上 下
45 / 70
二部・戻る気はない

父は止まらず

しおりを挟む
 工房の仕事は繁盛も繁盛。
 次から次へと仕事が舞い込み、仕事がない日はないといった有様だ。
 そんな中で、険しい顔をしたロジェが入って来た。

「ソフィー」
「ロジェ?」

 彼はハンナがいるところを確認すると、慌ててソフィーへと視線を戻す。

「少し、時間を取れるかな」
「いいけど、どうしたの?」
「事情は外で話すよ」

 ハンナが何か突っかかってくるかとソフィーは身構えたが、思いの外、静かに台帳へ集中している。
 ソフィーはロジェと共に外へ出ると、彼は神妙な面持ちで語り始めた。

「近衛騎士の仲間から聞いた。昨日、セイリグ伯爵が、君が販売しているポーションやエリクシールの類いは全てセイリグ家の功績だと、周りに喧伝されているそうだ」
「ち、父が……!」

 それは、手柄の横取りとも言える行為だ。
 ソフィーが――追放されたとはいえ――セイリグ家の人間であることには違いない。
 今後、ソフィーがポーションや錬金術で作ったものを販売していく上で、セイリグの名前がついて回ることになる……のだろうか。

「それが事実だとすれば、ハンナが言っていた事実はデタラメになるわね」
「デタラメ?」
「お父様はわたしのことを心配してくれていたと言っていたの。でも、ウソだったみたい」

 ソフィーは淡々と呟く。
 不思議とショックではなかった。
 予感、と呼ぶべきか。
 前々から分かっていたのだ。

「彼女がなぜウソを? 君をあれほど慕っているのに」
「……わたしのためよ。きっと」

 ロジェは納得していないようだ。
 そんなナンセンスなウソを吐いたところですぐに分かることだとでも言いたいのだろう。
 ソフィーとて、彼女を知らなければ同じように考えただろう。

「わたしを傷つけないために、父が心配していたと言ったの。そして、戻ることも出来る、と」
「そんなウソを吐いたってすぐにバレるのに……」
「たぶん、彼女には自信があったのでしょう。わたしがどんな選択肢を取っても、望み通りに出来るだけの自信が」

 ウソを貫き通す自信ではない。
 ウソを事実にする自信だ。

「……セイリグ伯爵の意志を変えられるほどの、かい?」
「ええ。お父様が王子に対して、婚約破棄の一件で追及させることも。逆にわたしが、お父様と関わらずに生きていくことも」

 彼女はそんなことが出来るだけの自信と、力があるのだろう。

「ハンナにはそんなことが……出来ると?」
「ええ。長年の付き合いだもの。未だに分からないけど、分かることだけはあるわ」

 ロジェは首を傾げる。
 ソフィーは静かに工房へと戻ろうとした。

「彼女、わたしのことを信じてくれているから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

とある文官のひとりごと

きりか
BL
貧乏な弱小子爵家出身のノア・マキシム。 アシュリー王国の花形騎士団の文官として、日々頑張っているが、学生の頃からやたらと絡んでくるイケメン部隊長であるアベル・エメを大の苦手というか、天敵認定をしていた。しかし、ある日、父の借金が判明して…。 基本コメディで、少しだけシリアス? エチシーンところか、チュッどまりで申し訳ございません(土下座) ムーンライト様でも公開しております。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

毛蟹葵葉
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

連帯責任って知ってる?

よもぎ
ファンタジー
第一王子は本来の婚約者とは別の令嬢を愛し、彼女と結ばれんとしてとある夜会で婚約破棄を宣言した。その宣言は大騒動となり、王子は王子宮へ謹慎の身となる。そんな彼に同じ乳母に育てられた、乳母の本来の娘が訪ねてきて――

single tear drop

ななもりあや
BL
兄だと信じていたひとに裏切られた未知。 それから3年後。 たった一人で息子の一太を育てている未知は、ある日、ヤクザの卯月遥琉と出会う。 素敵な表紙絵は絵師の佐藤さとさ様に描いていただきました。 一度はチャレンジしたかったBL大賞に思いきって挑戦してみようと思います。 よろしくお願いします

【R18】年下ワンコくんによる調教記録

サラダ菜
恋愛
【年下腹黒ワンコくん×年上鬼上司】 28歳という若さで副部長の肩書きを持つ小笠原環(おがさわらたまき)は、仕事はできるが鋭い目つきと容赦ない発言で周りから恐れられていた。そんな彼女に無謀にも近づいたのは、コミュ力MAXイケメン新入社員の犬飼日向(いぬかいひなた)。 環をお昼に誘い周りから英雄視される犬飼だが、彼でさえ『鬼の副部長』を好感度を上げることは難しく、逆に嫌われてしまう。 ある日、職場の飲み会でお酒を飲む環を目撃し悪知恵が働いた犬飼は――― ※R18シーンには※マークをつけています。前半エロエロ後半じれじれ。 ※最終的にはハッピーエンドですが女の子が可哀想な場面も多々あるため、なんでもOKの方のみご覧ください。 ※表紙は那由多ふ可思議様に描いていただきました。

悩ましき騎士団長のひとりごと

きりか
BL
アシュリー王国、最強と云われる騎士団長イザーク・ケリーが、文官リュカを伴侶として得て、幸せな日々を過ごしていた。ある日、仕事の為に、騎士団に詰めることとなったリュカ。最愛の傍に居たいがため、団長の仮眠室で、副団長アルマン・マルーンを相手に飲み比べを始め…。 ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。 『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。 ムーンライト様にも掲載しております。 よろしくお願いします。

婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました

Kouei
恋愛
とある夜会での出来事。 月明りに照らされた庭園で、女性が男性に抱きつき愛を囁いています。 ところが相手の男性は、私リュシュエンヌ・トルディの婚約者オスカー・ノルマンディ伯爵令息でした。 けれど私、お二人が恋人同士という事は婚約する前から存じておりましたの。 ですからオスカー様にその女性を第二夫人として迎えるようにお薦め致しました。 愛する方と過ごすことがオスカー様の幸せ。 オスカー様の幸せが私の幸せですもの。 ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

小さな天使 - 公爵家のリリス最終話 - 別れの時

 (笑)
ファンタジー
公爵夫妻が森で出会った不思議な少女リリス。彼女が公爵家に迎えられてから、家族には穏やかな日々が続いていました。しかし、ある日、訪れた来客がリリスの隠された運命を告げ、彼女の未来に大きな変化をもたらします。リリスと公爵夫妻が過ごした温かな日々、そして迫り来る別れの時…。心温まる家族の絆が描かれる感動の物語が、静かにクライマックスを迎えます。

処理中です...