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第20話 桜太、ぶっ倒れる
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「設備はどうだった?」
何とか踏ん張りたい芳樹は会話を続行する。しかし当たり障りのない話を探すうちにおかしくなっている。いきなり大学の名前も聞かずに設備を訊いてどうすると桜太たちは心の中で突っ込んだ。
「そうだな。実験設備はしっかりしていたよ」
莉音はすぐに乗っかった。こういうところはやっぱり変人パラダイスとまで言われる科学部に属する人物だ。設備という単語だけで実験の話になかなかならないだろう。
「やっぱり大学は凄いよな。高価な機材もあるし、色々と環境が整っている」
そこを盛り上げても仕方ないというのに、芳樹はカエルの入った水槽を撫でつつ頷いている。
「そうだな。環境と言えば、やっぱり最前線で活躍している教授がいるっていうのも大きい」
莉音は答えつつ顔が赤くなった。そこにキーワードがあると丸わかりだ。
「相手は先輩ではなく教授?」
「え?そうなると、男か?」
騒然となる遠巻きたちはもう声が抑えられない。ちなみに男という推理は理学部の教授といえばからの発想だ。女性の教授もいるだろうが、莉音が受けるのは確実に物理学科だ。他の学科に比べて女性比率は格段と下がる。下手すればゼロだ。
「憧れの教授でもいるのか?」
芳樹もどぎまぎしながら訊く。まさかここでとんでもないカミングアウトを受けることになるのだろうか。だとすればどう対処すればいいのか。
「そうなんだ。女性ながら活躍する人でさ。その人の研究を知りたくて大学もそこにしようかと考えているんだよ」
莉音は大学の名前をどうにかぼかして言う。そこまで知られたくないのかという突っ込みよりも、周りは女性だったかという安心のほうが大きいので気にしていない。
「へえ。その人は惑星の研究をしているのか?」
何とか更なる情報を引き出そうと芳樹は質問する。
「いや。ちょっと違うな。まあ物理だよ」
莉音はやっぱりはっきり答えなかった。
七不思議の解明よりも気になる謎登場に、科学部は騒然となったままだった。
「中沢先輩が行った大学ってどこですか?」
優我がスマホを構えて質問する。今は丁度莉音がトイレに出かけているのだ。そのついでに図書室の状況を確認して来ると言っていたので、詮索するにはもってこいだった。
「この近くの大学としか聴いてないな。そう言えばいつも大学の名前は教えてくれないんだよ」
芳樹は水槽を撫でながら首を傾げる。理学部なんて少ないから隠してもすぐばれそうだと、今まで詮索しなかったのだ。しかし近くという情報が嘘だとどうしようもない。それに世の中には理工学部というのも存在するのだ。
ちなみに水槽を撫でているということは、今日のカエルはお気に入りとなった証拠だった。桜太は嬉しそうにこれを持ち帰る芳樹を想像してしまう。いつもはスケッチして野に返すのだが、気に入ると繁殖まで試みるのだ。
「女性で物理学科の教授か。結構絞られそうだけどな」
楓翔が何気なく呟く。そこではたと桜太は止まった。
「この近く。物理学の教授?」
桜太は呟くうちにある人物が頭に浮かんでいた。しかし莉音が惚れるという部分がどうにも納得できない。けれども年上だからは通用しないのだ。
「桜太。何か解ったの?」
横にいた千晴が今にも襲いかかって来そうな視線を向ける。恋敵が教授とあって心中複雑なのだ。
「い、いえっ。何も」
ぶんぶんと首を振って桜太は返事をする。それはもう眼鏡が遠心力で飛んでいきそうな勢いだ。
もしも桜太の思い浮かべた人物が惚れた相手ならば色々とややこし過ぎる。千晴に殴られるくらいでは済まない話だ。
「隠していたら承知しないからね」
千晴は追及しなかったものの目は怖いままだ。それは桜太の否定の仕方が怪し過ぎるからで、今のところ殴らないというだけだ。
「前から答えなかったとなると本気だよな。オープンキャンパスから戻って来るとああなったってことは、その教授とお近づきになったってことだもんな」
迅がとんでもない指摘をした。桜太はその指摘にもうムンクの叫びのポーズを取りたい気分だった。
「中沢先輩ならば可能かもな。見た目もそんなに悪くないし、何より普段から外見に拘っている。何だ、今まで恋人がいないのももう決まった人がいたからか」
優我は千晴の恐ろしい形相に気づかずにそんなことを言う。たしかに変人の吹き溜まりと言われていようと莉音が恋できないとは思えないのだから仕方ない。
しかし千晴よりも深刻な思いになっているのは桜太だ。もしも告白が成功していたら。そう考えるだけで倒れそうだ。
「俺、ちょっと出てくる」
よろよろと桜太は化学教室を出た。これはもう真相を自ら確かめるしかない。そう考えていると、図書室から莉音が戻ってきた。
「あっ」
桜太がどうしようかと悩んでいると
「――悪いな」
莉音がそんな一言を残して化学教室に入っていってしまう。
「わ、悪い?」
これはもう桜太が考えている人物で決定だ。桜太はそのまま後ろ向きに倒れていた。
その夜。大きなたん瘤が痛む中、桜太は問題の人物が帰宅するのを今や遅しと待っていた。今日に限って夜中になるとか最低だと思いつつも、気になるのだから待つしかない。
「ただいま。もう会議が長引いてね。って、何?」
そんな声とともに帰ってきたのは当然ながら桜太の母、上条菜々絵だ。現役の大学教授であり、物理学を教えている。若々しい姿からよく独身と間違われることもある人物である。その菜々絵はリビングに入ってきて正座する息子に驚いた。
