上 下
11 / 86
第一章 異世界召喚編

11 辛いお茶会

しおりを挟む
「さあ、お茶会を始めよう」

 アルカードが真那の手を引くと、アルメリアが眉を顰めた。真那の方は王子様と手と手が繋がって、自分でもはっきり分かるくらい顔が火照っていた。

 アルメリアが不興気な顔で二度手を叩くと、侍女たちがそそくさと動き始めて準備を整えていく。

 アルカードは真那を先に座らせから、その隣に自分も腰を下ろす。真那は、白いクロスのかかっている丸テーブルを挟んだ正面で、赤いドレスの令嬢が微笑していた。真那は挨拶しなければと思ったが、緊張してなかなか声が出てこなかった。

「あ、あ、あのっ」
「そんなに緊張する必要はありません。先ほども、お会いしているじゃありませんか」
「え……」

 真那は思わず令嬢を見つめて、ようやく気付いた。

「あっ、ゼノビア、様?」
「ゼノビアでかまいませんよ」

 今の彼女は、先ほどの女騎士としての彼女とは、あまりにもかけ離れていた。髪型を変え、装いを改にしただけで、気品あふれる貴族の令嬢となり、先ほどとはまるで別人だ。真那が気づかないのも無理もなかった。

 アルメリアがゼノビアの隣に、シャルはアルメリアから出来るだけ距離を取って真那にひっつくくらいに接近した。彼女はアルメリアをあからさまに嫌っていた。

 アルメリアは閉じた扇子を手に持って、侍女たちの動きを見ていた。ユリカの手際の良さが目立つ。逆に短い茶髪の侍女は何だかまごついていた。

 その間、シャルは溜息を呑み込んで考える。
 ――緩衝材の王妃様いないし、これってまずいよ、絶対バチバチになるって!

 この時、当の王妃は、城の二階の窓から中庭を見下ろして、分かったように一人で頷いていた。
「お茶会は若い人たちだけで楽しんでもらいましょう」

 侍女たちが、それぞれ主に手早くお茶を出していく。茶髪の侍女だけ少し動きが遅くて、彼女は震える手でアルメリアの前にお茶を置く。その時にティーカップとソーサーの間で音が鳴って、薄い琥珀の水面が波打って零れそうになった。そして波が落ち着いて零れずに済むと、彼女はほっと一息ついた。その瞬間、アルメリアが閉じた扇子でテーブルを打ち、侍女が震えた。

「こんな下品な音をたてたのは、あなただけですよ! お茶の用意も満足にできないのですか!」
「も、申し訳ありません! お嬢様!!」
「これで子爵家の令嬢というのですから驚きですわ」

 主にそう言われて侍女は涙ぐんだ。下級貴族が上級貴族の侍女として働くのはよくあることだった。主に教養を身に着ける事が目的だが、場合によっては下級貴族が上級貴族と繋がるきっかけにもなった。

 真那は叱られる侍女に自分に通ずるものを感じて、とても気の毒になる。

「もういいです、下がりなさい」

 アルメリアの侍女が頭を垂れて下がった。空気がかなり重くなってしまった。

「さあ、冷めないうちに頂きましょう」
 ゼノビアが気さくに言うと、場の雰囲気が柔らかくなった。

 他の者に倣って真那もお茶を口に含むと、良い香りが口いっぱいに広がっていく。

「おいしい」
「でしょ~、シャル特製のハーブティーだよ」

「シャルが作ったお茶なの!?」
「そうさ! なかなか大したもんでしょ!」

 二人で会話していると真那に抱かれているメラメラが、一生懸命テーブルの中央にある茶菓子のクッキーに向かって手を伸ばしていた。

「あれ、食べる~」
「はいはい」

 真那がクッキーを一枚とってメラメラに渡すと、シャルもクッキーに手を伸ばして両手に一枚ずつ持って食べ始めた。

「やっぱり、お城のお菓子は美味しいね!」
「両手で持つなんて、なんて卑しい……」

 嫌な顔をするアルメリアの前でシャルは平然とクッキーを食べていた。

「わたし平民だもん。礼儀作法なんて気にしないよ」
「こんな田舎娘が妃候補だなんて、なんて嘆かわしい……」

 それを聞いた真那の動きが止まって、ゆっくりとした動作で隣のシャルを見つめる。シャルは真那と目が合うと苦笑いを浮かべた。

「あはは、わたしも一応、妃候補なんだよね。まあ、王妃になんてなる気ないけどさ」

 アルメリアは真那の反応を見ると、扇子を広げて、それで口元を隠してから口角を上げて言った。

「あなたは何も知らないで、ここに来たようですね。ここには五人の妃候補のうち四人が集まっているのですわ」

 真那はショックのあまり呆然としてしまった。他の妃候補と競うとは聞いていたが、まさかその相手のほとんどがここにいて、その中に美しさと勇ましさに驚嘆を禁じえぬゼノビアに、先ほど友達になったばかりのシャルまでもが入っている。この世界で最初の友達のシャルと競うなんて嫌だし、ゼノビアのように雲の上の存在に思える女性と競うなんて考えたくもなかった。

