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第41話 魔法はマイナスの力

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「すげえな。そんなところまで理解できたんだ」
「というか、いつの間にそんな楽しい展開に」
「ええっと」
「煩い。邪魔するだけならば帰れ!」
 葉月の怒号が飛び、興味津々に話を聞いていた学と裕和は首を竦めた。こうなったら人海戦術。すでに関わった連中は総動員となって呼ばれた二人だが、カワウソ姿の史晴に驚きと興奮の最中だったのだ。
「いいから、手伝ってくれ。虚数解に関わることだ」
「ほおい」
「で、あの箱は最終兵器なんだよな。開けるのはいつか、ワクワクしているんだけど」
 裕和は計算を手伝い、学はあの箱の管理を引き続き任される。しかし、学はあの箱が魔法の、しかもマイナスの力が関わっていると知って興奮気味だ。
「開けないに越したことはない」
「ええっ。ってか、せっかくキュートなカワウソ姿なのに、中身はまんま占部なんだな」
 学は面白くねえなと唇を尖らせる。とはいえ、特別に見せてもらえたことには満足しているのだ。朝の七時集合なんてふざけるなと思ったのも、吹っ飛んでしまう驚きだった。
「カワウソって、本当に人気があるんだな」
 でもってその史晴はずれた感想を言っている。史晴の中でカワウソって何だったんだろう。気になるところだ。
「それにしてもマイナスが魔法になるか。神様も理系とは驚きだよ」
 裕和はまあまあと二人を宥めつつ、なるほどねと解析が進んだ論文を読んでいる。
「どう考えても理系だろ?聖書の冒頭だってマクスウェル方程式に置き換えられるんだし」
「いや、それはただの理系ジョークだから」
 メンバーが二人増えるだけで、こんなにも騒がしくなるのか。美織は呆れてしまった。これって作戦ミスでは。時間がないから、美織だけではサポートが限界だから二人を巻き込んだけれども、余計に時間をロスしている気がする。
「おい。手を動かせ。陣内、あの箱の物質は特定できたのか?」
 しっかり葉月が怒鳴って場を締めつつ、箱の中身は何なのか訊ねる。
「ああ、はいはい。何だか質量のでかいものなのは確かですね。小箱の割に重かったでしょ?」
 葉月に持ち上げましたよねと学は確認する。
「ああ。あれは箱の重さだと思っていたが」
「いえ。あれこれやってみた結果、箱の重さは大してなさそうです。薄さ五ミリくらいの板ですね。それで何かを覆っているわけですよ。つまり、中身がみっちり詰まっている状態です」
「ほう」
 そうだったのかと、葉月は感心した様子で頷く。意外な事実に美織もびっくりだった。一体、伶人は何を最後に残したのだろう。ただ、反物質ではないよなと自分でツッコミ。反物質を現実世界で維持するのは、いくら魔法がマイナス作用とはいえ無理だろう。
「マイナスに対抗できる物質か。咄嗟には思いつかんな」
 葉月も似たような推論をしていたようで、首を捻っている。確かに咄嗟にこれとは思いつかなかった。
「ま、何にせよ、放射性物質ですからね。相当危ないですよ」
「そうだった。放射線を出しているのは間違いないな」
「ええ。だから、重たい物質というのは合ってますけどね」
「質量的には、か。まあ、すでにあり得ないことは色々と起っているからな。中身がヒッグス粒子だと言われても驚かん」
「ああ。あり得ますねえ。素粒子の詰め合わせの可能性」
 そんな詰め合わせは嫌だなと、美織は苦笑してしまう。しかし、次元の穴に対抗できるもののはずだ。質量が大きな何か。ううむ、まだ解らない。
 その間にも史晴は裕和とどう求めるのが最適な虚数解かという難しい議論に突入していた。ホワイトボードには山のような数式がすでに裕和によって書き出されている。
「次元の重ね合わせの部分が虚数になればブラックホールとして観測される穴になるっていうのならば、これはどうだ?」
「そうだな。しかし、それだと数値がおかしくなる」
 という感じの議論なのだが、院生の美織にはまだまだついて行けないレベルだった。
「虚数か」
 しかし、その結論は意外性はないなと思うだけの知識はある。つまりは物質世界の反対側を考えること。何度も出てきているが反物質の世界を考えることと同じだ。これは量子力学の分野に入ってくる。
 ちなみに宇宙論も突き詰めれば量子力学と重なってくるものだ。ただ、今のところ相対性理論と量子力学の相性は悪く、それを統合する理論は出来ていない。ここが厄介なところだ。
「あっ」
 ということは、今やっている議論が解明できるっていうのは、その相性の悪いはずの理論が統一できるということではないか。物理学者ならば誰もが考える大統一理論。総ての力が一つになった理論。それが、あの論文から導かれるのではないだろうか。
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