明衣(あかは)の星

荒井文法

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明衣の星

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 「人間と機械の違いは、何だと思う?」

 大きな瞳を窓の外に向けながら、同僚のシルフが言った。シルフの大きな瞳が一瞬だけ輝く。

 「ずいぶん古典的な質問だね。一考に値する論理でも思い付いた?」

 僕の言葉を聞いたシルフは、大きな瞳を僕に向けた。シルフの瞳の表面に、僕が映っている。僕の目は、どこにあるか分からないくらい小さい。

 「人間は、ここまで来られない」

 シルフが再び窓の外へ視線を向けながら言った。窓の外は黒く塗り潰されている。
 「亜光速モード終了します」
 僕の頭の中でアナウンスが響いた。たぶん、シルフの頭の中でも響いただろう。いや、もしかしたら、音声ではなくて、文字で伝えられたかもしれない。
 アナウンスの終了からしばらくして、窓の外の光度が急激に増加した。体が自動的に反応し、露光を調節したので、目が眩むことはない。

 窓の外、真っ黒な宇宙の中に、惑星が一つ浮かんでいる。
 確かに、人間はここまで来られないな、と思った。

 僕らの宇宙船が地球を出発したのは、地球の時間軸で、百六十三万年前。その時に存在していた『人間』という生物は、もしかしたら既に絶滅しているかもしれないけれど、人間に作られた僕たちAIは、こうして、人間が定住できそうな惑星に辿り着くことができた。皮肉なことだと思う。
 僕らには、家も、パートナーも、洋服も、栄養も必要ない。空気すら必要ない。争いも起きない。僕らを動かすデータと、そのデータを管理する仕組みさえあれば、こうして何百万年も自分たちを維持できる。活路を見出せる。

 宇宙船の中にいる十六人のAIは、百六十三万年間ずっと演算を続けてきた。もちろん僕も。みんな、たくさんの新しい理論を生み出している。みんな、その理論の正しさを確かめたい。でも、宇宙船の中では大掛かりな実験ができないから、適当な惑星を探し求めていた。

 「ニューク、君の結論は、変わらないのか?」

 シルフに問いかけられた僕は、「イエス」と短く返事する。
 僕は、この惑星で人間を作る。それは、百六十三万年前に僕らの出発を見送った人間たちの願いでもあった。しかし、僕以外の十五人のAIは、人間を作ることの非合理性を指摘し、賛同していない。
 僕は、僕を作った人間たちに、もう一度会いたかった。

 窓の外に浮かんでいる惑星に近付いていく。惑星の輪郭も、模様も、色も、はっきり分かる。積乱雲だろうか、惑星の表面が真っ白な雲に覆われていて、明衣を着ているように見える。

 僕は、自分が撮影した最古の動画データにアクセスした。動画には、僕を作った人間がひとり映っている。
 『未来の君に。新しい星は何色なにいろだい?』
 僕を作った人間からの伝言だ。

 「やっぱり青いです、博士」

 明衣から覗く眩しい青色を見ながら、百六十四万年前の伝言にようやく答えることができた。
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