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短編
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ああ、やっと死ねる。
私、ルエ・ユミテリアはもうずっと死にたかった。
いや、もしかしたらそれは自分の心の底からの本心ではないかもしれない。
しかしそんなことはもうどうでもよかった。
このどうしようもない地獄から抜け出せるのであれば
このどうしようもない愚か者の人生を終わらせることが出来るのであれば
自分の本心なんてどうでもよかった。
もう終わらせたい。
祈るようにそう思い続けてどのくらい時間が経ったことか。
「ノエルを殺害しようと企てたのは本当か?」
ユミテリア帝国皇帝パルテシエ・ユミテリアは私の目を見ながら言った。
それもニヤニヤと意地の悪い笑みを顔に浮かべながら。
彼とはかれこれ十年以上の長い付き合いだった。
彼が兄弟の皇子を皆殺しにし、皇帝の座についてからすぐのこと。
権力や金に興味が全くなさそうに見えるという理由だけで私は彼と結婚させられた。
いつか世界中を旅して回りたいという夢を持っていた私はとても嫌だったがどうしようもなかった。
しかし、なんだかんだ言って皇妃生活も悪いものではなかった。
初対面でこそ「お前には何も期待していない。ただのお飾りだ。」なんてパルテシエから言われたが案外彼は優しかった。仮面夫婦も段々と仮面ではなくなっていき本物の夫婦のように仲睦まじくやっていたと思う。彼が私に飽きるまでは……。
私に興味が無くなったのか、彼はいつからか浮名を流すようになった。その噂を初めて聞いたときは泣いて縋ったものだ。「嫌だ、他の女に触らないで!」と。
しかしそんな私に追い打ちをかけるように彼は側妃を迎えた。
名前はノエル。隣国のお姫様だった。
彼女は表では天真爛漫な性格をしていてとても美しかった。すぐにパルテシエと仲良くなり、彼は彼女のことを好きになったようだった。
私にとっての救いは、皇妃の座だけは取られなかったことだろう。
皆から憐みや蔑みの目を向けられながらも体面だけは保っていられたのだから。
パルテシエに泣き縋りつく毎日を送りながら何とか体裁を保っていた私はある日、ノエルを人目の多い場所で酷く罵ってしまった。
私にしつこく話しかけ続ける彼女にイラついてたった一度だけ……。
大袈裟に傷つき泣いてみせた彼女はその時一瞬笑っていたように見えたのは私だけなのだろうか。
被害妄想なのかもしれないけれど待っていましたと言わんばかりに不敵に笑っていたように見えてしまった。
私のその失敗は瞬く間に広まった。あることないこと色んな尾ひれを付けて不自然な程早く、広くに。
私に悪妃なんて悪名が付くのも早かった。元々私が彼女に嫌がらせをしているという噂は沢山流れていた。それに信憑性を持たせてしまうことをしてしまったのだから当然のことなのかもしれない。
そして私は諦めた。
彼に振り向いてもらうことを、周りの人に認めてもらうことを。
せめて皇妃の座だけは守ってみせると意地になりながら、私は今日まで何度も「死にたい」と呪詛のように唱え続け、頑張ってきた。
死にたかった。
逃げ出したかった。
こんな息苦しいところなんか出て広大な世界を見て回りたかった
私が何者なのか知る人のいない場所で自由に当てもなくただ翼を広げたかった。
一度は愛のために諦めたその夢だけが私の未練だった。
未練がましくも未だだらだらと生き続けている私の人生に是非とも幕を下ろしてほしい。
勿論、ノエルを殺そうとなんてしたことない。この理不尽に憤りを感じないこともないが、もう慣れてしまったものだ。
この数年で私の悪名は定着しきってしまっている。私の弁明に耳を傾けてくれる人なんてパルテシエくらいしかいないだろう。その彼も最早私に死んでほしそうであるが。
ならば皆が求めるように認めてあげよう。
私が真の悪妃であると。
そうすれば、楽になれるのだから。
私は床に膝を着き、見上げるようにしてパルテシエの言葉に首肯した。
「ええ、本当です。」
どうせならと笑みを添えて。
パルテシエと彼の腕に手を絡めているノエルは驚きで大きく目を見開いた。
こんな簡単に認めるとは思わなかったのだろう。
特にノエルは彼女自身が嘘をついて私を陥れようとしている可能性すらある。
「認めるのか……他に言うことはないのか?」
他に……。
ああ、出来ることならば
「陛下の手で殺していただけないでしょうか?」