 不安と衝撃に圧し潰されそうな真那に、アルメリアはさらに過酷な現実を突きつけた。

「シャル・ヴゥルストは平民とは言え、希少な魔法使いで、さらに大魔女メイルーダ・ヴゥルストの娘です。性格はどうあれ、魔法の才能は申し分なく、熟練の魔法使いでなければ不可能と言われていた召喚魔術をその若さで成功させて、あなたのこの世界に導いたのです」

「成功ではありません、失敗です。マナはお城に召喚される予定でしたのに、町中に放置されたのですよ」

「この人を異世界から無傷で召喚したのですから、ほぼ成功と言えますわ」

 アルメリアはゼノビアの言葉の途中から被せて言った。そして彼女は、ゼノビアに反論させないよう間髪入れず続ける。

「ゼノビア様は、古来よりロディスを守護してきた、名門ヴァーミリオン家の侯爵令嬢です。文武両道、というのは貴族のご令嬢としてはどうかと思いますが、才色兼備な方なのは間違いありませんわ」

 そして、とアルメリアは扇子を閉じてテーブルの上に置いた。
「わたくし、アルメリア・ミク・ロディスは王家の血縁者であり、殿下とは幼少より面識があります」

「け、血縁?」

 そんな声を漏らす真那を、アルメリアは呆れたというようにため息を吐き、侮蔑的な目で見つめた。

「姓が殿下と同じロディスなのです、その程度は察してもらいたいものです」

 真那の視線は白いテーブルクロスに落ちる。もう誰の顔も見たくなかった。自分がこの場にそぐわない人間だと痛烈に感じる。彼女に抱かれているメラメラにもそれが通じて、一緒に元気を無くしていた。

 そんな真那に、アルメリアはさらに追い打ちをかけるように言った。
「わたくし、薬学に興味があって、薬学院を卒業してメディカの称号も頂きましてよ」

 真那はよく意味がわからず、助けを求めるように隣のシャルを見る。するとシャルは、犯罪者が認めたくない罪を供述するような気持になって喋りはじめた。

「あー、薬学院っていうのは薬師になる為の勉強をする学校で、でもって薬師には9段階のランクがあるんだよ。メディカは上から3番目で、控え目に言ってもすごい」

 真那はすっかり意気消沈してしまい、視線は再びテーブルの上に戻った。その背後では、ユリカが居た堪れない気持ちで立っていた。

 アルメリアの瑞々しい唇が歪んで、妖艶な笑みを浮かべる。今度は扇子で隠さずに、真那にわざと見せつけた。

「あなたは、この三人に比肩するような何かをお持ちなのですか?」
「……ないです」

「良く聞こえません。もっと、はっきりとおっしゃって下さい」
「わたしには、何もありません……」

「アルメリア様、もういい加減になさいませ」

 ゼノビアが口を挟むと、アルメリアが思わぬ形相で睨んできて、男勝りの令嬢騎士を怯ませる。

「黙ってください! 今、とても大切な話をしているのです!」

 大きくはないが、凛と胸に響く力のある声だった。真那は顔を上げてアルメリアの姿を見た。そして彼女と目が合うと怖くなった。ただ、不思議な事に嫌な気持ちにはならなかった。

 アルメリアは、はっきりと言った。
「あなたは妃候補に相応しくありません。悪いことは言いません、今この場で辞退なさい」

 そうだ、その通りだ、彼女の言う事は正しい。真那は正直にそう思った。それに、この世界で普通の女の子として暮らしたいというのが真那の本音でもある。だから言ってしまおうと思った。しかし、王太子と目が合った瞬間に、喉まで来ていた言葉が出なくなる。そして彼の真剣な眼差しに当てられると胸の辺りが熱くなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

子育て失敗の尻拭いは婚約者の務めではございません。

章槻雅希
ファンタジー
学院の卒業パーティで王太子は婚約者を断罪し、婚約破棄した。 真実の愛に目覚めた王太子が愛しい平民の少女を守るために断行した愚行。 破棄された令嬢は何も反論せずに退場する。彼女は疲れ切っていた。 そして一週間後、令嬢は国王に呼び出される。 けれど、その時すでにこの王国には終焉が訪れていた。 タグに「ざまぁ」を入れてはいますが、これざまぁというには重いかな……。 小説家になろう様にも投稿。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

私の家族はハイスペックです! 落ちこぼれ転生末姫ですが溺愛されつつ世界救っちゃいます!

りーさん
ファンタジー
 ある日、突然生まれ変わっていた。理由はわからないけど、私は末っ子のお姫さまになったらしい。 でも、このお姫さま、なんか放置気味!?と思っていたら、お兄さんやお姉さん、お父さんやお母さんのスペックが高すぎるのが原因みたい。 こうなったら、こうなったでがんばる!放置されてるんなら、なにしてもいいよね! のんびりマイペースをモットーに、私は好きに生きようと思ったんだけど、実は私は、重要な使命で転生していて、それを遂行するために神器までもらってしまいました!でも、私は私で楽しく暮らしたいと思います!

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...