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第14話 子どもの頃の路人と礼詞
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路人と礼詞の出会いは、一言で言えば最悪だった。
「赤松君。これ、知ってる?」
同い年で同じく大学生になった少年。そんな赤松礼詞に、路人は興味津々だったのだ。そこで、少年ならば誰でも知っているはずの、ある猫型ロボットキャラをパソコンに表示して訊いた。
「知っている。今の技術力では、実現不可能だな。まず、ロボットに柔軟性を持たせる方法が解らない」
そして撃沈。これがファーストコンタクトだったのだ。それはもう、その先は推して知るべきだ。二人の関係は当初から冷ややかなものだった。
「はあ。ここは面白くない」
そして、路人はその性格から解る通り、面白くないことに継続力がない。すぐに大学という環境に飽きてしまった。ずっと勉強が続くことも、より路人を退屈にさせる。しかし、横で常に礼詞が頑張っている姿を見ている。
「くう。負けたくはない」
おかげで路人は闘争心だけでこの環境を乗り切ることになるのだ。それに、ここを卒業すれば約束のクマのぬいぐるみがゲットできるはずだ。そして、穂波とまた一緒に生活できる。そんな思いもあった。
「お母さんは、どうしていないんだろう?」
大学で習うようなことを、たしか穂波もやっていたはずだ。それを路人が理解できたことで、ここに連れて来られることになった。それを思うと複雑だ。
「解ったなんて、言わなきゃよかった」
路人はそれを思い出し、よりむすっとしてしまう。どうやらこの妙な記号の数々を、簡単に理解できる奴は、同い年では自分と礼詞しかいないらしい。先生の紀章は、まだ五歳の路人から見ればおじさんだ。他にも、自分より年上の人たちしかいない。
「余計に面白くない!」
一人、与えられた部屋で路人は叫ぶ。が、その声は虚しく響くだけだ。
「はあ」
こうして、今では考えられない根暗な路人が形成されていく。
一方、礼詞もまた、この環境に馴染めずに戸惑っていた。しかし路人と仲良くするつもりは毛頭なかった。どこまでも子供の路人とは、どうにも反りが合わない。それが五歳児であるはずの、礼詞の見解だった。
それだけではない。出来ないと悔しい。路人に負けたくない。それは礼詞も同じだった。おかげで余計に話をしなくなる。完全な悪循環に、なんと一年目で陥っていた。
「――」
その状況を、もちろん教授であり二人の保護者代わりである紀章は黙って見ていたわけではない。何か対策を立てねばだと、何度も穂波に連絡をしていた。しかし、答えはいつも素っ気ないものだった。
「放っておけ。そのうち、自分たちで何とかするだろ?」
その穂波は、のちに物理学賞へと繋がる研究で忙しいので、まともな答えをするはずがなかったが、紀章の頼みの綱は穂波しかいなかった。
「はあ」
こうして問題は棚上げとなり、紀章は悩みつつも指導することに専念するより他はなかった。この当時、紀章はまだ二十二歳。子育て経験などあろうはずもない。
悪循環の連鎖のままだが、二人の頭脳は申し分なく発達していった。同い年のライバルがいることも功を奏したのだろう。
周囲の大人たちは、当人たちがギシギシしているなんて思いもせず、その成果に大満足だった。そしてより高度なことを二人に求めた。
「辞めたい」
一度目の博士号取得を終えた後、この時八歳になっていた路人はそう申し出ていた。しかし、それは認められるはずもなく、紀章に渋い顔をされただけだった。
「うっ、だって」
「もう一個、やってからだ」
ぐずろうとする路人に、紀章はそう言ってさっさとロボット工学を仕込むことになる。こうなったら路人の注意を引き続けるだけだ。
そして、この作戦がより路人を根暗な人間へとしていくことになる。何かやれば大人たちが寄ってたかって喜ぶさまは、まだまだ子供な路人には滑稽以外の何物でもなかった。
「自分でやれば」
「いえ、そこは先生のお力で」
