
「そう言ったつもりですが、何かおかしなところでもあったかしら?」
「とんでもありませんぜ! 夢みてぇな話なんで信じられなくて」
「夢などではありません、やるのかやらないのか、すぐに決めなさい」
アルメリアの突き放すような言葉で現実を受け入れた盗賊たちは、次々と声を上げた。
「やりますぜ! やらせて下さい!」
「俺も真面目に働きてぇ!」
そうして残された盗賊十四人の意見が一致した。黙って見ていた村人たちは、とんでもない事を考える公爵令嬢に驚嘆するしかなかった。
「では、わたくしの権限を持って、あなた方全員を自警団員として正式に申請します。元盗賊という素性では人々は心配になるでしょうから、信用を得られるまでは正規の騎士と一緒に働いてもらいます」
それを聞いて村人たちはほっと胸をなでおろした。
ゼノビアはその一部始終を見つめていた。彼女の中にあったアルメリアの人物感は大きく変わり、ただ勉強ができるだけの公爵令嬢ではないと知る事になった。
ティア姫は優しく気さくであった。一国の姫でありながら、平民のマナに分け隔たりなく接してくれるし、姫と侍女ナスターシャの姉妹のような掛け合いは、マナとユリカの関係に通じるものがあって、その点は親しみが持てた。
優雅にお茶を飲みながら、一国に姫君と共に勉学に励むなど、かつてマナが夢見たような世界だ。しかし、実際そうなってみると喜んでいる暇なんてない。一国の姫に勉強を教えてもらった挙句にまだ成績が悪かったら、とても学園には居られない。だからマナは必死であった。ティア姫は覚えの良くないマナに、メラメラを構いつつも丁寧に勉強を教えてくれた。一息入れてお茶を飲んでいる時には、お互いの事を話したりして、だんだん親しくなっていった。
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ロディス国辺境にあるロンダン村付近の森の中を騎士団が駆けていく。先頭でそれを率いるゼノビアは、細身の剣を片手に叫んだ。
「二手に分かれて挟み撃ちにする! 一人も逃がすな!」
騎士団は近郊の村々を荒らしていた盗賊団を追いかけていた。
夕方頃には、ロンダン村の空き地に引っ立てられた十数人の盗賊が集められ、村中の人々がそこに集まっていた。騎士たちは盗賊共の周囲を囲んで見張り、カイナスとゼノビアは馬上からやさぐれた男たちを見下ろしていた。
「何とか全員捕まえられたな」
「お兄様の指揮のおかげです」
「お前も良くやってくれた」
「ちくしょう! 騎士団来るなんて聞いてないぞ、どうなってやがるんだ!」
スキンヘッドの大男が唾を吐く様に言う、盗賊団の頭目である。ゼノビアは頭目の軽はずみな発言を聞き逃さなかった。
「聞いていないとはどういう事か、盗賊団にそんな情報を流す者がいるというの?」
頭目は渋い表情になって黙した。
やがて村に馬車が入ってくる。豪奢な造りの馬車で辺境にはまったく似つかわしくなく恐ろしく目立っていた。馬車は広場の前に止まり、扇を手にしたアルメリアと侍女のシンシアが降りてきた。何も知らない村人たちは、高貴な令嬢の登場に驚いて道を開ける。
「シンシアのお父様からの情報は確かでしたわね」
「商人にとって情報は命ですからね! お父様に聞けば何だって分っちゃいますよ!」
騎士たちも道を開き、青いドレスの令嬢が縛り上げられた盗賊たちの前に来て見下ろした。アルメリアが何者かなど誰にも分らなかったが、とんでもなく身分が高い事だけは彼女の放つ空気から知れる。
頭目はアルメリアを睨み上げて、獣が吠えるように叫んだ。
「けっ! 俺たちを見下ろしてそんなに楽しいかよ! 趣味が悪いぜ!」
瞬間、アルメリアは扇子を閉じてぴしゃりと頭目の鼻面を叩いた。
「この、無礼者!!」
「ひいぃっ!!?」
頭目が情けない声を上げてひっくり返る。鼻も痛かったが、大男をぶったおした力はアルメリアの持つ王侯貴族としての覇気であった。盗賊たちは真っ青になる。アルメリアがその気になれば、自分たちを処刑する事など訳ないと思い知ったからだ。
「さて、わたくしには、あなた方の処遇をこの場で決める程度の権力はあります。あなた方一人一人の罪も把握しています。村人をその手にかけた無法者は外に出て頂きましょう」
話がそこまで来ると、数人の騎士が動いて盗賊団の頭目を始め四人を広場の外にまでひっぱっていった。そしてアルメリアの話が再開する。
「この中には盗賊になりたくてなった者など殆どいないはずです、止むに止まれぬ理由があったのでしょう」
青い顔で震えていた盗賊たちが、一人また一人と顔を上げてアルメリアの話に耳を傾け始める。アルメリアは彼らが何らかの理由で職に就けない事を知っていた。
「二度と盗賊の略奪など起きぬように、わたくしはこの辺境の地に自警団を設立します、この中でやる気のある者はいますか?」
それを聞いた者たちは耳を疑った。周りに集まっていた村人たちが急に静まり、しばらくは小鳥の囀りだけが聞こえてくる。やがて盗賊の一人がおずおずと声を上げた。
「お、俺たちを雇ってくれるって事ですかい?」
「そう言ったつもりですが、何かおかしなところでもあったかしら?」
「とんでもありませんぜ! 夢みてぇな話なんで信じられなくて」
「夢などではありません、やるのかやらないのか、すぐに決めなさい」
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「やりますぜ! やらせて下さい!」
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そうして残された盗賊十四人の意見が一致した。黙って見ていた村人たちは、とんでもない事を考える公爵令嬢に驚嘆するしかなかった。
「では、わたくしの権限を持って、あなた方全員を自警団員として正式に申請します。元盗賊という素性では人々は心配になるでしょうから、信用を得られるまでは正規の騎士と一緒に働いてもらいます」
それを聞いて村人たちはほっと胸をなでおろした。
ゼノビアはその一部始終を見つめていた。彼女の中にあったアルメリアの人物感は大きく変わり、ただ勉強ができるだけの公爵令嬢ではないと知る事になった。
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