婚約破棄されて無職、家無しになったので、錬金術師になって研究ライフを送ります

二部・戻る気はない

嫌な来訪者

　父は思いの外、早くに行動を開始してきた。
　まず、一週間のうちにソフィーのポーションの値上がりや、販売先などを社交界の場で発表。
　当然、ソフィーとしては冒険者ギルドなどに陳謝するハメになった。

　ルールに厳格な父が、掟破りな手段でソフィーに嫌がらせ行為を行ってきたことに、ソフィーは心を痛めた。
　しかし、工房の経営に妨害されている以上……看過出来ない。
　幸いというべきか、アイリスドリスの花については知らなかったようで、ポーションなどの力を口にしているのみだった。
　それでもソフィーの工房には多数の客が直接押し寄せてくるようになったのは……思わぬ宣伝効果と喜ぶべきなのか。

　そして、さらに一週間。
　その代理人は突然やって来た。

「わしが伯爵より、ポーションの契約を承ったアイザックじゃ」

　以前、シャロンからポーションを巻き上げようとした男……アイザックがやってきた。
　しかも背後には無数のお供……それも人相の悪い男たちを引き連れて、だ。

「ちっ！　伯爵は相変わらずにロクなことをしない」

　露骨に店内に響き渡る舌打ちをするハンナ。
　剣に手を添えているロジェ。
　机の下に隠れたシャロン。

　そして、アイザックの配下たちも、柄の悪そうな男たちが、今にも襲いかかってきそうなほど鋭い目つきでこちら側を睨んでくる。

　緊張感が半端ではなかった。
　戦場のど真ん中で、会議をしているような、そんな重たく、冷たい空気で支配されている。

「あの、わたしは父を通して商売をするつもりではないので」
「困りますな。わしは前の失敗……ああいや、ビジネスで少しばかりヘマを打ちましてなァ。前の契約が上手くいかなかったから、今回の契約だけはなんとしてもまとめたいのですよ」

　何が前のビジネスの失敗だ。
　やっていることは強盗だというのに、なぜまだ捕まらない。

「契約なんてするつもりはありません」
「それは困りますな。契約はすでに結ばれているのですよ」
「なんですって……？」
「あなたのお父上……セイリグ伯爵が既に契約書にサインをしていただきました。ですのて、今後はこの工房にかかわる商品の全ては、この契約書がある限り、わしを通して貰わないとのう」

　覚えのない契約書を勝手に結ばれても、そんなものは無効だ。
　そんなものがまかり通る世の中ならば、ソフィーは貴族でなくなったことに感謝する。

「そんな契約書、無効です。お引き取りを」
「そうは言われてものう。伯爵様の正式な書類じゃからのう」

　どこ吹く風と言わんばかりに、髭を触っているアイザック。
　そんな中、お盆に紅茶を載せたシャロンがフラフラと机まで歩いてくる。

「あ、あの。お茶を――わっ！」
「熱ッ！！！」

　途端、シャロンはお茶を零した。
　相当熱々の茶だったようで、アイザックは相当慌てている。

「はうっ！？　ごめんなさいっ！」
「キサマ！　わしにお茶を浴びせるなどッ！」
「ご、ごめんなさいっ！　そんなつもりじゃ！？」
「アイザック様。従業員の非礼は詫びます。どうか温密に」
「ふ、ふんっ」

　ソフィーが口添えして、ようやくアイザックは怒りの矛先を抑えた。

「とにかく、今日の所はお引き取り願えますか？」
「ふ、ふんッ！　伯爵の契約書がある限り、ポーションも、工房も、カネも！　わしのもんじゃ！」

　悪態吐いて出て行くアイザックたち。
　シャロンはバツが悪そうに、その書類をソフィーに見せつけてきた。

「あの、紙スリ盗っちゃったんですけど……悪かったでしょうか……？」

　シャロンの手に、なぜかアイザックが見せびらかしていた書類が。

「いいえ！　さすがね、シャロン！」
「お、お役に立てたなら嬉しいですっ！」