上 下
49 / 53

第49話 不在の証明は難しい

しおりを挟む
 春成が岩峰寺に戻ると、知った顔が誰もいないので驚いてしまった。しばらく広間の横の部屋で呆然としていると、寺で修行している僧侶の一人がやって来て、藤田の家に行ったと教えてくれた。
「なんでも幽霊が出たとかで」
「ふうむ。なるほど」
 それはまた、御仏は面白い導きをしてくれるものだと春成は顎を撫でて笑ってしまう。法話会で多くの人に触れることで亮翔の気分転換になるかと思ったが、その前に丁度いい試練が現れたらしい。
「これで自分の気持ちと、ついでに千鶴さんへの気持ちに気づけば万々歳だがなあ」
 しかしふと、困ったことに気づく。法話会は一時間後の二時から始まる。それまでに彼らは戻ってくるのだろうか。
「まあ、話は俺が何とかするとして」
 どうしたものかなと悩んでいると、きゃっきゃと騒がしい声がした。そしてその声はこちらへと近づいてくる。
「あっ、春成さん。よかった、間違ったかと思いましたよ」
「ああ。琴実さんにがっくんだな。丁度良かった」
「え?」
 かき氷を食べて岩峰寺にやって来たばかりの二人は、丁度良かったと言われて首を傾げてしまう。一体何が丁度いいのか。しかし、首を傾げている間に春成はスマホでどこかに電話を掛け始めた。
「ああ、亮翔か。幽霊騒動はどうだ?」
 しかも幽霊騒動なんて言うものだから、ますます首を傾げてしまう。
「こっちは大丈夫だ。琴実さんとがっくんに手伝ってもらうから。ああ、恭行君だけ、二時には戻って来いと伝えてくれ。なあに、大丈夫だ。俺を誰だと思っている。じゃ」
 と、そこまで喋って電話を切った。そして春成はちょっと待っててくれとどこかに行ってしまう。
「どうしたんだろう?」
「解んない。でも、亮翔さんと千鶴ちゃん、別のところにいるみたいだね」
 琴実とがっくんがそう言い合っていると、春成が戻ってきた。手にはお寺の名前が書かれた法被がある。
「本当は亮翔と千鶴さんにやってもらう予定だったんだが、二人は別件で手が離せないようだ。二人とも、案内係を頼めるかな」
「それはもちろん。でも、幽霊って」
「さあなあ。誰にでも死んだ人に会いたいという気持ちがあるということじゃないかな」
「はあ」
 いたずらっ子のような顔で笑う春成に、琴実は曖昧に頷くことしか出来ない。がっくんも、別に本物が出たという話ではないのかと、ほっとしてしまう。
「本物はないでしょ。幽霊だよ」
「解らないじゃん。科学で証明できないってだけだよ。それってイコールいるかもしれないってことでしょ。不在の証明は難しいんだよ」
「ふうん」
 琴実とがっくんが言い合うのを、春成はにこにこと笑って見てしまう。だが、予定外のことが起きてしまったために、法話会の準備が滞っている。
「俺はここの僧たちと手伝って会場の準備に入るから、二人は門のところで案内を頼む。ああ、チラシも持って行ってくれ。通りがかった人に宣伝してくれると嬉しい」
「了解しました」
「はい」
 二人は岩峰寺と書かれた茶色の法被を羽織ると、手にチラシを持って門へと掛けていく。その元気な姿に和んでしまう春成だったが
「さて。あの馬鹿弟子の分も働くかな」
 気合を入れて会場の設営へと向かうのだった。



 祐樹の部屋は二階の東側にあり、フローリングの部屋だった。学習机と本棚、それにベッドがあって手狭な感じがする。しかし、亡くなって二年も経つのに、総てがそのまま残されているのが解った。突然いなくなってしまった部屋の主を、今もこの部屋は待ち続けているかのように、いつでも使える状態にされている。
「子ども部屋というのは片づけ難いものらしいな。願孝寺にも、美希の部屋は残ったままだ。俺は入ったことがないが、恭敬さんはいつか片づけなきゃなあと言いつつも手が付けられないと話していたよ」
 亮翔がしみじみと呟く。死んでしまった人が戻って来ないかと考えてしまう。その気持ちが痛いほど解るためか、その声は重かった。
「全部が思い出ですものね。教科書を見る限り、二年生の時に事故に遭ったようですね」
 千鶴は片づけられないのも当然と頷いて学習机に近づいた。そして、自分が今使っているのと同じ教科書を見つけて、二年生だったのかと切なくなる。
「高校二年か。青春真っただ中だな」
 亮翔は気分を切り替えるようにそう言ったが、スマホが振動して阻まれる。見ると春成からだった。そして、事件が解決するまで戻って来るなと命じられてしまう。
「ふん。あの師匠が犯人じゃないだろうな」
 あまりにタイミングが良すぎて疑ってしまうが、文句を言っても仕方がない。千鶴が呆れたように笑っているのが解り、ごほんっと咳払いをする。
「法話会は師匠に任せきりにしていいらしい。それでも住職がいないというのは困るから、恭行さんに先に戻ってくれと頼んでくるよ」
「解りました。その間に何かヒントになるものがないか、探しておきますね」
「ああ、頼んだ」
 同じ高校生の方が気づけることも多いだろうと、亮翔は千鶴に任せて一階で二人から話を聞いている恭行のもとへと向かった。
 一方、部屋に残された千鶴はぐるりと部屋の中を見渡す。机の上には教科書があったが、他に何かヒントはないだろうか。本棚に近づいてみると、読書が好きだったのか、意外と多くの本が入っている。タイトルからして推理小説だろうか。そして漫画はほとんどなかった。
「私の本棚と大違いだわ」
 漫画や雑誌がメインの自分の本棚を思い出し、千鶴はううっと唸ってしまう。どうやらかなり勉強が出来る子だったらしい。それと同時に気づくのは、運動部ではないだろうということ。スポーツ関連の物はない。
「文芸部だったのかな。それとも帰宅部か」
 ヒントを探そうと本棚にじっと目を凝らす。しかし、部活動を示すようなものは見つからなかった。
「ううん」
 次に教科書を見つけた机に戻ってみる。すでに受験を意識していたのか、赤本が置かれていた。大学は京都にある国立大だ。ううむ。これはますます部活動には入っていなさそう。そしてもう受験勉強を開始していたのだろうということが解る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

虚像のゆりかご

新菜いに
ミステリー
フリーターの青年・八尾《やお》が気が付いた時、足元には死体が転がっていた。 見知らぬ場所、誰かも分からない死体――混乱しながらもどういう経緯でこうなったのか記憶を呼び起こそうとするが、気絶させられていたのか全く何も思い出せない。 しかも自分の手には大量の血を拭き取ったような跡があり、はたから見たら八尾自身が人を殺したのかと思われる状況。 誰かが自分を殺人犯に仕立て上げようとしている――そう気付いた時、怪しげな女が姿を現した。 意味の分からないことばかり自分に言ってくる女。 徐々に明らかになる死体の素性。 案の定八尾の元にやってきた警察。 無実の罪を着せられないためには、自分で真犯人を見つけるしかない。 八尾は行動を起こすことを決意するが、また新たな死体が見つかり…… ※動物が殺される描写があります。苦手な方はご注意ください。 ※登場する施設の中には架空のものもあります。 ※この作品はカクヨムでも掲載しています。 ©2022 新菜いに

密室島の輪舞曲

葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。 洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...