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中村朋美の章
第55話 聖バレンタインの訪問(改)
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(これまでのあらすじ……)
愛するおばさんとの辛い別れを経た少年は中学生活の中で思いを募らせた少女と同じ道を歩み始めますが、高校3年の春、愛する少女は遠く異郷の土地で不慮の事故死を迎えました。その前後、少女の死に責任を感じるその少年の前に1人の少女が現れますが、少女の努力の甲斐なく、少年は再び心を閉ざし少女と別れます。その後、受験勉強に集中する道を選んだ少年の前に現れた後輩の中村朋美は、少年へお守りをプレゼントして少年を支えようとします。しかも、そのお守りはかつて理恵子からもらったお守りとうり二つでした。その偶然に驚きつつも、理恵子と朋美の二人から支えられた少年は遂に大学に合格したのでした。
**********
(♪♪♪♪♪♪~♪)
共働きの両親が仕事に出かけて、少年が留守番をしている休日、不意に玄関のチャイムが鳴り渡りました。そして、少年は確認もせず、不用意に玄関のドアを開けてしまいました。
その迂闊さを、少年は今更ながらに後悔しました。なぜなら、そこには、小さな小箱を持ち佇む中村朋美がいたからです。暖かそうな黒いリブ編みのニットに膝丈のチェックのミニフレアースカートという、私服姿の可愛い少女がそこにいました。
「先輩、お久しぶりです。大学の合格、おめでとうございます。」
少年は驚きましたが、不用意にドアを開けてしまったことに改めて後悔しつつも、そっけない対応の出来ない人の良さは、我ながら情けなくも相変わらずでした。
受験直前での改札での出来事は少女からの押し掛けでしたが、今回は自分でドアを開けてしまったのですから、少年の迂闊さと言われればそうなります。
ちなみに大学合格者については、高校の教員室前廊下に合格者全員の名前がデカデカと貼り出されますから、南高の同級生に確認を頼めば彼女にも容易に分かることでしょう。
「ありがとう、朋美ちゃんのお守りのお蔭だよ。本当に。……このお守りを見ていると、不思議に気持ちが落ち着いて、試験でも普段通りの力が出せたと思う。」
その言葉に、少女は心から嬉しそうに瞳を輝かせて、こぼれるような無垢な笑顔を見せました。
「先輩にどうしても直接、渡したくてきました。これ、合格祝いに受け取ってください。」
「ありがとう。」
少年は、その小箱を受け取りました。そういえばこの日は2月14日、バレンタインデーでした。中学3年の時以来、3年越しに同じ少女から、またチョコレートをもらうことになりました。
しかし、少年の次の言葉は、せっかくお祝いに駆けつけた少女に対して、つれないものとなりました。
「でも、……もう、ぼくとは関わり合いにならない方がいい。ぼくは朋美ちゃんが思っているような男じゃない。みんなが言っている通り、ぼくは薄情な人間なんだよ。」
途端に少女の顔がかきくもりました。
「違います。わたしは知っています。……先輩はそんな人じゃない。……中央高校の先輩にもいろいろ理恵子さんの話しを聞きました。理恵子さんは素敵な人でした。その理恵子さんが心から慕い信頼していた先輩は、やっぱり、わたしが中学の時に優しかった頃と変わらない、同じあだち先輩です。」
少年はかぶりを振ってそれを否定しました。しかし、真っ直ぐな朋美の瞳を見つめ返す自信のない少年は、うつむき加減に答えざるを得ませんでした。
「いや、ぼくはみんなの評判通りの男だよ。中央高の3年なら、みんな知ってることだよ。」
少女の顔が更に曇り、今にも泣き出しそうな顔になりました。。
「……確かに、先輩のことを、悪く言う人もいましたけど、わたしには信じられません。」
少女の声は次第に涙声まじりに、途切れ途切れになっていきます。
「わたしの知っている先輩は、わたしの先輩は……優しくて……ううっ……わたしをかばってくれて……うっ……うっ……わたしを慰めてくれて……。いつも、いつも、……わたしを守ってくれて……。それから……それから……ううっ……。」
少女は玄関前のマンション共用部分通路で、とうとう、うずくまって泣いてしまいました。
