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最終話 これも縁

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「亮翔さんが仏教ではこういう言葉がありますって言いながら説明してくれると、すんなりと起こった出来事が納得できますもんね。すごいです」
 千鶴が手放しに褒めると、亮翔は僅かに顔を赤くして目を逸らした。
 照れている。千鶴はくすくすと笑ってしまう。すると、亮翔がすぐにむっとした顔になる。
「まったく君は、俺の気持ちを常に乱してくれるな」
 しかもそんなことを言い出すので、千鶴もむっとした顔をしてしまった。
「それは私も同じです。もう、何でこんなに腹立つんだろう」
「は、腹が立つ」
「そうですよ。でも、美希さんのことでうじうじしたり、色々と考えて今日の和葉さんの説得している姿は、人間らしいなって思います」
「なんだ、そりゃ」
 いったいどう思っているんだと亮翔は腰に手を当てて千鶴を睨む。しかし、千鶴はにやりと笑い
「だから、私を見て美希さんを思い出して、動揺して舌打ちしちゃうんですよね」
 と確信を込めて言った。すると亮翔はふうと息を吐き出す。
 あれ、違ったのかなと千鶴が首を傾げると、亮翔はぺこりと頭を下げる。
「あの時は悪かった。本当に美希がいるのかと思ったよ」
「あ、謝った」
 いきなり謝られて、千鶴はそのままのことを口に出してしまう。すると亮翔がすぐに顔を上げて、不満なのかと睨んできた。まったく、何でこう睨んでくるんだろう。
「なんだよ」
「いえ、私ももう、あの時のことはチャラにします。それに亮翔さん、朝と違って、美希さんのことを無理に忘れようとはしていないみたいだし」
 千鶴は今日の亮翔はころころと表情が変わって面白いなあと笑ってしまう。すると、亮翔に頭をぽんぽんと撫でられた。
 それにはっとし、笑いが引っ込んでしまう。見ると、亮翔がにっこりと笑っていた。
「あの指摘は胸に刺さったよ。無理に否定することも、感情では理解していないのだと気づいた。俺はずっと同じところをぐるぐると回っていたらしい。そしていつしか、僧侶になったことまで美希の死に絡めて考えてしまっていた」
「そ、そうなんですか」
 頭を撫でてくるイケメンってヤバいんですけど。
 千鶴はそんな動揺を隠しながら相槌を打った。
 いきなり素直になるなんて、なんなの、このギャップは。拙い、うっかりときめいてしまう。
「俺は研究で行き詰まり、人間とは何なのかを考えるようになったんだ。それで、美希に言われて調べていた仏教を通して、その疑問が解決できないかと考えていたんだ。そして、それが巡り巡って、仏教を通して悩みを解決できる人になりたいと思ったんだよ」
「じゃ、じゃあ、今の亮翔さんは、やりたいことが出来ているんですね」
「ああ。思い出せたよ。君と出会えて、本当に良かった」
 その言葉に、千鶴の心臓は今まで以上にどきっと撥ねる。
 ちょっともう、この人、色々とズルい。このままだと惚れちゃうじゃん。ああ、でも、美希さんという強力なライバルがいるんだった。
 でも、今の自分には美希には出来ないことが出来る。それはちょっとズルい発想だったけど、亮翔もズルいんだからとんとんってことで。
「私、茶話室を手伝っていいですか。私も、仏教ってどんなものか、知りたくなったんです」
 だから、まだ好きなんて伝えずに、ちょっとでも一緒にいたいと、そう伝えていた。それに亮翔は大きく目を見開いたが
「そ、そうだな。じゃあ、頼むよ」
 とぶっきらぼうに言う。そして手を差し出してくるので、千鶴はしっかりとその手を握った。そしてしっかりと握手する。
「おおっ、無事に解決したようだな」
「千鶴、その手を絶対に放しちゃ駄目よ」
 だが、そんな二人をいつの間にか法話会を終えた春成と琴実、さらにがっくんにしっかり目撃されてしまい、二人は同時に顔が真っ赤になる。
 がっくんは何も言わなかったが、両手を胸の前で合わせて、喜びを表現していた。うん、いつ見ても可愛い女子だ。
「これは、その」
「馬鹿弟子を頼むぞ」
 動揺する千鶴に、春成はそう言ってウインクしてくる。
 まったくもう、この人ってどこからどこまで企んでいたのだろう。まさか労研饅頭を食べていたところから二人の気持ちに気づかれていたなんて、千鶴は想像も出来ないことだった。
「檀家ですから」
 千鶴は照れ隠しにそうつっけんどんに返したが、結局はこれも縁じゃないかと気づき、千鶴は握ったままだった亮翔の手をぎゅっと握り締めていた。
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