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最終話 それは唐突に
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「相変わらず手際のいい狐だ」
道満は取り囲まれた状況に怖じけることもなく、くくっと喉を震わせて笑ってくれる。それに晴明は眉を顰めると
「気をつけろ」
部下たちに檄を飛ばした。
「無駄よ」
しかし、それに対して道満がすぐに大きく手を振りかぶると、どこからか矢が飛んできた。それも一本ではない。ひっきりなしに四方八方から飛んでくる。
「うわっ」
ビックリしたのは泰久だ。他はそのくらいの仕掛けがあるだろうと思っていたのか、冷静に対処している。それぞれ手に持っている得物で矢を叩き落とし、それどころか、何かを投げて反撃までしていた。
まさに戦のその状況に、平和で安全な時代に生きている泰久は震え上がるしかない。
「ここにいろ」
そんな身動きが取れない泰久を、晴明が背中に庇う。しかし、そこを道満がすかさず狙って刀を振り下ろしてくる。
「くっ」
晴明は手に持っていた短刀で何とか刀を受け止めた。だが、右腕一本しか使えず、しかも泰久を守りながらとなると、ほぼ身動きが出来ない。
「そのお荷物は何だ?」
道満は面白そうに泰久を見てくる。動きが一人だけ違うものだから、部外者だとバレバレだ。
「お前には関係ない」
晴明は泰久を道満の目から隠すように背中に押しやる。
「確かに関係ないが、お前との戦いの邪魔になっているのは事実だ。先に消してやろうか」
しかし、道満はこのままでは面白くないと、それに晴明を困らせてやろうと泰久に狙いを定めてくる。ざっと踏み込む音がしたかと思うと、道満は背後に回り込んだ。
「なっ」
「くそっ」
面倒なことをしてくれるんじゃないと、晴明は泰久の襟首を引っ張って、間一髪で攻撃を躱す。だが、周囲には矢が飛び交っており、その一つが泰久の足に刺さった。身体が大きく動いて、晴明を守るように働く人たちの隙間に出てしまったのだ。
「いっ」
「さて、これでちょこまかと動けないぞ。どうやら守らねばならない者のようだし、これでお前は戦いを放棄できない」
くくっと楽しそうに道満は笑う。
最初から、道満の狙いは泰久を動けなくすることだったらしい。晴明は舌打ちする。これでどちらも戦線離脱が叶わなくなってしまった。
つまり、邪魔になる泰久だけを先に逃がそうとすることを阻止するのが目的だったのだ。これで晴明はますます動きを制限されてしまう。
「陰陽寮に入り込む狐と烏。どちらも我らが大願を果たすのに邪魔だ。ここで消えてもらうぞ」
道満はそう宣言すると、晴明に向って大きく踏み込む。
晴明はもう一本短刀を取り出すと、それを道満に向けて投げた。しかし、一撃を避ける時間しか稼げない。道満はすぐに刀を構え直すと、今度は泰久目がけて斬りつけてきた。
「しまった」
続けて自分を攻撃すると思っていた晴明は、思わず泰久から離れていた。道満はこちらに背を向けているが、短刀では届かない。
「っつ」
ヤバいと思うも、ここで晴明がやられては大変だ。安倍家の未来が消えてしまう。自分のせいで晴明が死ぬようなことがあってはならないのだ。
泰久は逃げることなく、衝撃に備えてぎゅっと目を閉じたが――
「はっ」
特に痛みが襲ってくることもなく、しかも何故か目が覚めた。
「あ、あれ」
「泰久」
「良かった」
「えっ」
自分の顔を覗き込んでくるのは、心配そうな顔をした両親だった。それにビックリして泰久は飛び起きる。
見慣れた自分の部屋だ。平安時代のぺらぺらの布団ではなく、ふかふかの布団だ。そして、矢が刺さったはずの足は何ともない。
「あれ」
「泰久さん。あなた書庫で倒れていたのよ」
そんな泰久に、母の君枝が良かったとほっと胸を撫で下ろしている。
「しょ、書庫で」
書庫で倒れていたというのは解る。だって、自分が平安時代に飛ばされる前にいたのは書庫だ。
でも、あれ、今までのは全部夢なのか。
「これを握り締めておったぞ」
父の泰通が、一つの巻物を差し出してきた。これってと受け取って開いてみたが、それはご先祖様、安倍晴明の肖像画だった。あの変な呪符のような模様ではない。
「あれれ」
