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新婦志津子の章

第6話 鏡割り

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(これまでのあらすじ……)

今回は結婚披露宴です。まずは新郎新婦の生い立ち紹介で二人の赤裸々な過去が暴かれ、次に来賓祝辞に出た新郎上司と新婦恩師は、それぞれにとんでもないカミングアウトで、最後は、自ら制服姿で披露宴会場での美しいオブジェとなり、披露宴会場に華を添えてくださいました。

**********

 ひととおり盛大な拍手が終わり、再び、披露宴会場には静寂が訪れました。次いで、会場の明かりがやや暗めに落とされます。

 そして、その静寂を破って、司会者であるわたしの声が会場に響き渡ります。

「では、いよいよ乾杯の儀に移りたいと存じます。……ですが、今回は少し趣向を換えて、グラスでの乾杯ではなく、『鏡割り』にいたしたいと存じます」

 ひと呼吸おいて、私はステージの方向を確認しました。どうやらスタンバイは出来ているようです。

「皆様、お待たせいたしました。酒樽の準備も出来たようです。では、盛大に鏡開きを開始いたします!」

 すると、華やかなBGMの開始と同時に、照明をおとした会場の中、ひときわ明るくステージ上にスポットライトが当てられました。

 そこにはいつの間にか、大きな酒樽がスタンバイしていました。酒樽の胴体には、ひときわ大きく真っ赤な薔薇で型どったハートの中に新郎新婦の名前が入れられ、樽全体も紅白のリボンやレースでデコられています。

 しかも、その酒樽は、普通の酒樽よりも、心なしか、ちょっと大きいように見えます。

(あれ?あんなとこに、酒樽なんてあったっけか?)

(照明が落ちた合間に、いつの間にか準備していたの?)

(鏡割りでもなんでも良いけどよ、誰か、身体を自由にしてくれ!)

 出席者の疑問をよそに、わたしは司会者として淡々と進行を心掛けます。

「では、各テーブルの代表者の皆さん、お手元の木槌をお持ちいただき、ステージの上までお越しいただきますよう、お願い申し上げます」
  
 すると、7~8人掛けの各テーブルの中の特定の1人の目の前に、紅白のリボンで飾られた木槌が忽然と姿を現しました。

(えっ!)

(な、なんだ、これは!)

(いやぁ~!もう、こわい~!)

 参列者の心の声は、再び、パニックの叫びに包まれました。来賓祝辞の時のような離れたスピーチ台なんかじゃありません。今度は、目の前に物体が忽然と姿を表したのです。

 それは、柄の部分が紅白テープで斜めにグルグル巻きされ、柄と槌の結節部分が大きなリボンで飾られた、御祝儀用の木槌でした。

 木槌に選ばれた格好となった各テーブルの代表者はなぜか全員が男性でした。彼らは、自らの意思とは関係なく、椅子から立ち上り、木槌を手に取ってステージへと向かいます。

(やめてくれ~!俺もステージ上で裸にひんむかれるのか~!)

(やだよ!やめろ!俺はなんも関係ねぇ~!)

(なんだってんだよ!ちくしょう~!)

 心の中の叫びにかかわりなく、選ばれた代表者は、木槌を片手に酒樽を半円に囲むようにステージ上に並びました。

 大スクリーンには俯瞰した目線でステージ上の酒樽を映し出しています。

「さあ、では皆様!ご準備はよろしいですね。……では、木槌を振り上げていただき、……せぇの!ヨイショ~!……おめでとうございま~す!」

(バシーン!)(バシャーン!)

 樽は見事に割れて、会場からは拍手が沸き起こりました。

 すかさず黒服の会場スタッフが、代表者の木槌を回収しながら酒枡を代わりに配ります。

 一方、もう1人の会場スタッフが、割れた酒樽の蓋を取り払い、回収撤去していました。しかし、そこで会場全体が更なる驚きに包まれたのです。

(た、卓也じゃねえか!)

(お、お兄ちゃん!)

(なんで、志津ちゃんのお兄さんが、そんなとこに……)

 なんと、そこには……酒樽の中には、志津子の兄・長南卓也が全身を酒に浸らせているではありませんか。

 既に酩酊状態であるのか、卓也は意識が朦朧としているようです。しかし、その姿は大スクリーンに写し出されて、会場全体の知るところとなっています。

 なぜ、卓也がそんなところにいるのか?会場の疑問をよそに、司会者であるわたしは乾杯の音頭をとります。

「ステージ上の皆さん、枡にお酒をナミナミと注ぎ終わりましたか?……スタッフさん、早くしてくださいね。……さあ、では、皆さんの準備も出来たようですので……」

 まるで、そこに人間が入っているなどとは知りもしないかのように、黒服スタッフが淡々と柄杓で枡に酒を注いで回ります。

 準備万端となったところで、再び、わたしの出番です。

「では、皆様、御一緒に御唱和をお願いいたします。……竜治さん!志津子さん!おめでとうございます!かんぱ~い!」

 高々と枡を上に上げたステージ上の代表者は、次いで、枡酒をぐびぐびとあおります。もちろん、自分の意志ではありません。そもそも、そこでシラフに帰られたのでは、せっかくの趣向が興ざめですので……

