20 / 21
第20話 責任取って!
しおりを挟む
その風に気付いた静嵐が振り向いて、そして、愛佳の姿を見つけて固まった。
どうしてと、見開かれた目に動揺がある。
「静嵐」
その静嵐に歩み寄り、じっと見つめる。
静嵐の目と髪は、もっと薄い色合いになっていた。もう、僅かに茶色と解るほどの色になっている。彼は希薄な存在になろうとしていた。
「俺は、もう」
「人間として、生きて」
「――」
静嵐が何かを言う前に、愛佳がはっきりと伝えた。それを伝えるために、自分はここまで来たのだと、目を真っ直ぐに見つめて言う。
「私は、あなたと一緒に生きたいの。気になることだけ言って消えるなんて、ずるい。あなたはもう、私の心を捕まえちゃったのよ」
「――」
見つめているうちに、目がうるうるとしてしまった。
このままじゃ消えちゃう。その事実が、静嵐の目と髪に表れている。気持ちが、勝手に溢れてくる。離れたくなかった。
「初めは、単なる気になる人だったけど、今は違うの。色々知っちゃって、もう、忘れるなんて出来ないの。せ、責任取って!」
「せ、責任」
でも、口から出たのは予想外の言葉だった。それに、静嵐も面食らっている。
「そう。責任よ。忘れられないんだから、一緒に生きてよ。私も、あなたが好きだから。もうあなたを忘れるなんて出来ないんだから、結婚してよ。ちゃんと、あなたの家族にして」
愛佳は開き直って、そう言い募っていた。
一体自分は何を言っているんだろうと思ってしまうが、色々と考えていたらこれしかないように思えた。
「愛佳」
それに、静嵐は愛おしそうに名前を呼ぶと、ぎゅっと抱き締めてくれる。しかし、余りに唐突で、愛佳は真っ赤になっていた。
意外と大胆。いや、自分の発言の方が大胆か。
「静嵐」
「でも、俺は」
「消えないで。大丈夫、あなたはもう、一人じゃないから」
解っている。こうやって訴えても、静嵐を困惑させるだけなのだと。
消えそうになっている現実を見ている。でも、消えてほしくない。
「静嵐」
そこに、別の声がした。鈴を転がすような、綺麗な音色。それに、二人は顔を上げる。
「あっ」
そこには、ここまで導いてくれた優しい微笑みを浮かべた、今度ははっきりとした女性の姿があった。考えるまでもなく、静嵐の母親だ。目元がそっくりだった。
「母上」
「行きなさい。それが、あなたの運命です」
微笑みながらも凛とした声音。それに、静嵐は戸惑っているようだった。
「ただし、ここを出たら、次は人間として生きることになります。人生は、有限になりますよ。後悔している暇はないわ」
母は、楽しんでいるようだった。そしてその決断を、微笑みで後押ししている。それに、愛佳はどうすると、静嵐を見つめる。
その静嵐は、驚きすぎて困惑しているようだった。
それはそうだ。消えると思っていたのに人間として生きていい。そんな都合のいいことがあるのか。
「大丈夫よ。これは私と、お父さんからの贈り物。だって、あなたのお父さんは間違いなく神様だもの」
「――」
「あなたの決断を、待っていたのですよ。でも、あなたは神として生きると決めたようだったから、このまま流れに任せようと思っていたの。でも、ようやく、大切な人が見つかったのね」
そこで愛佳を見ると、愛おしそうに微笑む。
愛佳はもう顔がゆでだこのように真っ赤だった。というか、母親の前で抱き合ったままだ。恥ずかしい。しかし、静嵐はよりぎゅっと抱き締めてきた。
「ちょっ」
「大切な人です。俺は、生きていいんですか?」
そして、寂しそうに訊く。
それに、おやっとなったが、墓を思い出した。そうか、守る神がいなくなる。ということは、母親はいなくなってしまうのだ。
「いいのよ。消えるのは私だけで十分。孝行息子のおかげで、ずいぶんと長くいられたわ。ありがとう」
「――」
ああ、そうか。
どちらも選べず、それでも神様だった理由は母親のためだったんだと、すんなりと納得する。
彼女は今、間違いなく神なのだ。それを守る役目を、静嵐はずっと務めてきた。静嵐が現世で神としてあり続けていれば、母もまた、忘れられずに神として存在できた。
「さあ、お行きなさい。もう会えませんが、私はずっと、あなたの心の中にいます」
そう微笑んだかと思うと、すっと消えてしまった。
静嵐の代わりに、永遠に消えてしまったのだと、愛佳はなぜか理解していた。
