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第25話 初対決!

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 伶人の家は史晴の家からさらに静岡側に向かった場所にあった。その閑静な住宅街の一角に、関口家はある。
「叔父さんは留守だし、叔母さんも出掛けているはずだ。今、叔母さんは国内の団体ツアーにはまってるから」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。うちの一族はどうも一箇所に留まるのが苦手らしくてな。旅行好きだったり海外に拠点を求めたり、そういう傾向にある。俺だけが例外なんだよね」
「へ、へえ」
 また新たな一面を知ることになったなと思いつつ、史晴は慣れた手つきで合鍵を探し出し、そして家の中に入る。それはなんと、今では珍しくない宅配ボックスの中だった。
「植木鉢の下じゃないだけマシですけど、いいんですか?合鍵って外に隠しておいて」
「いいんだよ。言っただろ?家にいないのが当たり前だから、知り合いが訪ねてきた時に困るんだ。だから、一定の信用している奴には合鍵の場所を教えておくんだよ。そもそも、この宅配ボックスの暗証番号を知らないと無理だしね。宅配の人は入れてそれまでで、中を詳しく見ることはないし」
「へ、へえ」
 そして勝手に帰ってくるまで寛いでいろということか。何とも凄いスタイルだ。というか、宅配ボックスに合鍵という発想が凄い。なるほど、それはしょっちゅう家を空けている人しかしない発想だ。そんな家に育った伶人は、両親のことをどう思っているのだろう。
「中学の時は老け顔で、メキシコの写真ではややイケメン、で、魔法使いになったらマジなイケメンって人だしなあ」
「何の考察だ?」
 伶人の人となりを考えようとしていたはずなのに、いつしか顔の考察をしてしまっていた。リビングの中は、さっきまで人がいたことを思わせる散らかり方をしていて、そこが史晴の家との違いだった。
「叔母さんとは会えるかもしれないな」
「え、ええ」
 人がいた痕跡に、いても大丈夫なのかなと思う美織とは違い、史晴は勝手知ったる場所だから、叔母さんに会えたらラッキーくらいにしか考えていない。これもまた、育った環境の違いというやつか。
「伶人の部屋に行こう。前に来た時、そのままだったはずだ」
「何か思い出したんですか?」
「いいや。ただ、伶人がいなくなってから一度来たなと思って」
「ううん」
 まだ、伶人に関する記憶はあやふやなままらしい。遊んでもらった記憶も、ノートに互いに好き勝手に書いた記憶もあるものの、何かが決定的に欠けてしまったままのようだ。
 どうして、その何かが欠けてしまったのだろう。それこそ呪われた原因に直結しているはずだ。そして、伶人が史晴の死を望む理由でもあるはず。
 そんなことを考えつつ二階に上がり、伶人の部屋のドアを開けた。
「なっ」
「あっ」
 しかし、部屋の中に人影を発見し、二人は入り口で固まってしまう。そう、その人影はもちろん、あの三つ揃いのスーツに中折れ帽姿の伶人だ。
「ここまで来るとは、なかなかの根性だね。褒めてあげようと思って」
 伶人は帽子を軽く持ち上げ、にやっと笑う。初めて見た伶人の顔は、あのメキシコの学会での写真とほぼ変化がない。いや、さらに肌つやがよくなり、格好良くなっている。やはり、魔法の力で老化しないようだ。それもまた、科学者である美織たちには驚きを与えてくれる。
「伶人、お前」
「なんでこんなことをした?というのは愚問だよ。答えるつもりもないしね。ま、自力で解決しようとしてくれて嬉しいんでね。ヒントはあげよう」
「――」
 解決しきれないことを前提として喋っているのを知っているだけに、史晴は唇を噛む。
「ヒント一。あ、メモしてもらって構わないよ」
 伶人がそう言って美織を見るので、美織は慌ててスマホを取り出した。どうやら伶人は美織を史晴の助手と認識してくれたらしい。美織はメモを取るのではなく、カメラを起動した。そして動画モードにして録画を始める。もちろん、伶人に気付かれないように気をつけつつだ。
「史晴を恨む原因は過去じゃない」
「え?」
 思わず訊き返したが、伶人は笑うだけだ。その笑みから、嘘か本当かを読み解くことは出来ない。
「ヒント二。カワウソの呪いはとある人間の思念が起こしたことだ。まだ死なせたくないと思いつつ、俺と同じく、史晴を恨む気持ちを持っている。だから、こんな奇妙な状況が生まれた」
 二つのヒントはとても有益なもののようだった。それに、これはヒント一と関連があるはず。そう気付いた美織に対し、伶人はにこっと微笑んだ。
「じゃ、頑張ってね」
「このまま逃がすと思ってるのか?」
 ひらひらっと手を振る伶人に対し、ここで捕まえて洗い浚い聞き出してやると意気込む史晴は、ざっと部屋の中に踏み込んだ。しかし、それ以上動けない。
「馬鹿だな。今の俺は君たちが言うところの魔法使いなんだよ」
 そう言うと、懐から小さなボールのようなものを取り出す。そして、床に落としたと思った瞬間、煙幕が立ち込めた。
「先輩」
「大丈夫だ。それより窓を開けろ」
 煙がもうもうと開いているドアの方に流れ込んでくるので、二人の視界が真っ白になっているのだ。煙の流れを変えろと史晴が指示を出す。美織は自分が動けることを確認し、部屋の中を突進。もちろん伶人に当たることはなく、無事に窓に辿り着く。そして窓を開け放って完全に煙を追い出した。
「――」
「――」
 やはりと言うべきか、イリュージョンを見せられたと思うべきか。煙が消えた部屋の中には、当然のように伶人の姿はない。
「入り口には俺がいた。窓は煙の流れで完全に締っていたのが解る」
 ぺたっと、不動になる魔法が解けた史晴は床に頽れた。理解できないのは呪いだけではない。伶人の総てなのだ。そして、伶人は本当に何らかの魔法を使えることを認めなければならない。
「先輩」
「大丈夫だ」
 口では大丈夫という史晴だったが、顔は真っ青になっていた。
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