「朋美ちゃん……こんなところで泣いちゃだめだよ。……仕方ないなぁ、まずは、お入りよ。」
「ううっ……うっ、うっ、うっ、……。」
少年にはどうしようもありませんでした。そこで少女を突き放すこともできず、少女を家の中に入れざるを得ませんでした。
**********
少年は泣きやまない少女を自分の部屋に通しました。テーブルもない小さな部屋でしたが、少年はベッドをソファー代わりにして、そこに少女を座らせ、自分もその隣に腰をかけました。
「久美子ちゃんたちが言っているのはその通りだよ。ぼくは理恵子が死んで間もなくから、城東の女子と何度も会っていた。理恵子の葬儀にも行かず。そんな薄情な男なんだ。」
しかし、少年の言葉は、少女の嘆きに何の解決にもなりません。
「城東の土屋さんのことは、わたしも知っています。それに、城東の友達からもそう聞いています。でも、……でも、わたし……そんなことは信じられません。」
少女は、また、感極まって涙を浮かべます。
「先輩はなんでそんなに自分をおとしめるのですか。……ううっ……先輩はそんな人じゃない。何か理由があるはずです。……うっ、……うっ……先輩は違う。」
朋美は、遂には少年の胸につかみかかり、泣きながら少年の胸をゆさぶりました。
少年は朋美の小さな体を抱きしめるしかありませんでした。
「……うっ……ひっく……うっうっ……違う……違う……うっ……ぐすっ……。」
すると、少年の胸の中で泣きじゃくる少女を見て、少年は少しだけ気持ちが変わっていきました。
誰から悪く言われてもかまわない、でもこの子にだけは、噂なんかじゃなく、自分の知っている真実を伝えたいと思ったのです。
この子は誰から何を言われても、直接、少年にぶつかって真実を求めに来たのです。少年の言葉を聞く権利があるとすれば、この少女にこそ、それがあると言わざるをえません。
そして、すべてを語った、そのうえで、良いも悪いも、聞いた少女の判断で良いと、少年は思いました。
「朋美ちゃん、きみからもらったお守り、実は、ベルギーに旅立つ直前の理恵子からもらったのと同じお守りだったんだ。」
そう言って少年はふたつのお守りを少女に見せました。
「!」
涙をぬぐいもせぬまま、少女はそのお守りに目を向けました。若干の構図は違うものの、少女もその偶然に目を見張りました。
この時、少女は、なぜ自分がこのお守りを選んだか、いや、選ばさせられたか、その理由が初めて分かったような気がしました。
何の変哲もないお守り、他にも、もっと色とりどりの可愛いお守りがありました。でもなぜか少女は、このお守りのことが気にかかってしょうがないのでした。
(理恵子さんが、…わたしに、…これを選ばさせた。)
とても信じがたい不思議なことではありましたが、少女は自然にそう考えたのでした。
そんな少女の思いまでには気付かず、少年はそのお守りを見つめながら話しを続けます。しかし、図らずも少年は少女と同じ思いを共有していたのでした。
「変なことを言うかもしれないけれど、ぼくは今でも理恵子を感じる時があるんだ。まるで近くに理恵子がいるような。だから……、もしかしたら、きみも理恵子と何か見えない糸でつながっているのかもしれない。」
そして、少年は意を決して、朋美に視線を転じて話します。少女もまた何かを感じ取ったものか、少年の視線を受け止めます。
「だから、ぼくも、正直になる。……言い訳するわけじゃないけど、今までのことを、恥ずかしいことも、みっともないことも、ひどいことも、全部、朋美ちゃんと、ここにいて聞いているかもしれない理恵子に話したい。」
少年はどこかで、愛する理恵子に飾らないそのままの言葉で、話したかったのかもしれません。理恵子に許しを乞いたいわけではありません。ただ、昔のように、理恵子には包み隠さず何でも話したかったのです。
「……聞いてくれるかな、朋美ちゃん。その上で、きみがぼくという人間を判断してくれればいい。」
少女は顔をひきしめ、涙をぬぐい、はっきりした声で応えました。理恵子の思いが、自分の心さえも動かしていたと確信した少女にとり、慎一の語る心の慟哭を聞くことに否やはありませんでした。
「聞かせてください。ここにいる理恵子さんと一緒に。」
**********
……子どもの頃のレミねぇとの思い出、
……見てはいけないかもしれないものを垣間見てしまったこと、