どうしてと、見開かれた目に動揺がある。
「静嵐」
その静嵐に歩み寄り、じっと見つめる。
静嵐の目と髪は、もっと薄い色合いになっていた。もう、僅かに茶色と解るほどの色になっている。彼は希薄な存在になろうとしていた。
「俺は、もう」
「人間として、生きて」
「――」
静嵐が何かを言う前に、愛佳がはっきりと伝えた。それを伝えるために、自分はここまで来たのだと、目を真っ直ぐに見つめて言う。
「私は、あなたと一緒に生きたいの。気になることだけ言って消えるなんて、ずるい。あなたはもう、私の心を捕まえちゃったのよ」
「――」
見つめているうちに、目がうるうるとしてしまった。
このままじゃ消えちゃう。その事実が、静嵐の目と髪に表れている。気持ちが、勝手に溢れてくる。離れたくなかった。
「初めは、単なる気になる人だったけど、今は違うの。色々知っちゃって、もう、忘れるなんて出来ないの。せ、責任取って!」
「せ、責任」
でも、口から出たのは予想外の言葉だった。それに、静嵐も面食らっている。
「そう。責任よ。忘れられないんだから、一緒に生きてよ。私も、あなたが好きだから。もうあなたを忘れるなんて出来ないんだから、結婚してよ。ちゃんと、あなたの家族にして」
愛佳は開き直って、そう言い募っていた。
一体自分は何を言っているんだろうと思ってしまうが、色々と考えていたらこれしかないように思えた。
「愛佳」
それに、静嵐は愛おしそうに名前を呼ぶと、ぎゅっと抱き締めてくれる。しかし、余りに唐突で、愛佳は真っ赤になっていた。
意外と大胆。いや、自分の発言の方が大胆か。
「静嵐」
「でも、俺は」
「消えないで。大丈夫、あなたはもう、一人じゃないから」
解っている。こうやって訴えても、静嵐を困惑させるだけなのだと。
消えそうになっている現実を見ている。でも、消えてほしくない。
「静嵐」
そこに、別の声がした。鈴を転がすような、綺麗な音色。それに、二人は顔を上げる。
「あっ」
そこには、ここまで導いてくれた優しい微笑みを浮かべた、今度ははっきりとした女性の姿があった。考えるまでもなく、静嵐の母親だ。目元がそっくりだった。
「母上」
「行きなさい。それが、あなたの運命です」
微笑みながらも凛とした声音。それに、静嵐は戸惑っているようだった。
「ただし、ここを出たら、次は人間として生きることになります。人生は、有限になりますよ。後悔している暇はないわ」
母は、楽しんでいるようだった。そしてその決断を、微笑みで後押ししている。それに、愛佳はどうすると、静嵐を見つめる。
その静嵐は、驚きすぎて困惑しているようだった。
それはそうだ。消えると思っていたのに人間として生きていい。そんな都合のいいことがあるのか。
「大丈夫よ。これは私と、お父さんからの贈り物。だって、あなたのお父さんは間違いなく神様だもの」
「――」
「あなたの決断を、待っていたのですよ。でも、あなたは神として生きると決めたようだったから、このまま流れに任せようと思っていたの。でも、ようやく、大切な人が見つかったのね」
そこで愛佳を見ると、愛おしそうに微笑む。
愛佳はもう顔がゆでだこのように真っ赤だった。というか、母親の前で抱き合ったままだ。恥ずかしい。しかし、静嵐はよりぎゅっと抱き締めてきた。
「ちょっ」
「大切な人です。俺は、生きていいんですか?」
そして、寂しそうに訊く。
それに、おやっとなったが、墓を思い出した。そうか、守る神がいなくなる。ということは、母親はいなくなってしまうのだ。
「いいのよ。消えるのは私だけで十分。孝行息子のおかげで、ずいぶんと長くいられたわ。ありがとう」
「――」
ああ、そうか。
どちらも選べず、それでも神様だった理由は母親のためだったんだと、すんなりと納得する。
彼女は今、間違いなく神なのだ。それを守る役目を、静嵐はずっと務めてきた。静嵐が現世で神としてあり続けていれば、母もまた、忘れられずに神として存在できた。
「さあ、お行きなさい。もう会えませんが、私はずっと、あなたの心の中にいます」
そう微笑んだかと思うと、すっと消えてしまった。
静嵐の代わりに、永遠に消えてしまったのだと、愛佳はなぜか理解していた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる