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第8話

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 僕は経理部、慎二は営業部。部署が違う為、会いに行こうとしなければ会社で会うことは無い。
 だから、要件があればスマホにメッセージを送しかない。

 今日は、火曜日。
 思い出作りを初めて二日目だ。今朝の写真はそれなりの成果だが、あれは偶然の産物。この一週間は僕自身が頑張って、成果を上げるんだ。それでこそ僕は、慎二を諦めることが出来る。
 そして今日、僕がしたいことは――
 
 僕はぎゅうぎゅうの満員電車で、スマホを取り出した。ゆっくりと顔の前にスマホを移動させ、文字を打ち込んだ。

『今日、一緒にお昼食べませんか?』

 やっぱり敬語はおかしいだろうか?

 文を全て消す。
 
『今日、一緒にお昼食べないか?』

 これだと、上から目線だし……。

『今日、一緒にお昼食べない?』

 これは、馴れ馴れしすぎる気がする。

 何度も文を消したり打ったりしていると、いつの間にか電車が目的地に着いていた。

 駅から会社のあるビルまで徒歩で十分。僕は経理部のフロアに到着して、自分の席に座る。

 そもそも、慎二は僕らの関係を隠したがってるのに、お昼に誘うのは迷惑になるんじゃないかな。
 今まで一度だって、誘われたことないんだから。

 やっぱり今日は、辞めとこうかな。
 あと一週間あるし、今日じゃなくても……。それに休みの日は、いつも一緒にお昼食べてるわけだし。

 通勤中ぐるぐると迷走した結果、入力画面に残った文を見つめる。

『今日、一緒にお昼食べませんか?』

 結局、一番初めに思いついた文が一番いい気がした。
 でも、やっぱり送るのはなしにしよう。
 バックスペースキーに親指を合わせ、トントントンと一文字ずつ消す。
 しかし、半分ほど消し終わったところで、ピコンっとトーク画面に新しいメッセージが現れた。

『今日はどう? 寂しくない?』

 あっ、既読ついちゃった。
 しかし、僕はそれよりもメッセージの内容が気になった。
 今日は寂しくない? って。まるで僕が、慎二に寂しいって言ったみたいな……。
 そこまで考えて、ふと思い出す。

 そういえば昨日、突然手を握られたな。しかも、そのほんの少し前に僕、寂しいって思ったような……。

「えっ、もしかして声に出てた?」
「矢野くん、その声に出てた? っていう声が出てるよ?」
「す、すみません!」

 慌てて口を塞ぐ。
 もしかして昨日もこんなふうに、声に出していた……?

 顔が、一気に熱くなった。

「まあ、まだ労働時間外だからね。煩くならないようにだけ気を付けてくれれば構わないよ」

 それだけ言うと部長は、視線を僕から外した。
 その時、またもスマホのトーク画面に、新しいメッセージが現れる。

『すぐに既読ついたけど、僕になにか要件あった?』

 ま、まずい。何か返信しないと。
 でも、なんて返信すれば……。
 とにかく、入力画面の文章を全て消さないと。

「あっ……」

 手が滑って、送信ボタン押した……。

『今日、一緒にお昼』

 バカバカバカ! なんて間抜けな文章を送ってるんだ!
 
 送信取り消し!
 送信取り消し!
 
 僕がそんな風にアワアワしている間に、また新しいメッセージが届いた。

『もしかして、今日、一緒にお昼食べよ! っていうお誘い?』

 どうやら僕が消したメッセージの内容を見ていたらしい。おかしいな、既読つく前に消した気がするんだけど。

『ごめん、通知見てて……』

 そのメッセージで疑問が解消された。

 これは、頷くしかないんじゃないか?
 否定するのもおかしいし。

 僕は、震える手で文字を打つ。
 きっと大丈夫。お昼食べるくらい、昨日手を繋いだことに比べたらなんてことはない。昨日のが嫌がられなかったんだから、お昼だって断られないだろう。

『今日、一緒にお昼食べませんか? って打つつもりで、途中で送信ボタン押しちゃった。それで送り直そうとしてたんだけど』

 一度、そこでメッセージを送信して、改めて文字を入力する。

『つまり、そうです。お昼のお誘いです』

 きっと大丈夫。断られない。僕の会社は外で食べることが許可されてるし、人目の付かないところなら慎二だってオーケーを出すだろう。
 
 しかし――――

『ごめん、ちょっと無理かな』

 そのメッセージを見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。
 僕は心臓の鼓動が収まるまで待つこともせず、反射的に返信を送っていた。

『そうだよね。迷惑だよね。変なことに誘ってごめん』

 僕はそれだけ打つと、スマホの電源を切った。
 これで慎二から来るメッセージを見ないで済む。
 
 仕事に集中するんだ。

 集中……集中……。

 あのあと、どんな返信が来てたんだろう? いや、返信なんて来ていないかもしれない。もうそろそろ就業時間だ。

 お昼の誘いなんてしなきゃ良かった。
 変に勇気出して、勝手に期待して、断られたら落胆してる。
 きっと僕今、自分勝手な"重い人"になってる。

 思い出作りなんて辞めた方がいいんだ。

 仕事に集中しないといけないのに、永遠と慎二のことで頭がいっぱいになる。

 頭を振って、考えごとが吹っ飛ばないかと思ったけど、効果は全くなかった。
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