11 / 53
第11話 大威徳明王
しおりを挟む
「今日は来れなくなってしまったの。塾の模試だそうよ。すっかり忘れてたって謝られたけど、仕方ないわよね。大変よね、国立大目指している子は。もう本格的に受験勉強を始めなきゃいけないらしいわ」
「へえ」
なるほど、模試か。まだ二年生の五月の連休中だというのに大変だな。
「篠原さんは? 受験、考えているの?」
道すがら、榎本のことをきっかけとして話題になったのは受験のことだった。すると篠原はどうしようか悩んでいるとのこと。
「ほら。私の家は旅館でしょ。しかも一人っ子だから継がなきゃいけないし。大学に行くかどうするか微妙な問題なのよね。経営の勉強のためには行くべきかしらと思いつつ、すぐに仕事に入るべきかもって同時に考えちゃうの。お母さんの仕事を見ていると、覚えることが多そうだなって思うし」
「ああ、そうか。老舗旅館の若女将になるんだもんね」
「ふふっ、そうね。父は別に継がなくてもいいなんて言うんだけど、やっぱりそうはいかないでしょ。ここまで続いて来たものを自分の勝手で終わらせるのは、何か嫌だし」
「大変だね。うちはまあ、普通のサラリーマン家庭だからなあ。そういう家の問題はないわね。でもその代わり、就職のことを考えて大学は行きなさいって感じだわ」
「あら、それもそれで大変ね。でも、今は高卒だと苦労するっていうし」
「そうそう。就職先なんてないわよって脅されるのよねえ。でも、浪人はダメよって言われるから一発合格しなきゃいけないし。ああ、来年は受験かあ。今年のうちに遊んでおかないと」
「それはそうね」
そこで二人揃って笑ってしまう。あっという間に打ち解けていた。タイプの違うお嬢様という感じの篠原だけど、とても喋りやすい。
「あっ、ここよ」
「へえ」
そして願孝寺に到着。この間と同じように本堂にお参りし、ついで社務所へと向かった。
「ようお参りです」
社務所に入ると、今日も住職の恭敬が迎えてくれた。にこにこ笑顔に癒される。
「どうぞ、お茶室に案内しましょう。今日は私も同席させていただきますから」
「え?」
しかし、今日は亮翔だけではなく恭敬も付き合うというのでびっくりしてしまった。ひょっとして巻物の内容の判断で困った場合に相談しようという腹積もりなのだろうか。負けず嫌いな性格っぽいし、それはあり得る。
「では、どうぞ」
こうして恭敬に導かれ、二人はお茶室へと向かったのだった。
お茶室ではすでに亮翔がお茶とお茶菓子の準備をしていた。今回のお茶菓子は伯方の塩を使った純生入り大福だ。これはしまなみ海道の一つである伯方島の名物だ。何だか愛媛のお土産物が色々と茶菓子に登場する。これも戦略の一つなのだろうか。
「餡子の中に生クリームが入ってて美味しい」
しかし、その大福は絶品だ。ううん、やっぱりこれで三百円は安いか。そう思わされる。
「本当ね。どっちもほどよい甘さで美味しい」
篠原も満足な様子で頬張っている。意外と地元のお菓子って食べる機会がないから、嬉しいのだろう。そう思うと、この戦略は正解ですと褒めるしかない。
「さて、巻物はお持ちいただけたようですね」
二人が一服吐くと、亮翔が前に座った。あれ、住職さんはと思っていると、二人の後、茶室の入り口付近でお茶を啜っている。どうやら同席するだけであるらしい。これはこれで意外だ。
「はい、こちらです」
篠原は緊張した様子で亮翔に巻物を渡した。敷居が高いと言っていただけあって、お坊さんを前にすると緊張するのは仕方ないだろう。しかも亮翔は無駄にイケメンだし。見ると篠原の頬が少し赤くなっている。見た目に騙されちゃ駄目だよと、心の中だけでツッコミを入れておいた。
「失礼します」
今日はお澄ましモードの亮翔は、笑顔で受け取ると風呂敷を解いた。中からはいかにも年代物といった木箱が出てくる。その木箱には何やら文字のようなものが書かれていた。それを亮翔はさらりと指でなぞる。そしてなるほどねというように僅かに唇の端を上げた。