せめて愛する人の手で死ねるのなら、少しは報われる。
私は未練がましくも未だにあなたのことが好きなのだから。
最早私に甘い言葉を吐くあなたの言葉ですら信用出来なくなってしまったけれどそれだけは紛れもない事実なのだから。
辺りがしんと静まり返る。
私の罪を問う為に設けられたこの場で招待された数少ない貴族たちがコソコソとあることないことを先程まで話していたが、何を思ったのかそれがなくなった。
「そういうことを聞いているのでは……いや、それは………今までのノエルへの嫌がらせも全て認めるということでいいのか?」
バルテシエの声が辺りに響く。
「ええ、今まで虚偽の発言誠に申し訳ございませんでした。是非ともこの愚かな罪人に罪をお与えください。」
嫌がらせなんて全く身に覚えがなかった。
今までは非の無いことを認めたくなくて否定してきたがもう腹を括ってしまったのだ。
これで殺してくれるのであれば何度でも認めてさしあげましょう。
「ま、待て!本当にそれでいいのか?私は今から君を殺してこいつを皇妃にし、愛することになるのだ!本当に!本当にそれでいいのか?」
パルテシエはノエルを指さしながらそう言った。
彼が何を求めているのか分からない。
何をそんなに言い募ることがあるのでしょうか?私が罪を認めているのだからここで邪魔者の私を断罪し、二人で幸せに暮らせば貴方たちはHappyENDではないのだろうか?
聡明な彼が邪魔だと思っているのだから私は消えていなくなるべきなのだろう。
私は首を捻り考える。
が、考えても答えなんてものは出ない。
とりあえず正直に答えよう。
「ええ、もう私には関係のないことですから。」
勿論、彼とこれからも共に仲睦まじく暮らしていくであろうノエルに嫉妬を感じないわけではない。しかしもう手に入る望みのないものに手を伸ばし続けるのは疲れた。
何度も縋って、慰めて貰って、甘い言葉を吐かれて、好きなのは君だけなのだと心にもないことを彼に言わせてきた。
ノエルのことが好きな彼に何を言っても状況が変わらないことは分かっていた。
もうダメなのだ。偽りの言葉だけでは生きて行けなくなってしまった。
これから死にゆく私には二人のこれからなんて関係ないものだった。
関わりたくないものだった。
「陛下、私は大丈夫です。なので、せめて命だけは救ってさしあげてはいただけないでしょうか?」
「え?あ、ああ、そう」
「ノエル様、ありがとうございます。しかしユミテリア帝国の妃を殺そうとしたのです。減刑しては周りに示しがつかないでしょう。ご慈悲をくださるのであればシエ……いえ、陛下の手で殺していただければと。」
ノエルがそう心にもなさそうなことを言うと周りからは「流石ノエル様は慈悲深いですね。」なんて声が聞こえてくる。
パルテシエがなにか言おうとしていたが私はすかさず遠慮の言葉を紡ぐ。つい癖で彼のことを愛称で呼んでノエルに睨まれたがこれから死ににゆくのだからそのくらい許して欲しい。
「おい、先程は見過ごしてやったがこれでお前のその発言は二度目だ。陛下の手を煩わせるだと?罪人の癖に!身の程を知れ!」
顔を見ていないので誰か分からないが私の殊勝な態度を見て調子に乗った男が私に野次を飛ばしてくる。
「そ、そうですね……確かに、シエのお手を煩わせる訳には、私もいかないと思いますわ。」
ノエルまでそう言ってしまえば、彼女のことが好きな彼はその言葉に同意してしまうのだろう。
最後の願いですら聞き入れて貰えないのか………。
なんと、虚しい人生だったんだろう。
子供の頃からの夢だった自由も、好きな人からの愛も、ちょっとしたことを楽しく話し合える親しい友達も………
何もかも私の手には入らなかった。
最後の望みさえ、叶えて貰えなかった。
私は諦めて下を向く。
「ノエル様は流石でございます!それにしてもこの罪人は汚らしい!」
先程の男が声を高らかに上げた。
周りの貴族たちも私を蔑み、ノエルを褒め称える。
そんな時だった。
プシューといった音と何か液体がボタボタと床に落ちる音。そして数瞬後にごとりとした鈍い音が聞こえてきた。
鉄の匂いが辺りに充満する。
何事かと顔を上げ、立ち上がる。周りを見渡すと貴族たちが並んでいた場所の一画にぶちまけられた赤い血液とそこに倒れる遺体、その隣にはゴロリと落ちている生首が見えた。
方向からして先程野次を飛ばした男がいた場所のようだった。
そこには魔力の因子が残っており、それを辿るとパルテシエに繋がっていた。
一体どういうこと?
