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第40話 妙な違和感があるぞ
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場所を薬学科の教室に移し、天花から話を聞くことになった。
「それじゃ、どういう記憶を失っているのか、その話を聞いてもいいかな」
須藤はリラックスしてねと、特製薬草茶を振る舞う。
「せ、先生、それって」
「あっ!? 罰として飲ませているやつと違って美味いぞ」
驚いて止めようとした俺と旅人の前にも、ドスの利いた声で言ってくれた須藤がお茶を置いてくれる。グラマー美女のはずなのに、時々ヤクザが入るのがこの先生だ。
「い、いただきます」
「の、飲みます」
で、俺と旅人を不安そうに見る天花の視線を感じ、俺たちは素早くお茶を飲んだ。不味いのを覚悟して飲んだのだが
「あれ」
「普通だ。普通に美味しい」
二人揃って目を丸くする。須藤が淹れてくれたお茶は、その昔、健康を歌って売り出していたお茶に似た味わいである。
「普通のお茶も作れるに決まっているだろう。これでも魔法薬学で准教授の地位にあるんだぞ」
須藤はふうと溜め息を吐き、安心してどうぞと天花にお茶を勧めた。ついでに女子二人にもお茶が振る舞われる。
「おおっ」
「これ、好きだな」
佳希と胡桃はそのお茶を気に入り
「さっぱりしますね」
天花も美味しいと笑顔になった。女子受けする味というわけだ。
「そうだろう。お茶のお代わりは自由だ。それで、本題に入っていいかな」
「あっ、はい」
すっかり緊張が解けた天花は、事故の直後からのことをぽつぽつと話し始める。
「最初は爆発の影響もあってぼんやりしていたんです。それで石川先生の名前が出て来なくて、他にも同級生の名前が出て来ないってことがありました」
「ふむ。事故のショックで一時的に工学科での記憶が消えていたというところか」
「ええ。でも、一週間もすると思い出しました。それに、名前は忘れていたものの、顔は覚えていましたので、記憶喪失というより、物忘れに近い感じでした。
「ふむふむ。では、森本という子の名前は覚えていたのか?」
須藤は自分もお茶を飲みながら訊く。
「え、ええ。夏恋ちゃんとは、年齢は三つ違いますが、幼馴染みのようなものですから。すぐに名前は出て来ました」
天花は大丈夫だったと大きく頷く。
「でも、他にも忘れていることがあったんだな?」
それまで黙っていた大狼が、割って入るように質問した。そんな彼の手にもしっかりお茶の入ったコップが握られている。
「そ、そうです。夏恋ちゃんや石川先生に言われて解ったんですけど、なぜあの日は電気魔法を蓄える機械を立ち上げる当番だったのかや、あれこれ実験していた内容を忘れているみたいで」
天花の顔がそこで僅かに曇る。これが最も問題になっている部分ということか。
「夏恋ちゃんは泣いてまで訴えていたってことは、その実験って夏恋ちゃんとやっていたのか?」
俺は思い出せなくて困ってるんだよなと思って訊ねる。
「解りません。忘れてしまっているので。でも、夏恋に心配を掛けているんだったら、なんとか思い出さなきゃ駄目ですよね」
ますます困った顔になった天花は、そのままにしていい問題じゃないかと溜め息を吐いたのだった。
「なんか妙な話だよな」
「ああ」
「え?」
俺の言葉に頷いたのは大狼で、旅人は何がという顔をしてくれる。それに呆れた声を上げたのは胡桃だ。
「夏恋ちゃんの話を聞いていたのに、違和感に気づかないの? 二人のテンション、全然違うんだよ。しかも、天花先輩は私たちが突っ込んで聞くまで問題視していなかった。これってどういうこと?」
