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第39話 秘密基地みたい

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「そんなに気合いを入れなくても、研究は逃げないですよ」
「ああ。だが時間は過ぎ去っていく」
「――」
 ちゃっかり朝ご飯を頂く和哉は、寝惚けている和臣にそんな説教をしていた。研究者といえども、それぞれスタンスが違うものだなと、悠人は二人のやり取りから思ってしまう。
「高見さんから正式にうちの研究室に共同研究の申し入れがあったと、昨日、うちの教授から連絡があったよ。しかも、どうやらうちの教授と高見さんは知り合いだったらしくてね。あっさりと話がまとまった上に今日、ちゃんと詳しく聞き出して来いと言われたよ」
 でもって、そんな報告も飛び出る。なるほど、すでに話は具体的に進んでいるのか。といいうか、久遠も自分の研究に関してだと行動が早い。あれほど草刈りをしなかった人とは思えない早さだ。
「じゃあ、色々と詳しく話を聞けますね」
 悠人が楽しみだというと、そうだなと和臣も頷いた。
「共同研究でしかも別分野とタッグを組むものだ。俺としてもいい刺激になる」
「ロボットにAIを搭載するんですよね。一気に未来の話っぽいです」
「まあな。とはいえ、簡単な人工知能ならば今や機械に組み込まれているよ。もっとも有名なのはお掃除ロボットだな。あれは床の状況を人工知能が学習しているんだ」
「へえ。そうか、あれもAIなんだ」
「まったく、悠人君にだけ優しんだから」
 得意げに語る和臣に、悠人は感心しっぱなしだ。しかし、それを和哉に揶揄され、みんなの笑いを誘うのだった。



「うわあ」
「ちょっとした秘密基地みたいになってますね」
 さて、朝食を食べて一服をしてから和哉のワゴン車で学校に行ってみると、手伝いに来た大学院生もいて、以前とは違って中は活気のある状態になっていた。さらにこの間と違っていくつかのロボットが組み立て作業に入っていて、より研究室のような雰囲気になっていた。
「すみません」
 ごちゃごちゃとしている部屋の中に声を掛けると、ひょこっと一人の女性が顔を出した。そして納得した顔で頷く。
「ちょっと待ってね。先生は今、別のところで作業しているの。呼んでくるわ」
 その人は手にスパナを持ったまま出てくるとここで待っててねと走り出した。
「先生、お客さんが来ましたよ」
 彼女は大学院生の一人――後で名前を訊ねると奥井仁美という――がそう言って久遠を呼びに行ってくれた。その間にもう一人の大学院生、作業服姿の黒田憲明がこれまたごちゃごちゃした部屋から抜け出てきて相手をしてくれた。
「散らかっててごめんね。まだ準備中の部分が多いから片付いていなくって、って言うのは言い訳で、大学の中もこんな感じですけど。ええっと、そちらがT大の新井さんですか。この度はどうも」
「いえいえ、こちらこそ」
 憲明は先に共同研究者である和臣と握手を交わした。そして次に和哉とあいさつを交わす。
「スタート段階で企業の人が入ってくれると助かることが多いって、先生は大喜びでしたよ」
「それはよかった。うちはまだまだ小さい企業ですが、しっかりサポートさせてもらいます」
 和哉は社長らしくにこっと笑って見せる。それに憲明は出来る男って感じですねと素直な感想を漏らした。
「で、君が受験生の蓮井君だね」
「よろしくお願いします」
「いえいえ。変人の多い高見研究室へようこそ。すでに後輩がいると思うと俺としても楽しみが出来ていいよ」
悠人と握手を交わして憲明は満足そうに笑うと、久遠が来るまでの間に少しと、組み立てているロボットを紹介してくれる。
「これが解りやすいかな。最近、農業や建築現場でのロボットやドローンの活用は注目されていますよね。凄いところだと、人工知能と遠隔操作を組み合わせて無人で出来ちゃったりするあれです。うちでやっているのもまさにそれで、人間の作業を減らすことを目的としています」
「重労働の代替ですね。今はどこも人手が足りないですし」
「ええ。農業にしても建築現場にしても急速に労働人口が減っていますからね。もともと高齢化していたこともあって、農家は特に減少傾向だし跡継ぎもいないという問題があります。ですから、誰にでも操作でき、誰にでも農業に参入できるようにするためにも、多くの場面で代替的に労働してくれるロボットが重要になるというわけです」
 憲明の説明に、和哉が適度な相槌を入れてくれたおかげで、悠人にもすんなりと解った。なるほど、ロボットによる労働の代替。社会に役立つロボットのメインはそこにあるのかと納得する。
「研究なんて言うと実用性に欠けるように聞こえるかもしれないけど、工学はむしろ現実問題に直結しているものを解決することが多いね。ここが困っていると思えばすぐに動くのがモットーだよ」
 そんな悠人の様子に、憲明はしっかりと答えてくれる。なんだか説明し慣れていて凄くしっかりしている人だ。後で確認すると和臣と同い年だという。そして説明が上手い理由として、家庭教師のバイトをしているからだと教えてくれた。なるほど、高校生の相手が上手いはずだ。
「やあ、お待たせ」
 そんなことを喋っていると、奥からのそのそと久遠がやって来た。その様子から、奥で仮眠をしていたらしいことが察せられた。関西にある大学とここを車で往復しているとなれば、疲れがたまっても仕方がないだろう。
「お疲れ様です」
「やあ、お疲れ。いやもう、本当に疲れているんだよ」
「先生。愚痴は止めてください。私たちだけの時ならともかく、相手はお客様なんですよ。しゃきっとしてくださいよ」
「ごめんごめん。共同研究のことだったよね。和臣君のところの教授、鶴見さんからよろしくってメールが来ていたよ。あの人も行動が速いタイプだったのを忘れていたよ。師弟揃って同じ性格っていうのが面白いね。それと、将来我が研究室に加わる悠人君への説明だね。こちらは解りやすくしないとな」
「はい」
「お願いします」
 和臣と悠人が頭を下げると、久遠はよろしくと笑顔で返す。しかし、まだ完全に頭が起きていないのか、目が半分くらい開いていないままだ。
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