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第三十四話
しおりを挟む――ヴィクトール
ヴィクトールは双子壁と名高いヴィスタフ砦とフスタヴィ砦……が見える天幕からひたすら様子を見ているのだが、
「また双子壁に軍が攻めてきているのか!?」
一度は制圧されてしまったヴィスタフ砦をヴェアトリー軍から奪還することに成功し、ヴィクトールは勝利の余韻に酔いしれていた。
しかし、取り戻したまでは良いが、相手側は性懲りもなく何度も何度もヴィスタフ砦に攻めてくる。
敵側の消耗は少ないのに、王国側は何度も何度も制圧一歩手前の劣勢下にまで追いやられてしまう。
何度戦っても、大きな打撃を与えられそうになった瞬間、ヴェアトリーの部隊は撤退を繰り返すのだ。
「クソ……。バラン公め! こちらは囮という話ではなかったのか!」
バラン公の話では、この部隊は囮で、なんらかの陽動作戦を行っている可能性がある……などと言い残して、全く関係のないメール領に向かってしまった。
「バランめぇ! こんな時にどこかに行ってしまうなど、あり得んぞ!」
ヴィクトールはあまりの忌ま忌ましさに、地面を何度も何度も蹴った。
愚かなヴィスタフ砦の初期部隊は、酒と食い物を片手に宴会を開き、泥酔している間に攻め落とされるという愚かで醜悪なミスをした。
オマケに攻められている間にフスタヴィ砦に狼煙を挙げることも出来ず、連絡係も何者かに暗殺された上で、誤報を齎されてしまった。
救援部隊がフスタヴィ砦出立の準備をしている時には、ヴェアトリー軍が砦の中枢にまで入り込んでおり、今度は籠城戦が始まる……と思いきや、あっと言う間にヴェアトリーの部隊は逃げ出していた後だった。
「クソ! この賢いオレ様に恥を掻かせやがって!」
失った部隊は補充しなければならない。
だからこそ、王国軍、並びに王国側の貴族は私兵部隊を集めて混成軍を結成。
フスタヴィ砦の警備をさせているのだが……。
イライラしているヴィクトールの下に、仮の参謀係がおずおずと地図を広げている。
「フスタヴィ砦は放棄した方がよろしいのではないでしょうか?」
「なんだと?」
機嫌悪くヴィクトールがガン飛ばすと、参謀が己の身を守るように屈む。
この参謀は三番目で、まだ正式採用していない仮の参謀役。
ちなみに先代二人は役に立たないので、戦場の最前線に飛ばした。
「フ、フスタヴィ砦を守る兵士たちは、各貴族の部隊を加えた結果、指揮系統が統一されていない混乱状態にあります! これを無理矢理指揮を執るのではなく、部隊をヴィスタフ砦に集約させて、戦力を集中させるべきかと……!」
「何を寝ぼけたことを言っている!」
ヴィクトールは策とも呼べないものに、イライラは募っていく。
賢いヴィクトールは知っているのだ。
「フスタヴィ砦とヴィスタフ砦は、一方がやられそうになっても、もう一方から救援を寄越すことで、相互に守りあう堅牢な砦。片方が落とされかけても、もう片方の部隊が挟み撃ちにかけることで、敵軍を撃滅させるという、オレ様好みのスマートな策で成り立っているのだ!」
「ですが、それが既に機能しなくなっていると……!」
「黙れ黙れ! この両方が機能しなければ、次は王都が攻められるんだぞ! キサマは無能か!?」
「ひぃ! ですから、最低限、ヴェアトリー軍を食い止めるためにフスタヴィ砦に戦力を集中させようと言っているのです! 連中も、フスタヴィ砦を無視して王都を攻め入れば、砦の部隊と王国軍の部隊で挟み撃ちされます! しかし、意地になってヴィスタフ砦に戦力を補充しすぎれば、両方の砦の戦力ががた落ちしてしまいます!」
双子壁の弱点は既に議論し尽くされている。
その一つが、戦力の二分化であった……とヴィクトールはなんとなく思い出す。
記憶を探っている中、参謀は続ける。
「も、もし。もしですよ! 敵側に罠を仕掛けられていた場合、フスタヴィ砦陥落に必要な人数はかなり少数になるでしょう……!」
「……“何千人”だ?」
「“十数人”に陥落されると踏んでいます」
なるほど、鉄壁の砦が、ほんの少しの戦力で解決される、でくのぼうの砦になるわけか。
「お前の言いたいことはよく分かった」
「ヴィクトール殿下……! ご理解いただきありがとうございます!」
「お前をヴィスタフ砦配属にする」
「は?」
ヴィクトールの言葉に、喜びに満ちていた参謀の顔から笑顔が消え、死地へと向かう愚か者と同じ様な顔になった。
「死にたいのだろう? ならヴィスタフ砦の防衛をしてくれば良い」
ちょうど戦力が枯渇している最中なのだ。
一人増えれば少しはマシになるだろう。
「ま、待って下さい! だからヴィスタフ砦は――」
「美しくない策しか言えないお前は、追放だ。さっさとオレ様のために砦を守ってこい」
この絶対無敵の砦を捨てるなど言語道断。
参謀とも言えない愚かな者を追い出すべく、ヴィクトールは手を叩いて親衛隊を呼び出す。偽参謀は両脇をがっしりと掴まれると、大慌てで藻掻き始める。
「連れていけ」
「ま、ま、待って下さい、ヴィクトール王子殿下ぁ!」
丁度、ヴェアトリーの部隊が攻めてきているのだ。
戦力は少しでも多い方が良い。
「どこまでも目障りなアリシアめぇ! この双子壁で決着をつけてやるぞぉ!」
幼少の頃から鬱陶しい元・婚約者が、ヴィクトールから様々なものを奪っていく。
新しい婚約者も、優秀な人材もだ。
でなければ賢くて、美しいヴィクトールが、こんなにも苦渋を飲まされるワケがないのだ!
「オレ様の前に引きずり出してやるぞぉ、アリシアぁ!」
この砦でせき止め、父から国を守った英雄として讃えられるのだ。
あと、オマケでミルラも救える。
ヴィクトールはここでの一戦こそ、決着の場として見定めた。
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