これがいつものやり取りとなっていた。この頃、路人は十二歳。反抗期目前だ。
しかし、路人もこの環境が長く続きすぎて、反抗するということを忘れてしまっていた。
「ああ、そう」
そんな感じで淡々とこなしていく。大人の前で説明するのも手慣れたものになっていた。
一方、この頃の礼詞はというと、こちらも自分の研究に忙しい毎日を送っていた。しかし元々が気難しい性格だ。この頃の礼詞はより扱い難い存在だったことは否定できない。
「やはり一色先生の方が優秀だな」
そんな周囲の声が耳に入るたび、礼詞の態度は頑なになっていた。
「なあ、これ」
「ああ。シミュレーションしておく」
が、この頃から二人の関係には変化があった。友達とは程遠いものの、協力して研究を行うようになっていたのだ。路人が発案し、それを礼詞がシミュレーションして使えるものにしていく。この協力関係に、周囲はより期待をかけたことは言うまでもない。
「路人、礼詞。二人に大きな仕事をしてもらいたい」
その話が出たのは、路人と礼詞が十七歳になった時だった。仕事とはもちろん、今の社会を作るもととなる、人工知能とロボットの活用について。これだった。
「じゃあ、俺はロボットで」
「何でだよ?」
さっさとロボットについてへと逃げようとする路人を捕まえ、礼詞はまず、大元を作る作業に進んだ。
「このままやると失敗するね」
路人は見ただけで問題点が解るため、礼詞は逐次、路人にチェックさせた。そして対外的な発表も総て路人に行わせた。つまり、目に見える部分の多くを路人が担うことになったのだ。
しかしやっている路人としては、作っているのは礼詞だという意識が働いてしまう。だからより消極的になって行った。
そしてそこから十年。何事もなく過ごしていたかに見えた路人に、ちょっとした転機が訪れる。
「どうした? 大丈夫か?」
そこにいたのは、自分の助手を務めている翔摩だった。どういうわけか廊下の隅で、こっそりと口を開け閉めしていた。
「――」
そして気づいた。翔摩の声が出ないということに。
「よし」
その姿は、いつしか考えなくなっていた、この環境への疑問へと繋がった。
こうして、逃亡の理由が出来上がったのだった。
「赤松君。これ、知ってる?」
同い年で同じく大学生になった少年。そんな赤松礼詞に、路人は興味津々だったのだ。そこで、少年ならば誰でも知っているはずの、ある猫型ロボットキャラをパソコンに表示して訊いた。
「知っている。今の技術力では、実現不可能だな。まず、ロボットに柔軟性を持たせる方法が解らない」
そして撃沈。これがファーストコンタクトだったのだ。それはもう、その先は推して知るべきだ。二人の関係は当初から冷ややかなものだった。
「はあ。ここは面白くない」
そして、路人はその性格から解る通り、面白くないことに継続力がない。すぐに大学という環境に飽きてしまった。ずっと勉強が続くことも、より路人を退屈にさせる。しかし、横で常に礼詞が頑張っている姿を見ている。
「くう。負けたくはない」
おかげで路人は闘争心だけでこの環境を乗り切ることになるのだ。それに、ここを卒業すれば約束のクマのぬいぐるみがゲットできるはずだ。そして、穂波とまた一緒に生活できる。そんな思いもあった。
「お母さんは、どうしていないんだろう?」
大学で習うようなことを、たしか穂波もやっていたはずだ。それを路人が理解できたことで、ここに連れて来られることになった。それを思うと複雑だ。
「解ったなんて、言わなきゃよかった」
路人はそれを思い出し、よりむすっとしてしまう。どうやらこの妙な記号の数々を、簡単に理解できる奴は、同い年では自分と礼詞しかいないらしい。先生の紀章は、まだ五歳の路人から見ればおじさんだ。他にも、自分より年上の人たちしかいない。
「余計に面白くない!」
一人、与えられた部屋で路人は叫ぶ。が、その声は虚しく響くだけだ。
「はあ」
こうして、今では考えられない根暗な路人が形成されていく。
一方、礼詞もまた、この環境に馴染めずに戸惑っていた。しかし路人と仲良くするつもりは毛頭なかった。どこまでも子供の路人とは、どうにも反りが合わない。それが五歳児であるはずの、礼詞の見解だった。