普段、俺に対して遺憾なく発揮している上から目線で、旅人を捲し立てている。
「あっ、そうか。夏恋ちゃんは泣くほどショックなことを、天花先輩は忘れているんだ。それなのに、天花先輩は思い出せなくてもいいって感じだった」
「そのとおり」
頷いたのは胡桃ではなく須藤だ。教壇に腰掛けるという、教師としてどうなんだという態度の須藤は、どうにも釈然としないなと、まだお茶を飲みながら厳しい表情だ。
「夏恋という子は思い詰めた末に、惚れ薬開発の噂から、記憶喪失を治す薬はないかと訊ねてきた。事故は四月で今は六月。この二ヶ月間悩んでいたわけだが、一方、当事者の天花は何とも思っていなかった。実に奇妙だ」
一体どうして当事者よりも夏恋のほうが受け止め方が深刻なのか。これは最大の疑問だと須藤は指摘する。
「確かに変ですよねえ。他に頼る当てがなかったとしても、どうして天花先輩は思い出さなくても問題ないって感じなんでしょう」
「石川先生もそれほど問題視していない感じだったよな」
大狼の同意に続き、俺は先生も大丈夫って態度だったよなと付け加える。
「ううん。記憶、取り戻したいってのは夏恋ちゃんの気持ちだけってことだよねえ」
胡桃も変なのと唇を尖らせる。
「何か不都合なことが含まれる、とか」
そこに、佳希がぱちんと指を鳴らして言った。それに全員がまさかと思ったものの、すぐにあり得るかもと顔を顰めた。
「えっ。でもそれって、思い出して不都合と思っているのが、記憶を失った天花先輩と石川先生ってこと」
「ってか、二人って結託しているのか」
「おいおい。そりゃあ、記憶回復じゃなくて自白剤が必要だな」
「えっ」
急に自白剤なんて不穏なことを言ったのは、もちろん教室にいたメンバーではなく
「朝倉先生。立ち聞きが趣味なんですか?」
そう、よれた白衣にぼさぼさ頭の朝倉だ。
「いや、今、たまたま通りかかっただけだよ。昨日は研究室で徹夜してしまってね。起きたのは今だ」
その朝倉はさらに呆れることを言ってくれる。この人の生活はどうなっているのか。知れば知るほど謎が深まる。
「それじゃ、どういう記憶を失っているのか、その話を聞いてもいいかな」
須藤はリラックスしてねと、特製薬草茶を振る舞う。
「せ、先生、それって」
「あっ!? 罰として飲ませているやつと違って美味いぞ」
驚いて止めようとした俺と旅人の前にも、ドスの利いた声で言ってくれた須藤がお茶を置いてくれる。グラマー美女のはずなのに、時々ヤクザが入るのがこの先生だ。
「い、いただきます」
「の、飲みます」
で、俺と旅人を不安そうに見る天花の視線を感じ、俺たちは素早くお茶を飲んだ。不味いのを覚悟して飲んだのだが
「あれ」
「普通だ。普通に美味しい」
二人揃って目を丸くする。須藤が淹れてくれたお茶は、その昔、健康を歌って売り出していたお茶に似た味わいである。
「普通のお茶も作れるに決まっているだろう。これでも魔法薬学で准教授の地位にあるんだぞ」
須藤はふうと溜め息を吐き、安心してどうぞと天花にお茶を勧めた。ついでに女子二人にもお茶が振る舞われる。
「おおっ」
「これ、好きだな」
佳希と胡桃はそのお茶を気に入り
「さっぱりしますね」
天花も美味しいと笑顔になった。女子受けする味というわけだ。
「そうだろう。お茶のお代わりは自由だ。それで、本題に入っていいかな」
「あっ、はい」
すっかり緊張が解けた天花は、事故の直後からのことをぽつぽつと話し始める。
「最初は爆発の影響もあってぼんやりしていたんです。それで石川先生の名前が出て来なくて、他にも同級生の名前が出て来ないってことがありました」
「ふむ。事故のショックで一時的に工学科での記憶が消えていたというところか」