……そして、結婚とレミねぇとの別れ、
……理恵子との出会いと告白、
……幸せだった二年間、
……朱美との不思議な出会い、
……理恵子の事故を聞いた時のこと、
……理恵子の事故の原因、
……その後の朱美との成り行き、
すべてを伝えるのに長くかかりました。
その中には、スリップ1枚のレミねぇの自慰を覗き見してしまったこと、レミねぇの部屋に無断で侵入したこと、理恵子のスリップを盗もうとしたこと、理恵子やレミねぇのスリップでオナニーをしていたことまでも、包み隠さず話しました。。
それだけではありません、レミねぇや理恵子が自分の乱れた偏執的な性欲を押さえるために、自ら進んでフェラチオまでしてくれたことや、朱美が自分のために体を投げ出してくれたのに、それに応えられず酷い仕打ちをしてしまったこと……、言ってしまえば、言葉にしにくい卑猥な体験までも赤裸々に話しました。
自分がスリップフェチだとまでは言いきりませんでしたが、それに類する変態的な性癖まで……。
16歳の少女には聞くに耐えられない恥ずかしい話しであろうことまで、すべてを包み隠さず話しました。
レミねぇの自慰を見てしまったことやレミねぇからフェラチオしてもらったことなど、中には理恵子にも言ってないことまで、すべてを話しました。朱美と愛し合ったことから、自分が立たなかったことまでも。
そして、話の最後に、今は形見となってしまった理恵子の制服一式と理恵子のスリップも少女に見せました。少年は自分と理恵子との仲を端的に表すものとしてそれを見せましたが、少女がその異常性をもって少年を変態だと思えばそれで良いと思いました。
**********
少年の話しを、その腰を折るような途中質問や合いの手も入れず、ひたすらじっと聞いていた少女でした。まだ16歳の少女には早すぎる恥ずかしい話しも、少女は真っ赤になりながらも黙って聞いていました。
ただ、そのことによって、少年に対するイメージは多少ならずとも上書きされたことでしょう。少年もそれを覚悟で話しをしています。
「……ぼくがここにいると、今度は君に迷惑がかかる。理恵子の家族の事故の原因を作ったのもぼくなんだ。どうやら、ぼくは女性を不幸にしてしまう男のようだ。ぼくは朋美ちゃんを妹のように可愛く思っていた。でも、このままでは、きみを好きになりそうで怖い。」
その瞬間、少女は頬を染めながらも顔をあげて少年に視線を向けました。あるいは、その言葉にほのかな期待を持ったのかもしれません。しかし、続く言葉は少女を落胆させました。
「きみは大事なぼくの可愛い妹みたいな後輩だから、きみを決して傷つけたくはない。だから、ぼくはきみの前からも永遠に姿を消そうと思う。」
少女は驚いて、見開いた目を少年に向けます。
「都会の雑踏の中でひっそりと人に迷惑をかけないよう、レミねぇと理恵子と朱美、そして、朋美ちゃんの思い出だけをもって、生きていきたいんだ。」
それまで黙って少年の話しを聞いていた朋美は、大きくかぶりを振って答えました。
「そんな人生は悲しすぎます。」
少年は静かに答えます。
「いや、そういう人は大勢いるよ。だから、そこに東京という大都会があるんだ。ぼくのような、そういう人たちのために、東京という大都会はあるんだと思う。」
でも、少女は聞き分けてはくれません。
(きっと、理恵子さんは先輩のことを心配して、これからのことを私に託してくれたんだ。理恵子さんの思いに応えるためにも、ここで引き下がっちゃいけない。)
しかし、まだ16歳の少女には、どうやって先輩に思いを伝えたらいいかわかりません。勢い、感情に任せて叫ぶだけでした。
「いやです、わたし、先輩を忘れたくない。」
話すだけ話した少年は、もう気負うこともなく、優しく少女をさとします。
「忘れなくてもいいよ。でも、朋美ちゃんはまだ16じゃないか。理恵子の分まで新しい人生を楽しんで生きてよ。」
「いやだ……いやです……ぐすっ……やだ……ぐすぐす……。」
少女は再び泣いてしまいました。でも、いつも躊躇してぐずぐずしていたことで、良かった試しは一度もありません。ここは冷たく突き放すのが少女のためであると少年は思いました。
「さぁ、これで本当にお別れだ。できるなら1日でも早く、こんな変な先輩のことは忘れて、高校生活を楽しまなきゃ。……もう、お帰り。二度とここに来ちゃだめだよ。」
