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第13話 あなたたちは知ってましたね
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恭敬も同じことを思ったようで目を細めている。
「地ビールが飲みたいと思ってますね」
しかし、そんな恭敬に亮翔は冷たくツッコミを入れる。ああ、なるほど。大人の観光客たちの手にはビールがあった。それが羨ましかったのか。お坊さんと雖も人の子だ。
「美味いからなあ、ここの地ビール」
恭敬はしれっとそう言い、
「篠原さんの旅館はひょっとして望月旅館さんか?」
思い出したとばかりに、器用に巻物を持ったまま手を打つ。
「は、はい」
「えっ? 凄い。旅行雑誌にも憧れのお宿って載ってるあそこだよね。うわあ、そりゃあ継がなきゃって思うよね」
「ええ」
百萌は少し恥ずかしそうに顔を赤くしたが、千鶴はもっと堂々と言えばいいのにと思ってしまう。それにしても、今まで老舗旅館とぼかされていたが、まさか千鶴も知る有名旅館だったとは。館内には地元の超有名人である正岡子規を初めとして、高浜虚子や種田山頭火といった有名な俳句が飾られていることでも知られている。
「ここだな」
そんなことを言っている間に、車は急な山道を登り切り、重厚な印象のある望月旅館へと到着したのだった。
連休中とあって忙しい旅館だが、何とか百萌の父と祖父を捕まえることに成功した。すでに願孝寺の坊主が行くと連絡していたこともあり、嫌な顔はされなかったが、それでも娘が坊主を連れてきたとあって不安そうな顔をしている。
場所は旅館に併設されている百萌の家。つまりプライベート空間だ。車は旅館に止めさせてもらったが、さすがに込み入った話を旅館のロビーでするわけにはいかないと、こちらへと移動したのである。
その居間にて、六人は向かい合うように座っている。八畳という大きな畳の間だが、これだけの人数が入るとぎゅうぎゅうした印象があるなと、千鶴はそんなことを思う。大人の男の人が四人もいるせいだろうか。
「今回は娘が何か」
百萌の父、直義が不安そうに亮翔と恭敬を見る。一体何を相談したのか、それは亮翔が大事そうに巻物を抱えていることから明らかだろう。やはり、直義はあの巻物を恐れているということか。
「はい。今回は願孝寺で行っております、相談室に百萌さんがいらっしゃったんです。ああ、相談室と言いましても堅苦しいものではなく、お茶とお菓子を食べながら気楽にお喋りするだけの場です。そこで百萌さんはこの巻物に描かれている仏様は一体誰なのか、相談されたというわけです」
亮翔はにっこりとイケメンスマイルを浮かべて言う。しかし、嘘は言っていないものの、何だかぼかした言い方だ。さすがは腹黒と千鶴は呆れてしまう。
「はあ。確かに怖い顔をした仏様が描かれていますが」
何だそんなことかと直義は溜め息を吐いたが、警戒を解いた様子はない。むしろその巻物について何か質問かと警戒しているようだ。
「ええ。お祖父様の徳義さんはご存じですよね」
しかし、そんな警戒は無視し、亮翔は直義の横で硬い顔をしている徳義に話題を振った。
「ええ、はい。たしか大威徳明王だと」
「はい、そのとおりです」
やはりちゃんとどういう絵なのか知っているわけだ。では、むやみに怖がる必要はないことも知っているはず。一体どうしてだろうと千鶴と百萌は顔を見合わせていた。
「この大威徳明王に関して、お二人はよくご存じですよね」
そこに亮翔の遠慮のない問いが飛ぶ。それに直義も徳義も僅かに目を伏せた。それはもちろん知っているということだろう。しかし、何とか誤魔化したいと思っている感じだ。
「この仏様の絵は飾って厄除けにすることもできる、素晴らしいものですね。それなのにずっと倉庫に仕舞いっぱなしになっていたとか。実に勿体ないですね」
だが、亮翔は追及することなく、そんなことを言う。それに直義も徳義も明らかにほっとしたようだ。
「昔はよく盆や正月に床の間に飾っていました」
そして徳義がそう教えてくれる。それに亮翔は頷き
「藪入りの際ということですね。旅館の従業員の方々への戒めでしょうか。休みと雖も羽目を外し過ぎず、正しい行いをしなさいという」
そんな言葉を続けた。すると、二人の顔がぎょっとしたものになる。
「あの、藪入りって何ですか?」
百萌がナイスタイミングで質問してくれた。実は千鶴も知らない言葉だった。
「藪入りとは昔、商家に勤めていた奉公人が、正月とお盆に主人の家から実家に帰る日のことを言ったんですよ。お盆の場合は『後の藪入り』なんて言い方もしました。つまり、普段は住み込みで働いているところを、その時ばかりは家に帰れるわけです。当然、羽目を外したくなりますよね」
にこっと笑って答えてくれたのは恭敬だ。なるほどお休みに入る日という意味なのか。それはまさに今の連休と変わらないわけで、ちょっと羽目を外して遊んじゃうのも解る気がする。
「つまり、徳義さんも、また直義さんもこの絵が自戒の意味を込めて家にあることを知っていたわけですね」