「開けますね」
「は、はい」
怯えているという前情報があるからだろう、亮翔は一度、篠原にそう確認してから木箱をスライドさせた。そこには古ぼけた印象の巻物が納められている。長い間放置していた影響だろうか。亮翔は丁寧な動作でそれを取り出し、畳の上に置くと慎重に巻物を伸ばした。
「うわっ」
現れた絵に、千鶴は思わず声を上げてしまう。すると亮翔が一瞬、お澄ましモードを捨てて睨んできた。
すみませんね、がさつで。千鶴は小さく舌を出す。しかし、その仏様の絵はびっくりさせられる。
だって、顔も腕も足も六つあるのだ。これを六面六臂六脚というと亮翔が説明してくれた。そして、その仏様は怖い顔をしていて、さらに牛に跨っていた。
「やはり、これは大威徳明王ですね」
亮翔がそう断言する。しかし聞いたことのない名前だった。ただ、多くいる明王の一人だろうという亮翔の推察があっていたことは解る。
「どういう仏様なんですか?」
篠原も知らないようで首を傾げている。それに亮翔は呆れる様子もなく――おそらく千鶴一人だったら溜め息の一つでも吐き出してくれるだろうに――にっこり笑って説明を始めた。
「へえ」
なるほど、模試か。まだ二年生の五月の連休中だというのに大変だな。
「篠原さんは? 受験、考えているの?」
道すがら、榎本のことをきっかけとして話題になったのは受験のことだった。すると篠原はどうしようか悩んでいるとのこと。
「ほら。私の家は旅館でしょ。しかも一人っ子だから継がなきゃいけないし。大学に行くかどうするか微妙な問題なのよね。経営の勉強のためには行くべきかしらと思いつつ、すぐに仕事に入るべきかもって同時に考えちゃうの。お母さんの仕事を見ていると、覚えることが多そうだなって思うし」
「ああ、そうか。老舗旅館の若女将になるんだもんね」
「ふふっ、そうね。父は別に継がなくてもいいなんて言うんだけど、やっぱりそうはいかないでしょ。ここまで続いて来たものを自分の勝手で終わらせるのは、何か嫌だし」
「大変だね。うちはまあ、普通のサラリーマン家庭だからなあ。そういう家の問題はないわね。でもその代わり、就職のことを考えて大学は行きなさいって感じだわ」
「あら、それもそれで大変ね。でも、今は高卒だと苦労するっていうし」
「そうそう。就職先なんてないわよって脅されるのよねえ。でも、浪人はダメよって言われるから一発合格しなきゃいけないし。ああ、来年は受験かあ。今年のうちに遊んでおかないと」
「それはそうね」
そこで二人揃って笑ってしまう。あっという間に打ち解けていた。タイプの違うお嬢様という感じの篠原だけど、とても喋りやすい。
「あっ、ここよ」
「へえ」
そして願孝寺に到着。この間と同じように本堂にお参りし、ついで社務所へと向かった。
「ようお参りです」
社務所に入ると、今日も住職の恭敬が迎えてくれた。にこにこ笑顔に癒される。
「どうぞ、お茶室に案内しましょう。今日は私も同席させていただきますから」
「え?」
しかし、今日は亮翔だけではなく恭敬も付き合うというのでびっくりしてしまった。ひょっとして巻物の内容の判断で困った場合に相談しようという腹積もりなのだろうか。負けず嫌いな性格っぽいし、それはあり得る。
「では、どうぞ」
こうして恭敬に導かれ、二人はお茶室へと向かったのだった。
お茶室ではすでに亮翔がお茶とお茶菓子の準備をしていた。今回のお茶菓子は伯方の塩を使った純生入り大福だ。これはしまなみ海道の一つである伯方島の名物だ。何だか愛媛のお土産物が色々と茶菓子に登場する。これも戦略の一つなのだろうか。
「餡子の中に生クリームが入ってて美味しい」
しかし、その大福は絶品だ。ううん、やっぱりこれで三百円は安いか。そう思わされる。
「本当ね。どっちもほどよい甘さで美味しい」
篠原も満足な様子で頬張っている。意外と地元のお菓子って食べる機会がないから、嬉しいのだろう。そう思うと、この戦略は正解ですと褒めるしかない。