「まったく、根を詰めて調べ物をしておるから倒れるのだ。何を調べていたのか知らぬが、帝まで心配なさっておられるぞ」
「す、すみません」
謝りつつ、何がどうなっているんだと泰久は頭を抱える。
不思議は何もなく、ただ夢を見ていただけ。
泰久はそんなことってあるかと首を捻る。
計算で割り出される天文道、暦道、それらを見たのは自分の妄想か。あの立派な観測所は嘘だろうか。いや、そんなことはないはずだ。
なぜならそれらは、自分の知識にはなかったものの数々だ。自力で知ることが叶わなかったものばかりだ。
「今の俺は、鶴と亀の数を知る事が出来る」
「は?」
泰久の呟きに、父の泰通は怪訝そうだ。しかし、泰久は説明する言葉を持っていなかった。
「いえ。明日にでも出仕し、帝に拝謁賜ります」
「無理をしなくてもいい。お前は一週間も気を失っていたのだぞ。帝には私から報告しておく。拝謁は体調をしっかり整えてからだ」
泰通はぽんっと泰久の肩を叩くと、早速内裏に向うと出て行った。泰久はその背中を見て、ふと、益材に似ているなと思ってしまった。
そして、やっぱり自分は平安時代に行っていたのだと気づく。
死にそうになったことで、元の時代に飛ばされたのだろう。もともとあの時代に存在しない人間なのだ。そう考えると納得出来る。
しかし、どうやって行ったのか。何が起こったのかはまだ説明できず、不思議のままだ。
「いつかそれが説明できたら、もう一度、晴明様に会えるかな」
何だか唐突に終わってしまった修行だが、泰久は自分が成長したのを感じていた。
陰陽道の本質は心の有り様。そして、いかに問題を解決するために戦うかだ。
「とはいえ、もう荒事は十分だ」
泰久はそう呟いて布団に寝転んだ。すぐに君枝が布団を掛けてくれる。
「何だか不思議と立派になったように見えるわね」
その君枝がくすっと笑って呟いた言葉が、泰久には何よりのご褒美だった。
あの後晴明がどう戦ったのか解らないけれども、今の自分が問題なくいるということは、道満を退けられたということだ。
「晴明様。今度会う時は足を引っ張るだけじゃなく、ちゃんと考えて戦える男になっています」
泰久はそう胸に誓うと、晴明の肖像画の描かれた巻物をぎゅっと握り締め、再び眠りに就いていた。
道満は取り囲まれた状況に怖じけることもなく、くくっと喉を震わせて笑ってくれる。それに晴明は眉を顰めると
「気をつけろ」
部下たちに檄を飛ばした。
「無駄よ」
しかし、それに対して道満がすぐに大きく手を振りかぶると、どこからか矢が飛んできた。それも一本ではない。ひっきりなしに四方八方から飛んでくる。
「うわっ」
ビックリしたのは泰久だ。他はそのくらいの仕掛けがあるだろうと思っていたのか、冷静に対処している。それぞれ手に持っている得物で矢を叩き落とし、それどころか、何かを投げて反撃までしていた。
まさに戦のその状況に、平和で安全な時代に生きている泰久は震え上がるしかない。
「ここにいろ」
そんな身動きが取れない泰久を、晴明が背中に庇う。しかし、そこを道満がすかさず狙って刀を振り下ろしてくる。
「くっ」
晴明は手に持っていた短刀で何とか刀を受け止めた。だが、右腕一本しか使えず、しかも泰久を守りながらとなると、ほぼ身動きが出来ない。
「そのお荷物は何だ?」
道満は面白そうに泰久を見てくる。動きが一人だけ違うものだから、部外者だとバレバレだ。
「お前には関係ない」
晴明は泰久を道満の目から隠すように背中に押しやる。
「確かに関係ないが、お前との戦いの邪魔になっているのは事実だ。先に消してやろうか」
しかし、道満はこのままでは面白くないと、それに晴明を困らせてやろうと泰久に狙いを定めてくる。ざっと踏み込む音がしたかと思うと、道満は背後に回り込んだ。
「なっ」
「くそっ」
面倒なことをしてくれるんじゃないと、晴明は泰久の襟首を引っ張って、間一髪で攻撃を躱す。だが、周囲には矢が飛び交っており、その一つが泰久の足に刺さった。身体が大きく動いて、晴明を守るように働く人たちの隙間に出てしまったのだ。
「いっ」
「さて、これでちょこまかと動けないぞ。どうやら守らねばならない者のようだし、これでお前は戦いを放棄できない」
くくっと楽しそうに道満は笑う。
最初から、道満の狙いは泰久を動けなくすることだったらしい。晴明は舌打ちする。これでどちらも戦線離脱が叶わなくなってしまった。
