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第23話 美味しい晩御飯

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「大人のお二方にはみかんの食前酒を、高校生の方には特性みかんジュースをご用意させていただいております。他にお飲み物をご用意いたしますか」
 薫子が食前酒とジュースを紹介してから、八木と亮翔にメニューを差し出した。これは追加料金が掛かるからねえと、千鶴と琴実は笑って二人を見る。がっくんもお酒メニューに興味津々で、横にいる亮翔のものを覗き見ている。
「魚料理が中心だし、やっぱり日本酒かなあ。地酒も豊富ですねえ。じゃあ、媛しずくを使った純米おりがらみを一合ください」
 八木は意外にもちゃっかり日本酒を頼む。千鶴たち未成年には聞き慣れない名前だった。
「じゃあ、俺は道後ビールのアルトで」
 そして亮翔はこの間、住職の恭敬が地ビールを飲みたいと言っていたからか、道後ビールを注文した。
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
 薫子が去ると、八木が食前酒を手に持つ。
「じゃあ、乾杯しておこうか。君たちは親交を深めるため、俺たちは久々の再会を祝して」
 そしてそんなことを言いだした。
「もう、先生ったら」
「ああ、でもがっくん浴衣デビューだったし」
「そうだね。色々と買い物できて楽しかったし」
 千鶴たちはそう言いながらみかんジュースを手に持った。亮翔もしぶしぶと食前酒を手に取る。
「それじゃあ、乾杯」
「かんぱ~い」
 八木の音頭に続き、高校生たちが賑やかに乾杯を続ける。亮翔はクールに杯を傾けただけだった。しかし、イケメンで浴衣姿だからか、それが絵になるくらいに様になっている。
「美味しい。ポンジュースとは違う味だね」
「本当だ。濃い」
「でもすっきりしてる」
 三人が口々にジュースの感想を述べていると薫子が日本酒とビールを持って戻ってきた。
「ありがとうございます。ジュースには三種類のみかんを配合して作っていまして、季節によって種類が変わるので味も変化するんですよ。またお越しの機会がありましたら、他の季節に来てみてください。きっと違う味わいを楽しめますよ」
「へえ」
 千鶴はそれじゃあ家族旅行であの宿泊券を使う時は違うジュースが楽しめる時にしようと心に決める。琴実とがっくんも、また泊まりたいなあと笑顔だった。
「お鍋に火を点けさせていただきます」
 テーブルに日本酒とビールを置き、薫子は手早く会席のそれぞれにある小さな鍋に火を点けて去って行った。それを見て、本当に大変な仕事なんだろうなと千鶴はしみじみとしてしまう。
「百萌はいずれ女将さんになるってことは、ああやって営業トークもするんだろうなあ」
「そうよね。でも、大学に行くんでしょ」
「うん、経営の勉強をするんだって。大変だよねえ」
「でもまあ、そのご縁でここに泊れることになったんだけど」
「そうだった」
 千鶴と琴実はそんなことを言いながら、お刺身へと箸を伸ばした。どれも新鮮で口に入れた瞬間に笑顔になってしまったほどだ。がっくんを見るとこちらも笑顔。大人二人は静かにお酒を飲んでいた。
「家族旅行とも修学旅行とも違う雰囲気だね」
「そうだね」
 そう言えば九月に修学旅行があるんだと千鶴が思い出して呟くと、琴実ももっと騒がしいわよと頷いた。しかし、がっくんは溜め息だ。
「ど、どうしたの?」
「修学旅行だと男子だからなあ」
「ああ、そうか。がっくん、ファイト」
 琴実は大丈夫よと励ました。今まで誰もがっくんが女の子になりたいなんて気づかなかったのだ。誤魔化し切るのは簡単だろう。いざとならば彼女と話したいしと琴実のところに逃げて来ればいい。
「そうそう。沖縄の可愛いお土産は私たちが代わりに買っておくからね。安心して男子やってて」
 千鶴もお土産の買い物は代行するわと請け合った。この間も今日も買い物を一緒にしていて、がっくんの趣味は千鶴に近いと知っている。きっと同じものが欲しいだろうと想像できる。
「あ、うん」
 まさかの援護に、がっくんは驚きつつも笑顔だ。しかし、安心して男子をやってって何だと、しっかりツッコミを入れられる。
「ああ、そうよね。うん。でも、がっくん。大学入ったら女子一本になるの?」
 しかし、千鶴はまだ若干の混乱もあって、そんなことを言ってしまう。
「うん。そうだね。こうやって女の子として生活してると、そっちの方が気持ちとして楽だし。だから、そういうのに理解のある大学を選ぼうと思ってるんだ。将来はまだどうなるか不安が一杯だけど、ちょっとずつ頑張ろうと思う」
 がっくんはそう言って横にいる亮翔を見た。亮翔は頑張れと頷き返してくれる。ううん、いいお兄ちゃんみたいになっているらしい。千鶴としては複雑だ。そいつは二面性があるから気を付けてと言いたくなる。
「亮翔は高梨にとっていい先生なんだなあ」
 そして同じく二面性を知る八木が苦笑してそう呟いたことで、千鶴たちは思い切り笑ってしまった。亮翔はむすっとしたが、三対一では分が悪いと黙々とビールを飲んでいる。
「じゃあ、俺は担任として、高梨の条件に見合う大学を探しておくよ。高梨だけじゃなく、誰にも言えていないだけでそういうことに悩んでいる子もいるだろうし、この機会に勉強しなきゃな」
 そんな亮翔を八木も笑いつつ、いい機会をありがとうとお礼を言うのだった。
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