「シエ………?」
またしてもしばらくの間極力使わないようにしてきた彼の愛称が口をついて出てしまったがこの状況じゃ誰も聞いていないだろう。
死ぬことを覚悟したことで気が緩んでしまっているのかもしれない。
「うるせぇうるせぇうるせぇぇぇええ!」
しばらく黙りこくっていた彼がいきなり奇声を上げる。
「いえ、あなたがあの人の首を跳ねたことで周りは静まり返っておりますが?」
周りが萎縮する中、私だけが彼に正面から正論を突きつけた。
静まり返っていた辺りの温度がさらに下がった。
何人かは吹き出しそうになってこちらを恨めしそうに見ていたがそんな視線は知ったことではない。
なんて思っていたら首筋に鋭い痛みが走った。
首筋をとろりとした液体が伝う。
それは血液だった。
いつの間にか目の前にはパルテシエが剣を私に向けて突っ立っていた。
「本当に!君はそれでいいんだな?私は本気だからな?」
彼は何故こんなにも怒っているのだろうか?
私が無様に命乞いをする様が見たかったのだろうか?
きっと彼は見たことが無かったのだろう。
拷問をかけたわけでもないのに自ら殺されに行く人間を。
だからそれが予想外で、聡明な彼の計画を狂わせたのかもしれない。
皇帝になってから彼は国を大きくさせ続けた。彼の計画は完璧で国は豊かになり続けた。きっと計画、いや予定単位ですら狂ったことなどないのだろう。だから怒っている。
私はそう結論づけた。
でも、死にたがっている人が命乞いをするなんてことはありえないでしょう?
「ええ。」
私は一歩足を前へ進め、刃に首を押し当てた。
ダラダラと血が流れ、服に染みる。
この態度は別に喧嘩を売りにいっているわけでは無い。
僅かに残った自分の矜持を守る為にも堂々と胸を張って死にたい。
「陛下の御手で殺してくだされば恐悦至極に存じます。」
私はそっと目を閉じた。
その刃が早く振るわれることを望みながら。
「……陛下のこと、お慕い申しておりました。」
少しでも彼の心に残りたいと欲が出てしまった。
決して言うつもりではなかったことを呟いてしまった。
まあ、もうどうでもいいかな。
そんなことを思いながら死を待ちわびえていると。
ガランッ
何か重い金属類の物が落ちた音がする。
と、同時に首の痛みが引いた。
「死ぬな……死ぬな!」
私は抱きしめられる。
今まさに私の首を跳ねようとしていた彼の手によって。
「命乞いをしろよっ!なんで認めるんだよっ!君は何も悪くないじゃないか!」
私の頭には疑問符が浮かび上がる。
「何故……殺してはくださらないのですか?」
誰かが息を飲む音が聞こえた。
「あの貴族のことは殺していたじゃないですか!」
彼の腕から離れ、死体に向かって指を指した。
私は殺して欲しいと訴えかけるが彼は取り合ってはくれなかった。
「ルエは私のことが好きなんじゃないのか?君が死ねばあいつが皇妃になって私の隣に立つんだ!それも構わないと?」
「ええ、好きですよ。構わないわけないじゃないですか………………いえ、分かりました。」
「分かってくれたのか!」
そう言うと、彼は私がやっと理解を示してくれたのだと思ったのか安堵した表情を浮かべた。
「ええ、仕方ありませんね。」
私は彼が先程床に落とした剣を拾った。
自分に向けるには長い剣、その剣身の中間あたりを握りしめ切っ先を胸へ突き立てる。
手から血液がダラダラと腕を伝う感触が少しくすぐったい。
「ここまで来て引き返せるわけないじゃないですか。自殺なんてできる気がしませんでしたが意外に、できそうですね。」
