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第42話 若いっていいなあ
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松山城をじっくりと細部まで観光し、その後は一日乗車券を利用して坊ちゃん列車を楽しみ、そして最後にシースルーゴンドラを堪能した頃にはすっかり夕方になっていた。
「いやあ、楽しかった。やはり若い子と過ごすのはいいなあ」
雅彦の店での食事までまだ時間があるからと入った喫茶店で、春成はにこにこと笑顔だった。
「私たちも楽しかったです。松山城にしても途中で寄った坂の上の雲ミュージアムや萬翠荘にしても、私たちが知らないことを教えてもらって」
千鶴たちも今回のことは大満足だった。観光案内を頼まれたはずなのに、こちらがあれこれ教えてもらうことが多く、そのたびに感心したものだ。
特に坂の上の雲ミュージアムなんて、ドラマも学校で見たはずなのに、まったく覚えていなくてびっくりだった。
「地元だからって、結構疎かにしてたんだなあって思いました」
琴実もしみじみと言い
「学校で習うと右から左だもんねえ」
とがっくんが同意して笑い合う。
「何事も能動的でなければ身につかないものだからなあ。かくいうこの俺も、子どもの頃は歴史なんて何が楽しいんだと思ったよ」
春成はそういうものなんだよと苦笑するが、三人にはそれが意外だった。
「そうなんですか。あんなに詳しいのに」
「うん。だって、家が高野山だし」
「ああ。歴史のただ中だ」
松山と規模が違うと、三人は仰け反る。平安時代から脈々と続く真言宗の総本山。そこで過ごし歴史が身近にあるというのは大変だろう。四国もまた空海と縁の深い地ではあるが、高野山には敵わない。
「だろ。そりゃあ子どもの頃は何が空海だとよく思ったものだ。今から考えるとかなり罰当たりだが、子どもなんてそんなものさ。大人になると視野が広くなるというか、知りたいと思うことが増えるというか、いやはや、人生は修行だねえ」
春成はははっと笑ってコーヒーを啜るが、その言葉に三人は思わず首を竦めてしまう。
「勉強ってゴールがないんだ」
「受験だけでへこたれている私たちってなんだろう」
「ううん。でも、学校で習うことがイコール知りたい内容じゃないし」
「そうそう。学校なんて適当でええ。亮翔を見てみろ。あれで東京のT大卒だぞ。それが今や松山の小さなお寺の僧侶なんだ。人生何があるか解らないし、勉強と構えて考えるほどのことでもないよ。仕事をするということは、学ぶことの連続だからな」
そう言ってまた笑う春成だが、三人は再び仰け反ることになった。
「ちょっ、亮翔さんT大、つまり日本で一番偏差値が高い大学出身だったんですか」
「ということは八木先生も」
「見えない。あり得ない。マジで」
千鶴、がっくん、琴実のそれぞれの言葉に、春成は目を丸くしたものの笑うだけだ。いやはや、若者は元気だなあという気持ちで見つめてしまう。
「なんだろう。大学がゴールみたいに見えてた私って」
「私も。なんかもう人生の総てが決まる気でいたのに」
「でも、亮翔さんは特殊な例だと思うけど」
千鶴と琴実の反応に、考え方が間違っているよとがっくんは冷静だ。確かにそうなのだが、T大卒の僧侶と先生がいるという状況が、どうにも思考をおかしくしてしまう。
「落ちこぼれなのかしら」
「失礼でしょ」
「そうなんだけど、あの亮翔さんだし」
「いやいや。まだ引きずってるわけ、舌打ち事件」
「引きずるわよ。こうなったら一生覚えておいてやるんだから」
「いやいや。何を意地になってるの」
「舌打ち?」
三人がわいわいがやがやしているのを楽しく見ていた春成だが、気になるワードが出てきて聞き返す。それに三人はしまったという顔だ。
「亮翔の奴、君たちに舌打ちしたのかい?」
「いえ、私だけです」
「へえ」
千鶴が手を挙げたことで、なるほどねえと春成は顎を擦る。どうやら考えていた以上に重症らしい。そしてどうしたものかと悩む。
「あ、あの、このことは亮翔さんには言わないでくださいね」
しかし、春成の反応に千鶴は慌てた。これでは師匠に告げ口したようになってしまう。が、それに春成は気に病むなと笑うのみ。
「いや、まあ、根に持ってるんですけど」
それに千鶴はついしてやったりという気分になって、そんなことを付け足してしまう。
なんにせよ、あれは千鶴の中で大事件だった。直前まで桜の下にいる亮翔に見惚れてしまっただけに、それはもう後悔に似た感情が渦を巻いたものだ。