つまり、邪魔になる泰久だけを先に逃がそうとすることを阻止するのが目的だったのだ。これで晴明はますます動きを制限されてしまう。
「陰陽寮に入り込む狐と烏。どちらも我らが大願を果たすのに邪魔だ。ここで消えてもらうぞ」
道満はそう宣言すると、晴明に向って大きく踏み込む。
晴明はもう一本短刀を取り出すと、それを道満に向けて投げた。しかし、一撃を避ける時間しか稼げない。道満はすぐに刀を構え直すと、今度は泰久目がけて斬りつけてきた。
「しまった」
続けて自分を攻撃すると思っていた晴明は、思わず泰久から離れていた。道満はこちらに背を向けているが、短刀では届かない。
「っつ」
ヤバいと思うも、ここで晴明がやられては大変だ。安倍家の未来が消えてしまう。自分のせいで晴明が死ぬようなことがあってはならないのだ。
泰久は逃げることなく、衝撃に備えてぎゅっと目を閉じたが――
「はっ」
特に痛みが襲ってくることもなく、しかも何故か目が覚めた。
「あ、あれ」
「泰久」
「良かった」
「えっ」
自分の顔を覗き込んでくるのは、心配そうな顔をした両親だった。それにビックリして泰久は飛び起きる。
見慣れた自分の部屋だ。平安時代のぺらぺらの布団ではなく、ふかふかの布団だ。そして、矢が刺さったはずの足は何ともない。
「あれ」
「泰久さん。あなた書庫で倒れていたのよ」
そんな泰久に、母の君枝が良かったとほっと胸を撫で下ろしている。
「しょ、書庫で」
書庫で倒れていたというのは解る。だって、自分が平安時代に飛ばされる前にいたのは書庫だ。
でも、あれ、今までのは全部夢なのか。
「これを握り締めておったぞ」
父の泰通が、一つの巻物を差し出してきた。これってと受け取って開いてみたが、それはご先祖様、安倍晴明の肖像画だった。あの変な呪符のような模様ではない。
「あれれ」
「まったく、根を詰めて調べ物をしておるから倒れるのだ。何を調べていたのか知らぬが、帝まで心配なさっておられるぞ」
「す、すみません」
謝りつつ、何がどうなっているんだと泰久は頭を抱える。
不思議は何もなく、ただ夢を見ていただけ。
泰久はそんなことってあるかと首を捻る。
計算で割り出される天文道、暦道、それらを見たのは自分の妄想か。あの立派な観測所は嘘だろうか。いや、そんなことはないはずだ。
なぜならそれらは、自分の知識にはなかったものの数々だ。自力で知ることが叶わなかったものばかりだ。
「今の俺は、鶴と亀の数を知る事が出来る」
「は?」
泰久の呟きに、父の泰通は怪訝そうだ。しかし、泰久は説明する言葉を持っていなかった。
「いえ。明日にでも出仕し、帝に拝謁賜ります」
「無理をしなくてもいい。お前は一週間も気を失っていたのだぞ。帝には私から報告しておく。拝謁は体調をしっかり整えてからだ」
泰通はぽんっと泰久の肩を叩くと、早速内裏に向うと出て行った。泰久はその背中を見て、ふと、益材に似ているなと思ってしまった。
そして、やっぱり自分は平安時代に行っていたのだと気づく。
死にそうになったことで、元の時代に飛ばされたのだろう。もともとあの時代に存在しない人間なのだ。そう考えると納得出来る。
しかし、どうやって行ったのか。何が起こったのかはまだ説明できず、不思議のままだ。
「いつかそれが説明できたら、もう一度、晴明様に会えるかな」
何だか唐突に終わってしまった修行だが、泰久は自分が成長したのを感じていた。
陰陽道の本質は心の有り様。そして、いかに問題を解決するために戦うかだ。
「とはいえ、もう荒事は十分だ」
泰久はそう呟いて布団に寝転んだ。すぐに君枝が布団を掛けてくれる。
「何だか不思議と立派になったように見えるわね」
その君枝がくすっと笑って呟いた言葉が、泰久には何よりのご褒美だった。
あの後晴明がどう戦ったのか解らないけれども、今の自分が問題なくいるということは、道満を退けられたということだ。
「晴明様。今度会う時は足を引っ張るだけじゃなく、ちゃんと考えて戦える男になっています」
泰久はそう胸に誓うと、晴明の肖像画の描かれた巻物をぎゅっと握り締め、再び眠りに就いていた。
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