この状況に酔ったのかふふっと笑みが零れた。
止められる前に早く死なないと。
そう思って指に力を入れた。
「やめろ!」
しかしそれは有り得ないほどの素早い動きをする彼によって止められた。
いつの間にか剣はまた床に落ちていた。
「すまない、すまなかった……だからそれだけはやめてくれ。」
先程までの子供のように癇癪を起こしていた彼はどこにもいなかった。普段堂々とした姿からは絶対に想起出来ないほどに彼は悲壮感を漂わせ、私の肩で泣いていた。
謝る姿は初めて見たかもしれない。
「私は君に私だけを見ていて欲しかった。君のことが大好きなんだ。君が死ねば私も死ぬ。」
彼はそうやってまた甘い言葉を吐く。
私を慰めようと心にもないことを言って、そうやってまた私を騙すのだ。
「ええ、そうですか。」
死ねないことを悟った私は彼を肩から退けて自室へ戻ることにした。
「ルエ!すまない!ごめんなさい!許してくれ!俺が悪かった。これからは君の、君だけの味方だ。ノエルは廃妃にしたっていい。というより君が望むならノエルを殺したって何したっていい!」
歩き去る私を追って彼はそんな事を言い続けていたが、最早どうでもよかった。今更何と言葉をかけられようと私はその言葉を信じることが出来ないのだから。
ノエルのヒッと漏れ出た小さい悲鳴が聞こえたが、彼らは仲睦まじい夫婦ではなかったのだろうか?
隣で何か話し続ける彼を無視しながら私は自室へと向かったのだった。
私、ルエ・ユミテリアはもうずっと死にたかった。
いや、もしかしたらそれは自分の心の底からの本心ではないかもしれない。
しかしそんなことはもうどうでもよかった。
このどうしようもない地獄から抜け出せるのであれば
このどうしようもない愚か者の人生を終わらせることが出来るのであれば
自分の本心なんてどうでもよかった。
もう終わらせたい。
祈るようにそう思い続けてどのくらい時間が経ったことか。
「ノエルを殺害しようと企てたのは本当か?」
ユミテリア帝国皇帝パルテシエ・ユミテリアは私の目を見ながら言った。
それもニヤニヤと意地の悪い笑みを顔に浮かべながら。
彼とはかれこれ十年以上の長い付き合いだった。
彼が兄弟の皇子を皆殺しにし、皇帝の座についてからすぐのこと。
権力や金に興味が全くなさそうに見えるという理由だけで私は彼と結婚させられた。
いつか世界中を旅して回りたいという夢を持っていた私はとても嫌だったがどうしようもなかった。
しかし、なんだかんだ言って皇妃生活も悪いものではなかった。
初対面でこそ「お前には何も期待していない。ただのお飾りだ。」なんてパルテシエから言われたが案外彼は優しかった。仮面夫婦も段々と仮面ではなくなっていき本物の夫婦のように仲睦まじくやっていたと思う。彼が私に飽きるまでは……。
私に興味が無くなったのか、彼はいつからか浮名を流すようになった。その噂を初めて聞いたときは泣いて縋ったものだ。「嫌だ、他の女に触らないで!」と。
しかしそんな私に追い打ちをかけるように彼は側妃を迎えた。
名前はノエル。隣国のお姫様だった。
彼女は表では天真爛漫な性格をしていてとても美しかった。すぐにパルテシエと仲良くなり、彼は彼女のことを好きになったようだった。
私にとっての救いは、皇妃の座だけは取られなかったことだろう。
皆から憐みや蔑みの目を向けられながらも体面だけは保っていられたのだから。
パルテシエに泣き縋りつく毎日を送りながら何とか体裁を保っていた私はある日、ノエルを人目の多い場所で酷く罵ってしまった。
私にしつこく話しかけ続ける彼女にイラついてたった一度だけ……。
