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第20話 陸の孤島
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「特別警報って、あの五十年に一度の大雨みたいな時に出る」
「ええ」
大地の問いに、そのとおりと千春は頷いた。とはいえ、最近では過去の予測をはるかに超える雨が続いているため、特別警報も頻繁に見かけるようになったので、過去五十年でという表現は聞かなくなった。
「ということは、大災害に繋がる可能性もあると」
「ええ。丁度梅雨前ですからね。前線こそ発達していないものの、大気の状態としてはかなり不安定なんですよ。そこに今回の大きな低気圧が発生したことで、次々に雨雲が流れ込む状況になっているようですね」
忠文の質問に、千春は気象庁の詳細発表を見てから説明した。今、気象レーダーを見ているが、雨雲がまだまだ流れ込んでくるようだった。絶えず流れ込んでくるということは、このまま線状降水帯になる可能性があるということだ。線状降水帯は同じような場所で絶えず雨が降り続ける状況を生み出してしまう。さすがにそこまでは、千春も説明しなかった。
「周辺は避難勧告が出ていますね。とはいえ、ここは住んでいる人が少ないせいか、勧告のエリアに入ってないですけど」
「ううん。下手に山から下りるよりは安全、ということかな。田辺さん、この辺は他に住んでいる人は」
「いらっしゃいますが、隣家まで十キロはあります。その家は麓の方にあるので、崖崩れの向こう側かと」
「ははっ。まさに陸の孤島ですな」
忠文は困ったものだと、出されていたコーヒーを飲みながらぼやいてしまう。メモを取りに行ったついでに、田辺が淹れてくれていたのだ。
「道路もこの辺りは通行止めの指示が出ていますね。それと、他は沿岸地域ですね。風が強いせいで高波が発生しているみたいです。この辺は木々が多いせいか、あまり風を感じませんけど」
「そう言えばそうですね。風の音はそれほどしていない」
友也の報告に、たしかにと耳を澄ませてから千春は頷いた。この様子だと、風による被害は出ないで済みそうだ。
「この辺りは台風が来ても静かなんですよ。ですから、崖崩れは想像していませんでした。あまり水害とは関係ないと思い込んでいましたね」
「まあ、そういうものですよ。実際に災害が起こるまで、人は関係ないと思ってしまうものです」
そうフォローしたものの、色々と心配になる田辺の発言だ。日頃から困っていないということは、非常時の備えが疎かであるということになる。
「食料は、パーティーのこともありますので、いつもより多く仕入れております。飲み水も、先生は日頃からミネラルウォーターを飲まれていましたので、ボトルの貯蓄があります。ここ数日で困るようなことは、まずないと思います」
「へえ。こういう時、普段からミネラルウォーターを飲むのも役に立つんですね」
千春の質問にすらすらと答えた田辺に、それは安心と大地がほっとしたようだ。つい軽口が出てくる。
「そうですね。それと、水害は無縁ですが冬場は雪に悩まされますので、非常電源などの備えはあります」
「ということは、孤立してもしばらくはどうにかなると」
「ええ」
そうなると、やはり問題は起こってしまった事件となる。それと美紅の行方だ。
「あのドア、どうなっているんですか。時間によって開いたり閉まったりするっていう」
同じ疑問を大地も感じたようで、田辺にここぞと質問する。それに田辺は、ちょっと困ったような顔をした。
「先生が考案された仕掛けですので、詳しくは知らないんです。ただ、時間によって開け閉めをするという、単純なものだということです。ただ、日に三度、ばらばらな時間に閉まってしまうんですよ。もちろん予測は出来るようで、先生から前日にこの時間に開閉するというのは伝えられます」
「ということは、ヒントは先生の書斎か寝室にあるのかな。にしても、バラバラな時間か。どうして一定時ではないんだ」
「さあ。私も深く追及したことがなく、仕組みは知らないままで」
「ふむ」
忠文の問いに本気で困惑する田辺に、それ以上の追及は出来なかった。どうやら困ることがなかったらしい。たしかに日に三度ほど通行できなくなるからといって、全く行き来が出来ないわけじゃない。何なら、庭から通行すればいいのだ。不便ではないのなら、日々生活している間に気にならなくなるだろう。
「日に三度か。しかも時間が決まっているわけではない。それは気になりますね」
しかし、理系としては気になるぞと千春は興味津々だった。それは建築家である友也も同じようで、天井を見つめて考え込んでいる。しかしすぐには閃かないらしく、千春と目が合うと肩を竦めた。
「今日はいつ、閉まるんですか」
「えっと、丁度今、十二時ごろが一度目です。次が夜の八時頃、最後は毎日閉鎖している深夜零時から五時です」
「そうだ。その閉まる時間があるってことは、設定できるってことですよね」
「おそらくは。野生動物がうろうろしていることに気づかれたのも先生でして、じゃあ危ないから夜は閉めてしまおうと、深夜は確実に閉まるように設定されたんです。食料やアトリエを荒らされても困るからということでした」
「なるほどねえ」
どうして閉めているのかと疑問だったが、被害を想定してのことだったようだ。たしかに忠文も噛まれると痛いと言っていることだし、食料や絵以外にも、人間に危害が及ぶかもしれないのだ。安全対策としては当然だろう。
「にしてもねえ。仕掛けが解らないことには、今後困ることになるだろう。まあ、あの状態では使うこともなくなるかもしれないが」
「ええ。これはまだ内々での話でしたが、先生に何かあった場合、この建物は弟子の岡林に譲られることとなっていましたが、これでは」
「ということは、岡林さんはドアの仕掛けを知っていると」
「おそらくは」
しかし、肝心の桃花はまだ意識不明だ。外傷はないことから大丈夫だと思っていたが、あれから四時間以上も経つことを考えると心配だ。
「ええ」
大地の問いに、そのとおりと千春は頷いた。とはいえ、最近では過去の予測をはるかに超える雨が続いているため、特別警報も頻繁に見かけるようになったので、過去五十年でという表現は聞かなくなった。
「ということは、大災害に繋がる可能性もあると」
「ええ。丁度梅雨前ですからね。前線こそ発達していないものの、大気の状態としてはかなり不安定なんですよ。そこに今回の大きな低気圧が発生したことで、次々に雨雲が流れ込む状況になっているようですね」
忠文の質問に、千春は気象庁の詳細発表を見てから説明した。今、気象レーダーを見ているが、雨雲がまだまだ流れ込んでくるようだった。絶えず流れ込んでくるということは、このまま線状降水帯になる可能性があるということだ。線状降水帯は同じような場所で絶えず雨が降り続ける状況を生み出してしまう。さすがにそこまでは、千春も説明しなかった。
「周辺は避難勧告が出ていますね。とはいえ、ここは住んでいる人が少ないせいか、勧告のエリアに入ってないですけど」
「ううん。下手に山から下りるよりは安全、ということかな。田辺さん、この辺は他に住んでいる人は」
「いらっしゃいますが、隣家まで十キロはあります。その家は麓の方にあるので、崖崩れの向こう側かと」
「ははっ。まさに陸の孤島ですな」
忠文は困ったものだと、出されていたコーヒーを飲みながらぼやいてしまう。メモを取りに行ったついでに、田辺が淹れてくれていたのだ。
「道路もこの辺りは通行止めの指示が出ていますね。それと、他は沿岸地域ですね。風が強いせいで高波が発生しているみたいです。この辺は木々が多いせいか、あまり風を感じませんけど」
「そう言えばそうですね。風の音はそれほどしていない」
友也の報告に、たしかにと耳を澄ませてから千春は頷いた。この様子だと、風による被害は出ないで済みそうだ。
「この辺りは台風が来ても静かなんですよ。ですから、崖崩れは想像していませんでした。あまり水害とは関係ないと思い込んでいましたね」
「まあ、そういうものですよ。実際に災害が起こるまで、人は関係ないと思ってしまうものです」
そうフォローしたものの、色々と心配になる田辺の発言だ。日頃から困っていないということは、非常時の備えが疎かであるということになる。
「食料は、パーティーのこともありますので、いつもより多く仕入れております。飲み水も、先生は日頃からミネラルウォーターを飲まれていましたので、ボトルの貯蓄があります。ここ数日で困るようなことは、まずないと思います」
「へえ。こういう時、普段からミネラルウォーターを飲むのも役に立つんですね」
千春の質問にすらすらと答えた田辺に、それは安心と大地がほっとしたようだ。つい軽口が出てくる。
「そうですね。それと、水害は無縁ですが冬場は雪に悩まされますので、非常電源などの備えはあります」
「ということは、孤立してもしばらくはどうにかなると」
「ええ」
そうなると、やはり問題は起こってしまった事件となる。それと美紅の行方だ。
「あのドア、どうなっているんですか。時間によって開いたり閉まったりするっていう」
同じ疑問を大地も感じたようで、田辺にここぞと質問する。それに田辺は、ちょっと困ったような顔をした。
「先生が考案された仕掛けですので、詳しくは知らないんです。ただ、時間によって開け閉めをするという、単純なものだということです。ただ、日に三度、ばらばらな時間に閉まってしまうんですよ。もちろん予測は出来るようで、先生から前日にこの時間に開閉するというのは伝えられます」
「ということは、ヒントは先生の書斎か寝室にあるのかな。にしても、バラバラな時間か。どうして一定時ではないんだ」
「さあ。私も深く追及したことがなく、仕組みは知らないままで」
「ふむ」
忠文の問いに本気で困惑する田辺に、それ以上の追及は出来なかった。どうやら困ることがなかったらしい。たしかに日に三度ほど通行できなくなるからといって、全く行き来が出来ないわけじゃない。何なら、庭から通行すればいいのだ。不便ではないのなら、日々生活している間に気にならなくなるだろう。
「日に三度か。しかも時間が決まっているわけではない。それは気になりますね」
しかし、理系としては気になるぞと千春は興味津々だった。それは建築家である友也も同じようで、天井を見つめて考え込んでいる。しかしすぐには閃かないらしく、千春と目が合うと肩を竦めた。
「今日はいつ、閉まるんですか」
「えっと、丁度今、十二時ごろが一度目です。次が夜の八時頃、最後は毎日閉鎖している深夜零時から五時です」
「そうだ。その閉まる時間があるってことは、設定できるってことですよね」
「おそらくは。野生動物がうろうろしていることに気づかれたのも先生でして、じゃあ危ないから夜は閉めてしまおうと、深夜は確実に閉まるように設定されたんです。食料やアトリエを荒らされても困るからということでした」
「なるほどねえ」
どうして閉めているのかと疑問だったが、被害を想定してのことだったようだ。たしかに忠文も噛まれると痛いと言っていることだし、食料や絵以外にも、人間に危害が及ぶかもしれないのだ。安全対策としては当然だろう。
「にしてもねえ。仕掛けが解らないことには、今後困ることになるだろう。まあ、あの状態では使うこともなくなるかもしれないが」
「ええ。これはまだ内々での話でしたが、先生に何かあった場合、この建物は弟子の岡林に譲られることとなっていましたが、これでは」
「ということは、岡林さんはドアの仕掛けを知っていると」
「おそらくは」
しかし、肝心の桃花はまだ意識不明だ。外傷はないことから大丈夫だと思っていたが、あれから四時間以上も経つことを考えると心配だ。
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