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第7話 余計なお節介には気を付けろ!?
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今日一日は無駄に疲れたな。夕日が研究室に差し込んできたのに気づき、龍翔は思わず溜め息を吐いていた。思えば朝から定期入れが無いことに気づいてドタバタ、そのうえ智史の恋愛相談だ。研究に集中しなければならないというのに余計なことばかりに時間を割いている。しかも、その智史の恋する相手は同じ研究室にいるのだ。どうしようかとついつい考えてしまう。
「取り敢えず、どう誘うかだよな。今週中のどこかって言われてもねえ」
いくら気楽に話し合う仲だといっても、プライベートで食事するほどではない。研究室での飲み会ならばまだしも、個人的に誘うとなると龍翔としてもハードルは高かった。何だか自分がデートに誘うかのような気恥ずかしさがある。
「ううん」
「何をさっきから唸っているんだ。トイレでも我慢しているのか。だったら早く行きなさい」
龍翔が悩んでいると、そうちょっかいを出してくる人物がいた。一体誰だと振り返ると、げっと驚くことになる。何と今日一日姿を見せないかと思っていたここの主、岩本(いわもと)知行(ともゆき)が後ろから覗き込んでいたのだ。しかも珍しくスーツを着ている。
ここで珍しくと言ったのは、何も知行だけが珍しいという意味ではない。不思議なことに物理学者の世界ではスーツを着用する場面が非常に限られている。普段の研究の場だけでなく、学会でさえ格好が自由なことが多かった。思うに物理学者は第二次世界大戦が終わると同時にスーツを捨ててしまったのではないか。それほどラフな格好が当たり前となっている。
「トイレの我慢じゃないですよ。ちょっと厄介な問題を抱えているんです。それより教授こそどうしたんですか。スーツなんか来ちゃって。まさか再婚する気になったんですか」
龍翔が半笑いでそう言うと、俺はまだ離婚してないぞと真顔でツッコまれた。
「それに妻とは今日も絶好調に愛し合っている。その証拠に毎日の愛妻弁当は素晴らしいぞ。今日も俺の大好物のエビフライが入っていた」
知行はさらに否定するだけでは飽き足らず、そんな惚気までしてきた。もちろん夫婦仲が良いことは解っていて言っているのだが、結婚三十年を超えてまでここまで堂々と惚気られるのは凄い。
「さすが愛妻家ですね。じゃあ、女性の扱いも得意ですか」
が、この話題を振った目的は知行の惚気を聞くためはなくここに繋げるためだ。帰って来ないと思っていたのに大学に現れるとは、これほど丁度いいことはない。これぞ鴨葱だ。悩みの解決の手掛かりが掴めるだろう。
「何だ。女性の扱いがどうのこうのって、お前こそやっと結婚する気になったのか」
「違いますよ。隣の研究室にいる新崎から相談されたんです。女性を口説くにはどうすればいいかってね。ほら、あそこにいる」
さすがにここで名前を出して堂々と話し合うのは拙いかと、龍翔はパソコンに向かう千佳を指差した。
「君じゃなくて新崎君なのかい。それはまあ」
接点のないと、龍翔が最も頭を悩ませている点をあっさりと言ってしまう知行だ。そう、少なくとも接点があればまだ誘いやすい。しかし、他大学からこの大学に就職した千佳との接点は今のところない。しかも研究分野が違うせいで話し合う機会もないのだ。正直、どうして智史は千佳に惚れたのか。ここから謎である。さらに問題は初恋という厄介さだ。
「ほう。で、取り敢えず親友である君に泣きついたわけだ」
二人は研究室から廊下の角にある休憩スペースへと場所を移し、本格的な話し合いを始めた。夏の西陽が辛いが、そんな文句は言っていられない。それに人の恋についてあれこれ考えるのは、どの世代であっても楽しいもの。
「泣きついた、確かにそうですね。この一か月、どうすれば話し掛けられるのか、悶々としていたらしいです」
そこから問題だろと、龍翔は溜め息を吐いてしまう。話し掛けるのに一か月も悩めるなんて、前時代の遺物のような奴だ。奥手というのがこれほど厄介だとは思わなかった。しかも話題にするだけで赤面するとなると、食事だってまともに成り立つのか不安になる。
「ううん。話し掛けることも無理なのか。一緒に飲み会をするのはいい作戦だと思うけど、その調子ではなあ。話し掛ける前に酔い潰れるのが関の山だ。これは関係ない奴も巻き込んだ方がいいよ。話し掛けられたとしても、下手すれば学会の後の懇親会と変わらない状況に陥る。他学部に知り合いがいただろ。彼を巻き込んでの食事会にすればいい。そうすれば気楽に参加してくれと持ち掛けやすいだろう」
同じように物理の話をして終わるのではと予測した知行が、さらに難問を突き付けてくる。それは悠大を巻き込めという提案だ。しかし、さらにややこしくなりはしないか。悠大が空気を読んで気を利かせるとは思えない。その疑問が先に出てくるのは龍翔だけだろうか。
「話題の広がりを考えろってことだよ。君だって真面目な分類なんだ。飲んでいて楽しい話題なんて思いつかないだろ。その場を盛り上げることなんてせずに、すぐにダークマターについてとか語り出すに決まっている」
知行はその疑いの目は何だと、ちゃんとした理由を述べた。たしかに龍翔も物理以外の話題を振ってその場を盛り上げるような芸は無理だ。知行の予想通り、ダークマターの話でその場を誤魔化しそうである。ちなみにダークマターとは、宇宙を構成する主要な要素でありながら未だ実態の解らない物質のことだ。これは宇宙論でも主要な研究テーマである。
「そうですけど。しかし、あいつですか」
「彼ならば、何故かよくここに遊びに来るおかげで、浜野さんとも顔見知りだ。何とかなるよ」
心配するなと、明らかに楽しんでいる知行は自分が話をつけておくからと仕切る気満々なのだった。何だか余計にややこしくなった気がすると、龍翔はがっくり肩を落としていた。
「取り敢えず、どう誘うかだよな。今週中のどこかって言われてもねえ」
いくら気楽に話し合う仲だといっても、プライベートで食事するほどではない。研究室での飲み会ならばまだしも、個人的に誘うとなると龍翔としてもハードルは高かった。何だか自分がデートに誘うかのような気恥ずかしさがある。
「ううん」
「何をさっきから唸っているんだ。トイレでも我慢しているのか。だったら早く行きなさい」
龍翔が悩んでいると、そうちょっかいを出してくる人物がいた。一体誰だと振り返ると、げっと驚くことになる。何と今日一日姿を見せないかと思っていたここの主、岩本(いわもと)知行(ともゆき)が後ろから覗き込んでいたのだ。しかも珍しくスーツを着ている。
ここで珍しくと言ったのは、何も知行だけが珍しいという意味ではない。不思議なことに物理学者の世界ではスーツを着用する場面が非常に限られている。普段の研究の場だけでなく、学会でさえ格好が自由なことが多かった。思うに物理学者は第二次世界大戦が終わると同時にスーツを捨ててしまったのではないか。それほどラフな格好が当たり前となっている。
「トイレの我慢じゃないですよ。ちょっと厄介な問題を抱えているんです。それより教授こそどうしたんですか。スーツなんか来ちゃって。まさか再婚する気になったんですか」
龍翔が半笑いでそう言うと、俺はまだ離婚してないぞと真顔でツッコまれた。
「それに妻とは今日も絶好調に愛し合っている。その証拠に毎日の愛妻弁当は素晴らしいぞ。今日も俺の大好物のエビフライが入っていた」
知行はさらに否定するだけでは飽き足らず、そんな惚気までしてきた。もちろん夫婦仲が良いことは解っていて言っているのだが、結婚三十年を超えてまでここまで堂々と惚気られるのは凄い。
「さすが愛妻家ですね。じゃあ、女性の扱いも得意ですか」
が、この話題を振った目的は知行の惚気を聞くためはなくここに繋げるためだ。帰って来ないと思っていたのに大学に現れるとは、これほど丁度いいことはない。これぞ鴨葱だ。悩みの解決の手掛かりが掴めるだろう。
「何だ。女性の扱いがどうのこうのって、お前こそやっと結婚する気になったのか」
「違いますよ。隣の研究室にいる新崎から相談されたんです。女性を口説くにはどうすればいいかってね。ほら、あそこにいる」
さすがにここで名前を出して堂々と話し合うのは拙いかと、龍翔はパソコンに向かう千佳を指差した。
「君じゃなくて新崎君なのかい。それはまあ」
接点のないと、龍翔が最も頭を悩ませている点をあっさりと言ってしまう知行だ。そう、少なくとも接点があればまだ誘いやすい。しかし、他大学からこの大学に就職した千佳との接点は今のところない。しかも研究分野が違うせいで話し合う機会もないのだ。正直、どうして智史は千佳に惚れたのか。ここから謎である。さらに問題は初恋という厄介さだ。
「ほう。で、取り敢えず親友である君に泣きついたわけだ」
二人は研究室から廊下の角にある休憩スペースへと場所を移し、本格的な話し合いを始めた。夏の西陽が辛いが、そんな文句は言っていられない。それに人の恋についてあれこれ考えるのは、どの世代であっても楽しいもの。
「泣きついた、確かにそうですね。この一か月、どうすれば話し掛けられるのか、悶々としていたらしいです」
そこから問題だろと、龍翔は溜め息を吐いてしまう。話し掛けるのに一か月も悩めるなんて、前時代の遺物のような奴だ。奥手というのがこれほど厄介だとは思わなかった。しかも話題にするだけで赤面するとなると、食事だってまともに成り立つのか不安になる。
「ううん。話し掛けることも無理なのか。一緒に飲み会をするのはいい作戦だと思うけど、その調子ではなあ。話し掛ける前に酔い潰れるのが関の山だ。これは関係ない奴も巻き込んだ方がいいよ。話し掛けられたとしても、下手すれば学会の後の懇親会と変わらない状況に陥る。他学部に知り合いがいただろ。彼を巻き込んでの食事会にすればいい。そうすれば気楽に参加してくれと持ち掛けやすいだろう」
同じように物理の話をして終わるのではと予測した知行が、さらに難問を突き付けてくる。それは悠大を巻き込めという提案だ。しかし、さらにややこしくなりはしないか。悠大が空気を読んで気を利かせるとは思えない。その疑問が先に出てくるのは龍翔だけだろうか。
「話題の広がりを考えろってことだよ。君だって真面目な分類なんだ。飲んでいて楽しい話題なんて思いつかないだろ。その場を盛り上げることなんてせずに、すぐにダークマターについてとか語り出すに決まっている」
知行はその疑いの目は何だと、ちゃんとした理由を述べた。たしかに龍翔も物理以外の話題を振ってその場を盛り上げるような芸は無理だ。知行の予想通り、ダークマターの話でその場を誤魔化しそうである。ちなみにダークマターとは、宇宙を構成する主要な要素でありながら未だ実態の解らない物質のことだ。これは宇宙論でも主要な研究テーマである。
「そうですけど。しかし、あいつですか」
「彼ならば、何故かよくここに遊びに来るおかげで、浜野さんとも顔見知りだ。何とかなるよ」
心配するなと、明らかに楽しんでいる知行は自分が話をつけておくからと仕切る気満々なのだった。何だか余計にややこしくなった気がすると、龍翔はがっくり肩を落としていた。
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