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最終話 俺のすべきこと

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「それで、反逆者の処罰ですが、陛下は本当にこれでよろしいのですか」
 呆れている俺に向けて、今日はこれがメインの議題ですと瑞樹が話を元に戻した。
 反逆者。かつての帝、紫龍。
 彼女をどうすべきか。これが一番の難題であるのは誰の目にも明らかだ。普通に考えれば死罪。情状酌量するとしても、姫籠山への流罪というのが妥当な線だ。
 俺はこの件が話し合われるまで知らなかったのだが、昔から、姫籠山は流刑の地でもあったらしい。ここ百年ほどは安定した治世が続き、政治犯がいなかったために使われることがなかったが、ちゃんと人が住める場所があるのだそうだ。
 ちなみに姫神教会の連中が手に入れた石も、この居住可能区域から採ってきたものだという。姫神はこの国の総てを把握しているから、その場所を教えることも簡単だったようだ。
「仕方ないだろう。姫神が望む結末はこれだ」
 つらつらとあれこれ考えさせられるが、この反逆の結末もまた姫神が用意している。いや、紫龍の気持ちを汲み取って、上手くその流れを作ってくれている。結局俺たちは、どれだけ姫神を封じようと、また信仰しようと、彼女の掌の上から逃げることは出来ないのだ。
「では、そのように発表いたします。姫神様の決定とあれば、国民は文句を言いますまい。また、対外的な面に関しましては、西秋家の方で上手くやってもらいましょう」
 瑞樹はそこで苦笑すると
「確かに貧乏くじを引いたな、南夏聖夜。いや、失礼。聖夜陛下。改名もまた、姫神の御心に適うものだったというわけですね。咲夜国の王に相応しきお名前です」
 嫌味ったらしくそう言ってくれる。
 俺はそれにふんっと鼻を鳴らすと
「夜って漢字が好きだっただけだよ」
 認めて堪るかと言い返していた。

 三日後。俺と紫龍の婚姻の儀が執り行われることが、正式に発表されたのだった。



「聖夜」
 牢から解放され、俺の正妻として輿入れが決まった紫龍は、ベッドに座る俺の前で縮こまっている。彼女が纏うのは白い単衣のみ。この後何をするつもりなのか、紫龍も嫌というほど解っているだろう。
「……」
 いや、俺もいきなりこの展開を望んでいたわけじゃないんだけど。
 そう言い訳しても、状況は彼女の弱みにつけ込んだ、嫌な男になっている。おかげで俺は黙り込むしかない。
 婚姻の儀はまだ終わっていない。それなのに、どうして紫龍が寝室に呼ばれたかと言えば、貴族四家から誠意を示せと言われたからだという。つまり、さっさとその処女を俺に捧げ、二度と逃げないと誓えというわけだ。紫龍はあの姫神教会で行おうとした姫神融合で、俺と交わるつもりだったわけだから、婚姻の前にやっても問題ないだろうと判断されたというのもある。
 しかし、破滅願望の末に俺と寝ようとしたことと、これから夫になる俺と寝るのは心の持ちようが違うだろう。というか、俺がどういう気持ちで抱いていいのかも解らない。
 単衣だけの紫龍は、その豊かな胸と細い腰つきを俺に余すことなく見せつけている。その肢体に、俺は十分に興奮するのだが、なんか困る。
 なんかせいや、なんか困る。変なフレーズが出来上がる。
「聖夜」
 と、俺が困惑して天井を睨み付けていたら、紫龍の方から動き出し、俺の足元にやって来て、小動物のように見上げてくれる。
「ぐっ」
 胸の谷間がばっちり視界に入ってしまい、俺は唸る。
 顔は前々から好みだ。身体つきは今まで分厚い着物で謎のベールに包まれていたが、これほど女性らしいとは驚きだ。そして何より十七歳と年下。十九歳の俺の理想の女が目の前にいるのだ。
「私との結婚は、嫌なの?」
「違う!」
 だから、俺は紫龍の問いに全力で答えていた。おかげで紫龍がびっくりした顔をする。
「あ、ああ、ごめん。その」
「その?」
「お前は王家の重圧から逃げたいと思っていたんだろ。それなのに、俺が王になるとはいえ、また王家に戻るのは、いいのか?」
「あっ」
 ずっと問い掛けたかった、俺の確認。それに紫龍は大きく目を見開く。それからぎゅっと胸の前で拳を握り締めると
「一人じゃないなら、聖夜と一緒ならば、大丈夫」
 頬を赤く染めてそんなことを言うのだから、俺は鼻血が出るかと思った。
「お、俺と一緒なら」
 思わず鼻を押さえながら、それでも念押しするように確認する。ここで逃げたいと言えば、俺は王様特権で何とか逃がす。しかし、ここで俺と寝てしまえば、もう逃げることは出来ない。もしも再び逃げようと画策すれば、今度こそ死罪だ。だからこそ、ここはしっかりと確認しなければならないと思っていた。
「もう。相変わらず、ちょっと抜けてるよね」
 そんな俺に、ようやくいつもの調子に戻った紫龍がくすりと笑う。そのギャップに俺は色々とドキドキさせられたが
「なんだよ」
 言い返さずにはいられない。俺の親切を何だと思ってるんだ。
「もう」
 紫龍はそんな俺の横に座り、するりと俺の首に腕を絡めると
「私はあなたを支える存在になりたいって、国家反逆罪まで犯したんだけど」
 と囁いてきた。
「あっ」
 それはそうだ。こいつは俺を王にして、その妻になる気だった。それが、ちょっと形を変えて叶った。
「やっぱ、被害者は俺だけじゃねえか」
 そう呟くと、遠慮は要らねえなと俺は紫龍を押し倒していた。



 無事に婚姻の儀を終えてからの俺は大忙しだった。今まで鎖国状態だった国を門戸開放し、近代化を推し進め、そして、姫神が望む理想の国を作りあげる。
 それは「なんかせいや」とからかわれ続けた俺には、大き過ぎるやるべきことだったが
「俺の理想が、出来上がるんだもんなあ」
 軍部に飛び出した頃よりも充足感に満たされている。
 王宮は未だ古風なままだが、周囲はどんどん近代化していく。大きく変わりゆく町並みを見つめて、俺は紫龍の手を握るとにっこりと笑うのだった。
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