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第13話

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「別に那月が申し訳なく思うことはないよ。自由参加だから」

 慎二はなんてことないように言う。
 しかし、これはもしかしなくても、慎二だけでなく会社全体に迷惑をかけてしまったんじゃないか!?

 自由参加とはいえ、営業部と商品開発部の仲を取り持った慎二が、その昼食会に参加しないのは論外。

 僕は、頭を抱えた。

 こんな大事な会があるなら、僕の誘いなんて断って当然だ。なんなら僕なんて無視して、その会に行って欲しかった……。

 なんで僕の方に来たんだよッッッ! って思うのはお門違いか。

 申し訳なさに押し潰されそうだ。

「そうだ、今からでも昼食会……」

 行ってきなよ。と言い終わる前に、公園の時計が目に入る。
 休憩時間が終わるまで、残り五分ちょっと。

 今から戻って、休憩がちょうど終わるくらいの時間だ。
 昼食会に行く余裕なんてもうない。

 ん? 時間、余裕? もしかして……

「僕が弁当を食べ終わったら、昼食会に行くつもりだった。だから、僕がお昼を食べさせようとしたのを断ったってこと?」
「……ん? ああ、そうだよ。俺はほんと惜しいことをした。あのまま那月の言葉に従っていれば良かったのに……」
 
 僕は、がっくりと項垂れた。
 振り返ってみると、今日の僕、最悪過ぎる……。
 なんて考えていると、慎二の両手に包み込まれるように僕の手が握られた。

「二年前の俺のプレゼンはね、那月のおかげで成功したんだ。君が温かいコーヒーをくれて、気付かない内に冷えていた指先が温まった。それで、変に緊張していた身体から力が抜けて、いつも以上のパフォーマンスが出せたんだ」

 慎二の真剣な顔が、その言葉が嘘でないことを証明していた。

 慎二が優しいからじゃない、僕に罪悪感を与えないためでもない。

「だから那月、本当にありがとう」

 これはきっと、彼の本心だ。
 彼に心から感謝されてる。それだけで、とても心が暖かい。
 目頭が熱くなる。何故だか視界が歪む。

「那月?」

 急に下を向いた僕を不思議に思ったのか、慎二が顔を覗き込んでくる。
 
「ちょっ、ちょっと目にゴミが……」

 あまりにも使い古された言い訳に、慎二は僕の状態を察したようだった。
 慰めるように僕の頭が撫でられた。そして、後ろから優しく抱きつかれる。

「那月、愛してる」

 耳元で囁かれた。

 それは、どういう意味だろう?
 
 友人として? それとも夫として? きっと、番としてではないんだろう。
 
 それは、恋愛感情からくる言葉だろうか? きっと違う。
 優しさ? 責任感? それとも、同情?

 慎二に愛を囁かれたのは、初めてじゃない。

 それでも、僕は彼の言葉を素直に受け取れない。

――――愛してるなら、なんで抱いてくれないの?

 それは言葉には決して出来ない疑問。

 僕の中で出てくる答えはいつもシンプル。

 ――――愛されていないから。

 僕は、慎二に愛されていない。
 だから、慎二の言葉を真に受けるわけにはいかない。

 僕は抱きつかれている間、ずっと無言だった。背中に手を回すこともしなかった。
 

 
 その後、慎二に抱き抱えられて、会社の近くまで戻った。理由はその方が早いから、らしい。
 それでも会社に着いた時には休憩時間が終わっていた。
 僕が急いで経理部のフロアに戻ろうとすると、

「スマホのメッセージはちゃんと見てね」

 と、だけ言われた。
 それから慎二も、営業部のフロアに戻っていった。

 仕事は午前中よりも捗って、どうにか残業せずに済んだ。仕事を終えてスマホの電源を入れると、すごい数の通知が来ていた。
 しかし、その全てが慎二からのメッセージの通知だった。

 通知のタップすると、

『ごめん、ちょっと無理かな』
『そうだよね。迷惑だよね。変なことに誘ってごめん』

 この下に、メッセージが何個も何個も並んでいた。

『違う! そうじゃない! 迷惑じゃない』
『今日が無理ってだけなんだ』
『ごめん、ちゃんと考えてからメッセージ送れば良かった……』
『今日、営業部と商品開発部の昼食会があって――』
『今日じゃなくて、明日はどうかな?』
『那月?』
『那月? 返事してくれないかな?』
『那月ッ!』

 そこからは永遠に、僕の名前と返事をして欲しいというメッセージだった。

 ちょっと怖くない?
 
 背筋に冷や汗が流れた。

 スクロールして、一番最後に送られたメッセージを確認する。

『明日、一緒にお昼食べませんか?』

 僕はそのメッセージにすぐさま『はい、いいですよ』と送った。



【離婚まであと五日】

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