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第6話 女子たち
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同じ頃。女子二人の後方の車内では
「桐山先生と付き合おうとか思わないですか」
柏木がとんでもない質問を放っていた。それに、深瀬は飲んでいたコーヒーを危うく吹きそうになる。
「なっ、きゅ、急に何を言い出すのよ」
「いや、桐山先生のこと、どう思っているのか気になっちゃって。だって、田舎とはいえ大きな家と土地を持っているんですよね。まあ、まだ見ていないので何とも言えないですけど。でも、現状だけでも桐山先生ってすでに准教授で将来安泰じゃないですか。身長百七十五センチで痩せ型、見た目も悪くない。じゃあ、狙って然るべきかなって」
柏木はサンドイッチで遅めの朝食を取りながら、桐山は結婚相手として適当かという話を進めていく。
「そりゃあ、年収やルックスで言えば問題ないでしょうけど」
「けど」
「あれだよ。徹底した夏嫌いってだけでも面倒な男だって解るのに、さらに物理学者、屁理屈屋、数学大好きだよ。一緒に居たら疲れるの、目に見えてるわよ。結婚相手としてはきついと思うなあ」
「ああ」
「そもそも、物理学者って面倒な理系ナンバーワンでしょ」
「自分たちも物理学やってるのに、そこまで言うのもどうかと思いますけど、まあ、事実ですねえ」
深瀬の力説に、ついに同意せざるを得ない柏木だ。確かに面倒な要素が多いのは事実だ。そしてそういう要素が、同じ学問をやっているがゆえに、どれほど面倒か解ってしまって困惑してしまう。
「無理でしょ。他の物理学者ならばまだしも、理論物理の、それも数学色の強い研究をしている桐山先生は絶対に無理」
「はあ、なるほど」
「ああいう人は、物理学に関係のない人か、自分より物理が出来る人とくっつくのが一番よ。私はあの人の議論に四六時中付き合うなんて、絶対に嫌」
「先生。マジで嫌がってますね」
実は何度か考えたことがあるな。そう気づく柏木だ。そして何度も、こいつはないなという結論に達しているのだ。だからこそ、考えれば考えるほどあり得ないと思ってしまうらしい。
「それは仕方ないでしょ。身近にいるし、まあ、正月に実家に帰ったら結婚しないのかって話が出てくるからさ、まあ、考えちゃうよね」
「でも嫌だった、っていうのが滲み出てますね」
間に挟まった、まあという意味のない言葉に、色んな感情が混ざっているのを感じ取ってしまった柏木だ。そしてそれだけ熟考した末に嫌だとなると、もうひっくり返ることはないだろうなと気づく。
「そういう柏木さんは、桐山先生狙ってるの。年の差は十以上になるけど、別に圏外じゃないでしょ。好条件だと思っているのよね。どうどう。面倒な部分に目を瞑ってでも一緒にいたいって思うの」
深瀬は改めてコーヒーを飲みながら、どうなのよと逆襲してみる。目の前の、機能性しか考えていないレンタカーのワゴン車を見ながら、ああいう理屈で動く男でもいいのと確認してしまう。
「圏外じゃないし、いいなあとは思うんですけど」
「けど」
「意外と謎が多いってのが、どうなんだろうって思いますよね。今回のでかい家と土地がある発言といい、ちょっと私生活見えないですよね。女性の好みも解らないし、そもそも、結婚する気があるのかも不明だし。狙おうにも狙い目が解らないですよね。研究以外で話すきっかけがないし」
「ああ」
確かに、そういう意味ではミステリアスな男だなと深瀬も同意する。研究者らしく多くの時間を大学で過ごす桐山は、普段、大学にいない時間をどう過ごしているのかが全く想像できなかった。いや、休日でさえ論文を読んでいるのではないかと疑ってしまうほど、頭の中は研究で一杯だ。だからこそ、研究を除いた桐山が想像できない。
「好きな食べ物とか、そういうのも解らないですよね」
「そうねえ。基本、目に入ったものを食べているって感じよね。拘りゼロ。デートでも平気でファストフード店に入りそうよ」
「確かに。食事に気を遣うタイプじゃないですね。普段もカップ麺かコンビニ弁当か、総菜パンとか、食べられればなんでもいいのかって感じですもんね」
「ねえ」
一通り桐山の話題で盛り上がった二人だったが、やっぱりあり得ないか、と深々と溜め息を吐いてしまうのだった。
「桐山先生と付き合おうとか思わないですか」
柏木がとんでもない質問を放っていた。それに、深瀬は飲んでいたコーヒーを危うく吹きそうになる。
「なっ、きゅ、急に何を言い出すのよ」
「いや、桐山先生のこと、どう思っているのか気になっちゃって。だって、田舎とはいえ大きな家と土地を持っているんですよね。まあ、まだ見ていないので何とも言えないですけど。でも、現状だけでも桐山先生ってすでに准教授で将来安泰じゃないですか。身長百七十五センチで痩せ型、見た目も悪くない。じゃあ、狙って然るべきかなって」
柏木はサンドイッチで遅めの朝食を取りながら、桐山は結婚相手として適当かという話を進めていく。
「そりゃあ、年収やルックスで言えば問題ないでしょうけど」
「けど」
「あれだよ。徹底した夏嫌いってだけでも面倒な男だって解るのに、さらに物理学者、屁理屈屋、数学大好きだよ。一緒に居たら疲れるの、目に見えてるわよ。結婚相手としてはきついと思うなあ」
「ああ」
「そもそも、物理学者って面倒な理系ナンバーワンでしょ」
「自分たちも物理学やってるのに、そこまで言うのもどうかと思いますけど、まあ、事実ですねえ」
深瀬の力説に、ついに同意せざるを得ない柏木だ。確かに面倒な要素が多いのは事実だ。そしてそういう要素が、同じ学問をやっているがゆえに、どれほど面倒か解ってしまって困惑してしまう。
「無理でしょ。他の物理学者ならばまだしも、理論物理の、それも数学色の強い研究をしている桐山先生は絶対に無理」
「はあ、なるほど」
「ああいう人は、物理学に関係のない人か、自分より物理が出来る人とくっつくのが一番よ。私はあの人の議論に四六時中付き合うなんて、絶対に嫌」
「先生。マジで嫌がってますね」
実は何度か考えたことがあるな。そう気づく柏木だ。そして何度も、こいつはないなという結論に達しているのだ。だからこそ、考えれば考えるほどあり得ないと思ってしまうらしい。
「それは仕方ないでしょ。身近にいるし、まあ、正月に実家に帰ったら結婚しないのかって話が出てくるからさ、まあ、考えちゃうよね」
「でも嫌だった、っていうのが滲み出てますね」
間に挟まった、まあという意味のない言葉に、色んな感情が混ざっているのを感じ取ってしまった柏木だ。そしてそれだけ熟考した末に嫌だとなると、もうひっくり返ることはないだろうなと気づく。
「そういう柏木さんは、桐山先生狙ってるの。年の差は十以上になるけど、別に圏外じゃないでしょ。好条件だと思っているのよね。どうどう。面倒な部分に目を瞑ってでも一緒にいたいって思うの」
深瀬は改めてコーヒーを飲みながら、どうなのよと逆襲してみる。目の前の、機能性しか考えていないレンタカーのワゴン車を見ながら、ああいう理屈で動く男でもいいのと確認してしまう。
「圏外じゃないし、いいなあとは思うんですけど」
「けど」
「意外と謎が多いってのが、どうなんだろうって思いますよね。今回のでかい家と土地がある発言といい、ちょっと私生活見えないですよね。女性の好みも解らないし、そもそも、結婚する気があるのかも不明だし。狙おうにも狙い目が解らないですよね。研究以外で話すきっかけがないし」
「ああ」
確かに、そういう意味ではミステリアスな男だなと深瀬も同意する。研究者らしく多くの時間を大学で過ごす桐山は、普段、大学にいない時間をどう過ごしているのかが全く想像できなかった。いや、休日でさえ論文を読んでいるのではないかと疑ってしまうほど、頭の中は研究で一杯だ。だからこそ、研究を除いた桐山が想像できない。
「好きな食べ物とか、そういうのも解らないですよね」
「そうねえ。基本、目に入ったものを食べているって感じよね。拘りゼロ。デートでも平気でファストフード店に入りそうよ」
「確かに。食事に気を遣うタイプじゃないですね。普段もカップ麺かコンビニ弁当か、総菜パンとか、食べられればなんでもいいのかって感じですもんね」
「ねえ」
一通り桐山の話題で盛り上がった二人だったが、やっぱりあり得ないか、と深々と溜め息を吐いてしまうのだった。
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