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第二章 聖メディアーノ学園編
28 怒るアルカード
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昼休みはアルカード達とカフェテラスで過ごす。今日はカイナスの姿はなかった。
昨日のアルメリアとの一件もあり、マナはやるせなさが抜けなかった。無暗に、ため息ばかり出てしまう。
「どうしたんだい? さっきからため息ばかり吐いてるけど、心配事でもあるの?」
その声にマナが振り向くと、アルカードと目が合って、かっと顔が熱くなる。
「な、何でもないんです」
「何でもないって顔してないぞ」
シャルがマナの顔を下から覗き込んでくる。
「ほ、本当に何でもないんだってば」
「マナは嘘が下手だね。隠してないで言っちゃいなよ、このわたしが解決してあげるからさ!」
シャルはケーキが刺さったフォーク片手に胸を張った。マナは、昨日あったことは、シャルにだけは絶対に言えないなと思う。アルメリアとシャルの間に確執があるのは、以前のお茶会の時に分かっている。
マナは、どうにかして話題を変えようと思い、静かにお茶を飲んでいるゼノビアを見て閃いた。
「そういえばゼノビア様は、騎士になりたいって言っていましたよね」
「ええ、そうです。お母様のような騎士になるのが、わたしの目標なのです」
「ゼノビア様が目標にするくらいですから、お母様はすごい人なんでしょうね」
「お母様は、神薬革命の折に栄誉騎士の称号を頂いています。レクサス様と同様に、ロディス王国を代表する騎士でもあるのです」
「その、しんやく革命って、前にも言っていましたよね? どんな革命なんですか?」
すると、みんな黙ってしまい、妙な空気が流れた。その間に、メラメラがクッキーを食べる気持ちの良い音だけが聞こえる。マナは意味が分からず、みんなの顔を何度も往復して見てしまった。やがてシャルが喋り出した。
「神薬革命の神薬っていういのは、神に薬って書くんだけどね。あったのは、わたしらが生まれる、ちょっと前くらいだよ。色々とやばい事があったらしくてね、隠されている事も多いんだ。触り位なら、学校の授業でも習うよ」
「詳しい事が知りたければ、妃殿下に聞けばいいわ」
「王妃様に?」
ゼノビアの言う事にマナが反応した瞬間に、アルカードがテーブルを強く叩いて立ち上がった。
「それは駄目だ!」
メラメラが、アルカードの大声に驚いて、ピタリと動きを止める。
「ゼノビア! 君は良くそんな事を平然と言えるな!」
「いけなかったでしょうか? 妃殿下は神薬革命の出来事をマナに隠したりはしないと思います」
「君に母上の何が分かる!」
「少しは分かります。何せ、お母様と妃殿下は親友同士なのですから。妃殿下がお母様の言う通りの人ならば、過去の悲愴になど囚われはしないでしょう」
「君はデリカシーが無いな!」
憤慨するアルカードに対して、ゼノビアは終始冷静に答える。二人のやりあいに、マナや目を白黒させていた。
「不愉快だ、今日は失礼させてもらう」
アルカードが席を離れていくと、アルメリアは紅茶を一口飲んでから軽く息を吐いた。
「嫌われてしまったかしら」
あの優しいアルカードがこれほど激怒するとは、尋常ではない出来事だった。それだけに、マナの中に神薬革命の文字が深く刻まれる事になった。
♢♢♢
王城では週に一度、王妃の謁見が行われる。主に地方領主からの使者や、各町や村の代表者などが報告に訪れる。
近衛騎士団の厳重な警護の中、玉座に座する王妃シェルリに数人が目通りする。昨今は国内も安定してきたようで、王妃に直訴を求める人間は少なくなっていた。
「フロスブルグは至って平和で、民も穏やかに暮らしております」
「それだけですか? もっと細かな報告はないのですか?」
「ご安心下さい、王妃様に報告するような問題はございません」
この者に限らず、どの領地の使者も同じような事しか言わない。シェルリはそんな報告しかしてこなり領主たちに不満を持っていた。問題な何もないなど、そんなはずはないと常に疑っている。出来れば自分の足で現地まで行って確認したいが、政務に手いっぱいで城からは動けないのであった。
謁見の後は、書類の確認とサインでほぼ一日が終わる。シェルリは山のような書類を前にして羽ペンを動かす。各省の大臣から上がってきた書類はサインするだけだが、町や村の状況を伝える報告書や嘆願書などはしっかりと目を通さねばならない。報告書は先ほどの使者の言の繰り返しのように、平和だの、穏やかだの、触りの良い言葉ばかりが目立つ。すべてが本当にそうならいいのだが、シェルリはこの中に嘘の報告がある事を知っていた。それなのに、城から一歩も動けない自分にため息が出てしまう。
「昔のように、自由にどこへでも行けたらいいのに」
それは叶わぬ夢だと分かっている。これはシェルリが自分で選んだ人生なのだ。
シェルリが沈んだ気持ちで、いっそ気になる領地に間諜でも送るべきかと考えていると、一通の嘆願書に目が止まった。それにはフロスブルグおよび辺境の農村地帯の視察を希望する旨が書かれており、その送り主の名を見てシェルリは驚いた。