大袈裟に傷つき泣いてみせた彼女はその時一瞬笑っていたように見えたのは私だけなのだろうか。
被害妄想なのかもしれないけれど待っていましたと言わんばかりに不敵に笑っていたように見えてしまった。
私のその失敗は瞬く間に広まった。あることないこと色んな尾ひれを付けて不自然な程早く、広くに。
私に悪妃なんて悪名が付くのも早かった。元々私が彼女に嫌がらせをしているという噂は沢山流れていた。それに信憑性を持たせてしまうことをしてしまったのだから当然のことなのかもしれない。
そして私は諦めた。
彼に振り向いてもらうことを、周りの人に認めてもらうことを。
せめて皇妃の座だけは守ってみせると意地になりながら、私は今日まで何度も「死にたい」と呪詛のように唱え続け、頑張ってきた。
死にたかった。
逃げ出したかった。
こんな息苦しいところなんか出て広大な世界を見て回りたかった
私が何者なのか知る人のいない場所で自由に当てもなくただ翼を広げたかった。
一度は愛のために諦めたその夢だけが私の未練だった。
未練がましくも未だだらだらと生き続けている私の人生に是非とも幕を下ろしてほしい。
勿論、ノエルを殺そうとなんてしたことない。この理不尽に憤りを感じないこともないが、もう慣れてしまったものだ。
この数年で私の悪名は定着しきってしまっている。私の弁明に耳を傾けてくれる人なんてパルテシエくらいしかいないだろう。その彼も最早私に死んでほしそうであるが。
ならば皆が求めるように認めてあげよう。
私が真の悪妃であると。
そうすれば、楽になれるのだから。
私は床に膝を着き、見上げるようにしてパルテシエの言葉に首肯した。
「ええ、本当です。」
どうせならと笑みを添えて。
パルテシエと彼の腕に手を絡めているノエルは驚きで大きく目を見開いた。
こんな簡単に認めるとは思わなかったのだろう。
特にノエルは彼女自身が嘘をついて私を陥れようとしている可能性すらある。
「認めるのか……他に言うことはないのか?」
他に……。
ああ、出来ることならば
「陛下の手で殺していただけないでしょうか?」
せめて愛する人の手で死ねるのなら、少しは報われる。
私は未練がましくも未だにあなたのことが好きなのだから。
最早私に甘い言葉を吐くあなたの言葉ですら信用出来なくなってしまったけれどそれだけは紛れもない事実なのだから。
辺りがしんと静まり返る。
私の罪を問う為に設けられたこの場で招待された数少ない貴族たちがコソコソとあることないことを先程まで話していたが、何を思ったのかそれがなくなった。
「そういうことを聞いているのでは……いや、それは………今までのノエルへの嫌がらせも全て認めるということでいいのか?」
バルテシエの声が辺りに響く。
「ええ、今まで虚偽の発言誠に申し訳ございませんでした。是非ともこの愚かな罪人に罪をお与えください。」
嫌がらせなんて全く身に覚えがなかった。
今までは非の無いことを認めたくなくて否定してきたがもう腹を括ってしまったのだ。
これで殺してくれるのであれば何度でも認めてさしあげましょう。
「ま、待て!本当にそれでいいのか?私は今から君を殺してこいつを皇妃にし、愛することになるのだ!本当に!本当にそれでいいのか?」
パルテシエはノエルを指さしながらそう言った。
彼が何を求めているのか分からない。
何をそんなに言い募ることがあるのでしょうか?私が罪を認めているのだからここで邪魔者の私を断罪し、二人で幸せに暮らせば貴方たちはHappyENDではないのだろうか?