何とか踏ん張りたい芳樹は会話を続行する。しかし当たり障りのない話を探すうちにおかしくなっている。いきなり大学の名前も聞かずに設備を訊いてどうすると桜太たちは心の中で突っ込んだ。
「そうだな。実験設備はしっかりしていたよ」
莉音はすぐに乗っかった。こういうところはやっぱり変人パラダイスとまで言われる科学部に属する人物だ。設備という単語だけで実験の話になかなかならないだろう。
「やっぱり大学は凄いよな。高価な機材もあるし、色々と環境が整っている」
そこを盛り上げても仕方ないというのに、芳樹はカエルの入った水槽を撫でつつ頷いている。
「そうだな。環境と言えば、やっぱり最前線で活躍している教授がいるっていうのも大きい」
莉音は答えつつ顔が赤くなった。そこにキーワードがあると丸わかりだ。
「相手は先輩ではなく教授?」
「え?そうなると、男か?」
騒然となる遠巻きたちはもう声が抑えられない。ちなみに男という推理は理学部の教授といえばからの発想だ。女性の教授もいるだろうが、莉音が受けるのは確実に物理学科だ。他の学科に比べて女性比率は格段と下がる。下手すればゼロだ。
「憧れの教授でもいるのか?」
芳樹もどぎまぎしながら訊く。まさかここでとんでもないカミングアウトを受けることになるのだろうか。だとすればどう対処すればいいのか。
「そうなんだ。女性ながら活躍する人でさ。その人の研究を知りたくて大学もそこにしようかと考えているんだよ」
莉音は大学の名前をどうにかぼかして言う。そこまで知られたくないのかという突っ込みよりも、周りは女性だったかという安心のほうが大きいので気にしていない。
「へえ。その人は惑星の研究をしているのか?」
何とか更なる情報を引き出そうと芳樹は質問する。
「いや。ちょっと違うな。まあ物理だよ」
莉音はやっぱりはっきり答えなかった。
七不思議の解明よりも気になる謎登場に、科学部は騒然となったままだった。
「中沢先輩が行った大学ってどこですか?」
優我がスマホを構えて質問する。今は丁度莉音がトイレに出かけているのだ。そのついでに図書室の状況を確認して来ると言っていたので、詮索するにはもってこいだった。
「この近くの大学としか聴いてないな。そう言えばいつも大学の名前は教えてくれないんだよ」
芳樹は水槽を撫でながら首を傾げる。理学部なんて少ないから隠してもすぐばれそうだと、今まで詮索しなかったのだ。しかし近くという情報が嘘だとどうしようもない。それに世の中には理工学部というのも存在するのだ。
ちなみに水槽を撫でているということは、今日のカエルはお気に入りとなった証拠だった。桜太は嬉しそうにこれを持ち帰る芳樹を想像してしまう。いつもはスケッチして野に返すのだが、気に入ると繁殖まで試みるのだ。
「女性で物理学科の教授か。結構絞られそうだけどな」
楓翔が何気なく呟く。そこではたと桜太は止まった。
「この近く。物理学の教授?」
桜太は呟くうちにある人物が頭に浮かんでいた。しかし莉音が惚れるという部分がどうにも納得できない。けれども年上だからは通用しないのだ。
「桜太。何か解ったの?」
横にいた千晴が今にも襲いかかって来そうな視線を向ける。恋敵が教授とあって心中複雑なのだ。
「い、いえっ。何も」
ぶんぶんと首を振って桜太は返事をする。それはもう眼鏡が遠心力で飛んでいきそうな勢いだ。
もしも桜太の思い浮かべた人物が惚れた相手ならば色々とややこし過ぎる。千晴に殴られるくらいでは済まない話だ。
「隠していたら承知しないからね」
千晴は追及しなかったものの目は怖いままだ。それは桜太の否定の仕方が怪し過ぎるからで、今のところ殴らないというだけだ。
「前から答えなかったとなると本気だよな。オープンキャンパスから戻って来るとああなったってことは、その教授とお近づきになったってことだもんな」
迅がとんでもない指摘をした。桜太はその指摘にもうムンクの叫びのポーズを取りたい気分だった。
「中沢先輩ならば可能かもな。見た目もそんなに悪くないし、何より普段から外見に拘っている。何だ、今まで恋人がいないのももう決まった人がいたからか」
優我は千晴の恐ろしい形相に気づかずにそんなことを言う。たしかに変人の吹き溜まりと言われていようと莉音が恋できないとは思えないのだから仕方ない。
しかし千晴よりも深刻な思いになっているのは桜太だ。もしも告白が成功していたら。そう考えるだけで倒れそうだ。
「俺、ちょっと出てくる」
よろよろと桜太は化学教室を出た。これはもう真相を自ら確かめるしかない。そう考えていると、図書室から莉音が戻ってきた。
「あっ」
桜太がどうしようかと悩んでいると
「――悪いな」
莉音がそんな一言を残して化学教室に入っていってしまう。
「わ、悪い?」
これはもう桜太が考えている人物で決定だ。桜太はそのまま後ろ向きに倒れていた。
その夜。大きなたん瘤が痛む中、桜太は問題の人物が帰宅するのを今や遅しと待っていた。今日に限って夜中になるとか最低だと思いつつも、気になるのだから待つしかない。
「ただいま。もう会議が長引いてね。って、何?」
そんな声とともに帰ってきたのは当然ながら桜太の母、上条菜々絵だ。現役の大学教授であり、物理学を教えている。若々しい姿からよく独身と間違われることもある人物である。その菜々絵はリビングに入ってきて正座する息子に驚いた。
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