「あら、アルメリアからの願書だわ。あの子、何をするつもりなのかしら?」
公爵令嬢が地方の視察を希望するなど、普通では考えられない話だが、シェルリはアルメリアがそこいらのお嬢様とは違う事を良く知っていた。今から十年前の事を思い出す。
それはシェルリが王妃になって三年目、ようやく政務に慣れてきた頃の話だ。謁見している時に、当時5歳のアルメリアが現れたのだ。
この頃は謁見を求める人間が多かったのだが、アルメリアは、それらを小さな体で押しのけて、堂々と玉座の前まで歩いてきた。
「お嬢様、いけません! 今は謁見中です!」
「お黙り! わたしは妃殿下とお話しするの!」
幼い少女が一言で従者を黙らせる姿は印象的だった。そして彼女は、はっきりと言った。
「あなたは王妃に相応しくありません」
それを聞いたシェルリは微笑を浮かべ、玉座から降りてアルメリアの前で屈んで目線を合わせた。たとえ相手が子供でも、対等に話がしたいと思ったのだ。
「どうしてそう思うのですか?」
「あなたの身分が卑しいからです。お父様もお母様も、そう言っていました」
その口調からは、5歳とは思えない知性が窺える。シェルリは貶されているにもかかわらず感心してしまった。故に、この子とは、真剣に話し合わなければならなないと思った。
「あなたのお話しは分かりました。では、わたしが王妃に相応しいかどうか、これからその目で見て判断して下さい。あなたが大人になっても、わたしが王妃に相応しくないと思うようなら、わたしは王妃を辞めます」
「わかりました」
「あなたはしっかりお勉強なさい、そしてロディスがどのような国になっていくのか、正しい目を持って見つめて下さい。これは、わたしとあなたの真剣なお約束です」
その時、幼いアルメリアの目の輝きが変わった。
「わかりました、お勉強します。そして、妃殿下を見ています」
その時に近くにいたアルメリアの従者は真っ青になって震えていた。その後、アルメリアの父と母が慌ててやってきて、シェルリに何度も頭を下げたのだ。きっと二人は生きた心地がしなかっただろう。
過去を思い出したシェルリはくすりと笑った。幼少期のアルメリアは、予想外な事をして大人たちを困らせたものだった。それが成長するにつれて類稀なる才覚を発揮し、その頭の良さには家庭教師も舌を巻いて、ついに教えることはないとまで言わせしめた。さらに若くして薬師として一流の称号まで得た。彼女はシェルリとの約束を果たしたのだ。
シェルリは嘆願書にペンを走らせる。アルメリアが辺境の町や村で何をしようというのか、シェルリには見当もつかない。ただ、アルメリアが正しい目を持っている事は確信していた。
昨日のアルメリアとの一件もあり、マナはやるせなさが抜けなかった。無暗に、ため息ばかり出てしまう。
「どうしたんだい? さっきからため息ばかり吐いてるけど、心配事でもあるの?」
その声にマナが振り向くと、アルカードと目が合って、かっと顔が熱くなる。
「な、何でもないんです」
「何でもないって顔してないぞ」
シャルがマナの顔を下から覗き込んでくる。
「ほ、本当に何でもないんだってば」
「マナは嘘が下手だね。隠してないで言っちゃいなよ、このわたしが解決してあげるからさ!」
シャルはケーキが刺さったフォーク片手に胸を張った。マナは、昨日あったことは、シャルにだけは絶対に言えないなと思う。アルメリアとシャルの間に確執があるのは、以前のお茶会の時に分かっている。
マナは、どうにかして話題を変えようと思い、静かにお茶を飲んでいるゼノビアを見て閃いた。
「そういえばゼノビア様は、騎士になりたいって言っていましたよね」
「ええ、そうです。お母様のような騎士になるのが、わたしの目標なのです」
「ゼノビア様が目標にするくらいですから、お母様はすごい人なんでしょうね」
「お母様は、神薬革命の折に栄誉騎士の称号を頂いています。レクサス様と同様に、ロディス王国を代表する騎士でもあるのです」
「その、しんやく革命って、前にも言っていましたよね? どんな革命なんですか?」
すると、みんな黙ってしまい、妙な空気が流れた。その間に、メラメラがクッキーを食べる気持ちの良い音だけが聞こえる。マナは意味が分からず、みんなの顔を何度も往復して見てしまった。やがてシャルが喋り出した。
「神薬革命の神薬っていういのは、神に薬って書くんだけどね。あったのは、わたしらが生まれる、ちょっと前くらいだよ。色々とやばい事があったらしくてね、隠されている事も多いんだ。触り位なら、学校の授業でも習うよ」
「詳しい事が知りたければ、妃殿下に聞けばいいわ」
「王妃様に?」
ゼノビアの言う事にマナが反応した瞬間に、アルカードがテーブルを強く叩いて立ち上がった。
「それは駄目だ!」
メラメラが、アルカードの大声に驚いて、ピタリと動きを止める。
「ゼノビア! 君は良くそんな事を平然と言えるな!」
「いけなかったでしょうか? 妃殿下は神薬革命の出来事をマナに隠したりはしないと思います」
「君に母上の何が分かる!」
「少しは分かります。何せ、お母様と妃殿下は親友同士なのですから。妃殿下がお母様の言う通りの人ならば、過去の悲愴になど囚われはしないでしょう」
