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契約カップルということ

心模様(3)

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かちゃりと扉を開けてバスルームを出る。クロピーの衣装に身を包んだ梶原がソファに座ったままこっちを見て、そして少し目を見開いたのが分かった。

(似合ってないよな……)

そう思って、この場を笑いにしようとした。

「いや~、やっぱ私、ピンクリボンフリル、ってガラじゃないわ~。なんかピエロみたいだよ」

そう軽口をたたいて、ははは、と笑う。それに対して梶原が、食らいつくように叫んだ。

「な、何言ってんだ! めちゃくちゃ似合ってるって! ちょっとびっくりするくらい似合ってるって!!」

あまりにも真剣な顔をして叫ぶもんだから、鳴海はちょっと面食らってしまった。

「え……っ? かじわら……?」
「あ、……いや……。そ、その衣装を着ると、誰でもキッティになれるんだな、……って思っただけ……」

あっ、なんだそうだよね。真面目にこの衣装が鳴海に似合ってるなんて思ってるわけじゃないよね。流石衣装の力は凄いなあ。

「はは……、お世辞でもありがとう。今度何かピーロのコスプレ企画があったら、由佳を巻き込めないか、考えるね」
「い……、……いや。俺は……、べ、別に、生田を巻き込もうなんて……」

そう言って梶原は真っ赤になった。
おやおやどうした、恋するDK。もしかしてこの衣装を着た由佳を想像しただけで、頭がショートしちゃったのかな。ホントに梶原は由佳のことが好きだなあ。だったらこのまま契約を続けていたって、梶原の気持ちは由佳に誤解されたままだ。それなら、ちょっと胸は痛むけど、おぜん立てをしてやったほうが良くない? と鳴海は考えて、契約のことを由佳に打ち明けようと決めた。煮え切らない梶原だって、告白しないまま卒業することはないだろう。その時に、由佳に鳴海が梶原の彼女だと思われていると、由佳に誤解をされかねない。それは避けたい。

「あはは。だって由佳と写真撮れた方が、梶原だって嬉しいでしょ。何とか考えてみるから、まあ任せといて。それじゃあ、さっさと写真撮って、フロントにお茶運んでもらえるよう電話しよっか」

鳴海が言うと、梶原が耳を赤くした。梶原はついこの前のことを思い出していた。






文化祭のミスコンで使う花冠の花材について打ち合わせをした日のことだった。敦の無茶振りにも、市原は真剣に対応してくれて、正直、生田の点数稼ぎ、と言われるかと思っていたから嬉しかった。あとは文化祭で生田がミスコンに入賞するだけだ。生田は今や学校の女子の人気ナンバーワンだし、花冠は間違いなかった。帰り道、嬉しさで鼻の下が伸びていただろうか、市原が、あんたホントに由佳のこと好きだね、と笑った。

「いいだろ、俺が誰を好きだって。お前と一緒に居て分かるけど、生田は本当に男心をくすぐるタイプの女子なんだよ」
「うんうん、それは親友の私でも思うからね」

賛同してもらえて、敦はちょっといい気分になった。高校に入ってから何もかもを隠さずに話すことが出来る相手が出来たことで、敦は市原にことのほか気楽に構えていた。

「なあ、生田って好きな男子とかいんの?」
「さあ。由佳はそういう事話さないのよね。私が先にあんたと表面上付き合っちゃったから、それで私たちの間のコイバナは終わっちゃったし……」

そっか……。親友の市原でも聞いたことがないのならば、まだ生田には特別に想う相手が居るわけではないのかもしれない。だとしたら、ミスコンは千載一遇のチャンスだ。生田をミスコン一位に押し上げて、敦がミスタコンの一位になって、一緒にランウエイを歩く。その時、出来れば手を繋ぎたい。そんな夢を思い描いた。

「生田はかわいいからピンクの花が似合うと思う。明日ピンクの花の発注を増やしといてくれ」
「職権乱用ね。でもまあ、由佳のイメージカラーについては同意だから、発注しとくわ」

そういうやり取りを、市原とした。そのあと少しお互い好き勝手なことを喋っていた。市原は推しの出ているゲームのバージョンアップだと言って喜んでいて、敦の脳みそが生田の花冠姿を思い描いてとろけそうになっていた、その時だった。

「あぶね!」

敦は赤信号の横断歩道に乗り出そうとした市原のウエストにぐっっと腕を引っ掛けて、彼女の体が車道に乗り出すのを引き留めた。その一瞬後に、市原の目の前を大きなダンプがけたたましいクラクションを鳴らしながら走り去っていき、その時市原は漸く自分の行動を知ったらしかった。

「おいおい、死ぬ気かよ」
「い、いや、ごめん……。前見てなかった……」

本気で放心している様子の市原に、敦もまた体をこわばらせていた。

……やわらかい。女の子って、こんなにやわらかいんだ。

敦が市原もまた生田と同じ女の子なんだと、はっきり認識した時。

「……っ、く、くるしいんだけど……」

聞いたことのないような弱々しい声が、腕の中から聞こえた。市原が敦に、腕を放せと言っていたのだった。

「わっ、わりい……っ!」
「あ、いや……、あの、ありがとう……」

街灯が照らす夜道の中、市原の頬が赤く見えるのは、気のせいだろうか。敦の心臓が走り出したのは、この時からだった。

電車の中でも敦の心臓の失踪は止まらなかった。普段から車内の壁に市原を庇うように立ってはいたけど、今まではそんなこと意識していなかった。ところが一旦意識してしまうと、間近から見下ろす市原のまつげが長いことや、態度の割に意外と体つきが華奢なことに気が付いた。

えっ? この人、抱き締めたら折れそうなんだけど?