それだけではない。出来ないと悔しい。路人に負けたくない。それは礼詞も同じだった。おかげで余計に話をしなくなる。完全な悪循環に、なんと一年目で陥っていた。
「――」
その状況を、もちろん教授であり二人の保護者代わりである紀章は黙って見ていたわけではない。何か対策を立てねばだと、何度も穂波に連絡をしていた。しかし、答えはいつも素っ気ないものだった。
「放っておけ。そのうち、自分たちで何とかするだろ?」
その穂波は、のちに物理学賞へと繋がる研究で忙しいので、まともな答えをするはずがなかったが、紀章の頼みの綱は穂波しかいなかった。
「はあ」
こうして問題は棚上げとなり、紀章は悩みつつも指導することに専念するより他はなかった。この当時、紀章はまだ二十二歳。子育て経験などあろうはずもない。
悪循環の連鎖のままだが、二人の頭脳は申し分なく発達していった。同い年のライバルがいることも功を奏したのだろう。
周囲の大人たちは、当人たちがギシギシしているなんて思いもせず、その成果に大満足だった。そしてより高度なことを二人に求めた。
「辞めたい」
一度目の博士号取得を終えた後、この時八歳になっていた路人はそう申し出ていた。しかし、それは認められるはずもなく、紀章に渋い顔をされただけだった。
「うっ、だって」
「もう一個、やってからだ」
ぐずろうとする路人に、紀章はそう言ってさっさとロボット工学を仕込むことになる。こうなったら路人の注意を引き続けるだけだ。
そして、この作戦がより路人を根暗な人間へとしていくことになる。何かやれば大人たちが寄ってたかって喜ぶさまは、まだまだ子供な路人には滑稽以外の何物でもなかった。
「自分でやれば」
「いえ、そこは先生のお力で」
これがいつものやり取りとなっていた。この頃、路人は十二歳。反抗期目前だ。
しかし、路人もこの環境が長く続きすぎて、反抗するということを忘れてしまっていた。
「ああ、そう」
そんな感じで淡々とこなしていく。大人の前で説明するのも手慣れたものになっていた。
一方、この頃の礼詞はというと、こちらも自分の研究に忙しい毎日を送っていた。しかし元々が気難しい性格だ。この頃の礼詞はより扱い難い存在だったことは否定できない。
「やはり一色先生の方が優秀だな」
そんな周囲の声が耳に入るたび、礼詞の態度は頑なになっていた。
「なあ、これ」
「ああ。シミュレーションしておく」
が、この頃から二人の関係には変化があった。友達とは程遠いものの、協力して研究を行うようになっていたのだ。路人が発案し、それを礼詞がシミュレーションして使えるものにしていく。この協力関係に、周囲はより期待をかけたことは言うまでもない。
「路人、礼詞。二人に大きな仕事をしてもらいたい」
その話が出たのは、路人と礼詞が十七歳になった時だった。仕事とはもちろん、今の社会を作るもととなる、人工知能とロボットの活用について。これだった。
「じゃあ、俺はロボットで」
「何でだよ?」
さっさとロボットについてへと逃げようとする路人を捕まえ、礼詞はまず、大元を作る作業に進んだ。
「このままやると失敗するね」
路人は見ただけで問題点が解るため、礼詞は逐次、路人にチェックさせた。そして対外的な発表も総て路人に行わせた。つまり、目に見える部分の多くを路人が担うことになったのだ。
しかしやっている路人としては、作っているのは礼詞だという意識が働いてしまう。だからより消極的になって行った。
そしてそこから十年。何事もなく過ごしていたかに見えた路人に、ちょっとした転機が訪れる。
「どうした? 大丈夫か?」
そこにいたのは、自分の助手を務めている翔摩だった。どういうわけか廊下の隅で、こっそりと口を開け閉めしていた。
「――」
そして気づいた。翔摩の声が出ないということに。
「よし」
その姿は、いつしか考えなくなっていた、この環境への疑問へと繋がった。
こうして、逃亡の理由が出来上がったのだった。
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