科学部と怪談の反応式

渋川宙

文字の大きさ
上 下
20 / 51

第20話 桜太、ぶっ倒れる

しおりを挟む
「設備はどうだった?」
 何とか踏ん張りたい芳樹は会話を続行する。しかし当たり障りのない話を探すうちにおかしくなっている。いきなり大学の名前も聞かずに設備を訊いてどうすると桜太たちは心の中で突っ込んだ。
「そうだな。実験設備はしっかりしていたよ」
 莉音はすぐに乗っかった。こういうところはやっぱり変人パラダイスとまで言われる科学部に属する人物だ。設備という単語だけで実験の話になかなかならないだろう。
「やっぱり大学は凄いよな。高価な機材もあるし、色々と環境が整っている」
 そこを盛り上げても仕方ないというのに、芳樹はカエルの入った水槽を撫でつつ頷いている。
「そうだな。環境と言えば、やっぱり最前線で活躍している教授がいるっていうのも大きい」
 莉音は答えつつ顔が赤くなった。そこにキーワードがあると丸わかりだ。
「相手は先輩ではなく教授?」
「え?そうなると、男か?」
 騒然となる遠巻きたちはもう声が抑えられない。ちなみに男という推理は理学部の教授といえばからの発想だ。女性の教授もいるだろうが、莉音が受けるのは確実に物理学科だ。他の学科に比べて女性比率は格段と下がる。下手すればゼロだ。
「憧れの教授でもいるのか?」
 芳樹もどぎまぎしながら訊く。まさかここでとんでもないカミングアウトを受けることになるのだろうか。だとすればどう対処すればいいのか。
「そうなんだ。女性ながら活躍する人でさ。その人の研究を知りたくて大学もそこにしようかと考えているんだよ」
 莉音は大学の名前をどうにかぼかして言う。そこまで知られたくないのかという突っ込みよりも、周りは女性だったかという安心のほうが大きいので気にしていない。
「へえ。その人は惑星の研究をしているのか?」
 何とか更なる情報を引き出そうと芳樹は質問する。
「いや。ちょっと違うな。まあ物理だよ」
 莉音はやっぱりはっきり答えなかった。
 七不思議の解明よりも気になる謎登場に、科学部は騒然となったままだった。
「中沢先輩が行った大学ってどこですか?」
 優我がスマホを構えて質問する。今は丁度莉音がトイレに出かけているのだ。そのついでに図書室の状況を確認して来ると言っていたので、詮索するにはもってこいだった。
「この近くの大学としか聴いてないな。そう言えばいつも大学の名前は教えてくれないんだよ」
 芳樹は水槽を撫でながら首を傾げる。理学部なんて少ないから隠してもすぐばれそうだと、今まで詮索しなかったのだ。しかし近くという情報が嘘だとどうしようもない。それに世の中には理工学部というのも存在するのだ。
 ちなみに水槽を撫でているということは、今日のカエルはお気に入りとなった証拠だった。桜太は嬉しそうにこれを持ち帰る芳樹を想像してしまう。いつもはスケッチして野に返すのだが、気に入ると繁殖まで試みるのだ。
「女性で物理学科の教授か。結構絞られそうだけどな」
 楓翔が何気なく呟く。そこではたと桜太は止まった。
「この近く。物理学の教授?」
 桜太は呟くうちにある人物が頭に浮かんでいた。しかし莉音が惚れるという部分がどうにも納得できない。けれども年上だからは通用しないのだ。
「桜太。何か解ったの?」
 横にいた千晴が今にも襲いかかって来そうな視線を向ける。恋敵が教授とあって心中複雑なのだ。
「い、いえっ。何も」
 ぶんぶんと首を振って桜太は返事をする。それはもう眼鏡が遠心力で飛んでいきそうな勢いだ。
 もしも桜太の思い浮かべた人物が惚れた相手ならば色々とややこし過ぎる。千晴に殴られるくらいでは済まない話だ。
「隠していたら承知しないからね」
 千晴は追及しなかったものの目は怖いままだ。それは桜太の否定の仕方が怪し過ぎるからで、今のところ殴らないというだけだ。
「前から答えなかったとなると本気だよな。オープンキャンパスから戻って来るとああなったってことは、その教授とお近づきになったってことだもんな」
 迅がとんでもない指摘をした。桜太はその指摘にもうムンクの叫びのポーズを取りたい気分だった。
「中沢先輩ならば可能かもな。見た目もそんなに悪くないし、何より普段から外見に拘っている。何だ、今まで恋人がいないのももう決まった人がいたからか」
 優我は千晴の恐ろしい形相に気づかずにそんなことを言う。たしかに変人の吹き溜まりと言われていようと莉音が恋できないとは思えないのだから仕方ない。
 しかし千晴よりも深刻な思いになっているのは桜太だ。もしも告白が成功していたら。そう考えるだけで倒れそうだ。
「俺、ちょっと出てくる」
 よろよろと桜太は化学教室を出た。これはもう真相を自ら確かめるしかない。そう考えていると、図書室から莉音が戻ってきた。
「あっ」
 桜太がどうしようかと悩んでいると
「――悪いな」
 莉音がそんな一言を残して化学教室に入っていってしまう。
「わ、悪い?」
 これはもう桜太が考えている人物で決定だ。桜太はそのまま後ろ向きに倒れていた。




 その夜。大きなたん瘤が痛む中、桜太は問題の人物が帰宅するのを今や遅しと待っていた。今日に限って夜中になるとか最低だと思いつつも、気になるのだから待つしかない。
「ただいま。もう会議が長引いてね。って、何?」
 そんな声とともに帰ってきたのは当然ながら桜太の母、上条菜々絵だ。現役の大学教授であり、物理学を教えている。若々しい姿からよく独身と間違われることもある人物である。その菜々絵はリビングに入ってきて正座する息子に驚いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

あるとき、あるまちで

沼津平成
ミステリー
ミステリー 純文芸 短編

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ
ミステリー
身近な心の問題をテーマにした連作短編。六章構成。狡猾で奇妙なカウンセラーの男が、カウンセリングを通じて相談者たちの心の悩みの正体を解き明かしていく。ただ、それで必ずしも相談者が満足する結果になるとは限らないようで……?(カクヨムにも掲載しています)

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

クラウディアのノート

Olivia
ミステリー
短編集

処理中です...