愛するおばさんとの辛い別れを経た少年は中学生活の中で思いを募らせた少女と同じ道を歩み始めますが、高校3年の春、愛する少女は遠く異郷の土地で不慮の事故死を迎えました。その前後、少女の死に責任を感じるその少年の前に1人の少女が現れますが、少女の努力の甲斐なく、少年は再び心を閉ざし少女と別れます。その後、受験勉強に集中する道を選んだ少年の前に現れた後輩の中村朋美は、少年へお守りをプレゼントして少年を支えようとします。しかも、そのお守りはかつて理恵子からもらったお守りとうり二つでした。その偶然に驚きつつも、理恵子と朋美の二人から支えられた少年は遂に大学に合格したのでした。
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(♪♪♪♪♪♪~♪)
共働きの両親が仕事に出かけて、少年が留守番をしている休日、不意に玄関のチャイムが鳴り渡りました。そして、少年は確認もせず、不用意に玄関のドアを開けてしまいました。
その迂闊さを、少年は今更ながらに後悔しました。なぜなら、そこには、小さな小箱を持ち佇む中村朋美がいたからです。暖かそうな黒いリブ編みのニットに膝丈のチェックのミニフレアースカートという、私服姿の可愛い少女がそこにいました。
「先輩、お久しぶりです。大学の合格、おめでとうございます。」
少年は驚きましたが、不用意にドアを開けてしまったことに改めて後悔しつつも、そっけない対応の出来ない人の良さは、我ながら情けなくも相変わらずでした。
受験直前での改札での出来事は少女からの押し掛けでしたが、今回は自分でドアを開けてしまったのですから、少年の迂闊さと言われればそうなります。
ちなみに大学合格者については、高校の教員室前廊下に合格者全員の名前がデカデカと貼り出されますから、南高の同級生に確認を頼めば彼女にも容易に分かることでしょう。
「ありがとう、朋美ちゃんのお守りのお蔭だよ。本当に。……このお守りを見ていると、不思議に気持ちが落ち着いて、試験でも普段通りの力が出せたと思う。」
その言葉に、少女は心から嬉しそうに瞳を輝かせて、こぼれるような無垢な笑顔を見せました。
「先輩にどうしても直接、渡したくてきました。これ、合格祝いに受け取ってください。」
「ありがとう。」
少年は、その小箱を受け取りました。そういえばこの日は2月14日、バレンタインデーでした。中学3年の時以来、3年越しに同じ少女から、またチョコレートをもらうことになりました。
しかし、少年の次の言葉は、せっかくお祝いに駆けつけた少女に対して、つれないものとなりました。
「でも、……もう、ぼくとは関わり合いにならない方がいい。ぼくは朋美ちゃんが思っているような男じゃない。みんなが言っている通り、ぼくは薄情な人間なんだよ。」
途端に少女の顔がかきくもりました。
「違います。わたしは知っています。……先輩はそんな人じゃない。……中央高校の先輩にもいろいろ理恵子さんの話しを聞きました。理恵子さんは素敵な人でした。その理恵子さんが心から慕い信頼していた先輩は、やっぱり、わたしが中学の時に優しかった頃と変わらない、同じあだち先輩です。」
少年はかぶりを振ってそれを否定しました。しかし、真っ直ぐな朋美の瞳を見つめ返す自信のない少年は、うつむき加減に答えざるを得ませんでした。
「いや、ぼくはみんなの評判通りの男だよ。中央高の3年なら、みんな知ってることだよ。」
少女の顔が更に曇り、今にも泣き出しそうな顔になりました。。
「……確かに、先輩のことを、悪く言う人もいましたけど、わたしには信じられません。」
少女の声は次第に涙声まじりに、途切れ途切れになっていきます。
「わたしの知っている先輩は、わたしの先輩は……優しくて……ううっ……わたしをかばってくれて……うっ……うっ……わたしを慰めてくれて……。いつも、いつも、……わたしを守ってくれて……。それから……それから……ううっ……。」
少女は玄関前のマンション共用部分通路で、とうとう、うずくまって泣いてしまいました。
「朋美ちゃん……こんなところで泣いちゃだめだよ。……仕方ないなぁ、まずは、お入りよ。」
「ううっ……うっ、うっ、うっ、……。」
少年にはどうしようもありませんでした。そこで少女を突き放すこともできず、少女を家の中に入れざるを得ませんでした。
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少年は泣きやまない少女を自分の部屋に通しました。テーブルもない小さな部屋でしたが、少年はベッドをソファー代わりにして、そこに少女を座らせ、自分もその隣に腰をかけました。
「久美子ちゃんたちが言っているのはその通りだよ。ぼくは理恵子が死んで間もなくから、城東の女子と何度も会っていた。理恵子の葬儀にも行かず。そんな薄情な男なんだ。」
しかし、少年の言葉は、少女の嘆きに何の解決にもなりません。
「城東の土屋さんのことは、わたしも知っています。それに、城東の友達からもそう聞いています。でも、……でも、わたし……そんなことは信じられません。」
少女は、また、感極まって涙を浮かべます。
「先輩はなんでそんなに自分をおとしめるのですか。……ううっ……先輩はそんな人じゃない。何か理由があるはずです。……うっ、……うっ……先輩は違う。」
朋美は、遂には少年の胸につかみかかり、泣きながら少年の胸をゆさぶりました。
少年は朋美の小さな体を抱きしめるしかありませんでした。
「……うっ……ひっく……うっうっ……違う……違う……うっ……ぐすっ……。」
すると、少年の胸の中で泣きじゃくる少女を見て、少年は少しだけ気持ちが変わっていきました。
誰から悪く言われてもかまわない、でもこの子にだけは、噂なんかじゃなく、自分の知っている真実を伝えたいと思ったのです。
この子は誰から何を言われても、直接、少年にぶつかって真実を求めに来たのです。少年の言葉を聞く権利があるとすれば、この少女にこそ、それがあると言わざるをえません。
そして、すべてを語った、そのうえで、良いも悪いも、聞いた少女の判断で良いと、少年は思いました。
「朋美ちゃん、きみからもらったお守り、実は、ベルギーに旅立つ直前の理恵子からもらったのと同じお守りだったんだ。」
そう言って少年はふたつのお守りを少女に見せました。
「!」
涙をぬぐいもせぬまま、少女はそのお守りに目を向けました。若干の構図は違うものの、少女もその偶然に目を見張りました。
この時、少女は、なぜ自分がこのお守りを選んだか、いや、選ばさせられたか、その理由が初めて分かったような気がしました。
何の変哲もないお守り、他にも、もっと色とりどりの可愛いお守りがありました。でもなぜか少女は、このお守りのことが気にかかってしょうがないのでした。
(理恵子さんが、…わたしに、…これを選ばさせた。)
とても信じがたい不思議なことではありましたが、少女は自然にそう考えたのでした。
そんな少女の思いまでには気付かず、少年はそのお守りを見つめながら話しを続けます。しかし、図らずも少年は少女と同じ思いを共有していたのでした。
「変なことを言うかもしれないけれど、ぼくは今でも理恵子を感じる時があるんだ。まるで近くに理恵子がいるような。だから……、もしかしたら、きみも理恵子と何か見えない糸でつながっているのかもしれない。」
そして、少年は意を決して、朋美に視線を転じて話します。少女もまた何かを感じ取ったものか、少年の視線を受け止めます。
「だから、ぼくも、正直になる。……言い訳するわけじゃないけど、今までのことを、恥ずかしいことも、みっともないことも、ひどいことも、全部、朋美ちゃんと、ここにいて聞いているかもしれない理恵子に話したい。」
少年はどこかで、愛する理恵子に飾らないそのままの言葉で、話したかったのかもしれません。理恵子に許しを乞いたいわけではありません。ただ、昔のように、理恵子には包み隠さず何でも話したかったのです。
「……聞いてくれるかな、朋美ちゃん。その上で、きみがぼくという人間を判断してくれればいい。」
少女は顔をひきしめ、涙をぬぐい、はっきりした声で応えました。理恵子の思いが、自分の心さえも動かしていたと確信した少女にとり、慎一の語る心の慟哭を聞くことに否やはありませんでした。
「聞かせてください。ここにいる理恵子さんと一緒に。」
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……子どもの頃のレミねぇとの思い出、
……見てはいけないかもしれないものを垣間見てしまったこと、
……そして、結婚とレミねぇとの別れ、
