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第九話

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 目の前に振り下ろされた剣を伝い、その主に視線をやれば、端正な顔立ちをした獅子の耳を持つ男だった。
 名前はアルバリオン。獅子の獣人だ。よい所の出だが、家名は捨てたらしい。
 グレイがやって来るまではこの街には僕と彼しかAランク冒険者はいなかった。

 つまり、二番手。しかも一番手が僕みたいなクズ。真面目な彼は僕のことをあまりよく思っていない。

 初めのうちはよく僕に小言を言いに来ていた。武力行使までしに来たことがある。彼にはパーティーメンバーがいるが最後まで一人で戦っていた。本当に真面目な獣人だ。

 しかし僕に更生の余地がないと考えてからは、冒険者たちのまとめ役として働いてくれている。
 彼のおかげでこの街の治安が維持されていると言っても過言ではない。

 だから僕としては彼に感謝しているんだ。この感謝の気持ちが彼に一ミリも届いていないとしても。

「本当にどうしようもない人ですね」
「は?」

 彼が握っている剣が横薙ぎに一閃される。困惑しながらもそれを何とか避けた。よかった、身体強化切ってなくて。

「途中からですけど見てましたよ。さっきの取り引き。実に胸糞悪いものでした。本当に許せない」

 アルバリオンは再度僕に剣を向ける。先程の奴らとは段違いの気迫だ。……相当怒ってるな。
 気持ちは分かるけど。きっと僕も彼の目線で同じ光景を見てたらそんな気持ちになっていた。

 猫獣人の為に怒ってくれるのは嬉しい。でも、それは今じゃない時にして欲しかった。

「刃はさっき潰しました。殺しはしません。ですが、相応の痛みは負ってもらいます」
「待って! 僕、さっきあそこで酷い怪我負ったんだけど、ほら」

 そう言って傷の一番深い腹部を指さす。アルバリオンは少し顔を歪める。

「こんなに酷い怪我してる人と戦うのはほとんどいじめなんじゃないかな?」

 今の僕は完全に性格の悪い小物だ。でもいい。いや、そう演じないといけない。
 それに今は本当に切羽詰まってる状況。これで引いて欲しい。お願い!

「くっ……いやでも、ファイアさんが回復魔術を使えることは知っています。早く使ったらどうですか?」

 ダメかー。
 まずい。本当にまずい。今の身体強化の出力ではアルバリオンには絶対勝てない。明日の分の魔力は残しておかなくてはいけないし、出力を上げられるほどの魔力はそもそも残っていない。それに何より、僕の身体が持たない。

 身体強化の反動で体内が傷ついている。今の身体でこれ以上となると半月は寝たきりになる覚悟をしないといけない。
 全快していれば話は別だっだんけど、身体強化は日常的に使うから僕は身体のどこかをいつも痛めている。今は拳が痛い。

 あとは、アルバリオンと戦うメリットがない。戦って、互いに傷を負ってそれで?
 悪いことをする奴らを止めたり、猫獣人を助けたりする獣人が減る。
 デメリットこそあれど、メリットはない。

 よし、逃げよう。
 早く逃げよう。

 そう思い、反転しようとした。

「遅いです。早く治してください」

 アルバリオンはそう言って左腹部の傷を剣で突く。

「うぐっっっ」

 あまりの激痛に立ってられなかった。地面に崩れ落ちる。

 治さないんじゃなくて治せないんだよっ! これ治したら本当に魔力がなくなっちゃう。

 アルバリオンを見上げると辛そうな表情をしている。

 そんな顔するくらいなら見逃してくれればいいのに。

「なんで治癒魔術を使わないんですかッ! ああ、もうっ! シオン」

 どうやら近くでこちらを見守っているパーティメンバーを呼んだようだ。

「ファイアさんの怪我を治して欲しいんだけど」
「はぁ? あんた馬鹿なの? なんでこのままボコボコにしないのさ。とにかくあたしは嫌だからねッ。こんな奴の傷治すの」
「…………」
「とにかく、こんな簡単にこのクズを倒せるなんて絶好の機会じゃないか。あんたが一人でやりたいって言うから譲ってやってるのに」
「……うん」
「あんたがやらないなら、あたしがやるよ。こいつのせいでどれだけ苦労をかけられたことか。こいつさえ居なければ、他のクズ共も大人しくなるはずなんだ」

 なるほど。僕は猫獣人を襲う奴らの親玉的な存在だと思われているわけか。

「そもそもこいつが傷を治さないのはあんたに勝ち目がないと分かってて、これ以上痛い目に合わされないように同情を誘ってるんだ。そんな汚い奴に情けを掛ける必要なんて無い」

 シオンと呼ばれた女は短剣を逆手に持ち、左肩に向かって突き出す。

「やめてぇぇぇぇえええええ!」

 その時、女性が叫ぶ声が辺りに響く。

「うぐっっっ!」

 しかし、シオンが持っていた短剣は容赦なく僕の肩の傷を抉る。

「やめてあげてください! なんでこんな酷いことをするんですかッ! いい人たちだと思ったのに!」

 叫び声の主はこちらに走りよってきた。あまりの痛みに顔は上げられないが、彼女の声は聞こえた。

「さっき私を気にかけてくださった方ですよね。たしか、アルバリオンさん」
「えっと、そうですけど。先程この路地から出てきた猫獣人の方であってますか?」
「はい」

 どうやら彼女はさっき助けた猫獣人女性のようだ。
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