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第29話 ケーキのイチゴは酸っぱいもの
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「なるほどな。かなりヤバいところこまで来ているってことか」
「はい」
カワウソになって風呂場を泳ぎ回っていたことがあった日の昼、美織は葉月に報告していた。丁度よく、史晴は検査に行っていて大学にいない。その隙に作戦会議となったのだ。
場所は学食の隅。そこでケーキとコーヒーという優雅な組み合わせを食しつつ、話題は深刻なものとなっていた。
「今までも不思議だったんです。先輩が本気になれば、呪いだろうと魔法だろうととっくに解決策を見つけていると思うんですよね。ところが、全くと言っていいほど進んでいなかった。原因は、パソコンの閲覧履歴を見ていても思ったんですけど、非科学的であるという点なんですよ」
美織は閲覧履歴を見て愕然としたのだ。というのも、情報を集めてはいたものの、そりゃあ有象無象しか集まらないなという調べ方しかしていなかった。というより、今までSNSなんか使ったことのない人だったのだろう。完全に着眼点がずれている。もはやこれは中二病の集まりじゃないか。そんな状態のところからしか情報を得ていなかったのだ。
「そうだろうな。あいつが魔法やら呪いやらに予備知識があったとは思えない。それは奴が小さい頃に落書きしていたノートからも明らか。だからまずは血液検査、そして遺伝子検査と、私に依頼したわけだし」
「ですよね」
そう思うならば指摘してあげればよかったじゃないですか。と、美織はケーキのてっぺんにあったイチゴをフォークで刺しつつ脱力。意外なほどに放任主義だ。
「いや、だってな。私だって呪いやら魔法やらを信じていないし、そもそも、呪いってのは掛けた相手と掛かった相手に相関関係のあるものだろ?部外者が口出しして解決するのか。そう疑問に思っていたし、何より、あいつが解決する気がなければ、これはどうしようもないことだろう」
呆れる美織に向かって、私だって物理学者なんだよと葉月は苦笑する。それは解っているし、そもそも呪いを掛けた伶人だって物理学者だったわけで、どうしてこう理系の最先端の面々で呪い呪われなんてやってるのか、考えている美織だって解らなくなってくる。
「まあねえ。しかし、相手も物理学者だったというのがミソなんだろうな。これは全く見ず知らずの訳の分からん奴が掛けたってなると、もうちょっと割り切れそうなところだが」
「でも、先輩は見ず知らずの誰かだと思ってましたよね」
「そこだ」
「はっ」
急に鼻先にフォークを突き付けられ、美織はびっくりしてしまう。しかも、そこって言われてもどこなのやら。
「あいつは関口の記憶を失っていた。すなわち、会った時には気づいていたんじゃないか?」
「あっ」
確かにそうだ。今までどうして伶人の記憶が欠けていたのか。それが謎だった。ただ、掛けた本人だったからわざと消したのではないかと思っていたが。
「そう。奴は気づかれたからこそ記憶を歪めたんだ。そして、大学の付近をうろついているのならば、私の存在を知ることも可能なはずで、私の記憶を弄るのも可能だった」
「な、なるほど」
確かにそう考えるとすっきりする。毎日のように大学の周りに出没していたのも、ひょっとしたらその辺が関係しているのかもしれない。
「でも、どうして今になって姿を現したんですか?」
「そりゃあ、カワウソになるっていう予想外のことが起こってることに気づいたからだろ」
「ああ、そうか。他の奴が云々って、関口自身も言ってましたしね」
「そうだ。つまり関口としては正体を明かすことなく、占部がおろおろしていく様を楽しむ予定だった。それが予想外にカワウソになっているらしくて困ったというところだろう。ところが、直接乗り込んでも話し合いになるか解らない」
「そうですね。関口のことだから、先輩が立ち上げた掲示板だって調べているでしょうし」
そういうところが意地悪なのよねと、この間会った伶人の顔を思い浮かべて腹を立てる。イケメンになっても性格が捻じ曲がっていてはどうしようもない。
「椎名が関わったのは、どちらにとっても渡りに船だったってことだな。占部にすれば調べる範囲が広がり、関口にとってはようやく他の奴が邪魔したと伝えられたんだ。で、関口は当初の目的通りに占部を戸惑わせ始めた」
「そういうことか」
質が悪いんだからと、美織は突き刺していたイチゴを口に放り込んだ。しかし、酸っぱくて顔を顰めてしまう。
「ケーキに乗っているイチゴは味ではなく見た目重視らしいな」
「そうですねえ」
ようやく呪い以外の話題がイチゴってと思いつつ、美織は溜め息を吐く。問題点は随分とすっきりしてきたが、解決策はどこにもないままだ。
「あ、そうそう。清野さんに関して調べてもらいたいんです」
「ああ。カワウソの方な。確かに関口と同じ理由だとすれば、彼女が妥当だろう。問題はすでに死んでいるってことか」
「ええ。ただ、不可解な現象となれば、幽霊だって可能ですよね」
「お前のその柔軟な頭が羨ましいねえ」
「褒めてないですよね!?」
しみじみ言う葉月に、美織は私だって物理学者を目指しているのにと悔しがる。
「いや。本気で褒めてるよ。何でも科学で証明できるってのは科学者の驕りでしかないからな。そういう柔軟な発想をいつ失ったのか。私も年だねえと思っただけ」
にまっと笑い、こうなったら幽霊でも魔法使いでも何でも来いと、葉月は無駄に胸を張るのだった。
「はい」
カワウソになって風呂場を泳ぎ回っていたことがあった日の昼、美織は葉月に報告していた。丁度よく、史晴は検査に行っていて大学にいない。その隙に作戦会議となったのだ。
場所は学食の隅。そこでケーキとコーヒーという優雅な組み合わせを食しつつ、話題は深刻なものとなっていた。
「今までも不思議だったんです。先輩が本気になれば、呪いだろうと魔法だろうととっくに解決策を見つけていると思うんですよね。ところが、全くと言っていいほど進んでいなかった。原因は、パソコンの閲覧履歴を見ていても思ったんですけど、非科学的であるという点なんですよ」
美織は閲覧履歴を見て愕然としたのだ。というのも、情報を集めてはいたものの、そりゃあ有象無象しか集まらないなという調べ方しかしていなかった。というより、今までSNSなんか使ったことのない人だったのだろう。完全に着眼点がずれている。もはやこれは中二病の集まりじゃないか。そんな状態のところからしか情報を得ていなかったのだ。
「そうだろうな。あいつが魔法やら呪いやらに予備知識があったとは思えない。それは奴が小さい頃に落書きしていたノートからも明らか。だからまずは血液検査、そして遺伝子検査と、私に依頼したわけだし」
「ですよね」
そう思うならば指摘してあげればよかったじゃないですか。と、美織はケーキのてっぺんにあったイチゴをフォークで刺しつつ脱力。意外なほどに放任主義だ。
「いや、だってな。私だって呪いやら魔法やらを信じていないし、そもそも、呪いってのは掛けた相手と掛かった相手に相関関係のあるものだろ?部外者が口出しして解決するのか。そう疑問に思っていたし、何より、あいつが解決する気がなければ、これはどうしようもないことだろう」
呆れる美織に向かって、私だって物理学者なんだよと葉月は苦笑する。それは解っているし、そもそも呪いを掛けた伶人だって物理学者だったわけで、どうしてこう理系の最先端の面々で呪い呪われなんてやってるのか、考えている美織だって解らなくなってくる。
「まあねえ。しかし、相手も物理学者だったというのがミソなんだろうな。これは全く見ず知らずの訳の分からん奴が掛けたってなると、もうちょっと割り切れそうなところだが」
「でも、先輩は見ず知らずの誰かだと思ってましたよね」
「そこだ」
「はっ」
急に鼻先にフォークを突き付けられ、美織はびっくりしてしまう。しかも、そこって言われてもどこなのやら。
「あいつは関口の記憶を失っていた。すなわち、会った時には気づいていたんじゃないか?」
「あっ」
確かにそうだ。今までどうして伶人の記憶が欠けていたのか。それが謎だった。ただ、掛けた本人だったからわざと消したのではないかと思っていたが。
「そう。奴は気づかれたからこそ記憶を歪めたんだ。そして、大学の付近をうろついているのならば、私の存在を知ることも可能なはずで、私の記憶を弄るのも可能だった」
「な、なるほど」
確かにそう考えるとすっきりする。毎日のように大学の周りに出没していたのも、ひょっとしたらその辺が関係しているのかもしれない。
「でも、どうして今になって姿を現したんですか?」
「そりゃあ、カワウソになるっていう予想外のことが起こってることに気づいたからだろ」
「ああ、そうか。他の奴が云々って、関口自身も言ってましたしね」
「そうだ。つまり関口としては正体を明かすことなく、占部がおろおろしていく様を楽しむ予定だった。それが予想外にカワウソになっているらしくて困ったというところだろう。ところが、直接乗り込んでも話し合いになるか解らない」
「そうですね。関口のことだから、先輩が立ち上げた掲示板だって調べているでしょうし」
そういうところが意地悪なのよねと、この間会った伶人の顔を思い浮かべて腹を立てる。イケメンになっても性格が捻じ曲がっていてはどうしようもない。
「椎名が関わったのは、どちらにとっても渡りに船だったってことだな。占部にすれば調べる範囲が広がり、関口にとってはようやく他の奴が邪魔したと伝えられたんだ。で、関口は当初の目的通りに占部を戸惑わせ始めた」
「そういうことか」
質が悪いんだからと、美織は突き刺していたイチゴを口に放り込んだ。しかし、酸っぱくて顔を顰めてしまう。
「ケーキに乗っているイチゴは味ではなく見た目重視らしいな」
「そうですねえ」
ようやく呪い以外の話題がイチゴってと思いつつ、美織は溜め息を吐く。問題点は随分とすっきりしてきたが、解決策はどこにもないままだ。
「あ、そうそう。清野さんに関して調べてもらいたいんです」
「ああ。カワウソの方な。確かに関口と同じ理由だとすれば、彼女が妥当だろう。問題はすでに死んでいるってことか」
「ええ。ただ、不可解な現象となれば、幽霊だって可能ですよね」
「お前のその柔軟な頭が羨ましいねえ」
「褒めてないですよね!?」
しみじみ言う葉月に、美織は私だって物理学者を目指しているのにと悔しがる。
「いや。本気で褒めてるよ。何でも科学で証明できるってのは科学者の驕りでしかないからな。そういう柔軟な発想をいつ失ったのか。私も年だねえと思っただけ」
にまっと笑い、こうなったら幽霊でも魔法使いでも何でも来いと、葉月は無駄に胸を張るのだった。
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