聡明な彼が邪魔だと思っているのだから私は消えていなくなるべきなのだろう。
私は首を捻り考える。
が、考えても答えなんてものは出ない。
とりあえず正直に答えよう。
「ええ、もう私には関係のないことですから。」
勿論、彼とこれからも共に仲睦まじく暮らしていくであろうノエルに嫉妬を感じないわけではない。しかしもう手に入る望みのないものに手を伸ばし続けるのは疲れた。
何度も縋って、慰めて貰って、甘い言葉を吐かれて、好きなのは君だけなのだと心にもないことを彼に言わせてきた。
ノエルのことが好きな彼に何を言っても状況が変わらないことは分かっていた。
もうダメなのだ。偽りの言葉だけでは生きて行けなくなってしまった。
これから死にゆく私には二人のこれからなんて関係ないものだった。
関わりたくないものだった。
「陛下、私は大丈夫です。なので、せめて命だけは救ってさしあげてはいただけないでしょうか?」
「え?あ、ああ、そう」
「ノエル様、ありがとうございます。しかしユミテリア帝国の妃を殺そうとしたのです。減刑しては周りに示しがつかないでしょう。ご慈悲をくださるのであればシエ……いえ、陛下の手で殺していただければと。」
ノエルがそう心にもなさそうなことを言うと周りからは「流石ノエル様は慈悲深いですね。」なんて声が聞こえてくる。
パルテシエがなにか言おうとしていたが私はすかさず遠慮の言葉を紡ぐ。つい癖で彼のことを愛称で呼んでノエルに睨まれたがこれから死ににゆくのだからそのくらい許して欲しい。
「おい、先程は見過ごしてやったがこれでお前のその発言は二度目だ。陛下の手を煩わせるだと?罪人の癖に!身の程を知れ!」
顔を見ていないので誰か分からないが私の殊勝な態度を見て調子に乗った男が私に野次を飛ばしてくる。
「そ、そうですね……確かに、シエのお手を煩わせる訳には、私もいかないと思いますわ。」
ノエルまでそう言ってしまえば、彼女のことが好きな彼はその言葉に同意してしまうのだろう。
最後の願いですら聞き入れて貰えないのか………。
なんと、虚しい人生だったんだろう。
子供の頃からの夢だった自由も、好きな人からの愛も、ちょっとしたことを楽しく話し合える親しい友達も………
何もかも私の手には入らなかった。
最後の望みさえ、叶えて貰えなかった。
私は諦めて下を向く。
「ノエル様は流石でございます!それにしてもこの罪人は汚らしい!」
先程の男が声を高らかに上げた。
周りの貴族たちも私を蔑み、ノエルを褒め称える。
そんな時だった。
プシューといった音と何か液体がボタボタと床に落ちる音。そして数瞬後にごとりとした鈍い音が聞こえてきた。
鉄の匂いが辺りに充満する。
何事かと顔を上げ、立ち上がる。周りを見渡すと貴族たちが並んでいた場所の一画にぶちまけられた赤い血液とそこに倒れる遺体、その隣にはゴロリと落ちている生首が見えた。
方向からして先程野次を飛ばした男がいた場所のようだった。
そこには魔力の因子が残っており、それを辿るとパルテシエに繋がっていた。
一体どういうこと?
「シエ………?」
またしてもしばらくの間極力使わないようにしてきた彼の愛称が口をついて出てしまったがこの状況じゃ誰も聞いていないだろう。
死ぬことを覚悟したことで気が緩んでしまっているのかもしれない。
「うるせぇうるせぇうるせぇぇぇええ!」
しばらく黙りこくっていた彼がいきなり奇声を上げる。
「いえ、あなたがあの人の首を跳ねたことで周りは静まり返っておりますが?」
周りが萎縮する中、私だけが彼に正面から正論を突きつけた。
静まり返っていた辺りの温度がさらに下がった。
何人かは吹き出しそうになってこちらを恨めしそうに見ていたがそんな視線は知ったことではない。
なんて思っていたら首筋に鋭い痛みが走った。
首筋をとろりとした液体が伝う。
それは血液だった。
いつの間にか目の前にはパルテシエが剣を私に向けて突っ立っていた。
「本当に!君はそれでいいんだな?私は本気だからな?」
彼は何故こんなにも怒っているのだろうか?
私が無様に命乞いをする様が見たかったのだろうか?