「ええ。でも、一週間もすると思い出しました。それに、名前は忘れていたものの、顔は覚えていましたので、記憶喪失というより、物忘れに近い感じでした。
「ふむふむ。では、森本という子の名前は覚えていたのか?」
須藤は自分もお茶を飲みながら訊く。
「え、ええ。夏恋ちゃんとは、年齢は三つ違いますが、幼馴染みのようなものですから。すぐに名前は出て来ました」
天花は大丈夫だったと大きく頷く。
「でも、他にも忘れていることがあったんだな?」
それまで黙っていた大狼が、割って入るように質問した。そんな彼の手にもしっかりお茶の入ったコップが握られている。
「そ、そうです。夏恋ちゃんや石川先生に言われて解ったんですけど、なぜあの日は電気魔法を蓄える機械を立ち上げる当番だったのかや、あれこれ実験していた内容を忘れているみたいで」
天花の顔がそこで僅かに曇る。これが最も問題になっている部分ということか。
「夏恋ちゃんは泣いてまで訴えていたってことは、その実験って夏恋ちゃんとやっていたのか?」
俺は思い出せなくて困ってるんだよなと思って訊ねる。
「解りません。忘れてしまっているので。でも、夏恋に心配を掛けているんだったら、なんとか思い出さなきゃ駄目ですよね」
ますます困った顔になった天花は、そのままにしていい問題じゃないかと溜め息を吐いたのだった。
「なんか妙な話だよな」
「ああ」
「え?」
俺の言葉に頷いたのは大狼で、旅人は何がという顔をしてくれる。それに呆れた声を上げたのは胡桃だ。
「夏恋ちゃんの話を聞いていたのに、違和感に気づかないの? 二人のテンション、全然違うんだよ。しかも、天花先輩は私たちが突っ込んで聞くまで問題視していなかった。これってどういうこと?」
普段、俺に対して遺憾なく発揮している上から目線で、旅人を捲し立てている。
「あっ、そうか。夏恋ちゃんは泣くほどショックなことを、天花先輩は忘れているんだ。それなのに、天花先輩は思い出せなくてもいいって感じだった」
「そのとおり」
頷いたのは胡桃ではなく須藤だ。教壇に腰掛けるという、教師としてどうなんだという態度の須藤は、どうにも釈然としないなと、まだお茶を飲みながら厳しい表情だ。
「夏恋という子は思い詰めた末に、惚れ薬開発の噂から、記憶喪失を治す薬はないかと訊ねてきた。事故は四月で今は六月。この二ヶ月間悩んでいたわけだが、一方、当事者の天花は何とも思っていなかった。実に奇妙だ」
一体どうして当事者よりも夏恋のほうが受け止め方が深刻なのか。これは最大の疑問だと須藤は指摘する。
「確かに変ですよねえ。他に頼る当てがなかったとしても、どうして天花先輩は思い出さなくても問題ないって感じなんでしょう」
「石川先生もそれほど問題視していない感じだったよな」
大狼の同意に続き、俺は先生も大丈夫って態度だったよなと付け加える。
「ううん。記憶、取り戻したいってのは夏恋ちゃんの気持ちだけってことだよねえ」
胡桃も変なのと唇を尖らせる。
「何か不都合なことが含まれる、とか」
そこに、佳希がぱちんと指を鳴らして言った。それに全員がまさかと思ったものの、すぐにあり得るかもと顔を顰めた。
「えっ。でもそれって、思い出して不都合と思っているのが、記憶を失った天花先輩と石川先生ってこと」
「ってか、二人って結託しているのか」
「おいおい。そりゃあ、記憶回復じゃなくて自白剤が必要だな」
「えっ」
急に自白剤なんて不穏なことを言ったのは、もちろん教室にいたメンバーではなく
「朝倉先生。立ち聞きが趣味なんですか?」
そう、よれた白衣にぼさぼさ頭の朝倉だ。
「いや、今、たまたま通りかかっただけだよ。昨日は研究室で徹夜してしまってね。起きたのは今だ」
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