「ははっ。未熟な弟子ですまないな。ああ、そろそろお祖父さんのところに行こうか。丁度良く、君たちに亮翔のことを相談したかったしね」
一方、春成はいいきっかけを見つけたとうきうきしてしまうのだった。
「いやあ、楽しかった。やはり若い子と過ごすのはいいなあ」
雅彦の店での食事までまだ時間があるからと入った喫茶店で、春成はにこにこと笑顔だった。
「私たちも楽しかったです。松山城にしても途中で寄った坂の上の雲ミュージアムや萬翠荘にしても、私たちが知らないことを教えてもらって」
千鶴たちも今回のことは大満足だった。観光案内を頼まれたはずなのに、こちらがあれこれ教えてもらうことが多く、そのたびに感心したものだ。
特に坂の上の雲ミュージアムなんて、ドラマも学校で見たはずなのに、まったく覚えていなくてびっくりだった。
「地元だからって、結構疎かにしてたんだなあって思いました」
琴実もしみじみと言い
「学校で習うと右から左だもんねえ」
とがっくんが同意して笑い合う。
「何事も能動的でなければ身につかないものだからなあ。かくいうこの俺も、子どもの頃は歴史なんて何が楽しいんだと思ったよ」
春成はそういうものなんだよと苦笑するが、三人にはそれが意外だった。
「そうなんですか。あんなに詳しいのに」
「うん。だって、家が高野山だし」
「ああ。歴史のただ中だ」
松山と規模が違うと、三人は仰け反る。平安時代から脈々と続く真言宗の総本山。そこで過ごし歴史が身近にあるというのは大変だろう。四国もまた空海と縁の深い地ではあるが、高野山には敵わない。
「だろ。そりゃあ子どもの頃は何が空海だとよく思ったものだ。今から考えるとかなり罰当たりだが、子どもなんてそんなものさ。大人になると視野が広くなるというか、知りたいと思うことが増えるというか、いやはや、人生は修行だねえ」
春成はははっと笑ってコーヒーを啜るが、その言葉に三人は思わず首を竦めてしまう。
「勉強ってゴールがないんだ」
「受験だけでへこたれている私たちってなんだろう」
「ううん。でも、学校で習うことがイコール知りたい内容じゃないし」
「そうそう。学校なんて適当でええ。亮翔を見てみろ。あれで東京のT大卒だぞ。それが今や松山の小さなお寺の僧侶なんだ。人生何があるか解らないし、勉強と構えて考えるほどのことでもないよ。仕事をするということは、学ぶことの連続だからな」
そう言ってまた笑う春成だが、三人は再び仰け反ることになった。
「ちょっ、亮翔さんT大、つまり日本で一番偏差値が高い大学出身だったんですか」
「ということは八木先生も」
「見えない。あり得ない。マジで」
千鶴、がっくん、琴実のそれぞれの言葉に、春成は目を丸くしたものの笑うだけだ。いやはや、若者は元気だなあという気持ちで見つめてしまう。
「なんだろう。大学がゴールみたいに見えてた私って」
「私も。なんかもう人生の総てが決まる気でいたのに」
「でも、亮翔さんは特殊な例だと思うけど」
千鶴と琴実の反応に、考え方が間違っているよとがっくんは冷静だ。確かにそうなのだが、T大卒の僧侶と先生がいるという状況が、どうにも思考をおかしくしてしまう。
「落ちこぼれなのかしら」
「失礼でしょ」
「そうなんだけど、あの亮翔さんだし」
「いやいや。まだ引きずってるわけ、舌打ち事件」
「引きずるわよ。こうなったら一生覚えておいてやるんだから」
「いやいや。何を意地になってるの」
「舌打ち?」
三人がわいわいがやがやしているのを楽しく見ていた春成だが、気になるワードが出てきて聞き返す。それに三人はしまったという顔だ。
「亮翔の奴、君たちに舌打ちしたのかい?」
「いえ、私だけです」
「へえ」
千鶴が手を挙げたことで、なるほどねえと春成は顎を擦る。どうやら考えていた以上に重症らしい。そしてどうしたものかと悩む。
「あ、あの、このことは亮翔さんには言わないでくださいね」
しかし、春成の反応に千鶴は慌てた。これでは師匠に告げ口したようになってしまう。が、それに春成は気に病むなと笑うのみ。
「いや、まあ、根に持ってるんですけど」
それに千鶴はついしてやったりという気分になって、そんなことを付け足してしまう。
なんにせよ、あれは千鶴の中で大事件だった。直前まで桜の下にいる亮翔に見惚れてしまっただけに、それはもう後悔に似た感情が渦を巻いたものだ。
「ははっ。未熟な弟子ですまないな。ああ、そろそろお祖父さんのところに行こうか。丁度良く、君たちに亮翔のことを相談したかったしね」
一方、春成はいいきっかけを見つけたとうきうきしてしまうのだった。
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