きっと彼は見たことが無かったのだろう。
拷問をかけたわけでもないのに自ら殺されに行く人間を。
だからそれが予想外で、聡明な彼の計画を狂わせたのかもしれない。
皇帝になってから彼は国を大きくさせ続けた。彼の計画は完璧で国は豊かになり続けた。きっと計画、いや予定単位ですら狂ったことなどないのだろう。だから怒っている。
私はそう結論づけた。
でも、死にたがっている人が命乞いをするなんてことはありえないでしょう?
「ええ。」
私は一歩足を前へ進め、刃に首を押し当てた。
ダラダラと血が流れ、服に染みる。
この態度は別に喧嘩を売りにいっているわけでは無い。
僅かに残った自分の矜持を守る為にも堂々と胸を張って死にたい。
「陛下の御手で殺してくだされば恐悦至極に存じます。」
私はそっと目を閉じた。
その刃が早く振るわれることを望みながら。
「……陛下のこと、お慕い申しておりました。」
少しでも彼の心に残りたいと欲が出てしまった。
決して言うつもりではなかったことを呟いてしまった。
まあ、もうどうでもいいかな。
そんなことを思いながら死を待ちわびえていると。
ガランッ
何か重い金属類の物が落ちた音がする。
と、同時に首の痛みが引いた。
「死ぬな……死ぬな!」
私は抱きしめられる。
今まさに私の首を跳ねようとしていた彼の手によって。
「命乞いをしろよっ!なんで認めるんだよっ!君は何も悪くないじゃないか!」
私の頭には疑問符が浮かび上がる。
「何故……殺してはくださらないのですか?」
誰かが息を飲む音が聞こえた。
「あの貴族のことは殺していたじゃないですか!」
彼の腕から離れ、死体に向かって指を指した。
私は殺して欲しいと訴えかけるが彼は取り合ってはくれなかった。
「ルエは私のことが好きなんじゃないのか?君が死ねばあいつが皇妃になって私の隣に立つんだ!それも構わないと?」
「ええ、好きですよ。構わないわけないじゃないですか………………いえ、分かりました。」
「分かってくれたのか!」
そう言うと、彼は私がやっと理解を示してくれたのだと思ったのか安堵した表情を浮かべた。
「ええ、仕方ありませんね。」
私は彼が先程床に落とした剣を拾った。
自分に向けるには長い剣、その剣身の中間あたりを握りしめ切っ先を胸へ突き立てる。
手から血液がダラダラと腕を伝う感触が少しくすぐったい。
「ここまで来て引き返せるわけないじゃないですか。自殺なんてできる気がしませんでしたが意外に、できそうですね。」
この状況に酔ったのかふふっと笑みが零れた。
止められる前に早く死なないと。
そう思って指に力を入れた。
「やめろ!」
しかしそれは有り得ないほどの素早い動きをする彼によって止められた。
いつの間にか剣はまた床に落ちていた。
「すまない、すまなかった……だからそれだけはやめてくれ。」
先程までの子供のように癇癪を起こしていた彼はどこにもいなかった。普段堂々とした姿からは絶対に想起出来ないほどに彼は悲壮感を漂わせ、私の肩で泣いていた。
謝る姿は初めて見たかもしれない。
「私は君に私だけを見ていて欲しかった。君のことが大好きなんだ。君が死ねば私も死ぬ。」
彼はそうやってまた甘い言葉を吐く。
私を慰めようと心にもないことを言って、そうやってまた私を騙すのだ。
「ええ、そうですか。」
死ねないことを悟った私は彼を肩から退けて自室へ戻ることにした。
「ルエ!すまない!ごめんなさい!許してくれ!俺が悪かった。これからは君の、君だけの味方だ。ノエルは廃妃にしたっていい。というより君が望むならノエルを殺したって何したっていい!」
歩き去る私を追って彼はそんな事を言い続けていたが、最早どうでもよかった。今更何と言葉をかけられようと私はその言葉を信じることが出来ないのだから。
ノエルのヒッと漏れ出た小さい悲鳴が聞こえたが、彼らは仲睦まじい夫婦ではなかったのだろうか?
隣で何か話し続ける彼を無視しながら私は自室へと向かったのだった。
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