そしてそこに凛と響く亮翔の声。それに直義も徳義もびくりと肩を震わせる。
「地ビールが飲みたいと思ってますね」
しかし、そんな恭敬に亮翔は冷たくツッコミを入れる。ああ、なるほど。大人の観光客たちの手にはビールがあった。それが羨ましかったのか。お坊さんと雖も人の子だ。
「美味いからなあ、ここの地ビール」
恭敬はしれっとそう言い、
「篠原さんの旅館はひょっとして望月旅館さんか?」
思い出したとばかりに、器用に巻物を持ったまま手を打つ。
「は、はい」
「えっ? 凄い。旅行雑誌にも憧れのお宿って載ってるあそこだよね。うわあ、そりゃあ継がなきゃって思うよね」
「ええ」
百萌は少し恥ずかしそうに顔を赤くしたが、千鶴はもっと堂々と言えばいいのにと思ってしまう。それにしても、今まで老舗旅館とぼかされていたが、まさか千鶴も知る有名旅館だったとは。館内には地元の超有名人である正岡子規を初めとして、高浜虚子や種田山頭火といった有名な俳句が飾られていることでも知られている。
「ここだな」
そんなことを言っている間に、車は急な山道を登り切り、重厚な印象のある望月旅館へと到着したのだった。
連休中とあって忙しい旅館だが、何とか百萌の父と祖父を捕まえることに成功した。すでに願孝寺の坊主が行くと連絡していたこともあり、嫌な顔はされなかったが、それでも娘が坊主を連れてきたとあって不安そうな顔をしている。
場所は旅館に併設されている百萌の家。つまりプライベート空間だ。車は旅館に止めさせてもらったが、さすがに込み入った話を旅館のロビーでするわけにはいかないと、こちらへと移動したのである。
その居間にて、六人は向かい合うように座っている。八畳という大きな畳の間だが、これだけの人数が入るとぎゅうぎゅうした印象があるなと、千鶴はそんなことを思う。大人の男の人が四人もいるせいだろうか。
「今回は娘が何か」
百萌の父、直義が不安そうに亮翔と恭敬を見る。一体何を相談したのか、それは亮翔が大事そうに巻物を抱えていることから明らかだろう。やはり、直義はあの巻物を恐れているということか。
「はい。今回は願孝寺で行っております、相談室に百萌さんがいらっしゃったんです。ああ、相談室と言いましても堅苦しいものではなく、お茶とお菓子を食べながら気楽にお喋りするだけの場です。そこで百萌さんはこの巻物に描かれている仏様は一体誰なのか、相談されたというわけです」
亮翔はにっこりとイケメンスマイルを浮かべて言う。しかし、嘘は言っていないものの、何だかぼかした言い方だ。さすがは腹黒と千鶴は呆れてしまう。
「はあ。確かに怖い顔をした仏様が描かれていますが」
何だそんなことかと直義は溜め息を吐いたが、警戒を解いた様子はない。むしろその巻物について何か質問かと警戒しているようだ。
「ええ。お祖父様の徳義さんはご存じですよね」
しかし、そんな警戒は無視し、亮翔は直義の横で硬い顔をしている徳義に話題を振った。
「ええ、はい。たしか大威徳明王だと」
「はい、そのとおりです」
やはりちゃんとどういう絵なのか知っているわけだ。では、むやみに怖がる必要はないことも知っているはず。一体どうしてだろうと千鶴と百萌は顔を見合わせていた。
「この大威徳明王に関して、お二人はよくご存じですよね」
そこに亮翔の遠慮のない問いが飛ぶ。それに直義も徳義も僅かに目を伏せた。それはもちろん知っているということだろう。しかし、何とか誤魔化したいと思っている感じだ。
「この仏様の絵は飾って厄除けにすることもできる、素晴らしいものですね。それなのにずっと倉庫に仕舞いっぱなしになっていたとか。実に勿体ないですね」
だが、亮翔は追及することなく、そんなことを言う。それに直義も徳義も明らかにほっとしたようだ。
「昔はよく盆や正月に床の間に飾っていました」
そして徳義がそう教えてくれる。それに亮翔は頷き
「藪入りの際ということですね。旅館の従業員の方々への戒めでしょうか。休みと雖も羽目を外し過ぎず、正しい行いをしなさいという」
そんな言葉を続けた。すると、二人の顔がぎょっとしたものになる。
「あの、藪入りって何ですか?」
百萌がナイスタイミングで質問してくれた。実は千鶴も知らない言葉だった。
「藪入りとは昔、商家に勤めていた奉公人が、正月とお盆に主人の家から実家に帰る日のことを言ったんですよ。お盆の場合は『後の藪入り』なんて言い方もしました。つまり、普段は住み込みで働いているところを、その時ばかりは家に帰れるわけです。当然、羽目を外したくなりますよね」
にこっと笑って答えてくれたのは恭敬だ。なるほどお休みに入る日という意味なのか。それはまさに今の連休と変わらないわけで、ちょっと羽目を外して遊んじゃうのも解る気がする。
「つまり、徳義さんも、また直義さんもこの絵が自戒の意味を込めて家にあることを知っていたわけですね」
そしてそこに凛と響く亮翔の声。それに直義も徳義もびくりと肩を震わせる。
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