さっきまで感じていなかった市原の女らしさにびっくりする。それと同時に、なんとなくこの目の前の人の頬が赤いような気もして、敦はますます焦った。その時、背後からドン、と人に押されて、市原の方に倒れ込んでしまった。咄嗟に壁に手を付いたけど、これでは狭い空間に市原を閉じ込めたような感じになってしまって、居ても立っても居られない気分になる。敦は目の前の市原に対して、平静を保つのが精いっぱいだった。

「うおっと、わり。押された」
「あ、……いや……、だいじょぶ……」

少し、市原が緊張しているような気がする。申し訳ないと思うとともに、もうちょっとこの状態を堪能したいと思ってしまう。

囲った腕の中から、甘いにおいがふわっと香る。これは、何のにおいだろう。シャンプー?

更にどきどきと疾走する敦の心臓は、その日寝るまで落ち着かなかった。

そんな市原が「私も梶原に似合う彼女になりたくて頑張ってるのよ」などと言ってくれたから、敦は一瞬で有頂天になるところだった。その時、市原のポーチから彼女の推しのアクスタが見えて、敦は一気に罪悪感に駆られた。BL好きの市原に、口先だけとはいえゆめかわ趣味だと偽らせてしまった。そういう契約ではあったが、契約を結んだときは利害の一致しか頭になかった敦も、今では市原の人となりを知り、その気持ちが揺らいでいた。脅しても泣きもせずに契約に応じ、且つ敦の弱みを握って対等な関係に持ち込んだ図太さを持った市原、という印象が、一転、敦の為に一生懸命になってくれる、と思ってしまったら、その姿がかわいいと思ってもう止まらなかった。

その市原が、敦の為にサプライズを用意してくれていた。ピーロコラボのアフタヌーンティー企画なんて、単にお茶するだけの企画だと思って敦の情報網からは漏れていたから、こんなに素晴らしい企画だとは思っていなかった。クロッピのあの衣装が着れるだなんて、こんなレアな経験があるだろうか……!?
そして、クロッピの衣装に着替えた敦のことを、市原が嬉しそうに見た。それに胸がときめいてしまうのは、やはり俺は……、……やはりなのか……!!

そして敦のクロッピ姿を見て何故か満足してしまったのか、市原はお茶の用意をしようとする。しかし、それじゃあ駄目だろう!? なんで皇子一人なんだよ!!

「……、……お、……おまえも、きがえろ」
「は?」
「お前も着替えろっつってんだよ! じゃねーと、写真が撮れねーじゃねーか!」

敦の言い訳を、市原は真面目に受け取ったようだった。敦に付き合いたくないのか、「こーゆーのはさあ……、由佳みたいな子が似合うのよ……。私じゃないと思うわー……」と言いながら、しぶしぶと着替えに行ってくれた。仕方ない、市原は彼女の言葉通り、敦が生田を好きだと思っているから、敦の気持ちは伝わらないのだ。しかし敦は、キッティの衣装を着た市原の姿を見るのを、どきどきと心臓を鳴らして待った。市原は生田に比べると少しクールな外見をしているが、その笑顔の可愛さは、今までを振り返れば敦にはその輝きが分かる。その笑顔は、生田の微笑みにも負けないきれいな笑みなのだ。どうして今まで生田しか見えていなかったのか分からない程、今、市原に心を奪われている。

そして着替えを終えてバスルームから出てきた市原は、今、お姫さまみたいなピンクのリボンとレースがいっぱいのキッティの衣装を着て、敦の目の前に居る。そのビジュアルストーリーティングが、圧倒的に素晴らしい。夢想していた生田の花冠姿よりも百倍……、いやそれ以上に圧倒的にかわいい。えっ? 今までなんで俺は市原のことを微塵も可愛いと思わなかったんだ? こんなに色白で華奢で女の子っぽくって、敦の理想の女の子そのものなのに?

そんな風に、生徒会室で生田と書類を一緒に拾った時には感じなかった、圧倒的理想のゆめかわ女の子を目の前にして、敦はテンパった。市原がフロントにお茶の手配をしようとして、受話器を取ろうとした手を止めさせる。ぎゅっと上から握った市原の手を救いあげて、こっちを向かせる。不意打ちに驚いたらしい市原の目が、大きく見開いてその黒い瞳に敦を映した。

ああ、市原の目は、生田の目より黒目がデカいな……。

そんな陳腐な感想を頭によぎらせながら、敦は言い訳するように市原を電話の置かれたコンソールテーブル前から市原を誘導し、ソファに座らせようとした。

「せ、折角だからよ、もう、ちょっと……ゆっくりしねーか? その……、……あの時のクロッピとキッティみたいに……よ……」

市原が敦をぽかんと見上げる。一体何を言い出したんだ、お前、とでも言いたそうな顔だ。それでも、握った手の小ささに驚きながら市原をソファに誘導して……。

「うおっ!」
「わっ!!」

ゴン! ドサッ、ボフン!

