上 下
17 / 28

第17話 鶴と亀は何匹ずつ?

しおりを挟む
 指導するのが忠行に代わって二日後。
「大丈夫か?」
「いいえ」
 様子を見に来た晴明は、文机に突っ伏している泰久を見つけて訊くも、駄目だという見たまんまの答えが返ってくる。
「さ、算術。算術って難しい」
 泰久は譫言のようにそう呟いてしまう。晴明はどれどれと泰久が解いていた問題を見たが
「簡単だろ」
 めちゃくちゃ基礎で思わずそう言ってしまう。
「簡単じゃないですよ。足の数から鶴と亀の数を当てろなんて。っていうか、全く見た目違うじゃん。なんでこんな妙な問題があるんですか」
 簡単じゃないよぅと泰久は烏帽子を掴んでがたがた揺らす。頭が一杯一杯だという必死の訴えだ。
「別に足の数が二と四ならばどれでも問題に出来る。鶏と兎と言い換えたって同じ問題だ」
 妙な屁理屈を言っていないで問題の本質を見ろ。晴明は揺れる烏帽子を掴んだ。
「ぐっ。二と四」
 一応は教えてくれるらしいと気づき、泰久は問題を見る。
 問題はこうだ。鶴と亀が合計で六十匹いる。その足の数は全部で百五十ある。鶴と亀はそれぞれ何匹か。
 何の変哲もない基本的な鶴亀算だ。しかし、今まで算術なんてやる必要あるのかと思っていた泰久は、当然ながら基本的であることすら解っていない。
 問題を見つめたまま、だからどうやって解くんですかと固まってしまう。
「まず、百五十を四で割ってみろ」
 解き方すら解っていないんだなと気づいた晴明が、そう導いてやる。泰久はそれに
「三十七と半分」
 と何とか計算してみせる。
「これが全部が亀と仮定した場合の数字だな。割り切れないということは、いくつかを鶴に換えなきゃいけない。これはいいな」
「は、はい」
「次、百五十を二で割ると」
「ええっと、七十五です」
「だな。これは割り切れるが、全部で六十だという数字から超過している。つまり、ここからも全部が鶴じゃないことが解る」
「ははあ」
 なるほどと泰久は頷いた。一体どこから手をつければいいのかと思ったが、まずは割ってみることが大事だったのか。
「さて、ここからが問題だ。百五十という数字が二と四で割り切れて、合計が六十になる数字を探す。いいな」
「は、はい」
 泰久は真面目に頷くが、自分で考えられるかなと不安そうだ。それに晴明はやれやれと溜め息を吐く。
 本当に算術が出来ないんだな。これが大きな問題だ。
「まず割り切れている鶴に着目」
 晴明はどこまで教えていいんだろうと思いつつも、解き方を誘導してやる。
「ええっと、七十五で超過しているんですよね」
「超過している数は」
「十五」
「うん。この数を単純に亀の数とすると、足の数は?」
「ええっと、十五掛ける四ってことですね」
「そう」
「ろ、六十です」
 ええっと、どうなるんですかと、泰久は不安そうな目を向けてくる。しかし、晴明は無視して続けた。
「百五十から六十を引くと」
「えっ、ええっと、きゅ、九十」
「九十を二で割ると」
「よ、四十五」
「四十五足す十五は」
「ろ、六十・・・・・・って、あれ」
 なんだか六十って数字が出て来たぞと、泰久はきょとんとしてしまう。そして、晴明の言葉を思い出しつつ、鶴と亀の数を考えると
「鶴が四十五羽で亀が十五匹ってことですか」
 あら不思議。いつの間にか求めるべき数字が現われている。
「こら、晴明。教え方が雑だ」
 そこに忠行の声が飛んできて、晴明は肩をばしっと巻物で殴られる。
「いたっ。肩が凝っている時にそれ、めちゃくちゃ痛いんですけど」
 晴明は殴られた肩を擦りつつ、しっかり忠行に文句を言う。そもそも、あなたが問題だけ渡して放置するのが悪いんですけど。そう文句を追加したくなる。
「血の巡りが悪くなっている証拠だな。それよりも晴明、教えるのならばしっかり教えてやりなさい」
 中途半端が最も駄目だぞと、忠行は晴明に睨まれても引かない。むしろ最後までやれと命じる。
「嵌められた」
 それに晴明は、通りがかったら絶対に教えてしまうことを見越していたなと舌打ちしてしまう。
 師匠に対する態度が悪いよなあと、泰久はその堂々とした舌打ちに呆れてしまった。
「ほら」
 そんな二人を見比べて笑ってしまった忠行は、保憲が見たら腹を抱えて笑っていただろうなと想像する。三人の性格が全く被っていないものだから、反応がそれぞれ違って面白い。
「いいか。こういう問題の肝は割り切れる数に注目するってことだ」
 晴明が気を取り直してそう言う。それに泰久は
「常に二の方が割り切れるわけじゃないってことですか?」
 と質問した。それに、頭そのものは馬鹿じゃないんだよなと晴明は溜め息を吐く。これで全く理解出来ないのならば放り出せるのに、理解しようとするから教える羽目になるのだ。
「二で割り切れない場合はない。ただ、四で割り切れた方が操作する数は少なくて済む。だから、四で割り切れた場合は四に注目。四が割りきれなかった場合は必ず二では割り切れるからこっちを見る。では、二でも四でも割り切れる場合は」
「ええっと、四」
「そのとおり」
 これでいいですかと晴明は忠行を見た。忠行はうんうんと頷くと
「ゆっくり丁寧に教えてあげれば、ちゃんと理解出来る子だよ」
 と、色々とすっ飛ばして教えようとしていた晴明を、しっかりと諫める。
「ちっ、やっぱり嵌められた」
 それで晴明は、自分にもう一度教えさせるためにわざとだったなと、より一層不機嫌になるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...