……理恵子との出会いと告白、
……幸せだった二年間、
……朱美との不思議な出会い、
……理恵子の事故を聞いた時のこと、
……理恵子の事故の原因、
……その後の朱美との成り行き、
すべてを伝えるのに長くかかりました。
その中には、スリップ1枚のレミねぇの自慰を覗き見してしまったこと、レミねぇの部屋に無断で侵入したこと、理恵子のスリップを盗もうとしたこと、理恵子やレミねぇのスリップでオナニーをしていたことまでも、包み隠さず話しました。。
それだけではありません、レミねぇや理恵子が自分の乱れた偏執的な性欲を押さえるために、自ら進んでフェラチオまでしてくれたことや、朱美が自分のために体を投げ出してくれたのに、それに応えられず酷い仕打ちをしてしまったこと……、言ってしまえば、言葉にしにくい卑猥な体験までも赤裸々に話しました。
自分がスリップフェチだとまでは言いきりませんでしたが、それに類する変態的な性癖まで……。
16歳の少女には聞くに耐えられない恥ずかしい話しであろうことまで、すべてを包み隠さず話しました。
レミねぇの自慰を見てしまったことやレミねぇからフェラチオしてもらったことなど、中には理恵子にも言ってないことまで、すべてを話しました。朱美と愛し合ったことから、自分が立たなかったことまでも。
そして、話の最後に、今は形見となってしまった理恵子の制服一式と理恵子のスリップも少女に見せました。少年は自分と理恵子との仲を端的に表すものとしてそれを見せましたが、少女がその異常性をもって少年を変態だと思えばそれで良いと思いました。
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少年の話しを、その腰を折るような途中質問や合いの手も入れず、ひたすらじっと聞いていた少女でした。まだ16歳の少女には早すぎる恥ずかしい話しも、少女は真っ赤になりながらも黙って聞いていました。
ただ、そのことによって、少年に対するイメージは多少ならずとも上書きされたことでしょう。少年もそれを覚悟で話しをしています。
「……ぼくがここにいると、今度は君に迷惑がかかる。理恵子の家族の事故の原因を作ったのもぼくなんだ。どうやら、ぼくは女性を不幸にしてしまう男のようだ。ぼくは朋美ちゃんを妹のように可愛く思っていた。でも、このままでは、きみを好きになりそうで怖い。」
その瞬間、少女は頬を染めながらも顔をあげて少年に視線を向けました。あるいは、その言葉にほのかな期待を持ったのかもしれません。しかし、続く言葉は少女を落胆させました。
「きみは大事なぼくの可愛い妹みたいな後輩だから、きみを決して傷つけたくはない。だから、ぼくはきみの前からも永遠に姿を消そうと思う。」
少女は驚いて、見開いた目を少年に向けます。
「都会の雑踏の中でひっそりと人に迷惑をかけないよう、レミねぇと理恵子と朱美、そして、朋美ちゃんの思い出だけをもって、生きていきたいんだ。」
それまで黙って少年の話しを聞いていた朋美は、大きくかぶりを振って答えました。
「そんな人生は悲しすぎます。」
少年は静かに答えます。
「いや、そういう人は大勢いるよ。だから、そこに東京という大都会があるんだ。ぼくのような、そういう人たちのために、東京という大都会はあるんだと思う。」
でも、少女は聞き分けてはくれません。
(きっと、理恵子さんは先輩のことを心配して、これからのことを私に託してくれたんだ。理恵子さんの思いに応えるためにも、ここで引き下がっちゃいけない。)
しかし、まだ16歳の少女には、どうやって先輩に思いを伝えたらいいかわかりません。勢い、感情に任せて叫ぶだけでした。
「いやです、わたし、先輩を忘れたくない。」
話すだけ話した少年は、もう気負うこともなく、優しく少女をさとします。
「忘れなくてもいいよ。でも、朋美ちゃんはまだ16じゃないか。理恵子の分まで新しい人生を楽しんで生きてよ。」
「いやだ……いやです……ぐすっ……やだ……ぐすぐす……。」
少女は再び泣いてしまいました。でも、いつも躊躇してぐずぐずしていたことで、良かった試しは一度もありません。ここは冷たく突き放すのが少女のためであると少年は思いました。
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