「さて、巻物はお持ちいただけたようですね」
二人が一服吐くと、亮翔が前に座った。あれ、住職さんはと思っていると、二人の後、茶室の入り口付近でお茶を啜っている。どうやら同席するだけであるらしい。これはこれで意外だ。
「はい、こちらです」
篠原は緊張した様子で亮翔に巻物を渡した。敷居が高いと言っていただけあって、お坊さんを前にすると緊張するのは仕方ないだろう。しかも亮翔は無駄にイケメンだし。見ると篠原の頬が少し赤くなっている。見た目に騙されちゃ駄目だよと、心の中だけでツッコミを入れておいた。
「失礼します」
今日はお澄ましモードの亮翔は、笑顔で受け取ると風呂敷を解いた。中からはいかにも年代物といった木箱が出てくる。その木箱には何やら文字のようなものが書かれていた。それを亮翔はさらりと指でなぞる。そしてなるほどねというように僅かに唇の端を上げた。
「開けますね」
「は、はい」
怯えているという前情報があるからだろう、亮翔は一度、篠原にそう確認してから木箱をスライドさせた。そこには古ぼけた印象の巻物が納められている。長い間放置していた影響だろうか。亮翔は丁寧な動作でそれを取り出し、畳の上に置くと慎重に巻物を伸ばした。
「うわっ」
現れた絵に、千鶴は思わず声を上げてしまう。すると亮翔が一瞬、お澄ましモードを捨てて睨んできた。
すみませんね、がさつで。千鶴は小さく舌を出す。しかし、その仏様の絵はびっくりさせられる。
だって、顔も腕も足も六つあるのだ。これを六面六臂六脚というと亮翔が説明してくれた。そして、その仏様は怖い顔をしていて、さらに牛に跨っていた。
「やはり、これは大威徳明王ですね」
亮翔がそう断言する。しかし聞いたことのない名前だった。ただ、多くいる明王の一人だろうという亮翔の推察があっていたことは解る。
「どういう仏様なんですか?」
篠原も知らないようで首を傾げている。それに亮翔は呆れる様子もなく――おそらく千鶴一人だったら溜め息の一つでも吐き出してくれるだろうに――にっこり笑って説明を始めた。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
虚像のゆりかご
新菜いに
ミステリー
フリーターの青年・八尾《やお》が気が付いた時、足元には死体が転がっていた。
見知らぬ場所、誰かも分からない死体――混乱しながらもどういう経緯でこうなったのか記憶を呼び起こそうとするが、気絶させられていたのか全く何も思い出せない。
しかも自分の手には大量の血を拭き取ったような跡があり、はたから見たら八尾自身が人を殺したのかと思われる状況。
誰かが自分を殺人犯に仕立て上げようとしている――そう気付いた時、怪しげな女が姿を現した。
意味の分からないことばかり自分に言ってくる女。
徐々に明らかになる死体の素性。
案の定八尾の元にやってきた警察。
無実の罪を着せられないためには、自分で真犯人を見つけるしかない。
八尾は行動を起こすことを決意するが、また新たな死体が見つかり……
※動物が殺される描写があります。苦手な方はご注意ください。
※登場する施設の中には架空のものもあります。
※この作品はカクヨムでも掲載しています。
©2022 新菜いに
密室島の輪舞曲
葉羽
ミステリー
夏休み、天才高校生の神藤葉羽は幼なじみの望月彩由美とともに、離島にある古い洋館「月影館」を訪れる。その洋館で連続して起きる不可解な密室殺人事件。被害者たちは、内側から完全に施錠された部屋で首吊り死体として発見される。しかし、葉羽は死体の状況に違和感を覚えていた。
洋館には、著名な実業家や学者たち12名が宿泊しており、彼らは謎めいた「月影会」というグループに所属していた。彼らの間で次々と起こる密室殺人。不可解な現象と怪奇的な出来事が重なり、洋館は恐怖の渦に包まれていく。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる