上 下
31 / 55

第31話 招待客の中の仲間外れ

しおりを挟む
「まずは、絶対に違う弁護士から行くか。こいつが黒だったら大笑いだ」
 にやにやと笑いながら英士はスマホで検索する。すると、緒方忠文が勤める弁護士事務所のホームページが出てきた。所属する弁護士は十五人。大所帯だ。しかも東京と大阪に事務所があるという。
「大手に所属しているんだな。専門は民事か」
「見た感じ、刑事訴訟を担当してそうですけどね」
 英士のスマホを覗き見た翔馬は、そこに写る忠文の顔を見てそんな感想を抱いた。刑事である将平と似たような雰囲気を持っているなと思ったせいだ。
「こいつと接点はなさそうだな。出身地も大学も、千春と関係ない。それに、わざわざ嫌がらせをすることもないか。というより、気にくわないことがあれば裁判に持ち込みそうなタイプだよな。でも、千春の研究はオリジナルだということは間違いないし、裁判する名目がないか」
「そうですよ。ちゃんと学会で発表した後のものですしね。論文だって、話題になる前のものも多数あります。同業者だってあれが先生の生み出したものだと知ってますよ。というより、ネットを騒がしたくらいですからそこを疑う奴はいないです」
 裁判沙汰になるような疚しいことは全くないと翔馬は自信を持って断言する。
「だな。まあ、緒方は立場的にもやらないだろ。くだらない悪戯のせいで弁護士資格の停止なんて、洒落にならないだろうからな」
「それを言うなら、他の人だってそうじゃないですか」
「いや。だからさ、緒方はあり得ないんだって。緒方は異質だと思うよ。この招待客の中で、明らかにこいつだけ浮いている。だから先に消すために検索したんだから」
「へっ」
 そうなのかと、翔馬は一覧表をじっと睨む。しかし、職業に共通点はない。年齢もバラバラだ。それは最初に確認したことではなかったか。
「いやいや。弁護士以外に共通する事項が存在するんだよ」
 英士はそう言ってにやりと笑うが、翔馬にはさっぱり閃かない。
 小説家に建築家、そして千春が研究者。どこに共通点があるというのか。
「クリエイティブな要素を含む。これだよ」
「ああ、言われてみれば」
 たしかにそういう共通因子は存在するなと、翔馬は頷いた。そして弁護士が弾かれるのも解る。彼らは法に則って仕事をしているのだ。クリエイティブに動かない。むしろ動いてもらっては困る。
「そういうこと。さらに、何かを作っているっていう大雑把な括りも出来るんだよ」
「そうですね。うちの先生は人工知能、小説家は当然小説で、建築家も建築物ですね。そして弁護士だけが何も作らないことになる」
「だろ。というわけで、緒方は別なんだよ。おそらくこいつは、安西の知り合いなんじゃねえか」
「でしょうかね。ということは、この二人も面識がないのに呼ばれた可能性があると」
「そうだとは思うけど、どちらかが悪戯犯だと考えると、違うってことになるな」
「ああ。先生を呼び出させたってことですか。面白い奴がいるとかなんとか言って」
「そう。だったら、今起きている事件で安西が殺された理由も解るってもんだ」
 結構繋がったぞと、英士は苦笑いを浮かべる。こう考えればこの中に犯人がいるという仮定の話でしかないが、今回のことと嫌がらせを結びつけるにはこれしかない。
「なるほど。でも、どっちでしょう」
「そうだな。決定打がなさそうだよな。どちらにもこの嫌がらせの山のメリットがあるわけでもないし」
 そこがこの仮定の最大の問題点だよなと、英士はより一層苦笑いになるのだった。