「君はデリカシーが無いな!」
憤慨するアルカードに対して、ゼノビアは終始冷静に答える。二人のやりあいに、マナや目を白黒させていた。
「不愉快だ、今日は失礼させてもらう」
アルカードが席を離れていくと、アルメリアは紅茶を一口飲んでから軽く息を吐いた。
「嫌われてしまったかしら」
あの優しいアルカードがこれほど激怒するとは、尋常ではない出来事だった。それだけに、マナの中に神薬革命の文字が深く刻まれる事になった。
♢♢♢
王城では週に一度、王妃の謁見が行われる。主に地方領主からの使者や、各町や村の代表者などが報告に訪れる。
近衛騎士団の厳重な警護の中、玉座に座する王妃シェルリに数人が目通りする。昨今は国内も安定してきたようで、王妃に直訴を求める人間は少なくなっていた。
「フロスブルグは至って平和で、民も穏やかに暮らしております」
「それだけですか? もっと細かな報告はないのですか?」
「ご安心下さい、王妃様に報告するような問題はございません」
この者に限らず、どの領地の使者も同じような事しか言わない。シェルリはそんな報告しかしてこなり領主たちに不満を持っていた。問題な何もないなど、そんなはずはないと常に疑っている。出来れば自分の足で現地まで行って確認したいが、政務に手いっぱいで城からは動けないのであった。
謁見の後は、書類の確認とサインでほぼ一日が終わる。シェルリは山のような書類を前にして羽ペンを動かす。各省の大臣から上がってきた書類はサインするだけだが、町や村の状況を伝える報告書や嘆願書などはしっかりと目を通さねばならない。報告書は先ほどの使者の言の繰り返しのように、平和だの、穏やかだの、触りの良い言葉ばかりが目立つ。すべてが本当にそうならいいのだが、シェルリはこの中に嘘の報告がある事を知っていた。それなのに、城から一歩も動けない自分にため息が出てしまう。
「昔のように、自由にどこへでも行けたらいいのに」
それは叶わぬ夢だと分かっている。これはシェルリが自分で選んだ人生なのだ。
シェルリが沈んだ気持ちで、いっそ気になる領地に間諜でも送るべきかと考えていると、一通の嘆願書に目が止まった。それにはフロスブルグおよび辺境の農村地帯の視察を希望する旨が書かれており、その送り主の名を見てシェルリは驚いた。
「あら、アルメリアからの願書だわ。あの子、何をするつもりなのかしら?」
公爵令嬢が地方の視察を希望するなど、普通では考えられない話だが、シェルリはアルメリアがそこいらのお嬢様とは違う事を良く知っていた。今から十年前の事を思い出す。
それはシェルリが王妃になって三年目、ようやく政務に慣れてきた頃の話だ。謁見している時に、当時5歳のアルメリアが現れたのだ。
この頃は謁見を求める人間が多かったのだが、アルメリアは、それらを小さな体で押しのけて、堂々と玉座の前まで歩いてきた。
「お嬢様、いけません! 今は謁見中です!」
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幼い少女が一言で従者を黙らせる姿は印象的だった。そして彼女は、はっきりと言った。
「あなたは王妃に相応しくありません」
それを聞いたシェルリは微笑を浮かべ、玉座から降りてアルメリアの前で屈んで目線を合わせた。たとえ相手が子供でも、対等に話がしたいと思ったのだ。
「どうしてそう思うのですか?」
「あなたの身分が卑しいからです。お父様もお母様も、そう言っていました」
その口調からは、5歳とは思えない知性が窺える。シェルリは貶されているにもかかわらず感心してしまった。故に、この子とは、真剣に話し合わなければならなないと思った。
「あなたのお話しは分かりました。では、わたしが王妃に相応しいかどうか、これからその目で見て判断して下さい。あなたが大人になっても、わたしが王妃に相応しくないと思うようなら、わたしは王妃を辞めます」
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「あなたはしっかりお勉強なさい、そしてロディスがどのような国になっていくのか、正しい目を持って見つめて下さい。これは、わたしとあなたの真剣なお約束です」
その時、幼いアルメリアの目の輝きが変わった。
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過去を思い出したシェルリはくすりと笑った。幼少期のアルメリアは、予想外な事をして大人たちを困らせたものだった。それが成長するにつれて類稀なる才覚を発揮し、その頭の良さには家庭教師も舌を巻いて、ついに教えることはないとまで言わせしめた。さらに若くして薬師として一流の称号まで得た。彼女はシェルリとの約束を果たしたのだ。
シェルリは嘆願書にペンを走らせる。アルメリアが辺境の町や村で何をしようというのか、シェルリには見当もつかない。ただ、アルメリアが正しい目を持っている事は確信していた。
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