コンソールテーブルとソファの間にあったソファテーブルの脚につま先を引っ掛けてしまい、敦は市原の手を握ったまま、ベッドに倒れ込んでしまった。

握った手をそのままに、敦は市原の手をベッドに縫い付けていて、その顔を真上から見下ろしていた。水色のベッドカバーの上に、市原の明るい茶色い髪の毛と、キッティの衣装のピンク色が広がる。白木の窓枠から差し込む陽光に、市原の目がきらきらと光った。





なに? これ。なにこれ、なにこれ? 何が起こってるの? これは?

鳴海は自分の身の上に起きたことを整理できないで居た。梶原にキッティの服に着替えろと言われたところまでは良しとしよう。その後に、梶原に手を引かれて? ソファで話そうと促されて?? 何故か今、ベッドに縫い付けられてんだけど???

真上から鳴海の顔を覗き込んでる梶原の凛々しいこと凛々しいこと。皇子衣装も相まって、その姿は鳴海の心臓を打ち抜いた。えっ、これ、神作家さんが描いたウイリアムとテリースの告白シーンにあったよね? えっ? でも、梶原が私にそんな気なんて一ミリもない筈だけどな???

(えっ???)

二人同時に思ったことだった。という事は、二人同時に。

「わあっ!」
「ごめん!」

二人して相手から跳び退る。……と言っても、鳴海は退路があるわけではないので、ベッドに張り付いていて、梶原がベッドから跳び退ってずり落ちた。ゴン! とソファテーブルの角に腰をぶつけて、いてて、なんて言ってる。

……何だったんだ、今の空気……。まるで……、まるで……!!

いやいや、そんなの思い違いだから。梶原の想い人は由佳だから。今のはなんか、気の迷い。うん、絶対そう。
すーはーと深呼吸をして冷静になる。腰を打って床に座り込んでいた梶原を笑って、鳴海は手を差し伸べた。

「折角の皇子衣装が台無しだよ、梶原。さっさと写真撮って、お茶しよ」

梶原は鳴海の手を取ってくれた。……顔は見てくれなかったけど……。







微妙な雰囲気でお茶を終えたから、このままデートは終わって帰るだけなんだと思った。それなのに、梶原は鳴海をシンバルニアの店に誘った。こんな微妙な空気なのに、梶原はクロピーに新しい家具を見繕いたくて仕方ないんだな。鳴海のこの気持ちなんて伝わってないんだな、と思うと、寂しかった。でも、もともと鳴海と梶原は契約でつながった関係なだけだから、梶原が鳴海の気持ちを汲み取ってくれないからと言って、文句を言う筋合いはない。鳴海はあれこれとクロピーに家具を選ぶ梶原に付き合った。

「このベッドとかよ、割とシンプルであのクロッピに合うと思わねーか?」
「うん、そうだね」
「この端の水色のラインが、クロッピのお腹の色にぴったりだよな」
「うん、そうだね」

何を言われても、平常心を保って返事を返すだけで精いっぱいだった。梶原が鳴海を見るとき、脳裏にはさっき、二人でベッドに倒れ込んだ時の、鳴海の顔を覗き込むようにして見てきた梶原の顔を思い出してしまう。

かああ、っと頬が熱くなったのを自覚した。それなのに、梶原は鳴海の隣で平気な顔で家具を選んでいる。……全くの空振りなのは理解しているのに、それでも鼓膜の奥で打ち付ける心臓の拍動はどうにかならないものなのか。意味がないことに振り回されるのは嫌なのに……。鳴海は小さくため息を吐いた。





キッティの衣装を着た市原があまりにもかわいかったから、お茶をしてそのままデートを終えてしまうのが惜しくて、敦は市原をシンバルニアの店に誘った。あそこなら、敦の興奮に付き合ってくれて少し疲れた様子の市原がBL妄想を繰り広げるのにうってつけだと思ったからだ。

しかし、店で会話をしていても、市原の反応はいまいちだった。以前はクロッピや自分たちに対しても市原お得意のBL妄想が爆発していたのに、今日は全くの無反応。よっぽど敦に付き合ってコスプレをしたのが疲れたのか。

(……本当は、俺に付き合って出歩くのも、そんなに嫌だったのかな……)

そう考えてしまっても仕方なかった。
挙句の果てには小さくため息を吐かれてしまい、これ以上引き止めると、疲れさせるだけの相手になってしまうと思い、敦はそれ以上市原を拘束することをしなかった。
駅で別れた市原の後姿が疲れているようで、やっぱり市原はBLしか頭になく、リアルの男子と行動することは負担になってしまうんだな、と分かった。
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