 石田の用意してくれたビーフシチューは絶品で、食欲がないかと思われたがぺろっと平らげてしまった。自分の胃袋の現金さに驚きつつも、こういう時、プロの料理人がいてくれて良かったとも思う。
「地下水を利用した仕掛けがあるなんて驚きだな。ひょっとして他にもそういう仕掛けがあるんでしょうか?」
 同じくすぐに食べ終えた大地が、どう思うと千春に訊いてくる。たしかに仕掛けが一つだけとは考え難い。だが、他に何かあるかと訊かれても咄嗟に思いつくものはなかった。
「それに、もし他に仕掛けがあるならば、ドアのように影響が出ているはずだからな」
「ああ、そうか。ドアが開かないのは地下水の水位が上がったから、ですもんね」
 他に使用できなくなったというのは、今のところない。トイレも水道も問題ないことから、こちらは地下水が絡んでいないらしかった。
「それにしても、どうしてあんな仕掛けを作ったんだか。意味があるとは思えないな。ひょっとして、安西先生の遊び心だったのかな」
 忠文はそっちが知りたいと首を傾げた。たしかにドアが使えなくなる仕掛けなんて、何の必要があるのだろう。時間を予測できるとはいえ、大雨が降ると影響するくらいだ。不便極まりない。
「そう言えば、どうやって夜中の間、閉め切っていたんでしょうね。他にも予測していた時間以外に閉まった場合、安西先生は開けることが出来た。つまり、水の量を調節する場所があるはずですよね」
「ああ、そう言えば」
 すっかり忘れていたがと、忠文は手を叩いた。たしかに田辺は、調節が可能らしいと証言していた。ということは、どこかにその仕掛けを操作できる場所があるはずだ。
「今度はそれを探さないといけないわけか」
「でしょうね。尤も、その仕掛けが発見できたとしても、この大雨では操作は無理でしょうけど」
 雨水で増水し続けるのだから排水が追い付かないだろうと千春は指摘する。それに地下水が関係しているとならば、雨が止んだ後もしばらく水位は上がったままだろう。他へと染み込むまでに時間が掛かるからだ。となると、ドアは数日間使えないことになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

声の響く洋館

葉羽
ミステリー
神藤葉羽と望月彩由美は、友人の失踪をきっかけに不気味な洋館を訪れる。そこで彼らは、過去の住人たちの声を聞き、その悲劇に導かれる。失踪した友人たちの影を追い、葉羽と彩由美は声の正体を探りながら、過去の未練に囚われた人々の思いを解放するための儀式を行うことを決意する。 彼らは古びた日記を手掛かりに、恐れや不安を乗り越えながら、解放の儀式を成功させる。過去の住人たちが解放される中で、葉羽と彩由美は自らの成長を実感し、新たな未来へと歩み出す。物語は、過去の悲劇を乗り越え、希望に満ちた未来を切り開く二人の姿を描く。

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

【完結】縁因-えんいんー 第7回ホラー・ミステリー大賞奨励賞受賞

衿乃 光希
ミステリー
高校で、女子高生二人による殺人未遂事件が発生。 子供を亡くし、自宅療養中だった週刊誌の記者芙季子は、真相と動機に惹かれ仕事復帰する。 二人が抱える問題。親が抱える問題。芙季子と夫との問題。 たくさんの問題を抱えながら、それでも生きていく。 実際にある地名・職業・業界をモデルにさせて頂いておりますが、フィクションです。 R-15は念のためです。 第7回ホラー・ミステリー大賞にて9位で終了、奨励賞を頂きました。 皆さま、ありがとうございました。

人形殺し

中七七三
ミステリー
「汎用AI(人工知能)の開発実験に参加して欲しい」 怪我のため引退した元民間軍事会社社員・鳴海晶はかつてのクライアントだった企業の社長に依頼される。 報酬は破格であり莫大といっていい金額となる。当然、危険も多い。 要塞のような実験施設に集まった男女。 実験の内容は「人工知能」を搭載したアンドロイドを見つけることだった。 意識すら―― 己の実存すら―― 全てを人と同じく認識している存在であるという。 実験参加者の中に人間以外の存在がいる? 誰が人工知能搭載のアンドロイドなのか? 閉鎖環境の中では血なまぐさい暴力と駆け引きの「デスゲーム」が展開される。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...