 会場からは盛大な祝福の拍手です。もちろん、自分の意思じゃないですけどね……。では、次に参りましょう。

「では、代表者の皆様、次は『御返杯』をお願いいたします!」

(え?……なに、御返杯って?乾杯して、……返杯?)

(うわ!な、なに、なに、なに!なにやってんだよ!)

(やだやだやだ!やめて・止めて・やめて!)

 突如、壇上で乾杯を終えた各テーブルの代表者の皆さんが、おもむろに自分のズボンのチャックをおろして、あろうことか公衆の面前で自分のイチモツを取り出したのです。

(な、なんでだ!だれか!なんとかしてくれ!なんで!なんで!)

(結婚式のステージで、なんでしょんべんしなきゃなんねんだ~!)

(きゃ~~~!なんで~~~!もろ見え~~~!)

 ステージ上の代表者は、頭の中の混乱をよそに、また、参列者の心の驚きをよそに、なんとその樽の中のその人物に向けて、花嫁の兄の長南卓也に向けて、自らの黄金水を盛大にぶちまけ始めたのです。

「皆様方、祝福の黄金水を卓也君にたっぷりと差し上げてください!」

(や、やめろ! やめてくれ~! )

(しゃ~~~~~~~~!)

(なんで! ムリムリムリムリ! 出るわけねえべ!誰か止めてくれ~! )

(じょろじょろじょろじょろ~。。。。。)

 自らの意思に反し、男性陣はズボンのファスナーを下ろし、取り出した自らのイチモツを、卓也の口や顔を目掛けて放尿したのでした。酒樽の中の卓也は、四方八方からの黄金水を顔面に受けて、黄色くびしょびしょに濡れていきます。

(ふふふ……ごめんね、卓也くん。道ならぬ許されざる恋は、世の中にごまんとあるわ。でも、あなたは許されない卑劣な行為をしたのよ。その報いと思ってあきらめることね)

 そうです。この乾杯の儀式は、新郎新婦を祝福する儀式ではありません。これは、自分の欲望のままに実の妹と関係を持った男への戒めであり罰なのであります。

 いいえ、お互いに心から愛し合い、禁断の恋に自らの覚悟をもって進んで身を焼くのであれば、どうしてわたしがその道を妨げるものでしょう。

 しかし、この男は違いました。嫌がり激しく抵抗する妹を強引に乱暴したのです。それも、何度も何度も。美しい愛の営みの伝道師を自負するわたしにとって、一方的なレイプはとても許せるものではありません。

(わたしが見つけた美しい作品、別にそれが処女でなくても、わたしはかまわなかった。わたしが彼女を見つけて、どれだけ喜んだか。……でも、その時には、この美しい作品は、既にあなたの醜悪な手で汚され続けていた)

 それは、下着泥棒や制服泥棒のように、焦がれる思いを衣類という無機物に仮想して吐き出す児戯に等しい犯罪に比べれば、わたしにとってのレイプとは、取り返しのつかない極悪醜悪な行為と言わざるを得ません。

(わたしは過去に飛んであなたを懲らしめることもできた。でも、悲しみの影を背負った彼女は、より翳りのある不思議な美しさをたたえていたの。それは、ひょっとしてあなたのお蔭だったのかもしれないわね)

 わたしは、その乾杯の儀式を、兄・卓也の妹・志津子に対する贖罪の儀式としたのでした。

 **********

(お兄ちゃん……ひ、ひどい……)
  
 辛い思い出に彩られた兄と妹の関係ではありましたが、それに、確かに憎しみも強くありましたが、それでも血を分けた兄の哀れな姿は、妹にとっても正視に堪えず、志津子はとても悲しい思いにとらわれました。

 動けない体で、テーブルのモニターに映された哀れな兄の姿を見て、志津子に唯一許されたのは涙を流すことだけなのでした。

**********

(おわりに)

乾杯ならぬ鏡割りでは、なんと、新婦の兄が樽酒の中に!しかも、ご返杯と称して、招待客たちの黄金水を全身に浴びてしまいます。しかし、これはわたしからの戒めでもあるのでした。
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